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2018年6月21日 (木)

東海道五十三次歩き25 新安城~知立宿~鳴海宿(1)

6/15(金)名古屋方面は1㎜程の雨のち曇りということで出かけました。地元駅5:17の中央線、東京駅発6:26の豊橋に停まる「ひかり」座席指定で出発。名鉄に乗り換え前回の乗車駅・新安城に到着し、歩き始めたのは8:45分頃。在原業平伝説の八橋かきつばた園に寄り、知立(池鯉鮒)宿を経て桶狭間の古戦場跡に寄り、間の宿の有松の重伝建の通りを鑑賞し鳴海駅に到着。名古屋に出て新幹線の座席指定の横並び2席がたった1ヶ所取れたのが1時間後の7時過ぎ。10時過ぎには家に帰りましたが、とても長い一日でした。約46000歩。
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◆新安城~知立宿まで

・駅からすぐの所に立派な崇福寺がある。注連縄が張られた三猿に会えなかったが素晴らしい庭に感動。
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コンロンカや夏椿が咲く
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・安城市の別バージョンの七夕の図柄のマンホール 安城も平塚や仙台と同じく七夕が有名とのこと。
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猿渡川を渡ると安城市から知立市に入った。

・御鍬(おくわ)神社には伊勢神宮の2分の1の大きさの、神明造りの本殿があった(建物は大正時代に造られた)。江戸時代に近隣の8つの村が連合して伊勢から御鍬神を勧請した。豊受比売尊が祭神で豊作を祈ったのだそうだ。
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・「従是四丁半北八橋業平作観音在」と彫られた道標は八橋かきつばた園のある無量寿寺へのもの。往復2㎞もあるがそこへ向かう。
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・東下りの途中、同行者に言われて詠んだ在原業平の有名な歌は(かきつばた)の五文字を冒頭に据えた。
 からころも 
 きつつなれにし 
 つましあれば 
 はるばるきぬる 
 たびをしぞおもう
と刻字されていて、まわりに「かきつばた」がデザインされている知立市のマンホールがあった。
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・無量寿寺 
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杜若姫供養塔や芭蕉連句碑が境内にあり、また亀の上に立っている亀甲碑(八橋古碑)・・・(荻生徂徠の弟子が在原業平の逸話を書き付けた)がある。
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             業平竹 縁結びの竹として信仰されている
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                    杜若池(心字池)
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所在地の八橋は古来から杜若の名勝地であった。現在かきつばた園には3万本の杜若が咲く。4月終わりから1か月間開催されるお祭りは今年は生育不良で中止になったそうだ。この日、1輪だけ咲いていた!
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昭和になって復元されたかきつばた園の八橋。満開だったら尾形光琳の国宝「燕子花図屏風」を彷彿とさせるでしょう。この絵の10年後、橋を描いた「八ッ橋図屏風」を制作している。伊勢物語を題材にしているが、八橋の杜若がモデルだったとも言われる。
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                 業平像と句碑もあった
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・東海道に戻り進む。松の植えられた塚が両側に残っている来迎寺一里塚(84里)がある。普通は榎が植えられている。
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・吉田忠左衛門夫妻の墓 忠左衛門は赤穂浪士の一人。妻りんは身を寄せていた娘婿が刈谷に転封されたので、この地に移り亡くなった。死別の折、形見に貰った夫の生歯とともに埋葬されたとのことだ。
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両口屋本舗の「ミカン氷餅」を午前中なのでやめたのは残念であった。

・三河三弘法の一つ見返り弘法大師道、遍勝院への道の入口。見に行けなかったが、三弘法とは別れを惜しんで、 やや右を向いて振り返っておられる御姿の見返弘法大師と、立ち去る大師との別れを惜しんでお見送りされたので見送弘法大師、大師との別れに際して涙を流されたので流涕弘法大師と呼ばれる三体の弘法大師像のこと。
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・知立宿の東の外れに松並木がある。500mに170本植えられているそうだ。
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並木横の歩道には池鯉鮒の碑と可愛いモニュメントがあり、杜若も植えられている。万葉歌碑と馬市句碑と広重の絵が並木の最後にあり、知立市の力が入った松並木は楽しい。
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●知立宿(池鯉鮒宿)(39番目の宿)岡崎宿から15㎞。宿の長さは1.36km。日本橋から約351.6㎞。本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠35軒。

・名鉄三河線の踏切を越えたら東見附跡。ここを右折して慈眼寺へ。入口の家畜市場標柱。
広重の絵にも野原で開かれている馬市の様子が描かれるが、明治時代に、馬市はここ慈眼寺境内に移り、昭和19年に馬市は終了した。
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愛知県はお地蔵さんが多い印象だが、このお寺にも珍しい名前のお地蔵さんがいらした。馬頭観音は60年に1回の開帳とのこと。
                      北向き地蔵
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                       蚕地蔵
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              マンマ地蔵(歯が痛いときにお詣りする)
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                  顔が白いおびんずる様
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こんな店があった
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・知立市別バージョンのマンホールはやはり「かきつばた」
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・問屋場跡の石柱を過ぎると、本陣跡、明治天皇行在所碑があった。
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コメント

知立市のモニュメントの最初の写真は
鳥?鳥人間?ペンギン?
可愛いですけど、しばし考え込んでしまいました。

投稿: zooey | 2018年6月22日 (金) 12:33

こんにちは
 
駅名、市名としてだけ知っていた知立ですが、こんな感じなのですね。
カキツバタが有名ということすら知りませんでした。
それも在原業平縁とは、平安時代までさかのぼるのですね。
せっかく再現されたかきつばた園が生育不良とはどういうことかしら?と
思いましたら、土壌が病原菌に汚染されたせいだとか。
今年は市の臨時の予算が組まれ、カキツバタ池の土壌の入れ替えが
行われるそうです。大切な観光資源であり市民の憩いの場でしょうから、
市としても捨ておけないのは当然なのでしょうね。
tonaさんもせっかくお寄りになられたのに、ほとんど咲いていなくて
残念でしたね。1本でも美しい花をご覧になれたのと、綺麗なお庭が
あったのがせめてもでしょうか。
 
愛知にお地蔵さんが多いというのは意識したこともありませんでしたが、
そうなのかな?お写真拝見すると、ほんと色々ありますね。
北向地蔵はわが市にもあるようですが見たこともありません。
山口の宇部市にもあって、そちらは昨秋義母の代理で義父と一緒に
お詣りに行きました。毎月行っているというので驚いたのですが。
そのとき、なぜ北向?と不思議だったのですが、あれこれ検索して
見て回るうちに、「お地蔵様は常に民衆とともにあることから、
 あえて人の下座、つまり、北向きに配されているのが、北向き地蔵」
と書かれているのを見つけました。そんなことから本来お地蔵様は
北向に置かれるものながら、実際に北向のものは数が限られることから
信仰を集めているお地蔵様もあるのだとか。
宇部の北向地蔵も、九州から参拝に来る人もいると聞きましたが、
そういうことだったのかと、納得したものでした。
 
やや、また東海道の本筋からそれてしまいました。いつもごめんなさいsweat01

投稿: ポージィ | 2018年6月22日 (金) 18:16

いよいよ知立ですね。私の生地は知立市平田町。

>名鉄三河線の踏切を越えたら東見附跡。ここを右折して慈眼寺へ。
右折の場所の左側が平田町です。
名鉄三河知立駅の北側です。

4歳の時に名古屋に引っ越したので,
残念ながら地理由の記憶はありません。
きょう,追体験させていただきました。

投稿: gaki | 2018年6月22日 (金) 19:16

★zooeyさま

江戸時代、東海道を訪れる旅人が池鯉鮒宿に向かう途中、松並木で一休みする姿を、渡り鳥に例えて、旅の魅力を表現しているのだそうですよ。
そんなことまで全然わかりませんよね!

投稿: tona | 2018年6月22日 (金) 23:39

★ポージィさま

こんばんは。さっき桑名より帰ってまいりました。
在原業平の伊勢物語までさかのぼるという池鯉鮒のかきつばたです。
尾形光琳の絵ともども有名ですね。
知ってはいたのですが、本当は知立のこのお寺の近くの今のカキツ姫公園が本当の場所だったようです。

今年何故お祭りが開かれなかった理由を調べていただいたのですね。有難うございました。
青梅の梅園を思い起こしますね。
なるほど市としては一大事業になってしまうのですね。
橋がちゃんと八つあって八橋とわかりました。
昔も湿地帯だったようです。
もう行かないと思いますが、4月27日から5月26日がお祭りであんなにたくさん咲いたかきつばたを見ることが出来たらどんなにか素敵でしょう。菖蒲は見ますが杜若はこちらではあまり見ませんもの。
北向き観音と言うのは長野県で行きました。
北向地蔵さんは山口県にもあるのですね。それも九州からお詣りに来ているとは随分信仰篤いお話ですね。
そしてなぜ北向きも調べていただいたのですね。とてもよくわかりました。
今日もまたお地蔵さんをたくさん見てきました。
私もちょこっと調べるだけで納得していたりして、ここまで調べていなくて本当に勉強になり感謝しています。お礼申し上げます。

投稿: tona | 2018年6月22日 (金) 23:55

★gakiさま

とうとうgakiさんがお生まれになった知立を歩きまして、どの当たりかしらと思っていましたが、そうだったのですか。
よくわかりました。かきつばたがきれいな所、そして馬が昔はたくさんいたのですね。
知立神社、知立公園もあって見どころが多かったですので一度に載せられませんでした。
4歳で引っ越されたら覚えてていませんでしょうね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年6月23日 (土) 00:06

三河八橋の写真だけはどこから取られたかは
分かります。同じポイントから撮りましたから。
今年は花が少なかったのですね。
でも充分雰囲気は伝わると思います。

業平竹のあるところまで歩かれたのですね。
私もあそこで撮影しました。

業平像は25年前はなかったです。

3度ほど行きました。

投稿: matsybara | 2018年6月23日 (土) 18:54

★matsubaraさま

丁度花の時期が終わった時に行ったのですから見られなかったですが、杜若が弱っていてお祭り自体が中止だったとは驚きました。
咲いていたらどんなにかきれいだったでしょう。
3度もご覧になっているのですね。
ここからは岐阜が近いですね。電車が名古屋行より、岐阜行が多かったです。
業平像は新しいですね。
「ひともとすすき」という縁結びのすすきもありました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年6月23日 (土) 20:40

tonaさん、おはようございます♪
朝早くからお疲れさまでした。
日帰りでも、早く出発すれば、こんなに沢山歩いてこられるのですね。
自由に時間をやりくりできるのが個人旅行の良いところですね。
崇福寺、お庭も綺麗で素敵なお寺ですね。
安城市は七夕で有名なのですね。
七夕といえば平塚。神奈川県に住むようになって46年になりますが、
一度も行ったことがないので、「関東ふれあいの道」で高麗山周辺を
歩くとき、寄ってみようかしら・・・
在原業平の「かきつばたの歌」は有名ですね。
マンホールに刻字されていれば、誰でも覚えられますね。
亀の上に立っている亀甲碑は縁起が良さそうですね。
両口屋本舗はこの辺にあるのですか。
夫が昔、名古屋に出張した時、時々お土産に買ってきてくれました。
顔が白いおびんずる様は珍しいですね。

投稿: hiro | 2018年6月24日 (日) 09:44

★hiroさま こんにちは♪

お元気にお帰りになられたご様子良かったです。
時々お寺に素晴らしいお庭のお寺が、他にも東海道筋にもありました。
京都のお寺ほどではありませんが、代々のご住職さんの心意気を感じるものです。
私は茅ヶ崎でしたから何度も平塚の七夕は行っております。
丁度昨年は他のグル-プので行きまして、又再びこの道を歩きましたが、hiroさん、合わせて歩かれた方が良いですよ。是非!
伊勢物語の内容は殆ど覚えていませんが、ここだけは有名で私の頭に残っておりました。
杜若が本当に根付く土地らしく咲いたときは素晴らしいでしょう。またhiroさんも狙ってください。
両口屋のお菓子はあまりにも有名ですが、名古屋駅構内のお店にたくさん売っていますね。大小ありますからいいですね。
白いおびんずる様、他にあった時には教えてくださいね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年6月24日 (日) 11:56

こんにちは。朝早くから夜遅くまで長い一日でしたね。業平の歌のマンホールを良く見つけられましたね。たいへん興味深いです。お疲れさまでした。

投稿: 多摩NTの住人 | 2018年6月24日 (日) 14:05

拝見しますと、この回の中で訪ねている場所は無量寿寺だけでした。
当時はナビの無い時代(高級車には搭載されてたかも)で
地図を頼りに高速道を走って往復しました。
ハナショウブの終盤でしたので、期待外れの境内でしたが
在原業平ゆかりの地を訪ねられたことで満足しましたよ。
境内の写真を懐かしく思いながら拝見しました。

無量寿寺から少し離れたところに
松の木を中心の一里塚があったような記憶があるのですが
あれは一里塚じゃなかったのかな。
以前のブログにアップしていましたが・・・。
写真を探して確認します。

投稿: Saas-Feeの風 | 2018年6月24日 (日) 15:44

★多摩NTの住人さま

ありがとうございます。
日帰りですからどうしてもこうなってしまいます。
業平の歌を久しぶりに(高校以来かしら)見ました。知立とかきつばた、忘れられなくなりました。

投稿: tona | 2018年6月24日 (日) 19:02

★Saas-Feeの風さま

無量寿寺のかきつばた満開の頃にいらっしゃったのですね。
咲いてなかったですが、伊勢物語の業平と八橋、尾形光琳の屏風絵を彷彿とさせる知立でした。
マンホールもそのものずばりで洒落ています。

来迎寺一里塚(79里)をご覧になったのでしょうね。
このように塚が大きく残っているのを見ると嬉しくなります。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年6月24日 (日) 19:12

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