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2018年6月24日 (日)

東海道五十三次歩き25 新安城~知立宿~鳴海宿(2)

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●知立宿(池鯉鮒宿)の続き

・山車庫 知立神社の例祭「知立まつり」の隔年に行われる本祭の山車が保管される。その時、知立神社では国指定重要無形民俗文化財の人形浄瑠璃芝居の「山車文楽」と「からくり」が上演される(ユネスコ文化遺産)。このあと似たような山車庫を桑名までいくつか見た。
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・その横の奥に入った所の宝蔵寺には追腹塚がある。石田光成が家康の暗殺を命じた加賀野井弥八郎の墓とこれに絡む刈谷城主や浜松城主との斬り斬られで刈谷側の家臣が二人切腹するという、ややっこしい話の塚なのである。三十三観音菩薩像もあった。
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・知立古城址 知立神社の神主氷見氏の居館だったが、桶狭間の戦いのあと、織田軍によって落城した。
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・あんまきの店・小松屋本家であんまきを食べる。美味しいのなんのって!
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・知立公園へ花菖蒲を見に行く。ここの花菖蒲は明治神宮から昭和時代にご下賜いただいたものだそうだ。例年なら見頃だが今年は見頃を過ぎていたがきれいにまだ咲いていた。
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・隣の知立神社へ(東海道三社の一つ。他は三嶋大社、熱田神宮)
                                 拝殿1832年(天保2)造営
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国指定重要文化財の多宝塔がなかなか素晴らしい。850年僧・円仁の創建、1509年の再建、1929年解体修理復元。
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                                          神社の裏の花菖蒲
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                                    太鼓橋は1732年のもの
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この辺りが知立宿の西見付跡だ

◆知立宿から有松宿(間の宿)の間 (知立市~刈谷市~豊明市へ)

・総持寺 家康側室・お万の方の生誕地碑がある。家康の次男・結城秀康を産んだお万の方は、知立神社の神主氷見氏の娘だそうだ。
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             洗心水琴窟 水子地蔵に7回水を掛けると水琴窟の音がした
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                             お地蔵様に囲まれた一願出世不動
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逢妻川を渡ると知立市から刈谷市に入って85里目の一里塚は現存せず説明板だけ。ここで回転ずし「くら寿司」で赤だし(味噌汁)で発汗で失われた塩分を補いながら寿司8貫と巻きずしを食べる。

・刈谷市のマンホールも知立市と同じかきつばた
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・十王堂の三面馬頭観音様
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・洞隣寺の中津藩士の墓(左2つ)と「めったくやしいの墓」(右の小さな墓)
帰国途中の中津藩士2人が喧嘩して斬り合いここに葬られたが、どうしても反対側に傾いたので村人が篤く葬りなおしたので傾かなくなった墓。
洞隣寺の気立ては良いが不美人の下女が医王寺の住職に恋したが、見向きもされず憤死。ここに葬られたが墓石から火の玉が出て「めったくやしい」の声と共に医王寺へ飛んで行ったとか。
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・いもかわ(ひもかわ)うどん発祥の地。名古屋では「きしめん」といわれる。
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・馬頭観音そのものが道標になっている。観音の台石を見ると「右 ころも」「左 東さかい」と彫られている。挙母(ころも)街道と東街道の分岐点の道標になっていた。
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・藤松駅手前付近の街並み
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・乗蓮寺の椎の木は樹齢850年の刈谷市の天然記念物 2本ではなく空洞だそうだ。
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・境川の境橋を渡ると刈谷市から豊明市に入った。ここが三河と尾張の境だそうだ。
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・豊明市のマンホールは桶狭間古戦場のデザイン
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・どんどん歩いていくと、こんな風に両側に残っている阿野一里塚(86里)がある
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                      (続く)

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コメント

こちらの花菖蒲も私たちも見に行きました。
もう10年以上も経ちましたが古い多宝塔も
何枚も写真を撮った記憶があります。
知立神社は3度目に行ったとき拝観しました。
知立に住んでいる友人に聞いたのです。
一度で能率よく回られましたね
下水道のフタは見ていませんでした。

投稿: matsubara | 2018年6月25日 (月) 20:50

★matsubaraさま

多宝塔、色もいいし重厚な感じですね。
思いがけなく歩いた時期がここに当たって、花菖蒲を見ることができました。

各地域のマンホールの蓋はその地域性をよく表して見事ですね。上を見たり下を見たりけっこう忙しい歩きです。
いつもありがとうございます。

投稿: tona | 2018年6月25日 (月) 21:01

東海道をどれだけ往復しているか分かりませんが
途中下車したこともなく、知らないことばかりです。
名古屋駅ですら乗り換えるだけで。
1本だけのカキツバタと違って
花菖蒲はこんなに咲いていてよかったですね。
花ばかりは季節じゃないと見られませんもの。
今年は私も両方を堪能しました。

投稿: zooey | 2018年6月25日 (月) 21:26

★zooeyさま

そうですね。新幹線ではいつも真っ直ぐ京都ばかりでした。
こだまの停まる駅は覚えましたが、ひかりはいろいろ違う駅に停まるということを知りました。
まあ、ちょっとバカみたいと思う時もありますが、いろいろな事を知ることが出来て満足です。
カキツバタとアヤメは柄が独特でわかりますが、イチハツなんてもうわかりません。他は花菖蒲と思えばいいかしら。水が好きなのと、水がなくてもいいのとがわかりますね。今回カキツバタはダメでしたが花菖蒲を見ることが出来てラッキーでした。
zooeyさまも今年はたくさんご覧になっていらっしゃいましたね。私は以前行って早すぎでだめでした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年6月25日 (月) 21:47

私の旅行は殆どが車ですので新幹線に乗っての旅行は数えるほどしかないですので
tonaさんが紹介してくれる所は、殆どが知らない所だらけです。

宝蔵寺には追腹塚があるのですか、一寸話しがずれますが先日の旅行で瑞巌寺の見学の際
伊達政宗が死んだ後に殉死した家臣が16名で、二代忠宗の時は9名が殉死
人数は分かりませんが、そのような決まりがあり三代目からは無いそうです。

知立公園で運よく花菖蒲が観れて良かったですね。
国指定重要文化財の多宝塔は立派ですね。
太鼓橋は約300年前の橋なのですね、旅する事により歴史を身をもって感じますね。

忘れてましたが、私が子供の頃はひもかわうどん(平たく幅が太い)を食べてましたが
今では食べる事がないです。

投稿: ラッシーママ | 2018年6月25日 (月) 22:56

tonaさん、おはようございます♪
知立あたりは山車庫が多いそうですが、山車が多いということは
当時から経済的に恵まれた土地柄だったのでしょうね。
お祭りの時はさぞ賑やかなことでしょう。
石田三成が家康の暗殺命令を出したこと、すっかり忘れていました。
知立城主は知立神社の神主氷見氏だったそうですね。
いかに時の権力者であったのかが想像できますが、
城主が神主も兼ねられるとは意外でした。
この他にも知らないことがたくさんありました。
知るって、楽しいことですね。

知立公園の花菖蒲、とても綺麗。間に合って良かったですね。

投稿: hiro | 2018年6月26日 (火) 07:41

こんにちは。本当に充実した記録ですね。知立という名前は何となく日本的ではないと感じています。

投稿: 多摩NTの住人 | 2018年6月26日 (火) 08:17

★ラッシーママさま

瑞巌寺についてはこのほどテレビで2回ほど見ることが出来ました。
何といっても百聞は一見に如かずで、伊達政宗は知っていても、その周辺の歴史はさっぱりですから、一度足を踏まないとしっくりきませんね。
三代頃から殉死が禁じられたのですね。森鴎外の『安倍一族』を思い出しました。ある意味酷い時代ですね。
太鼓橋と言うと亀戸天神や鎌倉八幡宮と同じような感じです。古いですね。
こちらではひもかわうどんは食べませんが、似たようなほうとうはよく作ったことがあります。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年6月26日 (火) 08:51

★hiroさま こんにちは♪

知立については業平のカキツバタくらいしか知りませんで、立派なお祭りもあるようです。
テレビで出てきたことがあるでしょうか。お祭りは平塚七夕と茅ヶ崎浜降り菜と近所の府中のくらやみ祭しか行ってないので、もっぱらテレビで知ることになります。

この神主氷見氏の娘が家康の側室お万の方だったわけで、これでも身分が低くて息子の秀康は二男だったけれども将軍になれなかったと言われていますね。
全くおっしゃる通りで、知るってたとえ忘れてもとても楽しいです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年6月26日 (火) 09:01

★多摩NTの住人さま

こんにちは。
ブログに書くことでちょっと復習でありがたいことですが、特に印象に残った所しか思い出せないで、静岡県あたりは宿の名前が順番に今でも言えるか怪しいものです。
なるほど「知立」と言う名前、そう言われてみますと・・。
地名に関する本もありますし、研究されている学者もいらっしゃいますね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年6月26日 (火) 09:05

新幹線の駅名くらいは覚えてますが、宿は訪ねたことが無くさっぱりです~(-.-)
宝蔵寺の追い腹塚、戦国時代はぞろぞろと屍が続いたのですね。
また横道に逸れますが、夫は武家の末裔で切腹の言葉をよく使ってました。
刀の本があり今も思い入れがあるようで、怖いです!
ついでのことに、あんまきに似た源氏巻が津和野名物です♪
十三堂の三面馬頭観音様は珍しく拝見。
後の写真にもありますね。
カキツバタは滅多に見てません。間に合って楽しまれましたね。

投稿: だんだん | 2018年6月26日 (火) 16:58

こんにちは
 
この辺りはほとんど通り過ぎるばかり。
伊勢湾岸道を通って三重県の伊賀に行った際、刈谷PA・ハイウェイオアシスに
寄ったことがあるだけです。
へぇ、きしめんは元をたどると刈谷の芋川うどんだったのですね。
すっかり名古屋のきしめんと思い込んでいました。
江戸などでいもかわがひもかわと訛ってひもかわうどんとして
知られるようになったというのも初めて知りました。
東海道中膝栗毛は少年少女向けのものを読みましたが、
登場したのやらしていないのやら、はて?とんと記憶にありません。
刈谷と豊明の間にも境川があると、これも初めて知りました。
神奈川に来て境川という川と初めて出会ったわけではなかったのですね。
もっとずっと前に、そうとは知らずに名鉄電車に乗って渡っていたようですし、
最近でも伊勢湾岸道を走っていて渡っているようです。
杜若は寂しい有様でしたが、花菖蒲はたくさん咲いていてくれて
よかったですね♪

投稿: ポージィ | 2018年6月26日 (火) 17:24

このあたりを歩いたことが無くて、まったく知らないことばかりです。
神社巡りをしながらご朱印を集めていた時代があったのですが
知立神社についても初めて知った次第です。
Saas-Feeの風は伊勢湾岸自動車道を何度も利用していますのに・・・。

今日は近鉄富田駅から近鉄四日市駅まで
旧東海道をあちこち寄り道しながら
3時間かけて歩いてきました。
歩くとさまざまな旧跡・史跡に出会えますね。

投稿: Saas-Feeの風 | 2018年6月26日 (火) 20:44

★だんだんさま

島根県東部に地震があったようですがご実家、大丈夫だったでしょうか。今日、日本地図の30年以内の震度6の地震確率の真っ赤に染まったのを見て、太平洋側にいては怖いと感じました。しかしもう逃げ場はないですね。引っ越さないし。

まあ、ご主人様そうなのですか。刀の本見たことないですが、この頃刀剣女子がはやっているとか。
津和野に2度ほど行きましたが、源氏巻聞いたことがあるような気がします。ネットで確認したら、あんまきに本当にそっくり!
愛知県に入ったら三面馬頭観音様をたくさん見ました。静岡県では気がつきませんでした。
カキツバタはこの辺では殆ど見かけませんね。白い筋で覚えました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年6月26日 (火) 20:52

★ポージィさま

伊勢湾岸自動車道は無量寿寺の北側を通っていて、豊明駅の手前の所でくぐりました。伊勢まで続いているのですね。
ひもかわですが、東京の方ではいわゆる普通のうどんで平たいひもかわはめったに食べませんね。私も名古屋のきしめんと思っていました。
私こそ東海道中膝栗毛をもう一度読まなくては。

神奈川県を江の島まで流れている境川という同じ字の川が愛知県にもあったのですね。尾張と三河の境でもあるということも知って、三河の徳川、尾張の織田と言う言い方がわかったような気がしました。
愛知県に入ってからもいろいろと面白かったです。
今年は思いがけない所で花菖蒲を見ることが出来まして嬉しかったです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年6月26日 (火) 21:19

★Saas-Feeの風さま

まあ、きょう富田駅から四日市まで歩かれたのですか!暑かったでしょうね。
来週7月5日に四日市に向けて歩く予定にしています。
いろいろ史跡があるのですか。あまりないと思っていましたので楽しみにしています。
れいの酒屋さんには自販機があるということでそれなら軽くて買えると娘が申しております。

知立神社が東海道三社の一つとは全く知りませんでした。
伊勢湾岸自動車道を走ると四日市にはすぐ着きそうですね。
色々な情報をありがとうございました。

投稿: tona | 2018年6月26日 (火) 21:28

単なるあんまきではなく,知立の名物は「大」あんまきですぞ(笑)

きしめんが刈谷発祥とは知りませんでした。

投稿: gaki | 2018年6月27日 (水) 10:13

★gakiさま

本当にあんまき大きくて立派でした。
カロリーを使ったのでぺろりでした。
gakiさんの生誕地は杜若と花菖蒲のイメージになりました。
そして東海道三社の知立神社や伊勢物語在原業平伝説があって遠い昔より有名であったと。
有難うございました。

投稿: tona | 2018年6月27日 (水) 13:18

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