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2018年5月 8日 (火)

東海道五十三次歩き21&1-2 箱根~三島~沼津(前編)

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4/26(木)東京は快晴だったのに、箱根に着いたら曇っていました。ロマンスカーでなく新幹線で小田原に出た方が早く芦ノ湖バスターミナルに着きました。
この日は残りの箱根宿を歩き、箱根峠までさらに登り、後は一気に三島まで箱根西坂を降りて行きました。途中何度か富士山を仰ぐビューポイントがあるのにずっと雲がかかり、姿を現わしたのは沼津に近づいたころでした。私の第1回目の東海道五十三次歩きはバスツアーで三島宿から沼津宿に入りかけた所までで、娘と一緒に出発したのが沼津からだったので再び歩きこの区間だけ2度目ということになります。2度目歩いてみてこんな場所見ていないと何度も私が威張っていたので、娘がスマホで私のブログの中の1回目のを出して行っているじゃないと言われ、覚えていなかったので、毎回この調子でどこを見ているやら?全く呆れてしまいました。ブログに写真を見ながら思い出して書いていてこれですから、もしブログでまとめることがなかったら、どこをどう歩いて何を見たかも半分以上は忘れて思い出せないのではないかと、ちょっと情けない。芦ノ湖から沼津まで9時前から18時15分位まで歩き、53627歩、820段。今までの歩数の最高記録。今後こんなに歩くことはないと思います。

●箱根宿(10番目の宿)の続き

・箱根駅伝折り返し地点・往路ゴール。裏側には復路スタートと書かれている。駅伝の第1回は大正9年で4校で争われた。第2次世界大戦中5回中断されているが、現在20校(200人)が決戦に挑んでいる。5区、6区の人は特にあの坂・・・大変と思った。
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・山の神の祠の中の馬頭観音と地蔵。その手前に「関白道」の石碑があり小田原征伐で秀吉が通ったことによる。
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・駒形神社は箱根の鎮守
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境内に犬塚明神がある。箱根宿が創設された時、狼が多く、唐犬2匹に退治させて、宿が完成。しかし唐犬も傷ついて死んでしまい、ここに埋めて犬塚明神として崇め祀った。
ここまでが箱根の宿場であった。
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◆箱根宿から三島宿までの間 これから三島まで15㎞位歩くことになる

・芦川の石造物が駒形神社の向かいにあり、ここから箱根東坂最後の上り坂・向坂が始まる。石造物は箱根で最も古い庚申塔や巡礼供養塔である。
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・石畳 前日箱根は暴風雨だったようで、木が倒れていたり枯れ枝が飛び散り、石畳も濡れていたのこの日もストックを使う。
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・箱根峠に到着 標高846m。神奈川県もここで終わり(9宿もあった)静岡県の函南町に突入!ここから三島までずっと箱根西坂の長い石畳の道を下って行く。(函南といえば東海道線で熱海からトンネルに入り出たところが函南駅で次が三島駅である。今は新幹線で行くのでこの駅を見ることはない)
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・箱根の親不知(脚気地蔵)
放蕩息子を捜していた老いた父親が箱根峠まできた時、脚気で倒れたいたところ、若い籠屋が介抱すると装い刺し殺し財布をとろうとした。その顔を見るとなんと父親だった。息子は自分の喉に短剣を突きつけ自害したものの、死にきれず、山中の宿で相果てたという。
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・その先に「峠の地蔵」がある。この後いくつか出てくる箱根八里記念碑の一つで、これは女性8人の言葉が刻まれている。黒柳徹子、向井千秋、杉本苑子、橋田寿賀子、桜井よしこ、橋本聖子、宮城まり子、秋吉敏子。
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         黒柳徹子の地蔵は玉ねぎ頭「花見る人は皆きれい」
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・茨ヶ平で石畳に入ると八手観音と呼ばれる馬頭観音がある。そばに箱根八里記念碑の一つの井上靖の碑もあった。
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・兜石坂の竹笹トンネル
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・兜石は兜を伏せたような形で、兜石坂にあったのが坂を下りた地点に移転された。反対側には中山一里塚跡(26里)があった。
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・道の右側を上って行くと展望広場に出た。沼津アルプスや伊豆半島や駿河湾が見えている。東山魁夷「青山緑木」の箱根八里記念碑があった。
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・石割坂を下ると「念仏石」と手前に碑がある。 少し先の山中城跡の所にある宗閑寺で旅の行き倒れを供養して、ここに碑を建てたものらしい。
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・大枯木坂を下ったところに素晴らしいお花畑の家があった
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・三島市に入り、山中新田に入ると「雲助徳利の墓」がある。墓石には盃と徳利が浮き出ている。この人物松谷久四郎は西国大名の剣道指南役だったが、大酒のみで事件を起し国外追放になり、箱根で雲助の仲間入りをし、武士に苛められる仲間を助けたり、手紙を読んであげたり相談に乗ってあげたりした。酒で命を縮め亡くなるが、慕っていた仲間がこの墓を建てた。
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田んぼもないのに箱根西坂には山中、笹原、三ツ谷、市ノ山、塚原の5つの新田がある。三島までずっとさらに下って行く。茶屋、休憩所といった間の宿としての集落であった。
山中新田になかなか素晴らしい山中城跡があった。

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コメント

tonaさん、おはようございます♪
箱根峠越で沼津に行ったことは何度もありますが、
歩くと53627歩にもなるのですね。
いつもながらtonaさんの健脚ぶりには感心させられるばかりです。
そして数々の石碑や石仏、車で行ったら目にも留まりません。
放蕩息子のお話はジーンときました。
最後に親の愛を知り、自分を戒め、
あの世に逝くことができて良かったです。
展望広場からの眺めや、お花畑の家も素晴らしいですね。
個人でこれだけ管理されるのは大変だと思います。
三島はいつも通り過ぎるだけで、山中城跡には
まだ一度も訪れたことがないのですよ。
次回も楽しみにしています。

投稿: hiro | 2018年5月 9日 (水) 08:22

パソコン退院しましたね。
山道を6万歩,元気ですね。
箱根峠を歩くことなんて考えもしませんでした。

投稿: 佐平次 | 2018年5月 9日 (水) 09:16

迅速にパソコンが恢復してよかったですね。

娘さんが前の旅行のことまで記憶されているとは
すばらしいです。
わが娘は私がどこに行ったかは忘れています。

箱根は面白そうなところがたくさんあるのですね。
まさか徹子さんの玉ねぎのお地蔵さんまであるとは・・・

投稿: matsubara | 2018年5月 9日 (水) 09:21

★hiroさま おはようございます♪

箱根峠からあと、車道に数回旧東海道は出会いますが、車だと麓の三島さえもあっという間に着きそうですね。景色も良いでしょう。
東海道線沿いに1日かけて歩いた時も電車で15分くらいで通り過ぎます。文明の利器に驚嘆する瞬間です。
この日は↑の事情で沼津まで歩いて、何とか抜けていた神奈川県側を制覇、愛知県までつながりました。
そんなこともあり、かなり歩いて翌日腿が筋肉痛気味でした。
この後遠くなるので、歩く時間がぐっと減ると思います。
放蕩息子の話や雲助徳利の話など古来の物語が詰まった道でもある東海道ですね。
お花畑にはうっとりしました。時期も良かったかもしれません。
山中城址、次回行かれる時は是非お寄りください。ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月 9日 (水) 09:42

★佐平次さま

機械に弱くパソコンのご機嫌が悪くなるとうなだれてしまいます。依存症でしょうか。
箱根峠は通ったことがないですが、芦ノ湖との位置関係が歩いてやっとわかりました。
峠といいますと日本では長野県が一番多いそうですが、箱根にも数か所あるのですね。
結構気合を入れて歩いています。体のために。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月 9日 (水) 09:48

★matsubaraさま

パソコンはいつもお婿さんの所へ入院です。折角のGWに気の毒な事をしました。
娘はぼやぼやしている私を時々チェックしてくれて、他にもいろいろラインで注意を送ってきて、慌てて書き入れたり直したりです。仕事も忙しいのに気の毒になります。しっかりしなくてはと思この頃なのです。
徹子さんの玉ねぎ頭、あまり似てはいなかったですが笑えました。向井千秋さんのは宇宙人風でした。なぜこの8人か、頷ける面もあります。
この道結構面白かったです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月 9日 (水) 09:56

こんにちは、お久し振りです。
入院していたtonaさんのPCは無事退院となったようですね。
東海道の中でも箱根辺りはとくに面白く感じます。
自然が多く残っていて、昔の時代の想像を膨らませやすいからかしら。
しかし、ついに5万歩超えでいらっしゃいますか。しかも山道あり段あり
ですものね。tonaさん、お嬢さんのご健脚ぶりにただもう舌を巻くばかり。
と同時に羨ましさも感じます。
箱根は山の中とあって、宿ができるには野生動物との攻防もあったのですね。
オオカミ対唐犬とは。唐犬というのはどういう犬だったのでしょうね。
中国大陸から渡ってきた猟犬かしら??日本のオオカミは
その後絶滅したとされていますが、箱根宿を作るころはどのくらい
生息していたのでしょうね。…すみません、関係ない方に思考が流れて
行ってしまいました。
箱根の石畳の道は風情もありますし、道を守ったと分かりますが、
実際に歩くには滑って大変だろうと想像つきます。わらじだと苔や雨にも
滑り難かったのかもしれませんね。
「兜石坂の竹笹トンネル」のお写真を拝見すると、うっそうとしていて
笹のトンネルのよう。山賊や雲助などがいても不思議なさそうな
道だなぁと思いますが「箱根の親不知」などという悲しい話もあるのですね。
坂を下った開けたところのお花畑はほっとする光景です。
個人のお宅のお花畑でしょうか。自分たちの楽しみのために
始められたお花畑かもしれませんが、道行く人たちにとっても
有難い嬉しいお花畑ですね。

投稿: ポージィ | 2018年5月 9日 (水) 11:29

ご無沙汰しておりました。
パソコンが不調だったのですか。
早目に回復して好かったですね。

tonaさんの健脚ぶりにはいつも感服しています。
Saas-Feeの風には9時間も歩く気力はありませんよ。
53627歩・・・かつて、これほど歩いたこともありませんしね。
ハイキングツアーで2万数千歩があったと思いますが
それでも53627歩の半分ですね。

ご紹介の場所についてはまったく知らないのですよ。
箱根には何度か行っていますけれど・・・。
黒柳徹子さんのお地蔵さんはユニークです。

投稿: Saas-Feeの風 | 2018年5月 9日 (水) 15:16

tonaさん こんにちは

パソコンの復活が早くて良かったですね~

それにしても5万歩以上も歩かれたとは!!
ただただ、tonaさんの健脚には頭が下がります。

昨年から急に駅伝ファンになりまして、
今年も胸を熱くしながら見ていました。
折り返し地点にはこんな碑があるのですね。

箱根峠には色々な伝え話がありますね。
父親を殺めてしまった放蕩息子の話は悲惨ですね。

うっそうとした笹のトンネルや石畳の道など
その昔の苦労が忍ばれる道ですね。


投稿: グレン | 2018年5月 9日 (水) 16:44

★ポージィさま

お陰様でまたパソコンが復活、前と同じ状態になりました。PCがない間、家事や庭仕事がたくさん出来て、普段如何に怠けていたかが証明されました。
ホント、箱根は登りも下りも面白かったです。いろいろな所から眺めている双子山の東京からは左(南側)のすそ野を抜けると芦ノ湖で、そこから南西方面になだらかに三島目がける、思い描いていた通りではありませんでした。
1600年を過ぎたころ、大陸からの猟犬のような唐犬がいて、狼をやっつけてしまったとは。でも狼もなかなか曲者、唐犬も死んでしまったのですね。唐犬は明治時代までに姿を消してしまったとか。現在は狼も。そのせいで鹿や猪、サル、熊が増えて問題になっていますね。
お陰様で江戸時代の犬についても勉強になりました。
苔むした雨の後の石畳は今の靴では滑りやすく、草鞋の方が確かに滑らなかったでしょうね。
兜石坂の竹笹トンネルは結構長く続いていて素敵でした。歌にあるようにうっそうとした山道だったのでしょう。山賊や雲助を想像してしまいます。
「箱根の親不知」の話にはビックリでした。あとで皆が供養することで、この他の話にもいろいろ碑や墓があって、当時の様子を垣間見ることが出来ます。
お花畑の家は家と花園の間に東海道が通っています。ご主人の姿が見えましたけれどもお年はもう若くないように見えました。手入れが大変でしょうね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月 9日 (水) 17:05

★Saas-Feeの風さま

パソコンがずっとないと困りますが、ちょっとの間だけですと家事ができていいことがわかりました。しかしスマホ同様もう毎日ない生活が考えられなくなりました。直ってホッとしています。
私も一人では9時間は歩けません。人と一緒でないと。
ツアーでは2万歩から2万5千歩くらいですから倍も歩いてしまいました。
私も箱根のこのコースは初めてです。いつも強羅や大涌谷や仙石原や桃源郷の方で、美術館など見ているのと、先日は金時山に登りました。
箱根と言っても広いですね。
徹子さん地蔵、面白いですよね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月 9日 (水) 17:13

★グレンさま

5万歩も歩くと翌日腿が痛くて階段上がりがちょっと大変でした。もうこんなに歩きません。

私は弁天町から茅ヶ崎に引っ越したので、駅伝は海岸を走り、中学校のところでした。ですから縁がありました。
今は子供の出た大学を応援したりしてまた身近なのです。
グレンさんも駅伝に目覚めたとのこと、お正月が楽しいことでしょう。
駅伝の博物館みたいのもありましたよ。入る時間がなかったのですが。
歩いているといろいろなお話が書いてあって碑があって知らないことばかりでした。
昔の人は電車や車がなかったので本当に大変でしたね。もう一度歩く気にはなれません。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月 9日 (水) 17:20

兎に角、tonaさん母娘の健脚ぶりは凄いの一言です。
車で走ってしまえば何十分位でしょうか?
それを1日掛けて、53627歩、820段も歩き、秀吉が通った「関白道」や
箱根宿が創設された時に狼が多く、唐犬2匹に退治させて宿が完成。
箱根の親不知(脚気地蔵)など、昔からの続いてる道を紹介して頂き
写真からでもこの道は歩きながら歴史を感じ面白いだろうと思います。

兜石坂の竹笹トンネルは今でも山賊や雲助が出てきそうな気配もしますね。
素晴らしいお花畑の家があった家を見た時はホットされた事でしょう。

私は足が悪いので歩く気は起りませんが、面白く拝見させて頂きました。

投稿: ラッシーママ | 2018年5月10日 (木) 12:18

53000歩とはいやはやビックリです。
私達は芦ノ湖から山中城で1日(早かったので芦ノ湖で遊ぶ)、山中城から三島までで1日と、tonaさんの行程とは比べ物にならない位
ゆっくり歩きました。

それなのに~、放蕩息子の話は見逃しました。
一つ一つ丁寧に見ておられるのに感心します。
駒形神社、印象的でした。
暑い日だったのですが、山の霊気を感じるような爽やかがありました。
狼と闘った犬2匹を祀った神社なんて聞いたことがなく、この地を開拓する苦労がしのばれました。
これからも東海道歩き頑張ってくださいね。
楽しみにしています。

投稿: ☆銀河☆ | 2018年5月10日 (木) 13:46

★ラッシーママさま

9時間歩きますと電車なら10分かかりません。車ももうちょっとでしょうがすぐ着いてしまいますよ。
あの頃は日本狼がいて、悪さをするから今絶滅させてしまったのでしょう。そのため熊や鹿や猪や猿に困っていて、農業も成り立たなくなるところも出てきて、反省しているとか聞きました。
箱根道には随分いろいろなお話があるのですね。景色もビューポイントがあってきれいですし、国道を殆ど歩かなくて昔の石畳ですから、歩いて楽しい道です。
見てくださってありがとうございます。

投稿: tona | 2018年5月10日 (木) 22:30

★☆銀河☆さま

藤枝の時とこれで2度目の5万歩越えです。
やはり夜ぐったりです。どちらも電車とか、東海道をつなげるために仕方がなかったのです。
おまけに有休を取るのに1日ずつしか取れず、日帰りということで無理は出ますね。
放蕩息子はちょっとわかりずらい所にありました。
箱根の山の上に関所を儲け、宿を開くために小田原や三島から人を移住させたそうですね。
大変な事でした。おまけに山賊や狼も出没して整備が大変だったでしょうね。
今日は豊橋の方から先ほど帰ってきました。晴れたのですが、箱根みたいに見どころは少なくせっせと歩きました。腰痛し状態です。今からお風呂に入って癒したいと思います。
また見ていただきたく思いますし、良かったところがありましたらお出かけすることをお勧めいたします。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月10日 (木) 22:40

こんにちは。箱根峠は懐かしいです。今から44年前に自転車で超えた道です。1号線最高地点の874メートルは覚えていますが、846メートルは記憶にありませんでした。きっと暗くなってヘトヘトだった時に通り過ぎたと思います。

投稿: 多摩NTの住人 | 2018年5月12日 (土) 19:43

★多摩NTの住人さま

そういえば、自転車で日本を回ったのでしたね。箱根峠は874m地点があるのですか。旧東海道沿いでは見なかったと思います。こんな坂を登って行くなんて何て大変なのでしょう。
お若いころから凄い体力の持ち主だったのですね。今もマラソンで鍛えていらっしゃるし、きっとリタイアされたときは普通の人と違うと思います。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月12日 (土) 19:59

こんにちは。説明不足ですみません。874メートルは元箱根から東京方面に登った芦之湯あたりです。箱根駅伝でも名所になっています。

投稿: 多摩NTの住人 | 2018年5月14日 (月) 22:21

★多摩NTの住人さま こんにちは

ご丁寧にコメント有難うございます。
なるほど、見当がつきました。こちらの方が箱根峠より高いのですね。
選手の苦労がしのばれます。

投稿: tona | 2018年5月15日 (火) 08:19

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