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2018年3月 2日 (金)

東海道五十三次歩き16 舞坂~新居(前編)

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◆高塚から舞坂までの間
昨年浜松駅から一駅の高塚駅まで歩いておいた。9時頃から浜名湖手前の舞坂宿と浜名湖を渡った先の新居宿に向かって歩きはじめる。この日は34351歩。
東海道線は高塚~舞坂~弁天島~新居町駅

・駅の近くに「麦飯長者跡」がある。高塚に五郎兵衛という長者がいて、明治維新の頃まで人の区別なく街道を行き交う人々に、湯茶を接待し、空腹の人には麦飯を食べさせていたので「麦飯長者」と言われるようになった。小野田の姓を許され、村役人、庄屋を努めたそうだ。偉い人がいたものです。
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   暖かなこちらはギョリュウバイやエリカなどの花がきれいに咲いている
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・常夜灯 秋葉常夜灯などこのあと街道筋には次から次へと現れて驚くほどの数だ。
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・篠原立場跡 街道の施設として本陣、脇本陣、旅籠屋、問屋場、そして高札場や一里塚や並木(松)などを多く見て来たわけですが、立場というのもあった。
立場というのは宿場と宿場の間の村の沿道に置かれ、人や馬が休息し、湯茶や簡単な食事を提供する施設。
ここの立場は立場本陣と言われ、大名など身分の高い人達が多く休憩した。明治天皇も明治元年に休憩されている。
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・66番目の一里塚や高札場跡(吉田藩はあちこちに高札場を設置していた)などを過ぎる頃、日本一早く出荷する「新玉ねぎ」の畑や、収穫されているのを見る。篠原地区は白玉ねぎの一大産地だそうだ。
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・稲荷神社・・・珍しい赤い両部鳥居がある。両部鳥居というのは、本体の鳥居の柱を支える形で稚児柱(稚児鳥居)があり、その笠木の上に屋根がある鳥居。厳島神社や熊野速玉大社が有名。
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・春日神社 舞坂駅のすぐ手前にある。春日大社と関係あるのか?拝殿前に狛犬ならぬ雄と雌の鹿が迎えてくれる。非常に珍しい。
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・舞坂駅の所から今までで一番立派な松並木が現れた。700mの間に340本あるという。
害虫駆除など維持が大変という。
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松並木の右側には十二支をかたどった石に其々の説明が彫られたレリーフがあり、左側には東海道五十三次のレリーフが品川から始まり京都三条まである。
      最後(京都側)にあった、亥の刻、横から見ると猪の形をしている
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                     品川宿
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              舞坂宿のはさすが1つだけ大きかった
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・浪小僧  網にかかった真っ黒い小僧を漁師たちは殺そうとしたが「助けてくれれば御恩返しに、海が荒れたり、風が強くなったときは、海の底で太鼓をたたいてお知らせします」と言ったので海に返すと、それ以来天候の変わり目に波の音がするようになったという。
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●舞坂宿(30番目の宿)浜松宿から8.8㎞ 日本橋から約278㎞ 本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠28軒。

・見付け石垣 舞坂宿の東側の道路の左右に残っている。江戸・京都方とか東・西方見付という言い方ではなく石垣で表されている。
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・家は古くないけれど、宿場らしい雰囲気の舞坂宿だ。舞坂一里塚跡のあたりから「ぶち海苔」と呼ばれる青と黒の海苔を混ぜたのや「しらす」の看板を出す魚屋が多くなる。
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・宝珠院に舞坂の海苔産業に貢献した森田屋彦之丞と大森三次郎の供養碑がある。
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舞坂宿の見学の前に浜名湖のそばの「つるや」といううなぎ屋で昼食にする。このうなぎは2段になっていてボリュームがあった。浜名湖の養殖鰻は最盛期の三分の一にまで減少したが、海苔、牡蠣、スッポンなどの養殖が盛んである。
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・舞坂宿脇本陣 東海道に唯一現存する脇本陣の遺構で天保9年(1838)建築の茗荷屋脇本陣の書院棟を復元したもの。大名用の上段の間を備えた見事な建物。
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       奥の上段の間から中庭、玄関の方を見る。厠。庭。台所。
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・一里塚と常夜灯
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・浜名湖はかつて閉じた淡水湖だったが、室町時代の大地震明応7年(1498)によって湖と海とを分けていた砂洲が流され、1里(約4㎞)の切り口が開き外界とつながった。そのためこの辺りを「今切」(いまぎれ)と呼ぶようになり、船で渡ることになったのが「今切の渡し」である。舞坂宿は渡船場として大いに賑わう。雁木(舞坂ではがんげと呼ぶ)と呼ばれる階段状の渡船場が3ヶ所あり北雁木だけが現存している。北雁木は大名や役人用、中雁木は武士用、南雁木は庶民と荷物用だった。
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                       (続く)

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コメント

3月の声を聞くと同時に旅の再スタートですね。
まだ風は冷たいと思うのですが・・・
おいしそうなうな丼で寒さも忘れそうですね。

浜名湖はここと近いのにあまり行きません。
花博以来ご無沙汰です。

浜名湖が大地震で塩水湖になったことは知らな
かったです。生態系も変わったでしょうね。

街道筋は面白そうなものが多く残っているのですね。
松並木もほとんどがなくなっていますのに・・・

投稿: matsubara | 2018年3月 2日 (金) 12:17

★matsubaraさま

浜名湖の橋を渡った時はとても風が寒かったです。帽子、マフラー、手袋をしっかりと着用しました。
この当たりでは有名な鰻屋さん、炭火で外で焼いていました。浜名湖で獲れたのだと思って食べました。

私も浜松に降り立ったのは花博以来でした。モネの家がありましたね。
地震にそんなに昔に遭って、ふさがってしまったこと、私も知りませんでした。汽水湖ではいろいろな養殖が行われるのですね。
東海道の松並木を見るなら舞浜です!
浜松方面歩きは次回がやっと愛知県に入ります。神奈川県側はまだ半分残っています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年3月 2日 (金) 16:28

こんばんは
 
今回歩かれた区間は、新幹線や東名高速道路を車で通っていますが、
歩くとこんなに歴史的なものがたくさん見られるのですね。
やはり歴史的なものが多いと、江戸時代など昔の人の気分も
想像しやすそうです。
それにしてもこうして改めて地図を見ると、随分細い所を通っていて、
危うくすら見えます。はるか昔は浜名湖は小さな湾の形状だった
そうですのに。
春日神社というのは春日大社と関りがあるのかしら?春日大社では
鹿は神様の使いでしたよね。狛犬の代わりに鹿がいる神社、珍しいですね。
松並木がしっかり見事に保存されていてすてきですね。
愛知へ入ってからの御油宿から赤坂宿にかけての御油の松並木も
残っている貴重なもののひとつだそうです。
余談ですが、私の故郷・国府(こう)の小学校区とこの御油の
小学校区があわさって一つの中学校区になっていました。

投稿: ポージィ | 2018年3月 2日 (金) 21:24

浜名湖では舘山寺周辺を歩いていますが
ご紹介のあたりについてはまったく知らないところです。

東海道の松並木で長い距離を残しているところは
数少ないようですが
ここでは見ごたえのある街道になっていますね。

四日市宿から少し歩いたところには、
寂しいことですが僅か一本だけが残っています。

ウナギは稚魚不足のために高騰しているようですね。
Saas-Feeの風は浜名湖でウナギの白焼きを味わい
その時の、その味が忘れられません。

愛知では三河一色産ウナギが知られていますので
愛知県に入られた際にはそれを味わってください。

投稿: Saas-Feeの風 | 2018年3月 2日 (金) 21:56

★ポージィさま

おはようございます。
浜名湖を渡る時、えっちらえっちた歩いている横を新幹線がもう何本もビュービュー右手を走って行きました。東海道の左右には道路が、そして東海道線も走っていています。海の方の高速道路付近も随分埋め立てられているのですね。
昔ここにきてまた舟で渡るのも難儀な事でしたでしょう

奈良の春日大社でした。春日神社を訂正させていただきました。ありがとうございます。
全国に1000社ある春日神社、他にも狛鹿さんがいるところはあるでしょうか。珍しいですよね。
御油から赤坂にかけての松並木も楽しみです。
御油は見付から始まる姫街道の終点ですね。
もし京都まで行けたら次は姫街道に行きたいと思っています。
国府駅や御油駅は名鉄でJRは遠く離れていますね。次回は先に神奈川県と思っています。なかなか愛知県に入れないです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年3月 3日 (土) 09:16

★Saas-Feeの風さま

浜名湖あたりは花万博の時に訪れただけです。舘山寺もテレビで見ただけです。一周すると随分ありそうですね。

松並木は一番立派。今まで茅ヶ崎当たりもなかなかだったのですが、ここには敵いません。
そうそう、途中、1本とか2本などという所が多くありましたよ。

鰻はもう稚魚不足でますます深刻になり、食べられなくなってきました。しかし昨年から浜松に入ってから2度目です。名古屋でひつまぶしを食べたのも最近でした。
また名古屋方面に行ったらいただくかもしれません。
有難うございました。

投稿: tona | 2018年3月 3日 (土) 09:28

tonaさん、こんばんは~♪
今回も34351歩とたくさん歩かれましたね。
tonaさんの脚力には脱帽するばかりです。

こんな早い時期に新玉葱が収穫できるとは驚きました。
浜名湖の周辺は気候が良いのでしょうね。
鹿は神様のお使いだそうですが、狛鹿とは珍しいですね。
松の管理も大変ですね。
松くい病などにかかると枯れてしまうと聞いたことがあります。
舞坂宿脇本陣の建物は立派ですね。
2畳お部屋は御厨だそうですが、今で言うトイレのことでしょうか。
畳が敷いてあるのでびっくりしました。
江戸時代はトイレのある家を建てるのが庶民の夢だったそうですが、
さすが脇本陣ですね。
浜名湖が買って淡水湖だったこと、初めて知りました。
地震の威力ですね。
鰻丼が美味しそう。力がつきましたね。

投稿: hiro | 2018年3月 3日 (土) 21:03

こんばんは。
舞阪駅付近の松並木、立派ですね。
車の量も少なく、国道1号線の茅ヶ崎平塚あたりとは別のゆったりした松並木です。
私達は一応三島を終点にしているのですが、tonaさんの東海道を読むと、もっと先まで行きたくなります。
自分たちで、見どころを探しながら歩く旅は楽しいですね。
気候風土も食べ物も違うし、肌で変化を感じながら歩くのは何とも贅沢な旅です。
今月末に、2回目の箱根越えに挑戦します。

投稿: ☆銀河☆ | 2018年3月 4日 (日) 00:20

★hiroさま

何時も4万歩を超えてしまいますが、今回の先はJRから離れてしまい、さらに進むと交通手段がないのでこの当たりでやめておきました。
これ以前に登山をやっていて良かったかなあと思いました。ただ登山は高低差があって歩数は半分くらいですが。
玉ねぎの畑は松並木の横にも広がって葉が青々としていて、そこはもう収穫を待つばかりに玉ねぎが盛り上がっていました。
白鹿雌雄仲良く左右にいい姿でしょう。
江戸時代、トイレが家の中にあるのは大名屋敷位だったのですか。そういえば、その頃のパリ、ロンドンの大都市で窓から汚物を道路に投げる話は有名ですね。とても都市に住めないイメージですが、やはり人間は都市に集中してきたわけですね。
私も浜名湖の成り立ちを初めて知りました。
炭火で焼いた関東風ウナギかば焼きは量が多かったですが美味しかったです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年3月 4日 (日) 08:19

★☆銀河☆さま

おはようございます。
舞坂の東海道は旧道でしょうか、車が殆ど通らないし、兎に角今までで一番立派な松並木でした。
静岡県は三島から長かったですが、最初のうちは富士山に気を取られる場所が数か所ありなかなかですよ。
川も渡るのがさぞ大変かと思う、大井川や天竜川、橋でさえも歩くのに時間を要しました。
その他、曰くあるお寺や神社の数々は忘れてしまったのが多いですが、それなりに学ぶことも多かったです。
いよいよ箱根超え完了ですね。記事を楽しみにしています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年3月 4日 (日) 08:28

最初から由来に基づく写真が多くて楽しみました。
貧者に援助を厭わなかった人物の碑を、各地で見ました。
舞坂の麦飯長者も、後世まで称えられたんですね。
常夜灯が立派過ぎて、当時からこうだったのかと?状態です。
干支のレリーフ、両部鳥居、浪小僧、見付石垣など、歩いて飽きなかったでしょう。
全国的に消えゆく松並木、今や貴重な遺産だと思います。

ウナギが美味しそう、それに特産の新玉ねぎも♪

投稿: だんだん | 2018年3月 4日 (日) 14:42

★だんだんさま

面白い神社や立派な松林、遺構があった脇本陣など、いろいろ楽しめました。
常夜灯はこれから愛知県に入るとどうなるかわかりませんが、静岡県は秋葉信仰があって、このあたりのは鞘堂に収められていて風雨にさらされず立派です。
両部鳥居なるものも初めて認識しました。鳥居もいろいろな種類がありますね。

海苔は売っていましたが壊れるので買わず、玉ねぎは売っているところが見つかりませんでした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年3月 4日 (日) 16:02

こんにちは。今度は舞阪ですか。浜名湖と言えばうなぎですね。ずいぶん昔ですが、東海道線に乗れば、静岡のお茶と浜松のうなぎ弁当を買うのが常でした。

投稿: 多摩NTの住人 | 2018年3月 5日 (月) 08:15

★多摩NTの住人さま

こんにちは。
静岡のお茶を愛用していますが、浜松の鰻は殆どと言っていいくらいこの頃はお目にかかれません。鹿児島産ですね。
浜松あたりで2度も食べることが出来て1年分を堪能しました。
鰻弁当は目に入りませんでした。
高いから売ってないのでしょうね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年3月 5日 (月) 11:15

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