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2017年8月28日 (月)

東海道五十三次歩き9 大森~神奈川宿(2)

そうそう、前回最後に忘れていたのが、「関札」だ。今までの宿では出会わず、初めて知った札。
川崎宿の棒鼻(宿駅のはずれ)や本陣の前には、その日その宿にお泊まりになる大名の立派な「関札」が掲げられていた。これは「加藤遠江守宿」と書かれている。(先日の高尾山の宿坊では「ふじ会御一行」と大きく書かれていてこそばゆかった。ホテルや旅館や予約食事処にもありますね)

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京急八丁畷駅の手前の芭蕉の句碑「麦の穂をたよりにつかむ別れかな」 1694年、芭蕉が故郷伊賀へ向かう旅で、見送りに来た門人たちとここで別れた。芭蕉はこの年10月に51歳で大阪で亡くなった。句碑が建てられたのは1830年。450x338
パンパスグラス サルノコシカケ(以前のアラゲカワラタケとは違うようだ)
変った植物!450x338_2
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無縁塚 江戸時代に災害や疫病で亡くなった無縁仏の人骨が埋まっていたという。八丁畷の由来は、人家もなく八町(約870m)もあぜ道(畷)が続いていたからという。想像もつかない今だ。450x338_5
カリンの街路樹が続く。珍しい。
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京急鶴見市場駅のそばに、日本橋から5番目の市場一里塚があり、奥に稲荷の祠がある。338x450
金剛寺の子育て地蔵や馬頭観音などを見る。馬頭観音はいつも馬頭が殆ど見られない。450x338_8
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暴れ川と言われた鶴見川の橋を越えると鶴見橋関門旧蹟がある。生麦事件の発生により、川崎宿から保土ヶ谷宿まで20か所の見張り番所が設けられ、これはその一つ。352x450_2
その少し先の鶴見神社。境内の頼朝が奉納したとされる富士塚(立入できない)。450x338_9
参道付近には茶屋が数軒あって「お江戸日本橋」♪に歌われる「よねまんじゅう」が鶴見の名物だった。井原西鶴も『八百屋お七』の中で書いているそうだ。東海道の名物1号で神奈川県の名産百選に指定されたほど。JR鶴見駅のそばの店で買うことが出来、後で生麦神明公園で食べる。安倍川餅も美味しかったけれど、羽二重粉を使ったやわらかい薄い餅に小豆餡、白餡、梅餡の3種を包んだものでとても美味しい。450x338_10
鶴見駅の反対側に総持寺があるが、夫の両親と義兄の墓があるので行っているからこの日は行かない。

旧東海道に戻るとJR鶴見線の高架の国道駅が右手に見える。9.7kmの工業地帯を走り、鶴見駅以外はすべて無人駅だそうだ。
ガード下がレトロで、映画のロケに使われたとのことだ。450x338_11
道念稲荷神社にはたくさんの鳥居がある。「蛇も蚊も」という祭りが行われる。蛇や蚊が出る季節になったので<雨よ降れ>の雨乞いの掛け声をかける。萱で編んだ大きな蛇を子供が担ぎ、叫びながら町内を練り歩く。疫病が流行した時は、蛇に悪霊を封じ込めて海に流した。450x338_12

民家の塀に「生麦事件発生現場」の説明板が設置されていた450x369_2
国道に合流する辺りにキリン横浜ビアビレッジが見えてきた。併設レストランで生ビールを味わっていると、この後に差し支えるので残念な思いで通り過ぎる。450x338_13
新子安駅手前の遍照院には庚申塔がある。山門前には5基あって、仏像と猿の組み合わせだ。450x338_14
子安駅あたりの町名には浦島町、亀住町、浦島丘など「浦島伝説」に因んだ名前が多い。
子安駅の北西にある連法寺には浦島太郎の伝供養塔がある。450x217
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3番目の宿・神奈川宿江戸方入口に到着。 京急神奈川新町駅の所にある神奈川通東公園内にオランダ領事館跡がある。オランダ領事館に充てられた長延寺(現在ここにない)前に枡形があった。神奈川宿の入口である。338x450_4
その先の良泉寺。多くの寺があの時期外国の領事館に充てられるなか、良泉寺の住職は本堂の屋根を剥がし、修理中であるから断ったという骨のある住職であった。450x338_16

この日の最後、京急仲木戸駅(JR東神奈川駅)の所にある神奈川小学校の壁に神奈川の地名の由来となった「上無川」の説明板があるのを見る。この小学校の東脇にあった小溝は水が少ししか流れておらず、水源が定かでないのでカミナシガワ(上無川)と呼ばれ、「ミ」「シ」を略してカナガワというようになった。何故「神」と「奈」を使ったかは書かれていない。
江戸後期に幕府の道中奉行所は「東海道分間延絵図」を作った。小学校の壁には神奈川藩の部分が全部描かれている。素晴らしい絵図である。450x299
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品川駅からずっとつかず離れずの京浜急行の電車は次の神奈川駅でお別れ、神奈川宿をもう少し見て、保土ヶ谷の方に向かいます。
次回の予定日は涼しくなってから、雨でなかったらいよいよ大井川を川の中でなく、橋の上を歩いて渡ります。
                   (完)

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コメント

芭蕉のような俳人でも句碑は200年後に
建てられたのが意外です。

大森もわりと近かったのですが、あまり
よく知りません。川端龍子記念館くらいしか・・・
熊谷恒子記念館もありましたね。

生麦事件は教科書にも挿絵がありましたね。

神奈川の由来は意外な文字なのですね。
地名はあて字もよくありますね。

岐阜はあて字ではなくて信長がつけた
ということで、皆有り難がっています。
書けない人もあるのが困りますが・・・

投稿: matsubara | 2017年8月28日 (月) 15:17

★matsubaraさま こんにちは

ここの芭蕉の句碑は130余年後に俳人一種が建てたそうです。
川端龍子記念館では四国巡礼88ヶ所の絵を見ました。その後行っておりません。
熊谷恒子記念館もあるのですか。知りませんでした。随分いろいろな所をご存じでいらっしゃいますね。
生麦事件の教科書の挿絵も忘れました。この事件のためにたくさんの番所が設けられたこともここで知りました。大変な事件でしたものね。

岐阜は信長が付けたなんて。私は岐阜だけは書けます。よかった。この頃は書けない文字が増えました。PCのせいだけでないです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月28日 (月) 16:26

こんにちは
 
こういう札のこと、関札というのですね。本陣などに掲げられたものは
お客様がお客様だけに大変重要だったのでしょうね。
厚そうな立派な木の板に、達筆で書かれている(読めない‥)ことでも
重要さがうかがえます。
 
神奈川名産100選に選ばれていて、東海道名物1号にもなっているという
よねまんじゅうのこと、全く知りませんでした
餡の色が透けて見えて
何だか美味しそう。梅餡というのを是非食べてみたいです。
神奈川県の名前の由来も驚きでした。
なんと「上無川」から来ているとは。同じ神奈川県内でも、
現在自分が暮らしている辺りは川が何本か流れていますので。
神奈川の中心は、かっては京急仲木戸駅(JR東神奈川駅)の辺りだったのが
次第しだいに広がって現在の県域になったということかもですね。
生麦事件は内容をほとんど忘れていて復習しました。
カルチャーの違いから発した悲劇ともいえるでしょうか。
でも、その後戦争にまで繋がっていくことになるのですね…
 

投稿: ポージィ | 2017年8月28日 (月) 17:37

相変わらず健脚ですね。
  
 大都会の真ん中でも、一歩裏道に入ると昔の姿が残っている。
いいですね。その時代の姿が蘇ります。
 
 群馬県安中には合津若松の八重さんの過ごした所(新島 襄の両親の住宅)が残っている。
茅葺きの家で当時のままの姿で保存されている。
 旧東海道も同じことなのですね。

刷毛のようなフワフワした感じのパンパスグラス。奇妙な形の植物、何でしょう?
神奈川の名前の由来。レトロな感じのガード下。稲荷神社の赤い鳥居。鶴見の名物「よねまんじゅう」
生麦事件の跡。珍しいカリンの街路樹のある街道。関札のこと。他諸々。
実際歩いてみなければ会えないことばかり。
総持寺にご主人のご両親のお墓があるのですね。
ひょっとしたら、うちの息子が建設会社に在職中に、改装工事に携わったところかも?

 せっかちな世の中で、偶にすべてを忘れて旧跡を訪ねるのもいいですね。
暑い中、冷たい生ビールの誘惑にも負けず歩き続ける辛さ、わかります。ご苦労様と言いたい。
これから涼しくなれば、探訪歩きもいいですね。ガンバッテ下さい。

投稿: 夢閑人 | 2017年8月28日 (月) 18:32

★ポージィさま

関札は他の宿の本陣にも掲げられていたのでしょうね。随分立派な字で書いてあります。
しかも木の板に。

よねまんじゅうは曰くのある御饅頭ですが、現在も神奈川県にとって結構重要な地位にあって驚きました。なるほど美味しいです。
娘も梅餡が一番好みと言っています。
私も神奈川県に長く住んでいたのに、神奈川の由来を知りませんでした。
川が付いているので川から来たとは頷けますが。
生麦事件はイギリスと島津藩の戦争になるのでしたね。補償額が凄かったような。私も改めて復習します。
もう一つ性質は異なりますが、4半世紀後に大津事件、ロシア皇太子を傷つける事件も起こりますね。
東海道もいろいろな時代の歴史に満ちています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月28日 (月) 19:37

★夢閑人さま

暑さにかなり弱い私ですが、30度以下ですとどうにかなりますので、こんな時に結構張り切ります。
旧東海道は広い国道(第一京浜)と違ってとても静かで、家は残っていないのに昔を偲ばせます。
安中の新島 襄の両親の住宅は私も行きまして、これは今でもはっきり覚えています。すぐ忘れてしまう私が不思議なくらいです。
夢閑人さんがあげてくださったようなことに今回歩いて出会ったわけですね。
歩かなければずっと見なかったこと、見られて良かったと今思いました。
総持寺ですが、家の墓は石原裕次郎のお墓のすぐそばです。ご子息様が関係されたでしょうか。
暑いほどビール系は美味しいですね。
次回は9月下旬に予定していますが、涼しくなるか?は100%期待できませんね。昨年は暑かったですから。
無理しない程度に歩けるところまでと割り切っております。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月28日 (月) 19:51

こんにちは。一里塚が出てきましたね。鶴見は私の地元で、鶴見神社や国道駅付近など、自転車で走り回っていました。懐かしいです。

投稿: 多摩NTの住人 | 2017年8月29日 (火) 08:23

内容豊富で、歩数が伸びるのも頷けました~
最初の大名の関札、墨汁が滴るようで豪快な字ですね!
今も宿に御一行様の札が掲げてあるけど・・・
一組だけデカデカ書いてあるとこそばゆいですよね。
私は吉村昭氏の「破船」「赤い人」を読んでから、彼の実話小説に嵌りました。
生麦事件も、吉村氏の本で知りました。
日本語を解しないイギリス人に刃を向けた島津藩。
ささいな事件が戦になってしまう悲劇でしたね。
ユニークな鶴見駅、久し振りにまた拝見出来ました♪
キリン横浜工場は、バスツアーで行きましたよ。
何しろ泡々には目が無くて~(^^♪
お餅系のお菓子がお好きですね。餡子があればご機嫌ですね~

投稿: だんだん | 2017年8月29日 (火) 12:49

tonaさん、こんにちは~♪
関札とは関所を通過するとき必要な札だと
思っていましたが、宿札の意味もあったのですね。
関札も大名が泊るだけあって立派なですね。
観光地に行くと、いたるところで句碑を見かけます。
野ざらしにされて、読めなくなったものが多いですが、
こちらの芭蕉の句碑は大切にされていますね。
パンパスグラスのふさふさした穂が綺麗ですね。
夏の終わりが感じられます。
かりんの街路樹は珍しいですね。
実が落ちたらどうするのでしょうね。
「よねまんじゅう」、とても美味しそう。
出かける機会があったら食べてみたいです。
神奈川の由来が上無川からとは驚きました。
小学校の壁の絵図も素晴らしいですね。
街道歩きをしていると、行く先々で歴史が感じられますね。
私もtonaさんとご一緒しているつもりで楽しませていただきました。

投稿: hiro | 2017年8月29日 (火) 15:19

もう神奈川宿まで来られましたか!
tonaチームに、銀河チームが追い抜かれそうです。
私達は前回保土ヶ谷宿まで行きましたが、
後1回で追い抜かれそますね。。
キリンでビールを飲まなかったのは正解です。
私はたった200CCで、酔いが回り、その後はグダグダでした。
一つ情報を。
保土ヶ谷手前の「松原商店街」が衝撃的です。
ご期待ください。

投稿: ☆銀河☆ | 2017年8月29日 (火) 15:58

★多摩NTの住人さま

この当たりの一里塚は無いものが多く、これだけでした。
鶴見が地元だったのですか。
国道駅には丁度電車が停まっていて見ることが出来ました。
ガード下はまだ1,2軒営業しているらしいですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月29日 (火) 19:19

★だんだんさま

本当に大名の関札が立派ですね。凄い書体です。お寺のご朱印みたい。
吉村昭、実話小説は面白いですね。結構読みました。「破船」は知っていますが、「赤い人」はまだです。
島津藩が薩英戦争までしてしまった引き金でした。当時のお金でも凄い補償金。東芝を見ているような。でも歴史はちゃんと進んで解決へ。
でも、今の時代、北朝鮮の挑発は空恐ろしい感じです。

バスツアーですでにキリンビール工場に行っていらっしゃるのですね。
私は近くのサントリー工場に以前行きましたが、こうして歩いている時こそ行きたいものです。喉が渇いて。でも歩き続けるのは無理ですね。
そうなんです。餡子大好き人間で全然飽きません。よく糖尿病にならなかったと思います。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月29日 (火) 19:40

★hiroさま こんばんは♪

関所を通過するのは通行手形というらしく何種類かあるようです。関札と紛らわしいですね。

ここの句碑は屋根がついていて立派ですね。
いつもよく読めなくて、本当に習字をちゃんとやっていればよかったと思います。
パンパスグラスは私は神代植物園や昭和記念公園で見るにとどまっています。こんな場所で見かけてほっとしました。
カリンの街路樹珍しいですよね。そう、落ちたら近所の人が拾うのかしら。それとも管理するお役所が?
よねまんじゅうを買ったのは鶴見駅に割合近い「清月」という店でした。
神奈川の由来もちょっとややこしいですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月29日 (火) 19:57

★☆銀河☆さま

銀河さんチーム、どんどん行ってください。
何故なら次回から雨でない限り大井川の方のまだまだ静岡県です。でも予定していた日が雨ですと保土ヶ谷に向かいます。
以前御ブログでビールを飲まれて歩きに響いたことが書かれていたので、自重いたしました。
私は以前ドイツ・ミュンヘンで500cc飲んですっかりいい気分になりましたが、その後歩くわけでなく、バスで連れて行ってもらえるわけで良かったですが、今回は歩かなくてはならないですからね。
松原商店街のこと、UPされるのを楽しみにしていますね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月29日 (火) 20:15

tonaさんへ
切り株生のサルノコシカケ科のきのこはコフキサルノコシカケ?、立ち枯れの枝に発生しているサルノコシカケ科のきのこはカタウロコタケ?、いずれもはっきり種名までは分かりません。「サルノコシカケ科のきのこ」で十分と思います。横浜工場は小生が通算7年間勤務した懐かしい事業所です。SVB(スプリングバレーブルワリー)で提供しているビールは、小規模設備で醸造した美味しいクラフトビール揃い、総持寺にお参りした後にでも是非お立ち寄りください。私が現役の頃ならばご馳走できたのですが・・。

投稿: shikamasonjin | 2017年8月30日 (水) 21:59

★shikamasonjinさま

そういえばコフキサルノコシカケは以前教えていただきました。本当に粉をふいたように真っ白でした。サルンコシカケは随分あちこち切株に見かけますね。
まあ、横浜工場に7年間もおられたのですか。ますます親近感が湧くではありませんか。
レンガ風のBVBの中にちょっと入って覗きました。
また機会があるといいと思います。
今の家の方にはサントリー工場がありまして一度行きました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月31日 (木) 06:54

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