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2018年7月11日 (水)

東海道五十三次歩き26 鳴海宿・宮宿・桑名宿(3)

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●桑名宿(42番目の宿)宮宿から0㎞(海里7里) 日本橋から372.3㎞ 宿の長さ2.7㎞ 本陣2軒、脇本陣4軒、旅籠120軒。脇本陣の数は小田原と並んで1位。旅籠数は宮に次いで2位。

桑名宿も宮宿と同様七里の渡しの渡船場として栄え、旅籠数も120軒も数える賑やかな宿場であった。

・六華苑を出て揖斐川の堤防の上を歩き宿場の中心へ向かっていく。向こうに長良川の河口堰も見えた。

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・大塚本陣跡(現在料亭・船津屋)、この先が船番所、脇本陣駿河屋(現在高級旅館山月)。
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泉鏡花がこちらの小学校の講演で来た時船津屋に宿泊し、この時の印象をもとにして小説『歌行燈』を書きあげた。演劇化し映画化するため、久保田万太郎もここに滞在し、戯曲『歌行燈』を書き、明治座で公演された後映画化された。読んでないので図書館から借りてきました。
「歌行燈句碑」久保田万太郎が船津屋主人に求められてその情景を詠んだ句碑。字が消えて読めない。「かはをそに 火をぬすまれて あけやすき」
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・桑名側の七里の渡し
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・伊勢の国一の鳥居。初めて建てられたのは天明年間(1781~1789)で、式年遷宮ごとに伊勢神宮宇治橋の鳥居を移しているそうだ。
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・蟠龍櫓(復元)が見える。広重の絵にも描かれている。蟠龍とは天に昇る前のうずくまった状態の龍の事で、航海の守護神としてここに造られたという。
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・舟会所、問屋場跡、通り井跡を通り、蛤料理屋さんを見て、九華公園(桑名城址)へ
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                    お堀がきれい
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  天守台跡 崩れやすいため登るのは禁止。戊辰殉難招魂碑が建っている。
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             猫4匹に遭遇。この子は親分みたいな感じ。
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本多忠勝の像 徳川四天王の一人。関ケ原の合戦後家康は本多忠勝をここに配置し、その後城を整備していった。
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・東海道に戻ると右手に青銅の鳥居の春日神社がある。木製から青銅に造り替えられたのは1667年。門の奥には楼門が見える。逆光で見えないが、鳥居には色々な模様が彫ってあって、貫には藤紋、両柱の上部には上り藤紋がある。
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             島木には花輪違いの模様があるのには驚く
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「しるべいし」が鳥居の左下にあって、迷子石とも呼ばれ、左に子どもの特徴を書いた紙を貼り、右に心当たりのある人が子どものいた場所などを書いて貼ったそうだ。
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              楼門の左右には左大臣と右大臣がいた
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拝殿 春日神社(俗称)は桑名宗社(公称)で、桑名神社(拝殿の紋は「三」)に中臣神社(拝殿の紋は「大」)が遷座したもの。
拝殿には「大」と「三」の紋が見える。桑名宗社の紋は「大三」とのこと。
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・飛び出し注意の看板は蛤のかぶりものが
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・桑名城城壁 積石は「野面はぎ」「打込みはぎ」の乱積み。
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・歴史を語る公園 東海道五十三次を模していて、日本橋、富士山、そしてたちまち三条大橋に到着。面白い。
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・石取会館 昔銀行だったが現在、日本一やかましい祭りの「石取祭」の祭車や祭りの紹介施設。桑名七曲り一つ目を曲がった先。
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向かいのマルマンにて名物アイス饅頭を買って食べる。暑かったので美味しかったこと。
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・「右:京いせ道」「左:江戸道」と書かれる
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・光明寺、泡洲崎八幡社を通り、十念寺へ。森陳明(戊辰戦争で新政府軍と戦い、降伏後、桑名藩の全責任を負い、切腹した人物)の墓がある。桑名は幕府側についたため、このあと城も取り壊されてしまった。
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・寿量寺の、狩野光信(永徳の長男の絵師)の墓。江戸からの帰り、桑名で病死し、このお寺に葬られたのだそうだ。
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七曲見附跡で曲がり、シーボルトも見学したという広瀬鋳物工場跡の説明碑を過ぎる。

・天武天皇社 壬申の乱の際に大海人皇子(のちの天武天皇)が桑名に泊まったことにちなんで建立された神社で、天武天皇を祭祀する唯一の神社だそうだ。
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・一目連神社 雨乞いの神で、火を扱う鋳物師によって信仰され、金属工業の神として知られたという。
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・善西寺の鐘
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・馬繋ぎの輪 実際の立て場はこの寺あたりで現在より少しずれていた
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・矢田立場跡(火の見櫓が復元されている)
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・近畿地方に多いと言われる飛び出し坊やだそうだ
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益生駅はすぐそこ、いろいろ近鉄を乗り継いで名古屋駅へ。約1時間後の切符が取れたので、きしめんをいただく。
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何時も買ってもらうお土産は、岡崎で買えなかった「あわ雪」、これがきめが細かくて絶品。写真が何処かへ消えてしまったのが残念。
7:42ののぞみに乗り、帰宅は11時でした。

今回桑名はブログ友の「花筐~花がたみ」Saas-Feeの風さまが歩かれてもっと詳しく説明されているのを参考にさせていただきましたが、とても全部見ることが出来ませんでした。お礼申し上げます。
                
                    (終わり)

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コメント

こんばんは happy01
桑名もかつては仕事で何度も訪れた街でありながら、このような遺跡や公園があるとはつゆ知らず・・・です coldsweats01
Saas-Feeの風様のブログで九華公園を知って、一度訪れてみたいと思っていますが、なかなか叶いません weep
最後のきしめんの写真、これは・・・美味しそう lovely!私のお勧めは”きしめん亭”か名古屋駅新幹線ホームの立ち食いのきしめんです catface

投稿: 慕辺未行 | 2018年7月11日 (水) 22:44

こんにちは。桑名には行ったことがありません。本田忠勝ゆかりの地でしたか。いろいろ歴史が楽しめていいところですね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2018年7月12日 (木) 08:18

鳴海~桑名まで、長く歩かれましたね。
お疲れさまでした!
いつものことですが未知の所で、自分が可哀想になります^_^;
蟠龍櫓はばんりゅうで良いですか?
広重も描いたのですね、龍は守護神や縁起物に欠かせないですね。
信州の輪ちがいというお店で、豚丼食べました(笑)
家紋にちなんだ暖簾や器があり、有名だそうです。
桑名城の石垣立派!
確か、小諸でも野面はぎの石垣見た記憶があります。
歩けばぶつかる、土地の名物は楽しみでしたね♪

投稿: だんだん | 2018年7月12日 (木) 10:37

こんにちは
 
桑名は伊賀へ行くときに必ず通りますし、OL時代に一度だけ
グループ会社内の卓球の交流試合で出かけたことがあるのですが、
通っている、行った、それだけです(^^;)
本田忠勝が桑名に領地を持ち桑名城が居城だったことも初めて知りました。
だからこそ、戊辰戦争の際に新政府の敵方となったのですね。
戊辰戦争というと、会津など東北の方ばかりのような気になっていました。
 
古くは天武天皇を祀った神社もあるのですね。
伊勢神宮の式年遷宮によって建て替えとなった鳥居が伊勢の国一の鳥居
としてリユースされるのも初めて知りました。
 
お土産に岡崎のあわ雪を買われて食べられましたか。
小学生ころまでちょこちょこ食べた覚えがありますが、
子供にとってはあまり美味しく感じませんでしたが、今食べたら
美味しいと思うかもしれません。あわ雪の名前がぴったりのお菓子ですよね。
 

投稿: ポージィ | 2018年7月12日 (木) 18:44

桑名は愛知県だとばかり思っていました。
三重県だったのですね。愛知県との境、三重県の北端のに位置してるのですね。
ハマグリで有名。
 
 1870年台、近くに仕事で行った帰り、桑名のハマグリってどんなものだろうと
好奇心で行ってみました。焼きハマグリを食べてみました。
さすが有名だけあって、実が大きくプリプリ。少し歯ごたえがあって、
焼きサザエにも似た味でした。さすがと思いました。他所では味わえない味でした。
一つには現地で取れたての新鮮なものだからでしょう。
桑名にはハマグリ専門の食べどころがた沢山ありました。 

 店主曰く。桑名のハマグリは、木曽川、揖斐川の豊富な栄養分で育ってるので、
他のハマグリとは違った価値があるとのこと。
漁獲高を制限し、資源保護のため、毎年稚貝を放流してるとのことでした。
ブランドを守り、維持するために努力されてるのですね。

 ハナグリだけでなく、観光名所が沢山あるとのことでした。
古い街並みもあるようです。時間がなかったので観光まではできませんでした。
拝見さしていただいて、その一端を見ることが出来ました。
「志るべ石」は面白いですね。
猫ちゃん。堂々たる風格。昔郷にいたチャドラの「ゴロウ」みたい。
体が大きく、どっしりとして風格がありました。体重4キロくらいあったと思います。
ずっしりと重たかった。でも、すごく甘えん坊でした。20年くらい生きました。
思い出しました。

投稿: 夢閑人 | 2018年7月12日 (木) 20:26

“とびだしちゅうい”のハマグリには気づきませんでした。
矢田立場跡の火の見やぐら脇にある“とびだしぼうや”
これには気づいていましたが、よく見かけるものですから採り上げませんでした。
ただ、火の見やぐらを撮った写真の左端に“とびだしぼうや”が少しだけ写ってますね。

そうでしたか、近畿地方に多いものとは知りませんでした。

本文中にSaas-Feeの風のブログ“花筐~花がたみ”のリンクをありがとうございます。

投稿: Saas-Feeの風 | 2018年7月12日 (木) 20:42

★慕辺未行さま こんばんはhappy01


10時ごろ帰ってきました。
慕辺未行さんは桑名にもお仕事でいらしていたのですね。
桑名はまず七里の渡しの眺めがすばらしかったです。昔のあばれ川がきれいな水をたたえて雄大な姿を見せているところは、ずっと眺めていたい風景でした。
九華公園にもいつかきっとお元気で再訪できることを信じています。
きしめんにもいろいろな美味しいお店があるのですね。この日は電車に乗るまでの時間が限られてあわてて飛び込んだ次第です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年7月12日 (木) 22:59

★多摩NTの住人さま

徳川四天王の一人、本多忠勝がまかされたお城で、立派だったそうです。お孫さんが千姫と結婚したそうですね。いろいろ歴史がわかってきたところがあります。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年7月12日 (木) 23:03

★だんだんさま

この日は3つの宿を歩いてしまいました。
名古屋の最後と三重県入りです。通り過ぎるだけの地でしたがじっくり歩くと歴史を知って面白かったです。
私もだんだんさんのような活躍が何もできなくて同じく自分が情けなくなりますよ。年と言うことで何でも許してもらいますね。
「ばんりゅう」でいいのですよ。うずくまった状態を言うそうですね。
紋の輪ちがいも勉強になりました。以前早稲田で一緒に講義を受けた人が、イギリスのの紋章の会員だったことにビックリ仰天したことがありました。日本の家紋だけでなくこのような神紋もまた見ていて面白いですね。
土地の名物はなるべく頂くようにしています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年7月12日 (木) 23:13

★ポージィさま

こんばんは。
桑名は伊賀へいらっしゃる時通られたのですね。
これから伊賀には行きませんが亀山や関や鈴鹿峠を越えると土山の方角に行きます。
地図で見ますと伊賀の方もいろいろ観光できるようですね。
私も桑名が幕府側でこてんぱんにやっつけられてしまったことを知りました。なんといっても会津の悲劇が浮かんできてしまいます。
天武天皇の神社が桑名にあるなんて思いもしませんでした。
伊勢神宮の鳥居のリユースは他にもあるようです。
「あわ雪」とても美味しく感じました。抹茶にも合うのではないかと思います。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年7月12日 (木) 23:30

★夢閑人さま

「その名は桑名の蛤よ」と歌っていましたね。
ハマグリをちゃんと召し上がったのですね。
歩いていてお店をたくさん発見したのすが、時間が悪かったです。昼食後だったということと、昼食と夕食の間でお店がしまっていました。
本当に食べられなかったのが残念です。
3月のお雛様にももうずっと食べていませんし。
そうなのですね。あの雄大な川、木曽川、長良川、揖斐川とさぞ栄養豊かな川でしょうね。
>漁獲高を制限し、資源保護のため、毎年稚貝を放流してる・・・・これって大変なことですね。そのお蔭を一度は味わってみたいです。でももう寄り道することなく通り過ぎるだけになってしまいました。
ここにいた猫は全部たいした面構えの猫たちでした。見てて飽きなかったです。お宅の猫ちゃん並みですか。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年7月12日 (木) 23:42

★Saas-Feeの風さま

飛び出し坊やや飛び出し女の子、今日はたくさん見まして写真を撮りました。
結局時々曇ったので気温が高かったのですが、熱中症ならないようにいろいろ工夫して、名古屋城には戻りませんでした。あすなろう鉄道に乗って桑名に、そして名古屋に。家には10時頃帰り、体調は大丈夫です。
勝手な事をしましたが、ご丁寧にメールまでいただきありがとうございました。
今日もいろいろ見るのをさぼったりでしたが後日そのいい加減なブログをアップいたします。

投稿: tona | 2018年7月12日 (木) 23:50

桑名は3回くらい行きましたが、泉鏡花の
歌行燈、六華苑の洋館諸戸邸、桑名のわたしくらいしか
覚えていません。

見るべきものがまだ多く残っていますのに
なかなか重い腰は上がりません。
この暑さの中、旅を続けられるとはすごいです。
飛び出しの看板はこちらでもよく見ます。
ニャンコも探せばいるのですね。

投稿: matsubara | 2018年7月13日 (金) 14:08

★matsubaraさま

そちらからは桑名は近いですね。
蛤を食べられなかったのが残念でした。
六華苑は素晴らしいですね。
川の眺めがとても良かったです。

飛び出しの看板は初めて見ました。
ニャンコたちは暑くなるにつれて夕方に出てきます。昨日と、あと2回くらいでしたか見ることが出来なかったです。必ず写真に撮っています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年7月13日 (金) 16:30

この暑いのに歩かれているのですね。
私も運動はしていますが、エアコンで涼しいスポーツクラブの中ですから
大きな顔はできません。
岐阜の生まれ育ちで、長良川はとても近しい存在ですのに
その河口堰は見たことがないような気がします。

投稿: zooey | 2018年7月13日 (金) 21:51

tonaさん、こんばんは~♪
揖斐川の河口エリアは桑名市だったのですね。
木曽三川の位置関係が、いまだにあやふやです。
それにしても水量が多くて美しい川ですね。
街道歩きをなさるのにその関連書籍まで読まれるなんて
素晴らしいです。
泉鏡花といえば婦系図や高野聖を思い出しますが、
読み難くありませんでした?
戊辰戦争で幕府方についた会津藩のことはドラマにも
なったのでよく知っていましたが、桑名が幕府方だったことは
本田忠勝の名を聞いて、すぐに納得できました。
でも維新後のことが気になります。
会津藩の武士のように辛い目にあっていないことを願うのみです。
(もう昔の話なのにね)
きしめん、美味しそうですね。

投稿: hiro | 2018年7月13日 (金) 23:15

★zooeyさま

桑名から先を1昨日歩いたのですが、さすがに暑かったです。
金華山の頂上の岐阜城から眺めた川が長良川だったのですね。岐阜県の一番南端部、尖っているところが揖斐川と長良川が並び、暫く中州状態で桑名で合流、堰が長良川に出来ていることを初めて知りました。3つの川の順番がわからなかったので。静岡県の川の順番も歩いててやっとわかりました。七里の渡し、よく考えたものです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年7月14日 (土) 09:04

★hiroさま こんにちは♪

京都に向かう方面でまず木曽川、そして長良川、揖斐川と並んでいることを知りました。
そして長良川と揖斐川が岐阜県の南端で並び、少し平行状態で流れ桑名のあたりで合流、長良川の方に堰が出来ています。それが桑名から見えたのです。近鉄を走って名古屋に向かいました時、木曽川の川幅の広いことに驚きました。
同じく河口の桑名の合流地点も写真のように合流しているで川幅が広かったです。
泉鏡花はご紹介してくださったのは読みましたが難しかったし、すっかり忘れてしまっています。100数冊の筑摩書房の全集を捨ててしまったので図書館で借りています。
維新後の会津藩の悲劇は有名ですが、桑名もそうですが、他のことは何も知りません。
何時かわかる時があるかしら。
本番のきしめん初めてでしたが、見た目よりボリュームがありました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年7月14日 (土) 09:16

私には未知の地で桑名の蛤を除けばすべてが初めての事ばかりでした
自分の足で歩くからこその細部にわたる発見が数々ですね
迷子石の事は以前時代劇ドラマでそんなものがあったのかと…
今のような情報社会は想像もできない時代には頼みの石だったのでしょね。
静岡県に比べてあっという間の愛知県だったとおっしゃっていますが
静岡県内には22か所?もの宿場があるんですものね
改めてびっくりです。

投稿: ビオラ | 2018年7月16日 (月) 00:29

★ビオラさま

私もまったくそうで、桑名の蛤しか知らず、七里の渡しが関係していたなんて言うのも知らなかったです。木曽川と長良川と揖斐川の順番もわかりました。揖斐川と言えば今回の土砂災害に遭ったのでしたね。
迷子石、時代劇にありましたか。今は便利になり過ぎて、私はその便利をさらに使いこなせていませんが、まあこのくらい便利なら十分です。
そうです。静岡県は22宿、愛知県は9宿で神奈川県と同じです。神奈川県と特に静岡県は富士山が見られたのが懐かしく思い出されます。先週でしたか風がピユーピユー吹いていた時、我が家の2階からすっかり雪のなくなった富士山が見られました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年7月16日 (月) 08:53

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