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2017年11月 2日 (木)

東海道五十三次歩き12 掛川~袋井~見付3

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●見付宿

見付宿は奈良時代には遠江の国府が置かれ、古くから遠州の中心地として栄えていた。天竜川の渡船業務を担う川越しの宿場であり、姫街道との分岐点でもあったので多くの旅人で賑わったという。地名の「見付」は京側から来て初めて富士山が見えたからという。しかし見えそうな感じはしなかった。

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・遠州鈴ヶ森刑場跡
品川と同じ鈴ヶ森という名の刑場跡。白浪五人男の日本左衛門の首が晒されたところでもある。供養塔「南無阿弥陀仏」の碑がある。 
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                     木戸跡(東)338x450_8
・見付天神 裸祭が有名
この神社には悉平(しっぺい)太郎という犬の像がある。昔神社の森に住む妖怪に人身御供が行われていたが、この妖怪を悉平太郎が退治し、宿場に平和が戻ったとの伝説がある。700年前のこの怪物退治に里人が踊り上がって喜んだのが裸祭だそうだ。国指定無形民俗文化財で天下の奇祭として知られているとか。450x338
          太郎の反対側で2匹の猫のにらみ合いが続いていた2_450x262
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・悉平太郎や江戸時代の風俗なども道のタイルに埋め込まれていてなかなかだ450x334
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         ジュビロ磐田のホームタウンなので旗がひらめいている338x450_9

・国史跡 旧見付学校 明治8年に落成。基礎が石垣積みで5階建て。現存する日本最古の木造洋風小学校校舎。最上階から町を一望できる。
明治時代の教科書や学用品等多数展示され、日本の初期教育を知る上で大変貴重な学校。450x338_2
                私的には石板が懐かしい教室450x338_3
                      職員室450x338_4
  黒塗りの教科書は私は知らないけれども聞いたことがある。こんなに真っ黒。450x338_5
                    和服姿の小学生338x450_10
5階は太鼓楼になっていて、登校合図や正午の時報として太鼓が打ち鳴らされたとのこと。5階からの眺め450x338_6
懐かしいおもちゃの一部
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・淡海國玉神社 小学校の隣にある。遠江の総社で遠江のすべての神社の神様が祀られている。初めてだったのが狛犬ならぬ、狛兎であった。
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・大見寺 ここには江戸時代中期、安倍川で空を飛んだ鳥人・幸吉の墓があるというが見つからなかった。450x338_9
・又一庵にてあきらめていたお菓子・きんつば(栗やサツマイモ、あずきなど)を買った。450x338_10
・姫街道の道標 東海道が左に直角に曲がる辺りの角にある。姫街道は東海道の新居宿の新居関所の「女改め」が厳しかったのと、浜名湖の今切の渡しを姫様たちが嫌い、浜名湖を迂回し、気賀の関を通り、三河の御油で東海道と合流する。いずれこの姫街道も歩いてみたい。338x450_11
・木戸跡(西) 338x450_12
・西光寺の表門 家康の別荘の門を移築したもので、江戸時代の総ケヤキ造りの門。市の文化財。450x313
・府八幡宮 奈良時代の桜井王がここに赴任してきたときに建立したと伝えられる。450x338_11
・ジュビロのマスコットキャラクターのジュビロくん。静岡県の県鳥、サンコウチョウがモチーフ。
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もう磐田駅はすぐそこ、東海道線で掛川駅に戻り、お弁当を買い新幹線に乗る。帰宅は9時半頃でした。450x338_13
                       (完)

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コメント

石板は使ったことはあるけれど、学校ではなかったような気がします。
使い心地もうろ覚え。
いよいよ後半戦ですね。

投稿: 佐平次 | 2017年11月 3日 (金) 09:35

★佐平次さま

はい、私も学校では使わなかったように思います。
でも石板は知っています。どこで使ったかどうかがわからない。もう知っている親はいないですので。
静岡が長くて、まだ2、3日くらい?かかりそうで、なかなか三河の国に入っていけません。来年中には京都へとおもっていますがどうなるかわかりません。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年11月 3日 (金) 09:46

こんにちは。袋井宿の次は磐田ではなく見付宿なんですね。犬の像の前で猫のにらみ合い。なかなか面白い場面でしたね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2017年11月 4日 (土) 16:10

tonaさん、こんにちは~♪
見付というのは京側から来て初めて富士山が見えた場所なのですね。
地名を見ればその土地がどんなところかおおよそわかりますね。
裸祭は神聖なものと思っていましたが、
怪物退治と関連があるというのは面白いですね。
それは村人が喜ぶでしょう。
旧見付学校の机は私が小学校に入学したころのものと同じです。
校舎は素朴な木造校舎でこんなに洒落てはいませんでしたが、
懐かしい感じがします。先生も威厳がありますね。
淡海國玉神社の狛兎ちゃん。兎とは思えない恰幅の良さ。
思わず吹き出してしまいました。

又一庵出はお好きなあんこのお菓子が買えて良かったですね。
駅弁もとてもおいしそう。楽しい東海道歩きが続きますね。

投稿: hiro | 2017年11月 4日 (土) 16:15

★多摩NTの住人さま

磐田市にあって東海道の駅は磐田ですが、見付宿なのですね。
駿府、すなわち静岡駅の所は府中宿と言っていますがそれと同じようです。
猫のにらみ合い、どうなるかもっと見ていたかったですが、日の暮れるのが早くて叶いませんでした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年11月 4日 (土) 16:24

★hiroさま こんにちは♪

地名の由来というのは面白いですね。
今は建物が高くて見渡せないし昔の面影がないわけですから、ここで富士山が見えたというのが想像できなくて残念でした。
裸祭りはテレビで一度見たように思いますが、こんな由来だったのですね。悉平太郎の凛々しいこと、立派なワンちゃんでした。
小学校の机や雰囲気が私の頃を思い起こさせ、とても懐かしかったです。hiroさんも懐かしく思い出してくださったのですね。
今の先生は学級崩壊などもあったりで大変、もうそれはだんだん改良されているのでしょうか。
狛兎はそう言われてみますと太めですね。他の神社のどこかにこんなうさちゃんいるでしょうか。

和菓子があったことに満足し(翌日食べました)、駅弁も今の所美味しいのにあたっています。コメントも励ましになりまして続けられ、ありがとうございます。

投稿: tona | 2017年11月 4日 (土) 16:48

旧見付学校の写真を拝見して思い出しました。
歩いています。
ジュビロ磐田の旗が街の通りに幾つもありましたね。
その他のことを思い出せません。
あの記事があると好いのですけどねえ。
写真は残っていますから後でフォルダー内を探してみます。

投稿: Saas-Feeの風 | 2017年11月 4日 (土) 19:05

★Saas-Feeの風さま

私も旧見付学校はきっと忘れないだろうと思います。明治の学校なのに、戦後数年の自分の小学生の頃を思い出します。
遊びもずっと変わらなかったことがわかりました。
ジュビロ磐田の旗がたくさんありました。
見付宿がジュビロ磐田の所とは初めて知りました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年11月 5日 (日) 08:16

ラインでのお見舞いありがとうございます。

前の記事ですが、柴又の帝釈天は、彫刻の
先生に勧められ、東京に居た25年前に参詣
しました。トラさんのことも知らずにいきました
ので、びっくりしました。

旧見付学校の写真を見て、長野県にある
開智学校を思い出しました。重要文化財
で、ここも復元されています。

投稿: matsubara | 2017年11月 6日 (月) 08:21

★matsubaraさま

お忙しい所コメントありがとうございます。

今は柴又と言えば帝釈天より寅さんでしょうか。
帝釈天の彫刻は見事ですね。毎回行くたびに感動しています。

私も開智学校を思い出しました。
見付小学校の方が古いとは。開智学校と思っていましたので。
中は大変興味深かったです。

投稿: tona | 2017年11月 6日 (月) 16:14

見付宿、なかなか見どころがありますね。
姫街道なんて、美しい名前です。
旧見付学校も興味あります。
石板・・・・こういうのなんですね。
赤毛のアンで、学校に行った初日に髪をからかわれ、
ギルバートブライスの頭に打ち下ろし、割れたのがこんな石板なのですね。

狛兎、初めて見ました。
いわれがあるのでしょうか?

投稿: ☆銀河☆ | 2017年11月 6日 (月) 18:04

★☆銀河☆さま

見付宿が磐田とは今回初めて知りました。今の地名と昔の宿の名前と違うところが所々にあるのですね。
奈良の昔から人々が歩いた道、それがしっかり整備されたのが家康の時代だったわけです。
今は建物などほとんど残っていないところが多いですが、熱心な宿場はいろいろな駒札などを建てたり意気込みを感じます。今の所一番は袋井でしょうか。

石板、そういえば『赤毛のアン』にありましたね。すっかり忘れていました。
狛兎なのですが、御祭神が大国主命だからではないでしょうか。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年11月 6日 (月) 19:27

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