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2017年8月 5日 (土)

東海道五十三次歩き8 府中~藤枝(1)

また東海道歩き ヤレヤレヽ(~~~ )とうんざりされそうです。どこまで行けるか、果して完歩できるか東海道?心もとない足と体力で、途中で挫折するかもしれませんが、懲りずにお付き合い下さいませ。700x339_3
7/12(水) 前日では雨の予定が曇で気温もそんなに高くならないらしいということで、東海道歩きをすることに。府中宿~丸子宿~岡部宿~藤枝宿の四宿。
東海道線からは一時遠ざかったけれど、静岡駅ー安倍川駅ー用宗駅ー焼津駅ー西焼津駅ー藤枝駅でした。全部で53300歩。今までで一番歩きました。
今回はいつものこだまで静岡駅に8:24に到着し、8:30にはもう歩き始められたということと、岡部と藤枝の途中になると次回はバスで大分戻らなくてはならないということで、最後頑張って藤枝駅まで歩いてしまったことによります。曇の筈が現地は晴れていて、それがずっと続いていた。日陰に入ると涼しい風が吹いていたのでどうにか一日体が持った次第。

前回、府中宿の静岡駅と東海道が交差する地点の西郷・山岡会見所辺りから歩きはじめる。宿場町の中心だった所である。明治22年になり府中は不忠に通じるという意見が出て、賎機山(しずはたやま)から賎ヶ丘、そして漢字を静岡としたそうだ。
駿府の大御所として、ここで家康は府中の街を整備し、駿府96ヵ町、新通りを造り、駿府城天守閣と富士山が一直線に見えるようにしたらしい。駿府は駿河の府中と言う意味である。

各個所に町名が書いてあって、伝馬町、材木町、毛皮町、紺屋町、鍛冶町、呉服町と言ったいろいろな名前があった。650x488_3
                 府中の消火栓はカラフルだ450x338
                 札の辻跡 法度や掟書などが高く掲げられた高札場の跡338x450
この近くの右手奥に『東海道中膝栗毛』の作者・十返舎一九の生家跡がある。江戸生まれとばかり思い込んでいた。
標柱のない西見附跡で府中宿とも別れると、安倍川の橋が見えてきた。
川の手前には、安倍川の川会所跡の説明板がある。架橋を禁じられていた川の一つ、安倍川も川越人足により川渡しが行われていた。この人夫を監督する所のこと。
又水神社は安全祈願のため、富士川にもあったが、ここでも川の手前にある。450x338_2
由比正雪の墓趾がここにあった。その他明治天皇御小休所趾などいろいろな碑があった。488x650
弥次喜多にも出てくる安倍川餅が有名。創業210年の「せきべや」は10時開店。しかし9時半前だけどもう開いていた。娘に朝ご飯は控えめにと前日通達があったが、これだったのだ。やわらかくて出来立てでとても美味しかった。450x338_3
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                                         安倍川を渡る450x338_5
東海道の松の名残り。江戸幕府は夏の日除け、冬の西風よけのためか、街道を整備するとき道の両側に松を植えた。この辺りも丸子宿までずっと続いていた。338x450_3
  何だか見たことのない花に見とれた  シモツケ属?のようです(Sさんに感謝です)。450x338_6
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丸子宿(20番目)に到着。丸子宿江戸方見附跡338x450_5
道に沿って丸子川がながれ、水神社に馬頭観音が祀られる。そこにあった木の洞の20㎝以上もあるきのこにびっくり!338x450_4
サルンコシカケ科・コフキサルノコシカケ又はオオミノコフキタケ Sさんありがとうございます。450x325
                                        八重咲きひまわり450x338_8
本陣跡、脇本陣跡、問屋場跡などの標柱が次々と出てくる。
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各家には、今はやっていなくても、屋号を記した札をかけている
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広重の絵に出てくる、とろろ汁の丁子屋に11時に到着する。店の前には芭蕉の句碑「梅わかな丸子の宿のとろろ汁」がある。450x338_9
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部屋はもうすでに半分くらい埋まっている。
丸子膳(とろろ汁、麦飯、味噌汁、香物、薬味)に(むかご揚げ団子、むかごの和え物、駿河湾産しらす、甘味)がついたのが本陣。とても美味しかった。
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             丁子屋のそばに高札場が再現されていた450x338_14
                      つづく

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コメント

驚異的な歩数ですね。
昔の人とも負けないで歩けそうです。
一日十里でしたっけ。

投稿: 佐平次 | 2017年8月 5日 (土) 10:25

こんにちは
 
7月12日…朝早くから板橋区の方までお見舞いに駆け付けた日でしたが、
お天気や気温がとんと思い出せません~
静岡の中央辺りは晴れだったのですね。53300歩!!
tonaさんもお嬢さんもよくぞ歩かれました。すごいです。
「静岡」の名前の成り立ち、初めて知りました。
府中が不忠につながる(屁理屈に思えます)などと考える人が
現れなかったら、府中県となっていたかもしれないのかしら?
五十三次の地図を拝見して、静岡を流れる富士川、安部川、
大井川、天竜川の大きな河川4本を改めて確認しました。
tonaさんは富士川と安部川を歩いて渡られたのですねぇ。
江戸時代、これらの川を渡るのは渡す人も渡してもらう人も
ある意味命がけだったのでしょうね。
先日の愛知と三重行きではこれらの川もさらに西の浜名湖も川も、
橋上を車でいとも簡単に渡ってきましたけれど。
元祖安倍川餅もお食べになられて…お土産屋さんで販売されている
安倍川餅とは見た感じも違いますね。もちろん出来立て、美味しそうです。
「何だか見たことのない花」私も初めて。同じく見とれました。
シベが長くてふわ~~っと煙るように咲いていますね。何かしら。
安倍川もちのせきべやも、とろろ汁の丁子屋も、知る人ぞ知る
人気のお店なのですね。店構えも素適です。昔の旅人気分も
想像できそうですね。

投稿: ポージィ | 2017年8月 5日 (土) 11:18

賤ヶ丘が静岡になったのですか。
知らなかったです。

本物の安倍川もちもまだ味わっていません。
まがいものは頂くのですが・・・

この暑さの中を5万歩とは気が遠くなります。
このペースですと今年中に踏破できそうですね。

静岡は新幹線の駅が3つもあるという広さです。
もうすぐ愛知ですね。
でも、次回は浜松あたりで
その次が愛知でしょうか。
岐阜は残念ながらありません。
中山道は通るのですが・・・

投稿: matsubara | 2017年8月 5日 (土) 13:09

★佐平次さま ありがとうございます。

我ながらビックリです。当時の女性は脇目もふらず30km、7里半は歩いたそうですから、それにはまだ5kmも及びません。
昔の人は健脚だったのですね。しかし後期高齢者の私なのでちょっと頑張ったと思います。

投稿: tona | 2017年8月 5日 (土) 16:44

★ポージィさま

静岡県は気温は曇りで30度以下ということで出かけたのですが、全然曇らず、きっと31、2度あったと思います。
娘は登山などはしていませんで、デスクワークですが、歩けば歩けるのだなあと。ですから私も足が大丈夫な限り京都に近づきたいです。

府中県!だったらと思うと愉快になりますね。
関連本読んだり、地図見たり、立札を見たりで、歩かなかったら生涯知らなかったことを知ってなかなか面白いです。
川の大変さ、今九州などの水害で川の氾濫を見ていて、恐ろしいものがありますが、江戸時代は水が引くのを待って人力で命がけで渡っていたのですね。
次回は大井川です。これから先の川を渡るのは橋なのに、歩いた人に寄りますとうんざりだそうです。
浜名湖の先にもいっぱい川ありですね。

安倍川餅は作りたてですから軟らかくて、これが本物ですね。本当に美味しかったです。
あまりにも有名な丁子屋、とうとう入ることが出来ました。話の中の弥次さん喜多さんは夫婦げんかの最中で食べられなかったとか。

お花、ネムノキとも違いますね。おそらく生涯に一度や数度という花があるものですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月 5日 (土) 17:00

★matsubaraさま

静岡の謂れ、意外でした。賎機山という山があるのですね。
歩いていては見ていませんでした。

本物の安倍川餅は本当に美味しいです。顔を見てから作ってくれるようですから軟らかいです。
まだ三分の一強しか歩いていませんし、秋から月1~2回ペースですから今年中に静岡県を抜けられるかどうかもわかりません。
次の新幹線の駅はこだまで掛川です。新幹線を使うと高いですが日帰り可能です。
岐阜県は中山道の時に歩きますね。
今は歩けたらいいなあと願望を抱いています。まだ東海道もわからないのに。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月 5日 (土) 17:09

こんばんは(^o^)/!
1日1万歩歩くことさえ大変なことなのに、5万歩超とは coldsweats02
ただただ敬服するのみです confident
安倍川餅、小学校の給食で時々出ていました。しかし、この写真のようなものではなく、白くて平べったいお餅で、黄粉をつけて食べたような・・・。
丸子宿の丁子屋、そこでお食事されたのですね。美味しかったでしょう sign03
十数年前、丸子梅園へ観梅に行ったときに丁子屋さんでとろろ汁のご飯を頂きました。
あんなに美味しいとろろ汁は初めてでした。
お写真を見て、また食べたくなりました。

投稿: 慕辺未行 | 2017年8月 5日 (土) 23:23

★慕辺未行さま

おはようございます。
小学校の給食に安倍川餅が出ていたのですか。
驚きました。それは楽しみな給食でしたね。
私の頃の給食は、小学校だけで、あの不味いアメリカのミルクだけしか記憶にありません。
飢えている時代だったのに、飲み込むのが大変でした。

丸子に梅園があるのですね。
街道だけ歩いていてはそういったことは何も知らずじまい。
丁子屋のとろろ汁をやっと食べることが出来て大満足でした。
家ではこんなに丁寧に作らないし、いかにいい加減なのを食べているかわかりました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月 6日 (日) 06:25

53300歩とは凄いです。
Saas-Feeの風は歩数計を携行して以後、
それほどの数値になったことはありません。
それ以前では・・・若いころにはあったかもわかりません。

ご紹介のコースは未知の場所です。
安倍川は東海道新幹線で渡りますけどね。

元祖の安倍川もちを味わってみたいものです。
旧東海道にはまだまだ往時の面影を残すところが多いですね。

島田、金谷、日坂、袋井・・・この旧東海道は歩きましたから
その道中記をお待ちしております。

>どこまで行けるか<なんて弱気にならずに
目標達成に向かって進んでくださいね。

投稿: Saas-Feeの風 | 2017年8月 6日 (日) 09:02

tonaさん、おはようございます♪
東海道五十三次歩き、頑張っていらっしゃいますね。
よく下調べをして、効率よく歩いていらっしゃるので感心します。
53300歩は大変だったと思いますが、達成感があったでしょう?
伝馬町、材木町、毛皮町、紺屋町、鍛冶町、呉服町等の
地名は職業に由来しているのか、江戸(東京)にもありますね。
消火栓などはその土地柄を表しているので面白いですね。
十返舎一九は私も江戸生まれと思っていました。
安倍川餅は美味しいですよね。
一昨年、島田市の蓬莱橋に行った時、土産店で買い求めました。
丁子屋さん、江戸時代にタイムスリップしたようで素敵ですね。
とろろご飯、食べてみたいです。

投稿: hiro | 2017年8月 6日 (日) 09:53

こんにちは。
今度は53000歩とは恐れ入りました。
後期高齢者なんて謙遜なさるけど、若者でも
53000歩は歩けませんよ。
気力も充実、
お元気になられて良かったですね。

府中~藤枝には昔の風情がずいぶん残っているのですね。
屋号を期した札がかかっていたり、鍛治屋町、呉服町などの町名が残っていたり・・・
丁子屋のとろろ汁、安倍川もち、食べてみたいですね~。
東海道歩きは、食べ物も楽しみですね。

私の東海道歩きは、7月末で、東戸塚まで。
tonaさんの歩く距離の半分ですが、頑張ってます。

投稿: ☆銀河☆ | 2017年8月 6日 (日) 12:39

★Saas-Feeの風さま

私は5万を超えたのは初めて。自分でもびっくりです。
東京の方からやっと富士川、安倍川と順番がわかりました。この後は大井川ですが、その先の川は順番がわかりません。
歩いてこそわかることで、つくづく百聞は一見に如かずを身を持って体験する旅ですね。

次回秋にいよいよ島田、金谷です。
日坂は箱根より苦しいとすでに行った方に聞いておりまして、覚悟をしているところです。
袋井でやっと真中なのですね(神奈川県がまだ抜けていますし)。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月 6日 (日) 12:51

皆さんが書いてらっしゃるように静岡と言う名前の由来、面白いですね。
tonaさんから教えて貰わなければ知りませんでした。
それにしても53300歩は凄過ぎ・・・

府中の消火栓は立派ですね。
歩いてるから色々な場面に出くわし、創業210年の「安倍川餅」を食べ
とろろ汁の丁子屋、見るからに風流で、此処だけ見たら江戸時代にタイムスリップした感じさへします。
丸子膳もとても美味しそうで私も食べてみたいです。

投稿: ラッシーママ | 2017年8月 6日 (日) 12:57

★hiroさま

計画と案内は娘任せでただついて歩いているだけの私です。
どんどん先を歩いている知人たちはタイミングが悪くて安倍川餅もとろろ汁も食べられなかったそうで、同じ地図を持っていても計画がある程度大事だとわかります。しかし現地に行って見ないとそれも計画通りというわけにはいかないですからね。
家康は江戸と駿府と両方を切り開いたわけですから、街も同じようにして造られたのでしょう。町名が江戸とそっくりですね。
ここを歩いた当時の外国人も駿府の町には感心したとか。
当時も十返舎一九のように地方から出てきて江戸に永住という人もいたのですね。
蓬莱橋渡ったのですか。次回渡る予定で楽しみにしています。
安倍川餅もとろろ汁も大変美味しく、忘れられない味となりました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月 6日 (日) 13:05

★☆銀河☆さま

今は夏バテ気味ですが、5月、6月、7月半ばまでは元気になって、外泊もちょっとだけするようになりました。
歩く方も以前杖を買って歩いていた期間が少しだけありましたのですが、今は嘘のようで、自分でも信じられず、このところ人間の体の不思議に驚嘆しています。
屋号の札は、この先は分かりませんが、このすぐ後の宇津ノ谷峠の手前の街道にもあったのですよ。
東海道歩きは甘いもののお茶どころが多かったから、今までも随分ありましたが全部を買うことは出来ませんでした。これから後もそれが楽しみで。
えっ!7月末も歩かれたのですか。暑いのに、びっくりです。もう9月末までとても無理です。昨年9月末の大山街道歩きで暑さにまいってしまいましたから。
あっという間に神奈川県も三分の一歩かれたのですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月 6日 (日) 13:23

こんにちは。藤枝まで到達されましたか。もう少しで半分ですね。是非、京都まで頑張って下さい。

投稿: 多摩NTの住人 | 2017年8月 6日 (日) 13:36

★ラッシーママさま

まさか静岡が明治に出来た名前とは思いもよりませんでした。
私もまさかの5万歩でした。不思議に腰も背中も膝も痛まず歩けたのは奇跡です。

確かにここの消火栓はカラフルでいろいろな絵が盛り込まれています。
仰るようにこの当たり、タイムスリップしたような地域でした。旧街道は車も少ないし、雰囲気がなかなか良かったです。
丁子屋の茅葺屋根がいいですね。
とろろ汁が多過ぎて、麦ごはんのお代わりす。歩くからエネルギー源を入れておくのもいいかと、最近では珍しく(尾瀬でもちょっぴりお代わりしたのです)お代わりしました。
機会がありましたら是非どうぞ。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月 6日 (日) 13:37

★多摩NTの住人さま

半分の袋井までもうすぐなのですね。
もっとも神奈川県が抜けてしまっているのでまだまだですが。
励ましのお言葉ありがとうございます。

投稿: tona | 2017年8月 6日 (日) 13:42

tonaさま
1日の歩数5万歩越えは凄過ぎます。距離にして30㎞位でしょうか、真夏の街道をこれだけ歩けるなら怖いものなしですね。大型菌はサルノコシカケ科のコフキサルノコシカケ(粉吹猿腰掛)のようです。ココア色の胞子が傘表面を覆っています。オオミノコフキタケの可能性もあり、胞子を顕微鏡観察しないと正確な同定は出来ませんが・・。

投稿: shikamasonjin | 2017年8月 7日 (月) 14:09

シモツケに似た白花は葉の形からトサシモツケかもしれません。一度にコメントを書けばよかったのですが・・。

投稿: shikamasonjin | 2017年8月 7日 (月) 15:07

★shikamasonjinさま

いつもいつも教えていただき本当にありがとうございます。
きのこの方はもうさっぱりわかりません。
それなのに写真に撮ってしまうのはあまりにいろいろ在ってその神秘性に目がいってしまうからです。
今まで40ほども教えていただきました。
その中でも今回のは最大級で、娘も驚いちゃって。
いつものように書かせていただき、自分のピクチャーにも保存します。これで41個目です。

トサシモツケは高知と徳島にあるとのこと、それも5月に咲くそうで、静岡の旧東海道筋の丸子に咲いているなんて、植物って面白いですね。この蕊はだんだん無くなっていくのでしょうか。そばだったら見守りたいところです。
それにしても世界だけでなく、全国をまたにかけて登り、歩いていらっしゃるからきのこや植物もたくさんご存じで凄いです。
自分の歩幅がよくわからず、50cmとすると26kmくらいでしょうか。わが人生最長でした。

投稿: tona | 2017年8月 7日 (月) 16:17

 夏の暑い日差しの中、お疲れさまでした。
昔の人は、旅に出るには草鞋を履いて
歩きしかなかったのですよね。
それと同じ気持ちで頑張ったと言うわけですね。
 こうして見ると、いろいろな史跡が残っているのですね。この中を歩くとタイムシリップします。それがまた、五十三次歩きの醍醐味ですね。とろろ汁の丁字屋、広重の絵のまま。
意識して残してるのでしょうね。
こういうとこらはかたくなに伝統を守ってるものですが、味は如何でしたか。
 
 

投稿: 夢閑人 | 2017年8月 7日 (月) 18:17

★夢閑人さま

草鞋だったらとても歩けませんね。小さい頃はいた覚えがありますが。
今はウォーキングシューズのいいのがあってどんなに歩いても足が何も痛くなりませんね。凄いものです。
冷たいものもコンビニや道の駅などたくさんあって補給できますし、とても昔の人のような歩きは出来ませんね。
本日毎日新聞に丁子屋が屋根の吹き替えに全国からインターネット上で資金を集めるクラウドファンディングで、茅葺屋根の修繕をすると計画していると書いてありました。
とろろ汁はとても美味しかったです。量が多かったです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年8月 7日 (月) 19:10

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