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2018年5月23日 (水)

東海道五十三次歩き22 二川宿~吉田宿~国府(後編)

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●吉田宿の続き

・吉田城の跡地・豊橋公園に入り、吉田城跡へ向かう。
吉田城は1505年に築城されたが、今川、武田、徳川のあと1590年池田輝政が入封し、関ケ原の戦いの後は次々と城主が変わった。明治に廃城後は地震火事で焼失。現在は昭和29年再建の鉄櫓があり中の資料室が無料で見られ、歴史や町の紹介、浮世絵などが展示されている。
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                                  城から豊川を望む景色が美しい
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                                              石垣の残り
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            金柑丸跡に弥健神社があり、大きな神武天皇像が立っている。
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・公園を出て、国指定の重要文化財ハリストス正教会の建物を見る。大正2年の建物。
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・隣の安久美神戸神明社は鬼祭(国重要無形民俗文化財・2/10,11)で有名。赤鬼の迫力あること。宮司さんが照明を付けて見せてくれました。
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・日進院には100体の満願石仏がある。どれも欲張って成就したく、食欲増進にも気が引かれるけれども、健康と呆け封じの石仏に祈りました。
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・二川宿にもあったが、この辺りにも普通の家に手筒花火が置かれている。
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・西総門(復元されたもの)。ここで吉田宿が終わる。
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◆吉田宿から国府までの間

・芭蕉句碑を通り過ぎ、湊明明社に入ると奥には弁天神社がある。池があると美しい。

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・豊橋を渡る
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・豊川稲荷遥拝所(この日の到達点国府から4つ目の終点にあるが、行かれなかったのでここで遥拝)
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・聖眼寺の芭蕉句碑、芭蕉がここで詠んだという。ここは家康が吉田城を攻略した際、本陣を置いた寺。
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・下地一里塚(74里目)を通り過ぎると昔の家をしばしば見かける。まだ住んでいる家も多い。住むには不便でしょうが見る側にとっては風情があってなぜか懐かしい。
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・瓜郷遺跡 弥生時代中期から古墳時代前期の集落の跡だそうで、国指定史跡だ。農耕、漁労、狩猟が行われていたとう。竪穴住居が復元されている。中学生頃登呂遺跡に神奈川県から遠足に行ったことを思い出した。
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         チガヤと思われるが、今年はチガヤも早いです。
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・豊川市に入り豊川放水路を渡る。
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兎足(うたり)神社へ。ここは徐福伝説でも有名だ。
今はない「子だが橋」と兎足神社にまつわる話が伝わる。千年前、兎足人社には人身御供があり、春の大祭の初日にこの街道を最初に通る若い女性を生贄にした。ある年、ある父母が見た最初の女性が我が子であった。とても迷ったが「子だが止むを得ん」とわが子を生贄にして神に奉った。そこから「子だが橋」と名が付けられたという。
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・明光寺には、また八十八カ所巡りがあった。この間の所ではお団子が全部に供えられていた。三面の馬頭観音発見するのがこの辺りの楽しみになった。ここでも発見。
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・伊奈村立場茶屋(俗称:茶屋本陣跡)。吉田宿と御油宿の中間にあたりに立場が設けられた。このあたりの地名を茶屋という。
芭蕉の句碑と鳥巣の句碑がある。このあたりは芭蕉の句碑が多い。芭蕉ファンにとってはたまらない処でしょう。
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・迦具土神社、伊奈一里塚跡(75里目)を通り過ぎ、速須佐之男神社へ。何故か二宮金次郎の像があった。
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・ 半僧坊大権現の小社がのった石柱が珍しい。 後醍醐天皇の皇子「無文元選禅師」が開いた静岡県浜松市にある方広寺が半僧坊の本元。『厄難消除・海上等交通の安全・火災消除・諸願満足の権現様』として信仰を集めている。鎌倉建長寺の鎮守にもなっている。
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名鉄国府駅へと向かう。豊橋行きの特急が来てきて、7分間で今日一日歩いた所を通過して豊橋に到着。
豊橋には殆ど停車しないひかりに乗れそうだったので慌てて売り切れ続出の残りのお弁当を買い乗車したら座れた。稲荷弁当と娘のおかずのある弁当と分けあって食べる。
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コメント

兎足神社の人身御供の話は悲しいですね。
伝説と言えばそれまでですが
実の子を、親が屠るものかと思います。
普通の家の手筒花火は、何に使うのでしょうね?
追記:厄除け、魔除けとして飾られるそうです。ポージィさんより。

投稿: zooey | 2018年5月23日 (水) 23:29

★zooeyさま おはようございます。

本当に人身御供のお話は昔全国であったようですね。
アブラハムの話もそうでしたっけ。神さはそうはされなかったですが。
我が子なら泣くに泣けない話で身代わりになりたいくらいです。

この手筒花火はお祭りの時に一斉に打ち上げるのでしょうか?知りたいですね。
怪我の話も聞きました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月24日 (木) 08:53

こんにちは。このあたりは全く知らないので、とても興味深く拝見しました。昔の家がずいぶん残っているのでしょうね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2018年5月24日 (木) 09:00

★多摩NTの住人さま こんにちは

自転車道とは違うのですね。
このような縦格子がはまった昔の家がこのあたりでは今までで一番残っていました。
意外と住んでいる家が多かったのには驚きました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月24日 (木) 09:24

tonaさま
同行二人、東海道五十三次の旅も順調に進み、早や豊橋まで行き着きましたか。約五分の三を無事に歩き終えられ、tonaさんのご健脚に敬服するばかりです。それにしてもお付き合いするお嬢さんにも感心します。親孝行なお嬢さんをお持ちで誠に羨ましいです。「しろばんば」は私の愛読書ですが、若松園の個所を早速読み返しました。高級な黄色のゼリー菓子、本当に惜しかったですね。今年の1月、伊勢参りの帰りに豊橋から新幹線に乗ったのですが、全く頭が回りませんでした。旅はやっぱり歩くのが一番ですね。名所旧跡の一つ一つを丁寧に訪ねた本ブログの記事は、あとから読み返すとよい思い出になるかと思います。名古屋づくり、お気遣いいただきありがとうございました。

投稿: shikamasonjin | 2018年5月24日 (木) 10:28

★shikamasonjinさま

お陰様で五分の三に近づきました。
この頃山に行ってなくて、でもこの間箱根でちょっと体験しましたので満足しました。
「しろばんば」は私も以前読みましたのに。すっかり忘れております。近々図書館より借りて(本は殆ど処分してしまいました)読み返したいと思います。黄色のゼリーでした。600円位したかしら?度忘れ。それが箱詰めでたくさん入っていたので重いし、高いしで諦めてしまいました。二度と通らないのに。
ブログはあとで残らないものですが、これから先少しは振り返ってみることがあるでしょうか。世の中には本にされる方もいらっしゃいますが、私はその気持ちはありません。あの世には持って行けませんし。
キリンビールは娘が大好きなのですよ。先週もそうでしたし、明日も多分このビールです。
コメント有難うございました。

投稿: tona | 2018年5月24日 (木) 11:33

こんにちは
 
東海道の中でも最も馴染みのある区間で、少しは知っているものも
あるかなと思っていたのですが、知らない見たことのないもの
ばかりでした。さすがに地名は知っているものが多かったですけれど。
それにしても、電車(名鉄)か自動車・バス(主に国道1号)でしか
行き来したことのない豊橋←→国府間を歩いてしまわれたことに、
どれほどの距離を歩かれているかが実感されて、
改めて驚きの溜息が出ました。
名鉄電車は豊橋へ行くのも名古屋方面へ行くのも利用していました。
子供の頃は町へ行くといったら豊橋でした。最近ではたまに電車で
帰省しても特急か急行に乗るため、小田渕の駅名を懐かしく感じました。
格子がはまった家は、かっては国府でもよく見られましたが、
このごろは古くなってどんどん建て替えられ、めっきり減りました。
お写真のお宅は保存状態もよさそうですね。
兎足神社は兎足という交差点名でしか知らず、神社自体も徐福伝説も
知らずにいて、勉強になりました。
手筒花火は国府の夏祭りでも一大イベントで神社で奉納されます。
奉納後の手筒が軒先に飾られているのもよく見かけますよ。
厄除け・魔除けとして飾られていることが多いようです。
昔の歴史を感じさせ味わいあった国府駅の駅舎を見ていただけ
なかったのが残念です。といっても現在のようになってもう
30年近くなるのですけどね(^^;)
お帰りは、ちょうど豊橋停車のひかりがあって良かったですね。
こだまだと停車に待ち合わせの連続ですごく時間がかかりますもの。

投稿: ポージィ | 2018年5月24日 (木) 11:43

未知のところをたくさん見せていただき、
ありがとうございます。
ご一緒したい気もしますが、以前より難しい
状況になりました。
岐阜は街道より外れていますので、中山道なら
いいのですけれど・・・

この中で分かるのは、国府の読み方だけです。
「こう」と読みますね。別の所は「こくふ」らしいの
ですが・・・

投稿: matsubara | 2018年5月24日 (木) 12:30

tonaさん、こんにちは~♪
前編でも書きましたが、愛知、三重はまだどこにも行った
ことがなく、私の中では空白地帯となっています。
tonaさんのブログを拝見して、少しでも勉強できたらと思います。
お城というとデーンと構えた大きなお城ばかり想像していましたが、
吉田城は思っていたより小さいです。
江戸時代はこれくらいの規模のお城が多かったのでしょうか。
健康と呆け封じの石仏には私も手を合わせたいです。
チガヤは一昨日、茅ケ崎市の柳島海岸(関東ふれあいの道)で
初めて見ました。果穂がふわふわになって風に揺れとても綺麗でした。
茶屋という地名は珍しいですね。
やはりお茶屋さんが多かったのでしょうね。

投稿: hiro | 2018年5月24日 (木) 13:50

吉田城址からスタートで、頑張っていらっしゃいますね。
ハリストス正教会など見ると、とても嬉しいです。
そこだけ異国の趣に包まれますね。
赤鬼の形相を見て、吉野山の蔵王堂で三体の権現像拝観したのが甦ります。
瓜郷遺跡には遠足されたのですね。
未知の所ばかりで、教えて頂けて嬉しいです♪

投稿: だんだん | 2018年5月24日 (木) 19:54

このあたりのことも、まったく知らないのですよ。
35番目の御油あたりの旧東海道は歩いたような記憶があるのですけどね。
松並木と記してあるので、たぶん、そうじゃないかなと思っています。
(あとで確認します)
縄で巻いたような手筒花火の形を模した酒があります。
その名も“公楽(こうらく) 大吟醸 三河手筒”
まだ呑んだことはありません。
お酒にご興味無いかも・・・。

豊川稲荷の稲荷寿司をトラックバックしました。

投稿: Saas-Feeの風 | 2018年5月24日 (木) 19:59

★ポージィさま こんばんは

東海道と国道1号線とは時々一緒になるのですね。すると車がいっぱい走っています。
名鉄名古屋本線というのですね。
豊橋に向かって先頭2両が指定席になっている電車が特急でしょうか。
小田渕の駅は殆ど電車が停まらないし、無人駅らしいということで国府まで頑張って歩いた次第です。
この格子の家はあちこちで見かけました。今までで一番多かったです。
徐福伝説は全国で25近くあるらしいのですが、まさかここにあるとは知りませんでした。
可愛そうなお話には自分がそうだったらと思うと心が痛みました。
手筒花火のこと、わからなかったので教えていただきありがとうございました。
国府の昔の駅舎は素敵だったのですね。残念です。東京では国立、今度は原宿の駅舎が消えるようです。
そうなのです。こだまだと1時間以上遅れて東京駅に着くのですから。各駅で2台ずつ抜かれて5分待ちなのですから、東京から豊橋に着くとき、のぞみに乗ると京都に着いています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月24日 (木) 20:02

★matsubaraさま

これが終わって余力があったら次は大津から中山道を歩こうと思っています。そのときは以前伊吹山に行ったときの関ヶ原など岐阜を歩くのですね。
東京と千葉の境目、千葉県側に国府台があるのですが、こうのだいと読みますので私もこれは読めました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月24日 (木) 20:09

★hiroさま こんばんは♪

私は静岡県の途中からもう空白地帯でした。
吉田城は大きかったのですが、復元されたのは櫓(鉄櫓)が再現されただけのようです。
全部消失してしまったようで残念ですね。
全国で12天守があるお城で有名な弘前城があまりに小さくてびっくりしました。
満願石仏には欲がついつい出て自粛しました。一番切実な問題からお祈りしました。
柳島海岸にいらっしゃったのですね。左富士はどうだったかしら。ゆっくり拝見したいと思います。
チガヤは食べると甘いのですよね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月24日 (木) 20:20

★だんだんさま

こんなところにハリストス正教会があるとは!真っ白できれいな建物ですね。中が見られなかったのが残念でした。
権現像、最近では吉野だったのですね。
高尾山と鞍馬にもありましたっけ。
仏像や石像・野仏の事についても少しずつ覚えていけるかもしれません。
登呂遺跡に遠足でした。あそこは入れましたが、ここの瓜郷遺跡は中に入れませんでした。
長野の松本の方にもあったような気がしますが、だんだんと記憶が薄れて寂しい限りです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月24日 (木) 20:31

★Saas-Feeの風さま

記事が遅れに遅れていますが、先週、御油の松並木を歩きました。
松並木資料館もあったのです。
ですから風さまが歩かれたのは御油です。

>縄で巻いたような手筒花火の形を模した酒があります。その名も“公楽(こうらく) 大吟醸 三河手筒”
まあ、珍しい!初めて知りました。名前がまた凄いです。
いつかお飲みになれるといいですね。
TBありがとうございました。
正しく同じ稲荷寿司ですね。550円と安かったです。おかずがないので分け合って食べました。こだまに乗る可能性が多いので、こだまにはお弁当を売ってないので、駅でいつも慌てふためいて買っております。今回ひかりには弁当売りが通りました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月24日 (木) 20:46

 こんばんは。
豊川稲荷には2回行っているのですが、周辺は全く知りません。
あの稲荷寿司は豊川稲荷の前にあるお店かしら?美味しいですよね~。
3面の馬頭観音が結構あるのですね。
手筒花火が玄関先に置いてあったり、
昔の家が残っていたり、
何だか箱根の手前と越えた先では文化が違うような気がします。

瓜郷遺跡初めて知りました。
中に入ってみたかったですね。
ハリトリスの教会は函館、津和野で見ましたが、どれも素敵な建物。
でも、こちらの建物が一番素敵かも。
道中、色々な出会いがありますね。

投稿: ☆銀河☆ | 2018年5月26日 (土) 01:01

★銀河さま

おはようございます。
このあと先週、昨日と今月は3回も続きました。もたもたしていて先週のと昨日岡崎に行ったのですがいつアップできるやら、そのうち忘れてしまいそうな感じです。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。
豊川稲荷は時間の関係で行くことは出来ませんでした。折角お稲荷さんを食べたのに。もう行く機会があるかどうかわかりませんが、よく頭に刻みこまれたことは確かです。残念なことが特に。
確かに箱根の先とこちらは違うし、静岡、愛知に入るとさらにね。
私も登呂の遺跡しか知らず、ここのは初めて知りました。幸い東海道沿いにあったので寄る
事が出来たわけです。
ハリトリス教会は津和野にもあるのですか。見たかったです。豊橋のが一番立派!そうですか。中を拝見したかったです。
本当に道中には神社仏閣、石仏だけでなくいろいろあるものですね。一つ一つ知らない世界が開けていくのも、山歩きとはまた違った学びがあるもので、単純に歩くのはつまらないこともありますが、得るものも多くありますね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月26日 (土) 09:26

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受信: 2018年5月24日 (木) 19:51

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