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2018年4月16日 (月)

東海道五十三次歩き19 小田原宿(1)

半月も前になりますが、3/29(木)国府津から小田原宿を通り箱根湯本まで歩きました。東海道線は国府津~鴨宮~小田原。箱根登山鉄道は小田原~箱根板橋~風祭~入生田~箱根湯本の間です。42108歩。階段1000段。小田原城も丁度桜満開の時でした。

◆国府津から小田原宿までの間

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・国府津駅の近くでは親鸞上人が民衆を教化した御勧堂があり、ここに草庵を結んだ親鸞は7年住んだという。
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・菅原神社は国府津の天神様だそうだ。いろいろな物満載の神社。

曽我兄弟の隠れ石があってここでの仇討ちが警備が厳しくて隠れていても出来なかったという。結局富士山裾野がその場所となった。
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      撫で牛 自分の治したい所を先に撫でてから撫でると御利益あり
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童謡「通りゃんせ」の発祥の地。埼玉県川越市の三芳野神社も発祥の地と言われる。
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                  茅の輪くぐりをした
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         珍しい狛犬ならぬ狛牛(この間は狛鹿を見たのでした)
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     御神木のムクノキのすごい空洞。立っているのが不思議なくらい。
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・まだ真っ白な富士山が見えてきた
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・小田原市にも道祖神がいっぱい。辻などに安置されていたものを集めたのだそうだ。
八幡神社のもの。
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・この日も猫発見
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・↑の地図の松並木が現れる
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・大見寺には佐川の旧家・川辺家の墓や小嶋家の宝篋印塔があり、1500年代と明記され小田原市内で個人墓では一番古い。
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・酒匂宿本陣の川辺家の長屋門は黒く立派だ。matsubara家の長屋門はもっと大きかった。
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・法船寺 日蓮上人とお手引地蔵尊天 
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             ここでも道祖神がたくさん集められている
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五重塔 平成5年に信徒の常在によって建てられた。高さ6.8mだけれど美しい塔だ。
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・連歌橋から桜満開の眺め
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・酒匂川
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酒匂川渡し場の碑 この川は冬の時期だけ仮の橋を架けたそうだ。広重の小田原宿の絵はこの徒歩渡しが描かれている。
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・渡った先に二宮尊徳表彰の碑がある。小田原藩主・大久保忠真が金次郎をはじめ働き者、親孝行者13人を表彰した場所。
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・その近く、こんな所に新田義貞公の首塚がある。京都で晒されていた首を家臣が国の上野に持って帰る途中病に倒れ、ここに葬ったからとのこと。
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・山王神社の星月夜の井戸(蓋がされている)があり、林羅山が星月夜の詩を詠んだ。
旧山王原村の絵図には鯨が潮を吹いている絵やいろいろな書き込みがあって面白い。大正時代でしようか。
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・宗福寺の片耳を塞ぐ猿が載った庚申塔
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・山王大権現(宗福寺の鎮守) 堂内の猿像が珍しい。
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小田原宿の入り口にもうすぐ到着です。

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コメント

こんにちは。今回はほぼ国道1号線のようですね。小刻みにアップダウンがあったのを覚えています。富士山に桜と、良い眺めでしたね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2018年4月16日 (月) 15:41

★多摩NTの住人さま

そうですね。国道1号線ですと車の排気ガスを吸って歩くことになります。
静岡県では時々旧道に入りますと車が殆ど通らなくてほっとしたものです。
富士山が見られそうと、晴れたので神奈川県にしました。神奈川県はあと箱根宿だけとなりました。次回も晴れて芦ノ湖から富士山!を望んでいるのですがどうなりますやら。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年4月16日 (月) 16:07

国府津から小田原宿へ、また呆れるほどの歩数ですね!
膝の痛みでグズグズしてるのに比べたら、アルプスのてっぺんに登れますよ。
箱根方面は見所も多くて、飽きないでしょうね。
曽我兄弟の石碑ですが、伊豆から箱根へスカイラインで走った時に所々にありました。
歴史を知れば興味を覚えたでしょうが、??で通り過ぎてしまいました。
酒匂宿本陣の川辺家は、立派な黒壁ですね。松江城の漆黒の構えを想いました。
二宮尊徳の表彰碑があるんですか。
小笠原へ行った時、最終日は自分だけ戦跡巡りで夜明け山に入りました。
兵隊が生活した残骸を、わざと片付けずに置いてあります。
二宮尊徳像の首だけが、米軍の砲撃でもがれた像もありました。
こんな所にも像を運んだ軍隊に、ひたすらな思いを感じてきました。
他のメンバーは、海に突き出た小山に行って見ていません。

投稿: だんだん | 2018年4月16日 (月) 17:36

★だんだんさま

途中でやめると電車に乗れないので、どうしても歩いてしまいます。
これから遠くになると歩く距離は少なくなると思います。日帰りなので。
アルプスに行かれたらどんなに素敵な事か!天にも登る気持です。ガイド氏を頼めばゆっくり行かれるかもしれませんね。しかしそれは無理ですね。
蘇我兄弟の伊豆方面のは知りませんでした。冨士山のは回ったので知りましたけど。
国宝になってからの松江城に行っていません。もう一度は訪ねたいけれど。
小笠原にいらしたのでしたね。戦址巡りをされたとはいかにもだんだんさんらしい。好奇心のかたまりです。
小笠原に二宮尊徳の像を運んだのですか。そこで溶かしたのでしょうか。何でも全国の尊徳像を戦争に必要なものに替えたと聞きました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年4月16日 (月) 19:16

私の名前が出てきましたので、びっくりですが
光栄に存じます。

どこもこのあたりは知らないところばかりです。
小田原には行ったことがありません。

平成になって五重塔が建ったとは、初耳です。
いろいろ教わりありがとうございました。

ニャンコは被写体としては難しいですのに・・・
海外のようにノラもあまりいませんし・・・

投稿: matsubara | 2018年4月17日 (火) 07:56

tonaさん、おはようございます♪
小田原宿を歩かれたのですね。
小田原や箱根は年に何度か通り過ぎたり、訪れることがありますが、
街道沿いを歩いたことはないので、新しい発見ばかりです。
小田原といえば曽我兄弟の仇討ちが有名ですね。
工藤祐経のお墓は富士山すそ野ウォークの時、白糸の滝に向かう途中で
見た覚えがあります。こちらには隠石があるのですね。
御神木のムクノキの空洞、すごいですね。
神が宿っているのがわかるような気がします。
酒匂宿本陣の川辺家の長屋門は立派ですが、今も住んでいらっしゃるのですか?

42108歩は相変わらず素晴らしいですね。
私は昨日関東ふれあいの道を歩きましたが、30000歩でもうへとへとです。

投稿: hiro | 2018年4月17日 (火) 09:01

★matsubaraさま

お断りもせず長屋門の見学を思い出しまして、有り難いことと書いてしまい失礼しました。
中まで拝見させていただいたのですから印象深かったです。

小田原は行かれなかったですか。小田原城が中もしっかり博物館風になっていて見ごたえありました。6階まで登るのですが霞んでなかったら素晴らしい景色です。
平成の五重塔ですが、造ったグループの名前なども書いてありました。

野良猫が少ないので確かに1回の歩きで1匹見るか見ないかです。いろいろな模様の猫がいることも発見でした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年4月17日 (火) 09:22

★hiroさま おはようございます♪

小田原は箱根への通過点で鈴廣しか寄らなかったです。
次回に宿の中を歩いた様子をアップするのですが、お城が再建されて、北条の築いた壮大な様子がわかりました。

曽我兄弟の仇討、富士山裾野めぐりで実際の場所を知りました。あんなところでと感慨深かったです。実はその前に小田原では出来なかったわけですね。

このムクノキ凄いでしょう。小さいながら向こうも穴から見えるのです。植物の大木にいつも驚かされます。
長屋門とその奥の建物は使われていて、その続きに幼稚園が入っていたような感じです。
歩きの最後の方は右、左、右、左と心の中で号令をかけて足を出しています。
この後はだんだん減る予定ですので嬉しいです。ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年4月17日 (火) 09:34

以前ボランティアさんと一緒に小田原の街歩きをしたことがります
曽我兄弟の仇討は江戸時代に歌舞伎で演じられるようになって
それから有名になったのだそうです
それで曽我兄弟にゆかりのある地のあちこちに碑やお墓があるとのこと。
小田原は兄弟が育った地という事のようですがここにもお墓がありました
小田原城のとなりに二宮金次郎を神さまとして祀る神社があり
尊徳は小田原の出身であることも知りました
川辺家の長屋門は立派ですねぇ
こちら沼津にも史跡になっている長屋門がありありますが規模が違います(~_~;)

投稿: ビオラ | 2018年4月17日 (火) 23:06

横浜南部に住む私にとっては国府津~鴨宮~小田原はお馴染みの駅名ですが、旧東海道となると未知の所ばかりです。
鎌倉攻めで有名な新田義貞の首塚があるのですね。

1月にワンゲルで小田原を歩きました。
小田原城~清閑亭~旧東海道~鰹節博物館~小田原宿交流館と歩き、最後は小田原港で買い物!
昼食は老舗の料理屋「だるま」での天丼でした。
神社仏閣に巡りで古い歴史に触れるというよりも、小田原の文化を感じた歩きでした。
tonaさんの記事で改めて学ばせていただきました。
同じマンションに住む4夫婦で東海道歩きをしていた友人は3月末ついに京都でゴールだったそうです。
2年半かけての旧東海道歩きだったとか・・・
tonaさんも無事に最後までたどり着けますようにと祈っています。

投稿: nao♪ | 2018年4月18日 (水) 00:47

★ビオラさま

そうですね。歌舞伎では娘道成寺や忠臣蔵や弁慶などと同じくあまりにも有名な演目ですね。
史実と違えたり名前を変えたりで混同してしまうことがありますが、史実を知ることはいいですね。
お墓は見ていませんが、富士裾野で仇討した場所に行きましたので身近に感じる兄弟です。
二宮金次郎の簡単な伝記を最近読んだのですが、全国に行って改革したので凄い人だったのですね。表彰の碑や神社まであるので、しっかりインプットできました。
長屋門は一度入れいただいたことがありますので興味があります。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年4月18日 (水) 08:24

★nao♪さま

そうなのです。新田義貞の首塚がなぜこんな所に?と説明版を読んで納得しました。
しかしながらこうした史跡は一人の人についてもあちこちにあり、碑や霊廟など合わせると墓一つだけではないですね。有名人は凄いです。私の墓地はもう存在しますが、近い将来なくなり他の人の墓地になります。家制度がなくなったからそうなるのです。
小田原の丼は天丼でしたか。とにかくいろいろな丼があるそうで面白い小田原ですね。
お孫さんが熱心にご覧になっていた小田原城に遂に行きましたよ。(2)で撮った写真をアップします。
ご友人たち遂にゴールですか。
私たちも2年でくらいでゴールできればいいのですが、問題は私ですね。無理しないで頑張りたいです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年4月18日 (水) 08:39

数え切れないほど通っていた酒匂川や小田原ですが
ご紹介のスポットについての見聞は全く無いのですよ。
長く神奈川県民だったのに情けないことです。

曽我兄弟の隠れ石もあったのですね。

曽我兄弟ゆかりの場所は
昨年の富士山麓一周ウォーキングの中で見ています。
白糸の滝に着く前に“工藤祐経の墓”の近くを歩き
“曽我兄弟の隠れ岩”の前を通りましたよ。

投稿: Saas-Feeの風 | 2018年4月18日 (水) 15:45

★Saas-Feeの風さま

私もまったくそうです。
神奈川県でしたのに。
歩かないとわからないところばかりですから、面白かったのですが。
Saas-Feeの風さまも富士山裾野歩きで白糸の滝の前に歩いたところで曽我兄弟関係に関する話を聞いてその場所に行きましたね。
もうあの周遊を懐かしく思い出しています。そちらからは遠すぎましたね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年4月18日 (水) 16:58

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