東海道五十三次歩き26 鳴海宿・宮宿・桑名宿(1)

6/22(金)晴れで暑くなりました。この日から名古屋まで「のぞみ」。東京駅6:43発~名古屋8:23着。名鉄に乗り換えて鳴海駅に戻り、9時頃より歩き始めました。鳴海宿の続きから宮宿へ。現在、七里の渡しがないので熱田神宮駅から名古屋駅。名古屋駅から近鉄で桑名駅へ。桑名宿を歩き、隣の駅益生駅より名古屋に出て、東京へ。47278歩でした。
●鳴海宿(40番目の宿) 知立宿から11.1㎞ 日本橋から約363.7㎞ 宿の長さ1.8㎞ 本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠68軒。
殆ど遺構が残っていない。広重の絵は「名物有松絞」。
鳴海駅から旧東海道へ出てスタート。
・復元された鳴海宿高札場。宿場間の駄賃や人足賃を示しているそうだが読めない。
・その奥の天神社は鳴海城跡だ。今川方の猛将・岡部元信は今川義元が討たれても籠城して戦ったという。
・斜め向かいにあるお寺の圓道寺には三猿が山門の上の扁額に、本堂の上の屋根に、絵馬にも描かれる。


どうして三猿?ここの御本尊が青面金剛明王だから。この明王はインド由来の仏教尊像ではなく、中国の道教思想に由来し日本仏教における庚申講の本尊で、三尸(さんし)を押さえる神とされる。
「不見・不聞・不言」の教えが8世紀ごろ、天台宗系の留学僧を経由して日本に伝わり、猿を神使とする山王信仰が、庚申信仰と習合した結果ともいう。その教えが、三猿のモチーフになった。それで青面金剛や庚申塔の多くに三猿が彫り込まれていて、この東海道の旅でたくさん見てきて、初めて知ったというわけです。
青面金剛不動明王
・お隣の誓願寺には芭蕉最古の供養塔があった。緑色の石である。このお寺は芭蕉の弟子・下里知足の菩提寺で、芭蕉没後の翌月に如意寺に建てられた供養塔が、すぐ近くのこの寺に移された。亡くなって翌月なので一番古いということになる。
・少し先のところを右の道に入った所に東福院がある。廃城になった鳴海城の廃材で寛永年間(1624~1644)に再建されたもので山門が当時のもの。古く感じなかった。
門の脇の観音堂の中央は子宝観音である
・丹下町常夜灯 ここが鳴海宿の西端。鳴海宿の東端と西端には常夜灯があって、今までなかったことで貴重とのことだ。
◆鳴海宿と宮宿の間
・千句塚公園内の千鳥塚 芭蕉存命中に立てられた唯一の翁塚で、俳文学史上稀有の遺跡。この文字は芭蕉筆。1687年。
・公園の奥に緒畑稲荷神社があるが、白狐が棲みつき神社を守っていたという。
建物内の狐と外の笑っているような白狐

可愛い不動明王と弘法様
・天白川を渡ると名古屋市南区に入る。またまた珍しい地蔵・いぼ地蔵があった。地蔵の左手のいぼ状の隆起に触れていぼが取れるのを祈願するという。
・笠寺一里塚(88里目) 片側しか残っていないが、名古屋市に現存している唯一の一里塚。
・玉照姫が祀られる泉増院 

この後に行った笠寺観音(笠覆寺)には、呼続(よびつぎ)の浜の流木に刻まれた十一面観音があったが、堂が荒れ、観音像が雨ざらしになっていたのを見かねた玉照姫が自分の笠をかぶせた。後日娘が仕えていた長者の家に泊まった藤原兼平は娘を見初め、妻とし、その時から玉照姫とよばれるようになった。
・笠寺観音の山門は立派だ
本堂
玉照堂 縁結びとして信仰されている
芭蕉の千鳥塚と宮本武蔵之碑もある
・塩付街道(星崎塩田の塩を信州に運んだ道)の標柱を左に曲がると富部神社がある。隣の長楽寺に家康四男松平忠吉が病気の平癒祈願をし、無事回復したので、そのお礼に建てた神社。桃山時代の特徴を備えた国の重要文化財。
・その長楽寺は動物寺で盲導犬サーブのお墓がある。御主人を交通事故から守って、そのため片足をなくした盲導犬だ。そもそもこの寺は弘法大師の創建で今川氏が再建したもの。
目守弘法大師
・鎌倉街道と交差したところの地蔵院の中に、又初めて聞く大きな(2.3mの坐像)湯浴地蔵がある。人々が湯を浴びせて祈願したことから名付けられたそうだ。
・一方左折すると百毫寺があり、 年魚市潟(あゆちがた)勝景碑が建てられている。年魚市潟は鳴海から熱田にかけての海辺の湾入した遠浅の地形をさし、これがあいちに転じで愛知の語源になったそうだ。今は潟の面影がなかった。
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コメント
こんばんは(^o^)/!
東海道歩き、我が地元の名古屋に入って鳴海から笠寺…この辺りはかつて仕事で何度も行ったところです。しかし、鳴海にこんなにも由緒ある遺跡があるとは初めて知りました (^_^;;ハズイ!
笠寺の一里塚、今も大切に保存されているのが嬉しいです。ここは何度も通ったことがある道で、もちろんこの道が旧東海道ということも知っていました。
盲導犬サーブのお墓が、その近くのお寺にあるとは、これも初めて知りました。地元だからこそ知らないことが多いです (^_^;;アセッ!
余談ですが、笠寺一里塚の南にあった信号交差点(赤坪町)付近にかつて伊勢神宮の絵馬を作っている小さな会社がありました。社長は元・高校球児で生存中は甲子園出場校へ自作の大きな絵馬を送られたそうです。
投稿: 慕辺未行 | 2018年7月 5日 (木) 23:36
七里の渡しは、今も年に何回か運行しているようで、
10年前夫の友人がそれを使い、奈良から来て
下さいました。今はないかもしれないですが・・・
その日は運行ダイヤをネットで調べて乗られました。
とても風情があり、よかったそうです。
三猿の逸話は、つい最近夫の友人から教わりました。
東照宮の三猿もそういう深い意味があることを
これまで知らなかったです。
投稿: matsubara | 2018年7月 6日 (金) 08:23
★慕辺未行さま
おはようございます。
昨日は三重県は雨で四日市には行かれませんでした。
岐阜の方は大雨警報が出て高山では大変のようですね。こちらは全然降らなかったですが、夜中からやっと降り始め、お湿りになりました。
鳴海には芭蕉の特別な碑が2つもあって驚きました。
笠寺の一里塚はかなり遠くから撮らないと収まらないくらい大きな塚になっていました。名古屋唯一で貴重ですね。
盲導犬サーブのこと、健気で主人思いでハチ公ではありませんが、涙が出てしまいそうな話です。このお寺には動物観音様もいらして、犬や猫の供養も行われているようです。
地図で赤坪町の交差点確認しました。
そんな方がいらしたのですか。そういえば、玉照姫が祀られる泉増院には玉照姫が観音様に自分の笠をかけてあげている絵馬がありました。もしかしてその社長さんの描かれた絵馬かしら。とても印象に残る素敵な絵馬でした。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2018年7月 6日 (金) 08:33
★matsubaraさま
七里の渡しは会社が2つくらいあってチャーターしたり、期間限定のがあったりで言ってすぐ乗れるものではないのですね。
昔と航路が違っていますが、是非乗ってみたいものです。
それにしても桑名から見たら川幅の広いことに驚きました。
私も三猿や庚申さまのことなどずっとこの旅で見てきてやっと今頃納得が行ったという次第です。これからも学べばいろいろ知ることが出来そうで楽しみです。忘れちゃうのが難点でブログをひっくり返してみることになりそうです。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2018年7月 6日 (金) 08:42
昨日のこちらは降ったりやんだり・・・
歩けない環境ではありませんでしたが
往復の鉄道の心配がありますから
取り止められた方が好いと思っておりましたよ。
ご紹介の行程では熱田神宮しか経験が無く
ほかの場所に行ったり、周辺を歩いたりしたことがありません。
初めて知ることばかりで、いつか歩く機会を設けたいと思いました。
芭蕉直筆の石碑が残っているとはと驚きます。
常夜燈は旧東海道を歩いていると、ときどき出会えますので
その度に写真を撮っていますよ。
いよいよ桑名宿から四日市宿ですね。
愉しみにお待ちしております。
投稿: Saas-Feeの風 | 2018年7月 6日 (金) 08:56
★Saas-Feeの風さま
やっぱりやめて正解でしたね。
次回は来週木曜日を計画、そこであとは暑いので9月にと思っています。
去年の4月からですから、おもえばそちらに辿り着くのも1年半がかりとなります。遠いですね。
芭蕉直筆の石碑には私もびっくりしました。
このような字を書いていらしたのだとちょっと感動しました。
常夜燈は静岡県は秋葉常夜燈が多かったです。愛知県に入っても秋葉はたくさんありました。
よく見るといろいろな種類があるものです。それをまとめるには至っておりません。出来ないでしょう。
いろいろ参考にさせていただいて桑名も回りました。感謝です。ありがとうございました。
投稿: tona | 2018年7月 6日 (金) 11:14
こんにちは。今回も朝早くからお疲れ様でした。三猿は日光だけではなかったのですね。話は少し戻りますが、知立の由来は知立神社の御祭神の「伊知理生命」(いちりゅうのみこと)のようですが、今は何故か祀られていないようです。
投稿: 多摩NTの住人 | 2018年7月 6日 (金) 11:21
こんにちは
ついに三重県へ入られましたね!毎回歩数が増えていらっしゃるような…
お疲れさまでした。
桑名手前の愛知県内の辺りも通り過ぎるだけ、何も知らない土地です。
出身県だというのに。それは現在の神奈川でも同じです。
圓道寺というお寺の山門の扁額の三猿の顔は、猿の顔というより
人間の顔そっくりですね。絵馬の方は猿ですけれど。
他の三猿の顔をほとんど知りませんが、人間の一生を猿に
例えたものだから、人間の顔のようであっても不思議はない
ものということ?と疑問がわきました。調べることもなく
このまま忘れていきそうですが(^^;)
三猿の起源のお話を拝見して、初めて知ることばかりでしたが、
日本の仏教・信仰も
歴史をたどれば結構いろいろなところから入ってきたものが
入り混ざったものだと改めて思いました。
どの宗教でも、他宗教を毛嫌いや敵対視したりしがちですが、
おかしな話ですよね。
また話が変な方へずれました。いつもすみません。
千句塚公園内の「千鳥塚」の「千鳥塚」という文字は、芭蕉が
書いたものなのですか。端正なスッキリとした文字を書かれる方
だったのですね。芭蕉の字が、こうして自由に大勢の人の目に
触れる場所にあることに、何だか感動を覚えました。
今回もいろいろとありがとうございました。
投稿: ポージィ | 2018年7月 6日 (金) 15:57
★多摩NTの住人さま
仰るように三猿と言えば日光ですね。小学校の修学旅行で見てしっかり覚えています。
でもここで立派な三猿の扁額を見ました。
知立神社についてサイトで見ましたが、なるほど御祭神は四神で「伊知理生命」の名がありませんね。
知立の由来を教えていただきありがとうございました。
投稿: tona | 2018年7月 6日 (金) 16:16
★ポージィさま
はい、この日三重県に入りました。
私も自分の住んでいた茅ヶ崎の東海道筋を車で通っていただけで何も知りませんでした。勿論神奈川県の殆んどを知らないまま再び東京人になりました。今「お江戸歩く」と言うのが大流行です。
圓道寺の山門の扁額の三猿の顔、あらほんと!猿でなく人間ですね。全然気がついていませんでした。自分でもあまりに不注意で今驚いてしまいました。
何故人間風にほられたのか?ポージィさんが考えられたことがそうなのかもしれませんね。人間の顔にすると可愛くないですね。
宗教に関しては、日本はそれで憎み合う欧米や中東のようでなくて良かったです。国内で宗教戦争も民族戦争もなくてどんなにか今は安堵していることか。
しかし宗教ではとんでもない新興宗教が人殺しまでして、乗っ取ろうとした、その教祖さんなど7人が今日処刑されました。二度とこんなことがあってはならないですが、怪しい宗教はいっぱいあるみたいです。
それに欧米のようにISのような人が日本に入ってきてテロが起きたら怖いことです。
まさか芭蕉の字が見られるとは思ってもみませんでした。仰るように端正な見やすい文字です。気持ちの良い公園の中にひっそり立っていました。
今回もまたいろいろ教えていただきありがとうございました。
投稿: tona | 2018年7月 6日 (金) 16:47
tonaさん、こんばんは~♪
今回も47278歩も歩かれたのですね。
素晴らしい脚力に脱帽です。
田舎を歩いていると、庚申塔にはよく出会うので、
庚申構や猿田彦大神のことは、うすぼんやりと知っていましたが、
青面金剛明王が中国の道教思想に由来していることは知りませんでした。
圓道寺の三猿はおさるさんというより人間に近いですね。
青面金剛明王像はもっと怖い顔をしていると思いましたが、
像によって容貌は様々あるようですね。
芭蕉直筆の石碑には驚きました。
なかなかカチッとしたしっかりとした字を書かれたのですね。
歩いているといろいろな発見があって面白いですね。
tonaさんのおかげで、私もいろいろ勉強させていただけるので
ブログを拝見するのが楽しみです。
投稿: hiro | 2018年7月 6日 (金) 18:34
★hiroさま こんばんは♪
何時も膝を気にしながらの歩きです。
半月板がすり減っているのですから、大切にしようと思うのですが、歩かないといろいろ衰える、しかし使いすぎかと心配になったりと複雑な気持ちですが、東海道だけでも兎に角歩き切りたいです。
三猿や庚申塔、そこにかかわる青面金剛明王とようやくわかって、この旅もなかなか勉強になるなあと嬉しなったことでした。歴女であったならもっと楽しくなるかと思います。
芭蕉直筆の石碑にはビックリしました。こんなのがあったのですね。素晴らしい筆だと思います。
もったいないお言葉、ありがとうございます。
投稿: tona | 2018年7月 6日 (金) 19:46
膝を気にしながらの歩きで47278歩とは凄いです。
私は車で旅行しますが行き先は殆どが関東で、西では京都や三重ですが
車の移動なので細かい事は殆ど知りません。
三猿の日光は有名ですが圓道寺にも飾ってあるのですね。
芭蕉に関する碑はあちこちにありますが、芭蕉直筆の碑があったとは驚きです。
盲導犬サーブの話しは有名ですが、そのサーブのお墓が長楽寺にあるのですね。
いつもtonaさんの記事で知る事が一杯あり、ありがとうございます。
こう書いてますが忘れるのも早いのです。
投稿: ラッシーママ | 2018年7月 8日 (日) 16:36
★ラッシーママさま
かつて数ヶ月杖を突いていた私でしたが、こんなに歩けるようになったのは、私の人生で奇跡でした。逆の奇跡もあってどうして?と泣けることもありますが。
三猿はこの旅で庚申塔の下部に三猿が彫ってあったのです。庚申さまの使わしめであるわけですから、やっと意味が分かって歩いた甲斐があったというものです。
芭蕉直筆も感動しました。
盲導犬サーブはラッシーちゃんと同じ犬種ですかね。涙が出てしまいそうです。
私もブログに書いておきながら行ったことなどいろいろ忘れていますので呆れちゃいます。ありがとうございました。
投稿: tona | 2018年7月 8日 (日) 20:04