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2018年5月 3日 (木)

『伊能忠敬を歩いた』佐藤嘉尚著

深大寺釈迦堂の国宝「釈迦如来座像」と同時代(飛鳥時代後期1300年前)の奈良新薬師寺の「香薬師像・御分身」と兵庫鶴林寺の「聖観音像・御分身」の三体をお詣りしてきました。

深大寺に今はナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)の木が2本、そば屋とお寺に咲いています。

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                 トチノキの白花もありました            450x300_3
            キングサリはそば屋の前に咲いています
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池のマガモを見ながらニシンソバをいただく。ソバそのものは美味しいというほどではない。
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            開山堂参詣道に瓦で造った塀がありました
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『伊能忠敬を歩いた』佐藤嘉尚著
1999.1.2~2001.1.1まで約2年かけて5回に分けて北は北海道札幌、南は沖縄まで574日間11030㎞をウォーク隊16人が歩いた。さらに途中などともに参加した人は169446人だったそうだ。
隊員の歩いた様子を見ると、例えば第一ステージは1/25~5/2、98日間、東京から北海道まで太平洋岸を歩き通し、第2ステージ出発5/14まで家に帰って11日間だけ休む。凄いハード。
伊能忠敬一行は第8次(第9次は欠席)測量と最後に74日間にわたって江戸府内測量(第10次)をした。北海道は間宮林蔵に任せた。55歳から亡くなる72歳まで4千万歩を歩いたことになる。シーボルト事件も起こり、あるいはアメリカ艦隊がこの伊能地図で沿岸を調べる必要もなく大喜びしたなど、将軍家斉をして驚かしめた大図(縮尺3万6千分の一)69枚は江戸城大広間を一杯にしたという。
月にたった1、2日で日帰りで4万歩を歩いているだけの身には何ヶ月も泊まって歩くという体験はなく、たとえ若かったとしても出来ない。特に何事にも不便だった江戸時代のこの偉大なる大事業にはただただ頭が下がる。

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 パソコンの調子が悪くなって入院します。暫くパソコンとお別れです。

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