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2018年3月 8日 (木)

『獄中記』佐藤優著

何故筆者が512日間も獄につながれていたのか?内容を全然知らないで来ていました。
それは国後島ディーゼル発電機供与事業に関して、積算価格を三井物産に漏洩するという行為に、直接、もしくは間接に関与したこと。
もう1件はテルアビブ大学主催国際学会への日本人学者などの派遣、ゴロデッキ―大学教授夫妻の訪日招聘に支援委員会の資金を支出したこと。つまり背任・偽計業務妨害という微罪容疑だ。これらに筆者は一切関与してなく、外務省の組織決定に従ったと。
佐藤氏は国策捜査の主要ターゲットではなかった。鈴木宗男氏が標的で、そこに行き着くために佐藤氏を捕まえることが必要だった。そして鈴木氏と佐藤氏が絡む刑事事件を作ることによって、従来の政官関係を断罪するというのが東京地検特捜部の策略だったと見た。
鈴木宗男氏は1991年のリトアニア訪問で杉原千畝の名誉回復に貢献した人だったことを知った。

小菅刑務所で著者は検察や東京拘置所に対しておもねるつもりはないが、皆仕事熱心で、公益に対するそれなりの信念をもっており、人間として尊敬できる人立ちだと書いている。看守たちも囚人心理の洞察に優れ、人間的優しさを持った好感を持てる人々であったと言っている。

512日間、公判など裁判の準備がそれこそ多いわけだが、著者の勉強、読書の内容には仰天の何物でもない。

この方は同志社大学院神学研究科を出、イギリスとロシアの大使館に勤務後、外務省の首席分析官として活躍。クリスチャン。
獄舎では1回に持ち込める本の数も数冊に制限されるが、最初はラテン語、ドイツ語、広辞苑の勉強から始まり、専門の域でしょうが哲学、聖書関係の書が多い。
マルクスは言うに及ばず、ヘーゲル、ユンゲル、ハーバーマス、ミル、ディルタイ、フロイト、チャーダーエフ等々きりがないのでやめておきますが、凄い著書を原書でも読んでいる。
ロシアのセルゲイ・アルチューノフ教授は40ヶ国語ができ最初に勉強したのは日本語やアイヌ語で日本に留学し、博士号を取り、世界の食文化、北方少数民族研究、コーカサス研究に打ち込む歩く百科事典でロシアやアメリカの大学教授でもある・・・というようなすごい人の話がたくさん出てくる。
日本人では『太平記」など他、多川俊映、高崎直道、武村牧男、横山紘一などなど、私が今後絶対に読まないような難解な本を次々読みこなしていく。

ある日の監獄の食事・夕食 ビーフカレー、シーフードサラダ(イカ、エビ、グリーンアスパラ)、福神漬、ヨーグルトドリンク。
元旦のメニュー 朝食:白米飯、大根味噌汁、イカ塩辛、芋きんとん
        昼食:餅、雑煮、焼きそば、メロン、牛乳
        夕食:白米飯、ビフテキ、コーン・人参・グリーンピース、タラコスパゲッティ、ベーコンクリームシチュウ、カフェオーレ
そして元旦の配給品 
 〇紅白まんじゅう
 〇折詰 カニクリームコロッケ、鶏唐揚げ、ミカン・パイン・チェリーの缶詰、野沢菜と大根の漬物、シイタケ煮付、竹の子煮付け、昆布煮付、豚肉角煮、塩鮭、ボタンエビ、数の子、羊羹、酢だこ、昆布佃煮、だてまき、紅白蒲鉾、豆きんとん、黒豆。
我が家よりずっと凄いではないですか!
そして2年目には空調の効いた独房だったので快適だったとか。1年目の夏暑く冬寒さに奮えていたのとは別天地。

佐藤氏は今次々本を出版されているが、獄中に60余冊のノートも取って勉強したことも反映されているようである。2002年5月から2003年10月までの拘留は自身の人生に有意義な時間をくれたようなことも書いている。獄中はとても居心地よく、もっと居たかったくらいだと。

またこの人の強さを知った1冊でもあった。紹介に寄れば、接見禁止のカフカ的不条理の中、外交官としての死を受け入れ、神との対話を続けながら世捨て人にならず、人を恨まず、嫉妬せず、裏切らず、責任転嫁せず、転向もせず、人間としての尊厳を保ちながら、国家公務員として国益の最大化をはかるにはいかにすべきか?この難題を哲学的ともいうべき問いに取り組んだ獄中ノートだ。

           最初出る葉が黄色い「カネノナルキ」を見ました
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コメント

これまで知らなかったのですが、すごい人なのですね。
著書も100冊以上あるし、大宅壮一ノンフィクション賞も
貰われているし・・・

どうしてこのような人が囚人にならなければなかったのか
不思議ですが、事実なのですね。
普通の囚人としては扱えない人ですね。

高校時代から社会主義に関心がありすぎて
親が心配して同志社の神学部を受けさせたとか。
高校時代の東欧に旅行するとか、普通の人は
ここまでできないです。

奥様も並みの人ではなくて、ケンブリッジ大学の
チェコ語の先生とか・・・

岐阜県人としては杉原千畝氏を正しく評価
した方ですので感謝しなければなりません。
鈴木宗男氏とともに。

このような人を教えて頂きありがとうございます。

投稿: matsubara | 2018年3月 9日 (金) 08:24

★matsubaraさま

当時随分騒がれていたのに、内容がよくわからないでいました。
逮捕され、囚人になるということは、それぞれの側の主張があるでしょう。
しかし、杉原千畝氏の名誉回復に関して過去のいきさつがあった外務省ですから、役所側の一点張りや融通の効かなさに対して一矢を報いた勇気ある行動に称賛でした。それはリトアニアに行ったときに感じたことです。
あのときの尽力されたのがこの二人というのは知らなかったです。
単なる博識者でなく、外交官時代に裏と表のある外交経験が凄いと聞きます。
癖のある左がかった論評などいろいろ言われていますが、凄い人ではありますね。
獄中記だけでも伺い知ることができました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年3月 9日 (金) 09:18

この人がメデイアに登場し始めたころの著作は結構読みましたがこれは読みませんでした。
母親が沖縄の人だったか、沖縄問題にも鋭い発言をされていますね。
彼の勧めで読んだ本も何冊か、佐藤標準では少ないなあ。

投稿: 佐平次 | 2018年3月 9日 (金) 10:32

★佐平次さま

当然たくさん読んでいらっしゃると思っていました。
私は全く初めてです。
米原万里さんの弔辞を読まれたのですね。米原さんのことも2ヶ所くらい書かれていまた。
そうですね。母親が久米島出身で沖縄戦で酷い経験をしているようですね。その時クリスチャンになったとか。
こんな人もいたのだと、結構驚いています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年3月 9日 (金) 16:06

そんな微罪容疑で500日以上も獄中にいたとは。
外務省といい、今騒動を起こしている財務省といい、
なんだか魑魅魍魎の世界ですね。
しかしそれにも負けないでいたとは。
そんなすごい人のことを教えて下さってありがとうございました。

投稿: zooey | 2018年3月14日 (水) 08:20

★zooeyさま

全く政治家、官僚の世界は自殺者までいつも出して、本当のところはどうなのでしょうか?
この佐藤氏もとんだ目に遭ったわけですが、それをプラスに変えていったところが凄いです。
まさに知の巨人ですね。
zooeyさまはご専門でいらっしゃいますが、私は内外のこの哲学者たちについては全く知らなく、読んだことさえなくとても難しそうな内容です。
勉強が好きでなかったらこんな長期間獄中で過ごせないですね。
有難うございました。

投稿: tona | 2018年3月14日 (水) 08:48

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