« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »

2017年10月30日 (月)

東海道五十三次歩き12 掛川~袋井~見付2

670x323_372x314_2
台風一過、素晴らしい晴天です。今朝白かったはずの富士山、雪がなくなっていました。雨で融けちゃったのでしょうか?

●袋井宿(27番目)へ  五十三次のどまん中 感慨深いです。往時の建築物は残っていない(安政地震と東南海地震で倒壊)が、前回も書いたように、商店も小学校も「どまん中」の看板を掲げて宿を盛り上げ、案内板も良く整備されているので歩いていて楽しい宿だ。

・宿に入る前の「新屋の秋葉常夜灯」は屋根瓦にしゃちほこのついた立派な常夜灯で、こんなのは今までで初めてである。袋井市内には石の灯籠型と木造の屋形の常夜灯が14基現存されているとのこと。
450x338
                  これより袋井宿の石柱338x450
・東海道どまん中茶屋 観光案内所でボランティアの方にとても美味しいお茶の接待を受ける。向かいは今はやってないけれども「どまん中食処」もあった。
450x256
450x338_2
450x338_3
袋井の今昔マップなどをいただいた所へ青島クリーニング店の青島さんが見えた。袋井宿の見張り番で、街道ウォーカーとして87街道を歩き、東海道はもう6回も歩かれたとのこと。お店で通過証明書を発行してくださるということで、一緒に記念撮影後、クリーニング店にお邪魔する。お店には街道に関するちらしや弥次喜多風スタイルで歩く姿の写真などたくさん貼ってあった。東海道袋井通過証明書と袋井通過証をいただき、写真も許可していただき撮らせていただいた。感謝しつつお店を後にしたのだが、6回も東海道をなんてもうただただ驚くばかりである。私も京都まで1回だけでも辿り着きたいもの。青島さんに元気を頂いた。450x338_4
450x338_5
                東本陣跡 公園になっている450x338_6
                     宿場公園450x338_7
  問屋場跡、中本陣跡、西本陣跡を過ぎ、高札場跡を過ぎると説明板がある。450x338_8
             明治天皇御小休跡はどまん中酒屋さんだ450x338_9
                 東海道どまん中西小学校450x338_10
澤野医院記念館 1727(享保12年)から地域医療を担ってきた内科医で、幕末から昭和初期まで建てられ続けた建物で市の指定文化財。土日祝日しか公開されていない。450x338_11
寺沢家長屋門 1868年に建てられたそうで東海道沿いには珍しい長屋門だそうだ450x338_12

●袋井宿から見付宿へ 掛川宿から9.6㎞歩いてきたけれど、ここから見付までまだ5.9㎞ある。

・木原一里塚(59里)地図上では59里、看板には61里となっていて一応地図に従うことにする。平成11年に復元されたもの。338x450_2
・掛川をずっと過ぎた頃から槇の垣根の家が増え、袋井はずっと続くし、このあと見付を過ぎてもまだ所々あったのである。都会ではお金持ちの家にあるなんて言われているけれども。450x338_13
・許禰(こね)神社 (江戸時代は熊野権現社)
家康が大敗を喫した見方原の戦いの前哨戦になった古戦場木原畷の碑がある。1572年、この神社付近に布陣していた武田信玄と徳川家康が戦った古戦場跡だ。450x338_14
450x338_15

       隣の長命寺の楠の大木と六蛙える(迎える)蛙6匹が可愛い450x338_16
450x338_17

<磐田市に入る>

・須賀大社の大楠 樹齢500年 樹高15m、幹回り9.5m、枝針25m、市指定天然記念物 静岡県では今まで大楠を何本見たことでしょう。温暖な気候だから?
穴は向こうまで見通せてあちら側にも穴が開いているということだ。中に空洞部分があって良く生きていること。本当に植物の逞しさに圧倒される。450x338_18
・三ヶ野に来たら松並木が見え、左手の田んぼに隣接する三ヶ根坂の鎌倉古道、江戸の古道、大正の道、明治の道を通って元の東海道に戻る。338x450_3
450x338_19
                          イボテングタケ(Sさん感謝です)
338x450_5 450x337

338x450_6
鎌倉古道を登った頂上は大日堂があって、徳川軍が武田軍と戦う時この辺りに陣を敷き、この高台から物見したそうだ。450x338_20
450x338_21 338x450_7

田んぼかなたには日本一の蜻蛉の生息地があって、磐田市のマンホールは蜻蛉の図柄だ。450x338_22
                        (続く)

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2017年10月27日 (金)

東海道五十三次歩き12 掛川~袋井~見付1

670x323

10/18(水)前日までと翌日からの雨続きの間の貴重な晴れの一日でした。44356歩。袋井がちょうど五十三次の中間点です。
東海道の駅は掛川~愛野~袋井~磐田駅。袋井が五十三次の中間点でやっと半分(神奈川県の多くが抜けているが)ですが、静岡県はまだ終わらないのです。

●掛川~袋井市へ

富士川からの富士山。今年は寒い日が多いのにまだ冠雪していません。1週間後には初冠雪、昨日26日は、家の窓から見るともう真っ白で冬の富士山の様相でした。Photo
   掛川駅前の二宮金次郎像 ムクドリの糞はきれいに掃除されていた338x450
・秋葉山本宮秋葉神社の掛川一ノ鳥居 ここは秋葉街道(塩の道)の入口だ。石の道標や小さな祠がある。
富士川を過ぎたあたりから秋葉と書かれた常夜灯が見られるようになって、秋葉とは?その時はまだ知らなかったけれど、秋葉信仰、つまり火の神様を祀る信仰で神社も寺もある。
浜松市秋葉山に秋葉寺と秋葉神社、袋井市に可睡齋秋葉総本山があり複雑。
広重の絵の掛川は「秋葉山遠望」だ。しかし秋葉山は赤石山脈の遠州平野に突出した最南端で天竜川を遡った所にあり、ここから約35㎞先にあるので、広重の絵のようには見えない。秋葉信仰は神奈川県の大山信仰のようだ。338x450_3
・芭蕉天神と子育て地蔵 松尾芭蕉ではなく植物のバショウが植えられた、祭神が菅原道真の天神。450x338
キンモクセイ ブロ友hiroさんに教えていただいたキンモクセイ前線。桜前線と反対だそうで、家の方ではすっかり散ってしまっていたキンモクセイが静岡県では満開から散り始めであった。338x450_4
・天竜浜名湖鉄道(掛川から浜名湖の西・新所原まで)の無人駅「西掛川駅」。丁度通った電車は1両編成であった。450x338_2
次の歩きを1昨日(10/25)してきて、掛川駅に着くとここ始発の、この電車が停まっていた。電車全面に「直虎」の文字が目立っている。気賀や井伊谷の方を通っているから今年いっぱい電車はこの化粧なのでしょう。450x228
・57里の大池一里塚跡を通り過ぎ境界を示した道標がこの後たくさん現れるようになる・・これは「従是北岡津區」。これらは大正時代のものらしい。338x450_6
・仲道寺 東京・京都中間地点 由緒ある寺だそうだが、今は測定によって違うらしく、袋井市が真ん中と言われる。450x338_3

・この辺り(岡津・原川間)から袋井市に入ったあたりに美しい松並木が何回か出てくる。この秋はきのこを全然見かけなかったが、松の根元にきのこがたくさん生えている。450x338_4
     テングタケまたはイボテングタケ    Sさんありがとうございました
450x338_5 450x338_6


間の宿の原川 掛川宿まで6㎞、袋井宿まで3.6㎞。片浜屋という寿司屋や椎の木旅館などが並んで昔の面影を少し残している。
450x338_7 450x338_8


ムラサキツユクサにそっくりの花だが、葉が白い柔毛で覆われてる。調べたら和名白雪姫、トラディスカンティア・シラモンタナ(ツユクサ科)で、別名ホワイトベルベットであった。450x338_9

 この原野谷川の同心橋を渡ると東海道五十三次のどまん中袋井に入る450x338_10
・かなり東海道に力を入れている袋井市、あちらこちらに「どまん中」という言葉が出てくる。
共同ゴミ集積所にはこんな浮世絵などが書かれたゴミ箱があちこちに見られた。このゴミ箱には袋井名物の丸凧や、このゴミ箱あたりの名栗には花茣蓙が作られて売られていた絵が描かれる。450x338_11
・また松並木。ここに一段下がった歩道がある。きのこ(イグチ属か)がまたまたたくさん生えている。ベニタケ属やサルノコシカケも。338x450_8
     チチアワタケ              ベニタケ属
450x338_12 4_450x338_2

                 サルノコシカケ科の幼菌450x338_13
・そして街道には、袋井が出てくる浮世絵が40以上もあるらしく、スポンサーがついてたくさん立てている。見ながら歩くのも楽しい。450x338_14
・富士浅間宮の赤い鳥居。かなり遠いそうで行くのは省略。この神社の名前が懐かしいほど久しぶりである。450x338_15
・妙日寺 ここには日蓮の両親の墓がある。この土地の豪族だった父、貫名重忠が源平合戦で平氏に味方したため、安房の小湊へ流された。その地で生まれたのが日蓮である。鎌倉時代末に身延山久遠寺の日善によって貫名氏の館跡にこの妙日寺が建立された。450x338_16
338x450_9
・久津部一里塚は江戸から丁度58里。 これは本当の形の一里塚。
今まで見てきた一里塚は跡の記念碑ばかりであったが、一里塚とは、街道の両側に一里ごとに土を盛り上げて道のりの目印にした江戸時代の塚のことで、多くは榎や松がその上に植えられていた。ここも松が枯れたりして、江戸時代のものでなく、袋井東小学校100周年に記念に昭和47年に立てられたもの。338x450_10
・東海道五十三次どまん中東小学校450x338_17
          11時半になって昼食、鍋焼きうどんとしらすサラダ450x338_18

                     (続く)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2017年10月22日 (日)

柴又へ

柴又帝釈天題経寺と山本亭に行ってきました。もう3回目ですが今回は帝釈天の彫刻と山本邸の庭をじっくり拝見しました。

柴又駅前の寅さん像の前には「見送るさくら像」が新しく出来ていました。
338x450 301x450

338x450_2
参道には草だんごや佃煮、煎餅とお土産屋がずらり並んでいて、帰りに草もちを家人への土産に買いました。
450x338 450x338_2

帝釈天題経寺の創建は1629年で開基は日栄上人。日蓮聖人の親刻になる帝釈天の板本尊がある。裏と両脇には経文が彫られているという。江戸庶民に盛んに信仰された。

                 帝釈天二天門 彫刻が立派450x338_3
     瑞龍の松 東京都指定天然記念物 龍の形をしてとても美しい松450x338_4
帝釈堂木彫 昭和4年に完成された帝釈堂の外壁に法華経説話が当時の名人8人により彫られ、とても価値あるものだそうだ。450x338_5
450x338_6
450x338_7
客殿の日本一南天の床柱 樹齢1500年とは。その割には細い。南天は太くならない樹木なのですね。我が家の21年の南天の直径は3㎝。338x450_3
                  横山大観群猿遊戯図450x338_8
                  邃渓園(すいけいえん)450x338_10
450x338_11
矢切の渡し 雨のため渡し舟は休み 渡った先には伊藤左千夫の野菊の墓文学碑があるのでした。450x338_12
                       昼食450x338_13

山本亭 
カメラ部品製造の創立者山本栄之助翁の自宅で、関東大震災後に移り住んだ。
庭園は昭和初期のもので、当時のまま残されているのは、都内で旧安田邸、徳富邸とここだけだそうだ。今は葛飾区の所有。450x338_14
450x338_15
庭園のこのような記事が。足立美術館は行ったことがあって、アメリカの日本庭園専門誌のランキングは日本人が感じるのとは違うなあと思ったが、この山本亭の小さな庭園が3位とはまたびっくりです。樹木は種類が多く、樹木と池や石の配置などは美しくしっとりと落ち着いていますが。3_600x597_3
450x338_16
450x338_17
喫茶があって、昼食を食べ始めてから50分しかたたないのに善哉を頂く。大きなあずきでとても美味しい。450x338_18

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2017年10月19日 (木)

「猫百態」展 朝倉彫塑館にて

台東区立・朝倉彫塑館は国指定名勝で国登録有形文化財です。昭和10年に現在の原型が完成したそうです。
450x338_2
朝倉文夫はここを「朝倉彫塑塾」と命名し、門下生を育成し、住まいと学校と生育の場が一体となっていました。
2度目ですが、建物の素晴らしさを認識していませんでた。撮影禁止ですが玄関と屋上だけは禁止マークなしです。
大きな鯉のいる池と様々な素晴らしい石が並べられた中庭は、和風の住居棟とコンクリート造りのアトリエ棟に挟まれています。アトリエは天井高8.5mで三方向から光りを取り入れている。
和風建築には竹がいろいろな所に形を変えて使ってあり、様々な木を用いた床の間、天井などや置いてある家具なども垂涎もの。書斎は天井までガラス張りで凄い蔵書で埋まっている。

                    門と玄関

450x338_3
450x338_4
屋上 スカイツリーが半分以上雲の中というのは初めて見ました450x338_5
450x338_6
450x338_7

ところで「猫百態」展では猫の様々な姿態を、石膏とブロンズで見ることが出来ます。
ちらしに書かれていますが、猫は、予期しないような動き、人を避けるような仕草、奔放で媚を売らないかと思えば甘え上手な性質。朝倉氏はそうした猫の特性を好んで制作したそうだ。
写真で拝見すると10数匹飼っていたようです。見ていてとても楽しい。312x450

               夕焼けだんだんの方に行ってみる380x285_2
以前もブログに載せたりしている、お店や屋根の上の猫など、猫だらけの谷中銀座でした。450x338_8
450x338_9
450x403


もう終わってしまいましたが、都美術館の「ボストン美術館の至宝展」ではゴッホの肖像画と曽我蕭白が見られて感動し、太田美術館の「月岡芳年・月百姿」が素晴らしかった。
そして生誕150年記念で練馬区立美術館で開かれた「藤島武二展」は色々な画風に挑戦した画家の絵を150数点見ることが出来ました。練馬区は豪気、75歳以上は他の地域の人も無料です。
運慶展は行列が長くあきらめましたが、芸術の秋は早稲田大学の方の美術史講座がまた始まって、復習もままならず、読む本もたくさんあって、それなりに暇人の私もちょっぴり忙しいです。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2017年10月15日 (日)

近所で御開帳

ローカルな話ですが
近くの武蔵国分寺跡の方、国分寺仁王門の奥に国分寺薬師堂があります。
年に1回、10月10日に薬師堂内の「木造薬師如来坐像」の御開帳があります。ここに引っ越してきて21年にして初めて見てきました。

仁王門 国分寺市指定文化財 宝暦年間(1751年-1763年)の建立で、入母屋造の八脚門450x338
薬師堂 国分寺市指定文化財
建武2年(1335年)新田義貞の寄進により、武蔵国分寺史跡の金堂跡付近に建立されたと伝えられています。現在の薬師堂は宝暦年間(1751年から1764年)に今の場所に移され、建て替えられたものです。以前の建物は義貞が分倍河原で負けた時に焼き払ってしまったとのこと。その時薬師如来は持ち出されて無事だったのでしょう。450x338_2

木造薬師如来坐像 国指定重要文化財 平安時代末期から鎌倉時代初期の制作。作者不明。寄せ木造、漆箔仕上げ。像高191.5㎝。
今国立博物館で運慶展をやっているが、康慶・運慶親子の活躍した時代とほぼ同じ時代のもの。800数年ここにおわして、お顔も黒く変色して痛々しい感じです。今度は御開帳の祈祷の儀式から見てみたい。338x450
450x327
450x396
                  左脇侍・日光菩薩と十二神将のうち六体 元禄2年制作450x338_3
                   右脇侍・月光菩薩と十二神将のうち六体 元禄2年制作450x338_4
450x338_5
天井に龍が描かれるが色も褪せて見えない。寺額は東大寺西大門の勅額を模したものだそうです。450x338_6


帰り道
      花の時は気が付かず、実がなって初めて気が付くサネカズラ450x338_7
               マユミの実はまだはじけていない300x260

谷中で買ってきてもらった「もにゃか」という名の最中。餡は羽二重団子に入っているものだそうで美味しい餡子。猫ちゃんをパクリはちょっと気が引けたけれども。300x225

| | コメント (18) | トラックバック (0)

2017年10月12日 (木)

東海道五十三次歩き11 金谷~日坂~掛川(後編)

2_450x369_2
●日坂宿と掛川宿の間

・宿をはずれるとすぐ、遠州一宮の式内社・事任(ことのまま)八幡宮がある。まず本宮にお参りするが271段の階段を登らなければならなかった。338x450
県道を渡って事任八幡宮へ。『枕草子』にも「事任の明神 いとたのもし」と出てくる古社だ。意味は「願い事が思いのまま叶うありがたき言霊社」
その後1062年源頼義が石清水八幡宮を当社に勧請した。江戸期には徳川幕府も信仰し、社殿を改築し朱印高百石余を献上した。朱印高という言葉は恥ずかしながら初めてで、朱印地、黒印地という言葉もあって、寺社に関係する石高。→こちら

・塩井神社 一日に3度塩水が出るところがあって、そこを塩井と呼び、川を塩井川と言ったとされる。川に渡された板の上を渡って行く。昔塩がないときこの水で味付けしたそうだ。450x338
338x450_2
ああ、びっくり!突然現れた蛇を娘が踏んでしまった。
黒い蛇はシマヘビ(カラスヘビ)、ヤマカガシ、マムシの3種の黒化型があるそうで、多分シマヘビでしょうか?450x332
                                                 神社450x338_2
・福天権現道標 東海道を上下する旅人の興味を引いたようで、太田南畝も「掛川領にいれば、左に福天権現本道とあり。いかなる神ならん」とある。菊川市西方の龍雲寺境内に祀られ、願掛けに御利益があるとして、多くの信仰を集めた。338x450_3
450x338_3
・七曲り いよいよ掛川宿に入る手前の七曲りだ。容易に敵を侵入させないための構造。終点に城下に入ってくる人物や物を取り締まるための木戸と番所があった。
途中に塩の道標柱がある
442x450_2 338x450_4


●掛川宿(26番目)
掛川は内助の功で有名な山内一豊が整備した城下町。江戸後期、旅籠30軒全てが飯盛女を置かない平旅籠だったという。
今までの宿と違って、掛川宿は宿場跡を記すものが皆無だ。ただ商店街には白漆喰塗籠造りの家が多く城下町の趣がある。

掛川城 東海の名城といわれた天守閣は平成6年に日本初の本格木造天守閣として復元された。
城は最初今川氏が築かせたが、桶狭間の戦いで義元が討たれてから家康領有となり家康の重臣石川氏が入城。その後秀吉が全国平定すると、家康を関東に移し、掛川城には山内一豊を入れた。その後家康の天下になってからは家康の異父弟の松平氏から始まり、太田道灌の子孫の居城として栄えた。しかし安政の東海大地震により大半が損壊し、明治2年廃城となった。
                           大手門 天守閣復元後にここも復元された

450x338_4
天守閣 実に美しい!山内一豊が造った。450x338_5
450x338_6
                                           天守閣からの景色450x338_8
                                           眼下の御殿450x338_9
掛川城御殿 江戸時代後期の建物だが、地震で倒壊後、時の城主太田氏が再建した。現存する城郭御殿としては京都二条城など全国で4ヶ所しかない貴重な建造物で国の重要文化財だそうだ。部屋は20もある書院造。藩の公的式典の場であり、藩主の公邸、藩内の政務をつかさどる役所という3つの機能を合わせ持った施設。450x338_11
450x338_12
450x338_13
450x338_14

・ヘンミイの墓 オランダ商館の一員で江戸の将軍家斉謁見の帰途、ここで亡くなったので天然寺に葬られた。享年51歳。蒲鉾型の墓だ。450x338_15

・信用金庫や銀行が白漆喰で瓦屋根で他の町にはない珍しい金融機関だ。

                    掛川信用金庫450x338_16
          清水銀行には山内一豊と千代夫人の浮彫刻が見える450x338_17
・円満寺蕗の門(城から円満寺が買い受けた)を通り過ぎたところがもう西番所だった。450x338_19
・その少し先の掛川十九首町にある十九首塚で見学を終わる
十九首塚は、将門の乱で平将門は、平定盛、藤原秀郷らに滅ぼされた。将門ら19人の首実検が掛川で行われ、940年に埋葬された(大手町にも首塚があり全国にあるようだ)。450x338_20

338x450_6


日曜大河ドラマで「おんな城主直虎」をやっている。楠戸義昭著『女城主・井伊直虎』によると、
直虎の許婚・井伊直親(虎松、徳川四天王の一人・直政の父)が小野但馬守道好の讒言に遭い、今川氏真に潔白を申し開きに掛川城に行ったのだが、ここ将門の十九首塚のある場所で氏真の手のものに殺されたのである。唯、資料が少ないので謎は多いと著者は記す。

十九首塚の近くの電線にムクドリの大群がとまっていたが、散歩していたおばあさんが、このムクドリは暗くなると掛川駅の前の木に集まり、ここだけでなく周辺からものすごい数が集まると教えてくださった。
暗くなった駅に到着すると凄いにぎやかな囀りとベンチまでにも落ちている糞。樹木をねぐらにしていた。何故駅に集まるのか??

掛川には新幹線が停まるので、お弁当を買って乗り、東京駅まで乗り換えなし。但し「こだま」なので時間のかかること。駅に着く度にのぞみとひかりに追い越されているから。
「直虎ちゃん弁当」は12月までの期間限定。1個しかもうなかった。
450x338_21
450x215
                       (完)

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2017年10月 9日 (月)

東海道五十三次歩き11 金谷~日坂~掛川(前編)

9/21(水)に金谷宿から日坂宿、掛川宿まで41728歩でした。東海道の駅は金谷~菊川~掛川。箱根峠、鈴鹿峠とともに東海道三大難所と言われた小夜の中山越えがありました。普段登山をしているので苦しいとは思えなかったけれども、草鞋で石畳、それ以前の粘土質の道もさぞかし歩きにくかったでしょう。549x600
●金谷石畳、菊川坂と菊川宿、小夜の中山

金谷駅で降り前回の芭蕉句碑から坂を上がり、道祖神を過ぎると金谷の石畳が始まる。450x338
ここは粘土質で雨が降ると滑りやすく石畳が1862~3年に敷かれたが、宿が廃止されると電話線などの埋没のため剥がされコンクリート舗装された。しかし平成3年、金谷町民約600人で430mの石畳が復元された。

すべらず地蔵尊「ここの石は滑らないということから受験や商売など何事も願いが叶う」・・とはいいながら皮肉にも金谷坂の石畳は、日が射さないため苔が生えて滑りやすいそうだ。450x338_2
            金谷坂を登り切ると左手に茶畑が広がっている450x338_3
反対側には諏訪原城跡がある。この城は武田信玄が築いた金谷城を武田勝頼が遠江侵攻の拠点として、拡大築城させ諏訪大明神を祀ったので諏訪原城となった。450x338_4

次に出てきた坂が菊川坂だ。下った所に、金谷宿と日坂宿の間は急所難所ゆえ、間の宿・菊川が置かれた。
菊川坂は611mの石畳だったが、現在江戸時代の石畳が160m残る。菊川の家並みが向こうに見える。338x450
        いよいよ小夜の中山だ。坂が続く。茶畑が両側に見えてくる。450x338_5
450x338_8
多くの人が中山峠を歩いて句を残したので、その歌碑や句碑が次々と十数カ所に出てくる。
これは最初の方の一つで、「雲かかる さやの中山越えぬとは 都に告げよ有明の月」は『十六夜日記』の阿仏尼の歌碑である。十六夜日記を読んだが道中の苦しさはあまり書いてなかったような記憶がある。338x450_2
久延寺(きゅうえんじ)・真言宗は、夜泣き石伝説にまつわる寺で掛川市の指定文化財。450x338_6
夜泣き石と弘法大師 妊婦お石が中山峠で賊に殺されるが、お石の霊が石に移って石が泣いたため、生まれた子どもは久延寺の和尚に飴で育てられた。その後弘法大師がこれを聞き、お石に同情し石に仏号を刻み、立ち去ったという。(地図にもあるように夜泣き石はもう一つあるし、夜泣き石が実際にあった跡もある)450x338_7
寺の隣の茶店扇谷の名物・子育て飴は、お休みで買えなかった。447x450
扇谷の前の西行の歌碑「歳たけてまたこゆべしとおもひきや 命なりけり小夜の中山」40年ぶりにここを通った西行の感動の歌だ。450x338_9
           向こうの栗ヶ岳の横腹に「茶」の文字が見える450x338_10
    広重の五十三次の絵「日坂 小夜の中山」 坂がデフォルメされている450x290
沓掛や二の曲りの急な坂や曲り(坂というのは写真では伝わらないものだが)が終わって日坂宿だ。450x338_11

●日坂宿(25番目)
                   日坂宿の屋号札450x338_12
700mで本陣1、脇本陣1の小さな宿だったが旅籠は33軒あった。天保11年当時の屋号を書いた木札が通り沿いの各家にたくさんかかっていて驚いた。建物も数軒残っていて昔の面影を残す宿だ。

扇谷本陣跡は公園になっている。食堂がないことが分かっていたので、おにぎりと果物で食事、後で道の駅で「おでん」を食べる。450x338_13
              藤文 商家で最後の問屋役を務めた450x338_14
                     萬屋 旅籠450x338_15
川坂屋 上級旅籠で士分格の人が泊まった。山岡鉄舟や西郷従道らの書が残る。450x338_16
                バショウと花
450x338_17 450x338_18

    相伝寺は遠江観音霊場第二十一番札所の小寺で庚申塔などがある450x338_19
21_450x338
        天保の頃のが復元された高札場でここが下木戸跡である450x338_20
日坂宿も火災が多かったため秋葉信仰が盛んで、日坂宿3つ目の秋葉常夜灯である。450x338_21
                    (続く)

| | コメント (14) | トラックバック (6)

2017年10月 4日 (水)

白樺湖

40数年ぶりに白樺湖の池の平に行ってきました。小さかった子供が蝶々とりに夢中になっている姿しか思い出せず、初めて行ったような感じです。

              中央自動車道の初狩PAからの富士山450x300

白樺湖 
                  向こうは車山高原方面450x338
450x338_2
450x338_3
450x338_4
リフトからの黄金アカシアの丘 黄金色に染まったニセアカシアでしょうか450x338_5
450x338_6
後ろの山は蓼科山のようだ。以前登った時、頂上の大石ゴロゴロに辟易したものです。450x338_7
450x338_8
          リフト頂上駅から遠くの山が幾重にも重なって見える450x338_9
フクロウたちが迎えてくれる
     メンフクロウ                 シロフクロウ
450x337 450x338_10

                     カラフトフクロウ338x450
  トルクメニアンワシミミズク           アフリカワシミミズク
347x450 350x450

        ベンガルワシミミズク                                   タカ
402x450 450x338_11

チョコレートコスモス・チョコモカ 昭和記念公園でちょっぴり見ただけのチョコレートコスモスはチョコレートの香りがする450x338_12
450x338_13 450x331

               チョコレートコスモス・ノエルルージュ450x338_14
                     フジアザミ450x338_15
                 ルドベキア
450x338_16 450x338_17

                  ナギナタコウジュ(シソ科)338x450_2
                    エゾノコギリソウ450x338_18
           ノギク 永久に名前の判別がつきそうにありません450x338_19
                    コルチカム450x338_20
                     ナナカマド450x338_21
                    ドイツトウヒ450x338_22
                     シモツケ450x338_23
   最後に葡萄園でピオーネとシャインマスカットを食べお土産にしました450x338_24
450x338_25
おやきの定番は野沢菜だけれど、かぼちゃや切り干し大根などもあるそうで、今回買った茄子もなかなかいけると子供が言ったので、次回から自分にも買ってきましょう。

美しい湖面と黄金アカシア、チョコレートコスモスやフクロウにとても癒された一日でした。
そして四葉のクローバーを2つ採取。今年はこれで3つ目。

            +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+

新聞に精神科医のコラムがあって、お題は「政治家から学ぶ健康法」で笑ってしまいました。
精神科の診療室には色々な職業の人がやって来るが、政治にかかわっている人はほとんどいないそうだ。
「政治家は出世したい、大臣になりたい、次の選挙でも必ず当選したい、という欲がものすごい。人間、欲を失わなければ心にもハリ出るものです」とは引退した政治家の弁。
なるほど!「ちょっと自信ありませんが、よかったら票を入れてください」などと弱気では当選できない。とはいえ、あまりに自信満々、欲がいっぱいでは、自分は良くてもまわりの人に迷惑をかけてしまう。でもときどきは政治家をまねてもよいのかもしれない。といった趣旨の内容だ。今まさに解散後で、いろいろな政治家の顔が浮かんできてしまいました。

| | コメント (19) | トラックバック (0)

2017年10月 2日 (月)

シモバシラの花・殿ヶ谷戸庭園にて

シモバシラ(シソ科)の花 冬になると、枯れた茎の根元に霜柱のような「氷の結晶」ができる。以前初めて景信山で見た時は興奮しました。

「季節の花300」よると、
茎の部分が枯れて、 気温が氷点下ぐらいにまで下がった早朝。
しかも雨や雪が降っていないとき、強い風が吹いていないとき。勿論雪が積もっていないことも。
今まで4回くらい見たのはこの偶然が重なった時だったときでラッキーだったのです。
こんなにたくさん咲いている園内、シモバシラが出来たら見事でしょう。タイミングを見計らって見に行きたいものです。
450x338
450x338_2
450x338_3
園内450x150
450x356
萩のトンネルと萩338x450
450x351

回数重ねて来ているのに、馬頭観音の石碑を見るのは初めてです。武蔵国分寺にある馬頭観音11基のうちの一つだそうだ。
江戸時代府中宿へ助郷として馬の供給をしていたので、馬が多かったとのこと。338x450_2
湧水の池450x338_4
今の国分寺駅あたりの昔の景色。寂しい武蔵野の原野といった感じ。想像以上でした。450x338_5


丁度園内隅の蔵で「秋の山野草展」が開かれていました。たくさんあった中から花が咲き、実がなっていたほんの一部の作品を。
手入れだけでなく温度管理なども大変そうな野草たちですが、小さくて可憐で、青や紫、白が多かったです。

                  ギンミズヒキ(タデ科)450x338_2_2
                 ウズラバムレチドリ(ラン科)450x338_6
                   タムラソウ(キク科)450x338_7
               ヒダカミセバヤ(ベンケイソウ科)450x338_8
          マキギヌ別名クモノスバンダイソウ(ベンケイソウ科)450x338_9
                  サルナシ(マタタビ科)450x338_10
                  シクラメン(サクラソウ科)450x338_11
                  白ホトトギス(ユリ科)450x338_12
                  ベニバナオケラ(キク科)450x338_13
                 スズフリラッキョウ(ユリ科)450x338_14
フユノハナワラビ(ハナヤスリ科)450x338_15
                  ダンギク(クマツヅラ科)450x338_16
                   ホトトギス(ユリ科)450x338_17
                     ローヤガキ450x338_18

| | コメント (14) | トラックバック (0)

« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »