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2018年4月13日 (金)

信州の直虎の町・須坂と北斎と高井鴻山の小布施を訪ねる(2)

<二日目>渋温泉と小布施
松代のホテルは快適で夕食、朝食はバイキング形式で少々食べ過ぎ。
前日の部屋からの景色。真ん中の山の右側は「奇妙山」1099mという名前。
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          起きると雪が降っていたので途中もうっすら雪景色
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●渋温泉
行基が東国行脚中に発見したとされる温泉で37ヶ所の源泉がある。源頼朝が通ったり、信玄の隠し湯であったりしたが、信濃松代藩主真田氏がここを保養地として利用したので発展した。小林一茶や葛飾北斎、佐久間象山なども訪れている。
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413x550「この1000年で最も偉大な業績を残した世界の100人」に選ばれた世界的画家の葛飾北斎は、実は大変な川柳作家であった。
江戸時代、誹風柳多留という川柳句集が年々167篇続刊された。そのうち85篇の時の撰者が北斎であり、序文も書いているわけです。
渋温泉にはこの川柳句集の中から「卍」という名で詠まれた182句の川柳と没年までの俳句5句を加え計187句を1句ずつ石に刻み、更に撰者であった85篇の巻頭文「序」を加え、渋温泉の町中に建立されている。凄い!
ここで『北斎は川柳も詠んでいた』という本を買って、この項の参考にしました。
北斎が川柳の撰者となった頃は「富嶽三十六景」の作中の油の乗っている68歳。有名な北斎漫画はこれより少し前に刊行されている。

1.団子屋の夫婦喧嘩ハ犬も喰
22. 紅葉ふみわけぐんにゃりと鹿の屎
37.ふえますに気がへりますと姑いゝ 嫁がまた子供が出来ちゃったみたいと言ったら、姑がわたしゃ皺が増えて気がめいる・・とため息。
78.田毎田毎月に蓋する薄氷
187.悲と魂でゆく気散じや夏の原  辞世の俳句(享年90歳)
川柳を読んでいると落語の世界みたいだ。

                 句碑
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                      渋温泉街
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                     横湯山温泉寺
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                   開運幸運の鐘
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    渋温泉のマンホール 温泉に浸かる猿の地獄谷野猿公苑はここから近い
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                   和合の滝 落差30m
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●小布施
北斎は天保13年(1842)83歳、弘化元年(1844)85歳、弘化2年(1845)86歳、弘化4年(1847)88歳と4回にわたって現在の上高井郡小布施町の豪農商・高井鴻山のもとに身を寄せた。

・祥雲寺 高井鴻山の墓所
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                 天井絵は小林聖花作(15畳)
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             シロスミレとミスミソウ
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・小布施町マンホールは北斎の波
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・北斎館 
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北斎の版画の企画展示や肉筆画(美人画・花鳥画・風景画)40余点が展示され、最後の部屋に二基の祭屋台(長野県宝)の天井画が展示されている。
東町祭屋台には85歳の作品「龍」「鳳凰」、上町祭屋台には86歳の作品「男浪」「女浪」の怒涛図が描かれる。実際に見ると色鮮やかで素晴らしい。
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398x550_2・高井鴻山記念館 ちらしより・・・
鴻山(1806~1883)は書画、漢詩、和歌、儒学、国学などに通じた文化人であった。
高井家は1615年頃浅間山麓から移住し、須坂の田中家と同じく北信濃きっての豪農商となった。常に困窮者の救済をし、天明の大飢饉に倉を開き窮民を救ったので、その功績が幕府に認められ「高井」の名字と帯刀を許された。
鴻山は15歳から16年間、京都や江戸へ遊学し、各界第一人者から学問や芸術を修めた。北斎など多くの文人墨客を招き、小布施を文化の高い地に育み、維新では教育立県を強調し、晩年は東京や長野に私塾を開いて教育活動に専念した。

記念館では「鴻山と師・知友展」もあり、北斎の娘・応為の絵もあった。ほか鴻山の絵、書、幟など展示されている。晩年は妖怪画に没頭したそうだ。
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                      鴻山像
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鴻山記念館翛然楼(ゆうぜんろう)1700年代後半の建物で、鴻山は書斎として使用し、文人墨客とここで語り合った。
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・昼食 栗おこわ膳
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・岩松院 北斎・正則・一茶ゆかりの寺 1472年創建
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本堂の大間天井絵「八方睨み鳳凰図」が北斎最晩年89歳の時の作品。21畳敷きの大作で、彩色には辰砂、孔雀石、鶏冠石を用い、4400枚の金箔を使用し、その費用は150両とのこと。やっと見ることが出来た。88歳でここまで江戸から歩いて来て、この迫力ある絵を1年かけて描いたとは何とも凄い人だと再確認です。
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福島正則の霊廟 豊臣秀吉の重臣であり関ケ原の合戦でも有名をはせ、広島城の大大名(49万8千石)になるも幕府の謀略によりこの信越(4万5千石)に国替えさせられ、在信5年で1624年、64歳で亡くなる。この霊廟に遺骨が埋葬されている。須坂の寺にも碑があった。
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一茶がこの寺の蛙合戦の池で「やせ蛙まけるな一茶これにあり」と詠んだそうだが、ぼんやりしていて見に行かなかったのが残念。

               霊廟から右に飯縄山が見えていた
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            階段を下りるとまた桜がきれいに咲いていた
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14時30分で観光が終わり帰路につきました。なかなか自分たちだけでは行けない充実した早春の北信の旅でした。




 

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コメント

相変わらず、精力的にあちこち歩いておられて素晴らしいです!!だいぶ前(大河ドラマの風林火山をやっていたころ?)、高遠で、残雪を背景に桜を見ることができたのを思い出しました。小布施も行きたいけれどまだ行ってないところの一つです。信州いいですよね~

投稿: 風人社(ぱ) | 2018年4月14日 (土) 07:16

★風人社(ぱ)さま

高遠の桜を見ることが出来たのですか。それは良かったですね。私が行ったときは1輪も咲いていませんでした。仕方なく天竜下りだけを楽しんだだけです。
残雪の北信五岳を桜越しに見るのが、こんな素晴らしいとは!
病み付きになりそうですが、なかなか春のチャンスは掴めません。たまたま今年はラッキーでした。
私も信州、北海道、東北、山梨あたりが山もあって好きな所です。京都・奈良にはずっと惹かれています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年4月14日 (土) 08:15

これまで須坂と小布施は出張や旅での通過点ではあっても
Saas-Feeの風の全く知らないところでした。
記事を拝見しますと、歴史ある場所ですし自然の風景豊かなところですね。
葛飾北斎、小林一茶、福島正則という有名な三者ゆかりのお寺にお参りなさることができて
これもなかなか経験できないことのように思いました。

投稿: Saas-Feeの風 | 2018年4月14日 (土) 09:34

★Saas-Feeの風さま

歴史上の人物は多いけれど、ここでは俳人、画家、武士、知識人、豪商や豪農商が出てきてとても面白かったです。
北斎が好きですので、東京展覧会だけでは飽き足らず、再び小布施へと出かけ、当時を偲んでまいりました。
周囲の山々、北信五岳が印象的でした。
冬は厳しそうです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年4月14日 (土) 10:01

ブログの楽しみはあちこちから「故郷」の今の光景を見せてくれること。
やっぱり行きたいけれど。

投稿: 佐平次 | 2018年4月14日 (土) 10:02

北信州須坂、小布施、渋温泉辺りを旅されたのですね。
桜と雪、今年はこの辺りも桜は早いみたい。
歴史上有名な人物の土地がらか、歴史的遺産が沢山ありますね。

 中野に仕事で滞在した時、湯田中、渋温泉に行きました。
渋温泉は古い和風旅館の多い温泉街。何かタイムスリップしたような感じがしました。
今もあまり変わっていないようですね。懐かしい。
サルがお風呂に入る野猿公園、今は海外観光客が多いと聞きました。

以前、野沢温泉に行ったとき、千曲川沿いに桜の名所がありました。
時期になると、菜の花と桜が一緒に見られて大変な人出だと聞きました。
何しろこの辺りは雪の多いところ。それだけに花の春を待ち遠しく楽しむ
人が多いのも頷けます。

桜花見、また見られてよかったですね。食事もおいしくて何よりでした。

投稿: 夢閑人 | 2018年4月14日 (土) 14:52

★佐平次さま

美しい故郷ですね。
冠雪している山と新緑の山を眺めているだけで、とても和みました。東京ではとても見られない景色です。
どんどん行けるときに行かなければ。
有難うございました。

投稿: tona | 2018年4月14日 (土) 16:29

★夢閑人さま

桜はまだ二分咲きくらいかと思って出かけましたら、満開でした。山国の桜は東京とはまた別の美しさがあります。

湯田中温泉は志賀高原に行く時通りました。
渋温泉はその近所なのに名前しか知りませんでしたが、今は外国人が猿が温泉に浸かるのをいっぱい見に来ているそうですね。見たかったです。
渋温泉の景色はあまり変わっていませんか。きっと宿泊代が高いのでしょう。ここには泊まらないで、松代まで戻りました。そこがツアーらしいです。
野沢温泉は夏に出かけましたので、千曲川沿いの桜は見たことがありません。きれいでしょうね。
冬は厳しいでしょうから春は特別でしょうね。
ご飯も美味しく自分で作らなくてよく、旅は良いですね。
有難うございました。

投稿: tona | 2018年4月14日 (土) 16:38

tonaさん、こんばんは~♪
ご近所に信州中野出身の方がいらっしゃるので、
渋温泉のことはよく聞いたことがありますが、
まだ行ったことはありません。
小布施は娘が独身の頃、一緒に行ったことがあります。
街並みも好きだし、北斎館も良かったです。
高井鴻山は素晴らしい人物ですね。
信州が教育県であることは昔からよく知られていますが、
その発端の一つに高井鴻山の尽力もあったのですね。
小布施の栗おこわはさぞ美味しかったことでしょう。

投稿: hiro | 2018年4月14日 (土) 19:24

★hiroさま こんばんは♪

ご近所に信州中野ご出身の方がいらっしゃるとは世の中いろいろなご縁があるものですね。
湯田中温泉は通ったことがありますが渋温泉までは行ったことがありませんでした。
箱根湯本ほどではないですが、こじんまりしていてちょっと似ています。

小布施は私は2度目ですが、今回は岩松院の天井画はまだでしたので楽しみでした。
とても迫力あり、89歳の方が描いたものとはとても思えませんでした。
長野県は教育県として有名ですね。私も高井鴻山の尽力であったことがわかりました。
須坂でも小布施でも栗をいただきました。おこわはさすがですね。美味しいです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年4月14日 (土) 20:29

こんにちは
2日目も見どころ満載ですね。それも、観て楽しい・嬉しいと
思えるものが、自然の景色にも町の景色にも、歴史的なものにも
散りばめられているように感じました。
 
北斎と小布施にそんな繋がりがあったことも、彼が川柳を詠んだ
ことも知りませんでした。
川柳は五七五にはあまりとらわれないのかしら?
絵画にしても漫画にしても川柳にしても、北斎の観察眼や感性は
やはり逸材だったのですね。
お写真のマンホールの波は男浪かしら?女浪と男浪の描き分け、
興味深く観ました。
 
下から2枚目の桜の咲く景色が優しく美しいですね。
 

投稿: ポージィ | 2018年4月15日 (日) 11:33

★ポージィさま こんにちは♪

小布施をこのように美しく表現されて、素晴らしいポージィさんです。

北斎の川柳はここに選んだ以外では、まるで落語調のなどちょっとここに出せないなどのが多くて笑ってしまいました。もちろん解説を読まないと奥の意味が分からないのですが。
マンホールは男浪のようですね。
本当に北斎は千年の世界の百人の一人というのが頷けます。
その体力も長寿(普通の人の約倍も生きています)も凄いですね。
この桜の写真は手前が小さな広場になっていて、遠くの眺めも良い場所にありました。
信州の桜は高遠がだめでしたから、身延山以来です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年4月15日 (日) 16:55

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