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2017年12月19日 (火)

東海道五十三次歩き14 神奈川~保土ヶ谷~戸塚(後編)

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●保土ヶ谷宿(4番目の宿)

松原商店街を抜けるとシルクロード天王町商店街に入る。
ここに保土ヶ谷宿江戸方見附跡があった。説明板に寄れば、見附は土盛をした土塁の上に矢来を組んだ構造で「土居」とも呼ばれていた。
保土ヶ谷宿上方見附跡まで約2㎞だ。

・橘樹神社 この辺りは天王町と呼ばれるのはこの神社が牛頭天王と呼ばれたから。裏に神田不動尊や古い庚申塔がある。
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商店街のお寿司屋さんが混んでいたので、ここでジョナサンに入ってサラダ、デザート、飲み物付きの水牛モッツァレラのマルゲリータの食事をした。

・帷子橋を渡り相鉄天王寺町駅をくぐると復元された帷子橋跡がある。帷子川は暴れ川で度々下流域に水害をもたらしたので、現在のようにまっすぐにしたとのこと。
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・香象院に大釜が2つ並んでいた。最大の寺子屋があったそうだ。450x253_5
この辺りから先が保土ヶ谷宿の中心である。左手はJR保土ヶ谷駅だ。

・助郷会所跡、問屋場跡を見逃し、高札場跡の標柱を見る
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・金沢横町と呼ばれる金沢・浦賀往還への出入り口の角に「かなざわ・かまくら道」など四基の道標がある。
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説明書にも紹介されているが、声をかけてくださって保土ヶ谷宿のマップをくださるお店のおじさんがいました。

・JRの線路を渡ると刈部家・保土ヶ谷本陣跡があり、現在も在住。通用門が現存する貴重な史跡だ。
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・脇本陣跡を通り過ぎると、旅籠屋(本金子屋)が当時の面影を残す(明治2年に建て替えられたものだそうだけれど)。
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・茶屋本陣跡の斜め前が、上方見附跡と8番目の一里塚跡。
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●戸塚宿との間
・外川神社 出羽三山の羽黒山の外川仙人大権現の分霊を祀っている
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・今井川、コガモを久しぶりに見た
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・樹源寺 紅葉と庭が美しい日蓮宗のお寺。本陣の刈部家が1628年に身延山久遠寺の末寺として開山した。
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・権太坂 家から駅に行く国分寺崖線の坂もきついけど、その3倍半くらいあったでしょうか。江戸からの初めての難所だったそうだ。
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      上りきったところで、大山と富士山がうっすらと見えた。感動もの。450x253_13
・栗山というお菓子屋さんで、後に見る地蔵の「おじぞうさんもなか」を買う。
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・投込塚の碑 権太坂で行き倒れた旅人や馬が投げ込まれた死体の骨が1961年宅地造成で発掘され、改葬され、ここに供養碑が建てられた。
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・境木立場跡の先に境木地蔵があった(お菓子のおじぞうさん最中になった)。鎌倉腰越に打ち上げられた地蔵を牛車で江戸に運ぶ途中ここで動かなくなったので、ここに祀ったと言われる。ここは武蔵国と相模国の国境で、境内の欅の木が目印になって境木という地名になったそうだ。
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・茶屋があって焼き餅が売られていた焼き餅坂下って行くと、9番目の品濃一里塚がある。神奈川県内で道の両側に昔のまま完全な姿で残るものである。右手は鬱蒼として塚の上にも大木が生えていた。一里塚ってかなり大きかったことが分かった。
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東戸塚駅前のオーロラシティにてタピオカドリンクを飲んで休憩。

・富士山と大山が再び見えるようになったが、国道1号線を渡ってから旧道から富士山が真正面に見えていたのが一瞬左富士が見えた。神奈川県ではあと、茅ヶ崎馬入川付近で見られるという。
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道路沿いには東海道線との間に、山崎製パン、ポーラ、ブリジストンの工場が続く。

・右手には王子神社。5時頃で境内は真っ暗。王子神社の祭神は護良親王(後醍醐天皇の皇子で建武の新政を成功させるも足利尊氏と対立し、その弟の直義によって殺害された)で、本殿の下には親王の首が葬られているという。少し離れた場所にある親王の首洗い井戸は見つからなかった。

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・斎藤家のレンガ造りの土蔵。英国人カーティスの使用人だった斎藤角次が日本人初のハム製造を始め、「鎌倉ハム」と言い、ここがその倉庫だったそうだ。
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●戸塚宿(5番目の宿)

戸塚宿の江戸方見付跡に到着。いよいよ戸塚宿。次の機会にしっかりみたい。253x450_2
10番目の吉田一里塚跡。日本橋から約40㎞。昔は一日でここまで歩いてきた!!我らは朝が遅いにしても3回目でもう真っ暗。
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下を見ると戸塚区のマンホールは駅伝選手が走っているもの450x384
戸塚駅近くの吉田大橋には広重の絵があった。橋の手前が鎌倉道と東海道の分岐点だったという。
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ラッシュ時に1時間に3分しか開かなかった「開かずの踏切」は大踏切デッキが出来て戸塚駅に到着できた。午後6時ごろ。

東海道線と中央線で地元に帰り、いつもの庄やで歩けたことに感謝して乾杯。ビール、お通しの肉豆腐の他、砂丘らっきょう、マグロとアボガドのわさび醤油、蟹詰めクリームフライ、鶏団子鍋。
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                (完)

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コメント

昔の人は一日40kも歩いたのですか。
鍛え方が違いますね。

この寒いのに歩かれるとは凄いです。
いつもながら感心しています。
本には詳しく道標もあるようで
それも楽しめますね。

鎌倉ハムの発祥はそちらなのですね。

これで今年は歩き納めですか。

戸塚には息子の親友がいまして、私も
挨拶に行き、彼も岐阜までも来て
くれました。でも
35年も前でよく覚えていません。

投稿: matsubara | 2017年12月19日 (火) 11:11

★matsubaraさま

江戸時代の人は一日に男性は40km、女性は30kmも歩いたそうです。天気や川の状況が良ければれ、翌日もそして翌日もずっと歩くのですから凄いですね。1日でへばってしまいそうです。

鎌倉ハムがまさかここ、戸塚とは知りませんでした。今もありますものね。
今年は12月はもう歩きませんで、今度1月に浜松の方を予定しています。寒いでしょうね。ヒートテックの厚い下着を用意しました。
戸塚には息子さんのご縁があったのですか。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年12月19日 (火) 16:38

tonaさん、こんばんは~♪
保土谷から戸塚まで歩かれたのですね。
結婚当初は戸塚区に住んでいましたし、夫の職場も保土ヶ谷区だったので、
保土ヶ谷には何度か行ったことがありますが、
今回tonaさんが歩かれた区間で知っているところは一つもありませんでした。
権太坂の地名は箱根駅伝で何度も聞いたことがあります。
行き倒れた旅人の供養碑があるそうですが、
当時は超えるのに相当な難所だったのでしょうね。
登りきったところで富士山が見えたそうですが、ほっとされたことでしょう。
庄やには入ったことがありませんが、美味しそうなお料理ですね。

投稿: hiro | 2017年12月19日 (火) 21:56

★hiroさま おはようございます♪

保土ヶ谷に住んでいらっしゃったのですか。
私はただ道を通っただけで両側のと景色しか見ていないのと、昔、車で東京へ向かったときに通ったくらいです。
有名な権太坂、かなり長いですね。行き倒れた人々、長い旅で無理しているので特に京側から到着した人は疲れ切っているでしょう。
電車から見ていましても戸塚から保土ヶ谷あたりは高低差があってでこぼこしているのを感じます。次々と家が建っていくのを車内より見ていました。高い所から富士山や大山が見える地域でもありますね。
庄やは飲み屋ですが味が確かで美味しいです。ここは病みつき気味です。と言いましても他に飲み屋は魚民や他1軒くらいしか入ったことがないですが。
有難うござました。

投稿: tona | 2017年12月20日 (水) 08:38

こんにちは。権太坂は旧道があるんですね。お疲れ様でした。以前、個人的に箱根駅伝2区も走りましたが、この坂はかなりしんどい道でした。打ち上げのビールが美味しかったことでしょう。

投稿: 多摩NTの住人 | 2017年12月21日 (木) 08:19

★多摩NTの住人さま

こんばんは。
そうですね。旧道は細くて殆んど車が通らないので街道歩きは快適です。
わー、権太坂箱根駅伝2区を走られたのでか!走られる姿を見たかったです。応援もしたかったです。
運動のあとのビールは全部体に吸収されちゃって。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年12月21日 (木) 18:16

今回は歩数が書いてないけど、かなりの距離でしたね。
後ろからヨタヨタ付いて行く心境で読みました~
いつも真面目な内容なので、ときおり食事やお八つがあるとホッとします(^^;
昨夜は本多公民館で、今年最後の歌の練習でした。
その後忘年会で、家からわざわざ徒歩で行きました。
自転車で酔っ払い運転しても困るから(笑)
庄屋は好きで、時々行きますよ。

投稿: だんだん | 2017年12月21日 (木) 23:49

★だんだんさま ありがとうございます。

今回の歩数は37494歩でした。やはり3万歩は何時も越えてしまいすね。
私も娘の後からヨタヨタよろよろという感じで時々小走りになったりして。

えっ!本多公民館まで徒歩。凄い歩数でしょうね。
魚民という所に初めて他ので行ったのですが、庄屋の方がいいですね。この間から注文するとき「喜んで」という言葉が返ってくるのでなんだかおかしくて。

投稿: tona | 2017年12月22日 (金) 09:47

つい箱根駅伝を想起しました。
権太坂なんて名前がいいですものね。

投稿: 佐平次 | 2017年12月22日 (金) 10:13

★佐平次さま ありがとうございます。

箱根駅伝の往路の走者、箱根が大変ですが、ここ権太坂のある2区も結構大変そうでありました。
名前の由来が、旅人が道ばたのおじいさんにこの坂の名前を聞いたところ、自分の名前を聞かれたと勘違いし、権太と答えたからといいます。

投稿: tona | 2017年12月22日 (金) 11:18

荒川。字のごとく暴れ川。
何度か洪水の被害が起こり、その度に治水工事が行われてきた。
ゼロメートル地帯もあり、治水の苦労が伺われます。
川のある所に街が出来る。治水は常に必要。
直下型地震が起これば、甚大な洪水による被害は起ころことは避けられない。そこに街があり、人が住む。宿命的なことかも知れません。
 初夏の時期は荒川土手はとても気持ちのいい所。歩いてわかります。

投稿: 夢閑人 | 2017年12月25日 (月) 11:10

★夢閑人さま

荒川って読んで字の如くだったのですね。今まで気が付きませんでした。
荒川を歩く本も出ていて、いろいろな顔を見せる荒川に興味があります。
日本全国治水工事が大変でしたね。
その点、ヨーロッパは最近洪水になるものの、昔から日本ほどではないようですね。
仰るように初夏は風が気持ち良い土手でしょうね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2017年12月25日 (月) 15:14

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