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2018年5月27日 (日)

三陸応援企画の「絆」で結ぶ三陸海岸絶景の旅(前編)

初めて三陸海岸(岩手県のみ)に2泊3日でツアーで,久慈から陸前高田、大船渡まで行ってきました。リアス式海岸の絶景と震災から7年の傷跡と復興状態の説明を受けながら見てきました。当時の惨状は殆ど消えていて、海岸線は巨大な防波堤が続き、今まだ造り続けけられています。山を削って土地のかさ上げが終わった所へ移転し、もう仮設住宅には殆ど住んでいないそうです。
義捐金を赤十字を通じて出しただけで、現地へのボランティアにも行かず、どちらかというと福島のプラス原発事故の方に心が向いていました。
こうした企画の旅行に4年前に参加した人が協力したとして自分の名前が刻まれていると写真に撮っていました。
兎に角原発だけでなく、津波の恐ろしさを目のあたりに見せてくれた東日本大震災と同じような地震が東京にも近いうちに来るというし、南海トラフ地震も、そして富士山大爆発の事も伝えられて、日本の人口の多くが密集していることを考えても災害の大きさは計り知れない。人口が多すぎて助けてもらえない可能性が大です。
いろいろな戦争を体験した人たちはもう多くが亡くなったか、体が弱ったりで、その知恵さえも聞くことが出来ません。対処すべき手段も乏しく、今の準備では数日も持ちこたえられない。結構、この点に関してだけ能天気で自分が生きている間は起らないのではと高を括っているところがあります。いろいろ考えさせられ反省させられもしました。
東北太平洋側沿岸の人々はよく頑張った。福島の人は帰還解除になっても町や村が死んでしまって、お気の毒という言葉しか出ません。
行っているときに市場の中のホタテコーナーは貝毒発生で発売中止。ホタテの養殖がせっかく軌道に乗ったのにまたまた生活の手段を奪われて。

<1日目>快晴

             盛岡駅に着くと岩手山が出迎えてくれる

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             琥珀で有名な久慈に向かっている
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               久慈の秋祭りの山車は素晴らしい
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3つの店で買い物をし、あまちゃんハウスを見学し、この日の観光が始まったのは、久慈駅から普代駅まで三陸鉄道北アリス線に乗り込んだ午後3時過ぎです。
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車内では海女ガイドの案内で色々な説明受けつつ40分があっという間に過ぎました。
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                     車窓からの景色
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             漁港(サッパ船でしょうか)も復活しています
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景勝地の北山崎
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一番遠くに薄く見えるのが、本州最東端の魹ヶ崎(とどがさき)。やませが来はじめたようだ。9_450x300
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                 番屋が新しくなっていた
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番屋の上の方の津波到達点 いろいろな所で聞くと津波の高さは10数mから30数mと幅があったのです。あの恐ろしい津波の映像が何時も目に浮かびますが、こんなところまで水が襲ってくるのを、実際に立ってみると身震いします。
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                       海岸
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                       夕食
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朝食 夕食もそうですがいつもの倍くらい食べているような感じです
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<2日目>快晴

宿のすぐそばの龍泉洞へ 気温15℃、洞内気温10℃ 日本三大鍾乳洞のひとつというが、つい秋芳洞と比較して感動が少なかった。
                      地底湖
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                     地蔵岩
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                  龍泉洞入り口付近
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                       昼食
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コメント

御旅行前の多忙な時にメールしたりして
すみませんでした。
お天気にも恵まれてよい旅をされましたね。
私は、あまちゃんの始まる前でしたし、震災
以降は東北にご無沙汰しています。
東北に行きましても三陸にはゆっくり行かず
内陸部の文学遺跡中心でした、
芭蕉のたどった道とか、宮沢賢治や斎藤茂吉の
記念館などなど・・・
まだ忘れていた所も残っています。
武士道を書いた新渡戸稲造記念館に行かなかった
ことを悔やんでいます。

投稿: matsubara | 2018年5月27日 (日) 16:15

三陸海岸はSaas-Feeの風の行ったことのないエリアのひとつです。
NHKのあまちゃんで架空の鉄道・南三陸鉄道(でしたか?)沿いの風景を見て
好いところだなと思っていました。
切り立った断崖と海と空の三者が旅の情緒を掻き立てるようです。
海の幸も美味しいことでしょう。
今は、家を空けることができず、一泊の旅すら不可能の状況ですが
いつか、三陸の旅をしたいと思っています。

投稿: Saas-Feeの風 | 2018年5月27日 (日) 18:02

★matsubaraさま

お陰様で珍しく3日間快晴でした。
ですからリアス式海岸の海の色がとても綺麗でした。
私は内陸部は山の一部と湖だけで、宮沢賢治や、芭蕉関係、茂吉、新渡戸稲造関係などどこも訪れていません。一人太宰治の家に行きました。
東北は関西より新幹線が出来たのになかなか回りにくいです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月27日 (日) 19:15

★Saas-Feeの風さま

架空の駅の名前を書いたのも写してきました。
電車の中もあまちゃん関係のものがいっぱいでした。
リアス式海岸は切り立っていて美しいですね。
カキ(今の季節にも食べられるもの)、アワビ、ホタテや海藻が新鮮な状態でたくさんいただきました。
そうですか。いろいろなことがありますね。
私もこの3年、体調関係で遠くへ殆ど出かけられませんでしたが、昨年末海外へ出ることが出来るようになって、元気になってきました。まあ、薬に頼っている身なのですが。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月27日 (日) 19:26

tonaさん、こんばんは~♪
私も東日本大震災では原発事故の方に心が向いていました。
tonaさんと同じように、夫が在職していた
会社を通じて義援金を寄付したくらいで、
他は何もしませんでしたが、三陸の方は復興が
だいぶ進んだと知り、安心しました。
ホタテガイの貝毒は何日か前のニュースで知りましたが、
せっかく軌道に乗ったのにお気の毒ですね。
6月には友人と北海道の積丹等に旅行しますが、
その友人とも「三陸には一度行ってみたいわね」と常日頃話していました。
そのうちtonaさんを追いかけて行ってみます。

投稿: hiro | 2018年5月27日 (日) 22:49

★hiroさま おはようございます♪

本当に大変な津波だったのに、あまりの原発の悲惨なニュースに心が奪われていて、津波の方が霞んでしまったのが、この間の大地震でした。淡路島まで地割れを見に行ったのに、もう神戸淡路大地震も心から大分遠ざかってしまって、だからいつまでもその恐ろしさを後世に伝えようとする語り部が活躍していることは大切なんだと気付かされました。
6月の積丹半島、ベストシーズンで楽しみですね。
三陸も宮城県の方はまだ見ていないのですが、ツアーがなかなか見つかりません。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月28日 (月) 08:16

こんにちは。三陸の旅は良いですね。数年前に仕事で龍泉洞の前の道を通りましたが、当時、大雨で水に浸かり大変な時期でした。今はまた見られるようになったのですね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2018年5月28日 (月) 08:27

地震前に行ったきり、もう行くこともないかなあ。
山田線だったか半日に一本しかないので往生しましたよ。

投稿: 佐平次 | 2018年5月28日 (月) 09:27

岩手は初めてでいらっしゃいましたか。
私にって岩手は懐かしい思い出のあるところ。
釜石の鉱山での単身生活が思い出されます。
盛岡にもよく行きました。 


10年くらい前に、同じく久慈から三陸鉄道でリアス式海岸を観光しました。
もちろん震災前で、リアス式海岸の奇岩、絶景を堪能しました。
 拝見しますと、海岸線の景観はあまり変わってないようですね。
懐かしく見せていただきました。
 震災で寸断された鉄道。地元の人にとっては生活の大事な一部。
全線開通はそれは大きな希望となった様子をTVで見ました。

  7年経ってまだまだ震災の跡が残っているところもあるようですが、
徐々に復活してる様子が伺えます。
 震災前は入り江の奥にたたずむ美しい町並みが見えました。
リアス式海岸線だったから被害も大きかったのかもしれません。

 震災後行ったこたがありませんので、現状がどうかは詳しくはわかりませんが、
被災者にとっては長い悩んだ7年だったと思います。
海岸線には高い防波堤が作られ、美しい景観が損なわれるという声もある。
構造的にも、問題点が改善されてるとは言え、果たしてその効果を疑問視する
声さへある。でも2度と試すことが起こらないように祈るのみです。

首都直下型地震、南海トラフ地震、富士山の噴火など天災が現実味を帯びてきたこの頃。
いろいろと対策を始めつつはありますが、人口の密集地帯では塑像以上のことが起こりそう。
我々の生きてる時代にはないだろうと思ってるかもしれません。
多分にそう感じますが、いつ起こるか予測はつけられないのが気がかり。



 

投稿: 夢閑人 | 2018年5月28日 (月) 11:53

★多摩NTの住人さま

初めて見ましたリアス式海岸、美しかったです。海の色がきれいで湘南海岸の色とは比べ物になりません。
龍泉洞は大雨でやられたことがあるのですか。
川も流れていますしね。内陸部ですから想像つきませんでした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月28日 (月) 15:34

★佐平次さま

山田線は北リアス線と南リアス線の間、宮古と釜石の当たり走っているようですね。
今地図で見ました。
地震で半日に1本だったのでしょうかね。
それは大変だったですね。
あの日は東京へは帰れなかったのですよね。
リアス線も一日に数本しかないないようですね。北リアス線は貸切で運転してもらいました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年5月28日 (月) 15:46

★夢閑人さま

釜石は今回地図を眺めて初めて位置を知りました。宮古と大船渡の間くらいにあるのですね。
水産加工場など随分復興しているようでした。
私の持っている地図は古くて2008年、ですから鉄道がどこが寸断され、全線開通に至ったかはわかりません。地震がなかったら知らないままだったかもしれません。
リアス式だから被害が大きかったのは頷けました。
私がこの年になって家が無くなってしまったらどうしようと途方に暮れてしまいますね。たくさんある空き家をシェアすることになるかしら。

仰る通り町があった所の海岸線はすべて高い防波堤で覆い尽くされました。工事中もありますが。あれより高い波が来たら内側のあまり高くないところの家に住んでいる人はいち早く逃げ出さねばならないのではと思いました。
景観はひどいものになりました。
首都圏のひどい地震はもう想像もつきません。心配しても仕方ないですが、最低の心の準備だけします。
ありがとうござました。

投稿: tona | 2018年5月28日 (月) 16:14

いや地震の前です。
合理化です。
5時間も列車のない駅にいる駅員を同情しました。

投稿: 佐平次 | 2018年5月29日 (火) 09:21

★佐平次さま

そうだったのですか。
東北にもよくいらしていたのですね。
本当に乗る人が少なく、日本もどんどん鉄道が減っていき、世界に車両を売る方針に切り替えたとか。
勘違いして失礼しました。

投稿: tona | 2018年5月29日 (火) 10:05

>この点に関してだけ能天気で自分が生きている間は起らないのではと高を括っている

本当にそうですね。
3.11の後、いざという時に持ち出す品を詰めた防災リュックなど作ってみましたが
中身の食品の賞味期限が切れ、
買い直しもしないでもう忘れていました。
話になりませんねえ。

投稿: zooey | 2018年6月 2日 (土) 08:38

★zooeyさま ありがとうございます。

やっぱりそうですか。
先日少し期限切れの乾パンを食べました。
簡易トイレはたくさん買いましたが、開けてもみず使い方の説明も読んでないです。
こういう人間ほど実際となると慌てふためいて、人の足手まといになるのでしょう。
反省です。

投稿: tona | 2018年6月 2日 (土) 13:00

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