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2018年10月15日 (月)

東海道五十三次歩き29 井田川~亀山宿~関宿(3)

この日は関宿の終わりまで最後は早足で西の追分まで行き、関駅までバスで戻ったのです。この1週間後関駅から西の追分までの手段が歩くしかなかったので、早足で駅から百五銀行まで、そこから再び西の追分へ歩いたのでしたが、ちょっと抜かしたところがあったので写真を撮り今回それを入れました。

●関宿(47番目の宿)亀山宿から5.9㎞ 日本橋から約415.1㎞ 宿の長さ約1.8㎞ 本陣2軒、脇本陣2軒、旅籠42軒の続き。

                ゴミ箱まで街並みに合わせている
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・百五銀行の先も今までの倍位街並みが続く。手前左の家を仔細に眺めてみると、1階には出格子があり、庇の下から出格子にかけて幕下(風雨から店先を守る)があり、出格子の下には「ばったり」という上げ下げが出来る棚があって、今は下げられ、人が座ったり、商品が並べられるようになっている。2階を見上げると虫籠窓(漆喰で塗籠た竪格子窓)がある。
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・端光寺には、家康が食べたと伝わる権現柿がある。当時の和尚が幼少の頃、家康と親交があった。ちょうど柿がなっていた。
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・関のマンホール。亀山市になる前の旧関町のイメージキャラクター「アスレ」だそうだ。肩にとまっているのはキジ、笠につけているのはシャクナゲ。関街並み資料館に飾ってあったマンホールは色がついているのでよくわかる。
たまたま読んでいた山本昌仁著『近江商人の哲学』に載っていた写真の昔の近江商人に、このアスレが似ていませんか?
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         彼岸花も丁度きれいに咲いていたが、萩も満開であった。
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・関まちなみ資料館に寄る。関町の伝統的な町屋を公開した資料館。
                   箱階段や薬箪笥
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               1階の部屋の中は思ったより明るい
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                2階の虫籠窓の内側の様子
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                    関宿のジオラマ
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            明治時代の自転車。なかなかに乗りにくそう。
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川北本陣跡、隣の問屋場跡、斜め向かいの伊藤本陣跡を通る。

・2階の手摺と格子の意匠が実に細かい
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・旅籠玉屋歴史資料館へ。関宿を代表する大旅籠。江戸時代に建築された貴重な旅籠建築で、当時使われていた道具類や、庶民の旅に関係する歴史資料などが展示されている。今まで数回このような展示を見てきたが、いつも不便な旅をしていた江戸の昔に引き寄せられる。
まず奥の土蔵(広重の浮世絵展示)を見学後、宿の中を見る。
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                   帳場(今のフロント)
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               布団の薄いこと、枕がとても使えない。
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                 貴人が泊まる離れ座敷と坪庭
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・隣りの旅人宿石垣屋は、築120年で肥料商だったが、宿泊施設で、寝袋持参だと2500円と書いてあった。
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・少し戻って百六里庭(鳥瞰亭)から関宿の家並を見る
                        東側
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                     西側(鈴鹿峠側)
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・高札場
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・福蔵寺 信長の三男信孝が信長の冥福を祈るため建立しようとしたが、秀吉に自害させられ、家臣が首を持ち帰り、菩提寺とした寺。
                      信孝の供養塔
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           敵討ちで有名な関の小万の碑。お墓も境内にある。
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・会津屋 昔は山田屋という旅籠で、仇討ちの小万が育った家。仇討ち本懐後も38歳で亡くなるまで奉公した。現在はおそば屋さんか。
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・地蔵院 見られないけれど、日本最古の地蔵菩薩(通称・関のお地蔵さん)。741年に行基が流行していた天然痘から人々を救うため安置したと伝えられる。本堂・愛染堂・鐘楼は国の重要文化財。
                       本堂  
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                    おびんずる様
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                      一休坐像
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・漆喰彫刻(鶴と亀)や細工瓦が見られた
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・観音院 戦国末期に焼失、江戸時代にこの地に再興。観音山に西国三十三カ所の霊場を開いたという。
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・西の追分
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          本日のお土産は志ら玉と関の戸
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                    夕ご飯のお弁当661_450x300
ビールはしゃちほこの上に信長、秀吉、家康がのっていてなかなかに面白いデザインで笑う。662_300x450
西の追分(バス)→関駅(関西本線)→名古屋(のぞみ)→東京(8:53着)家には10時過ぎに到着。電車に乗ってる時間が長くなってきました。

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コメント

こんにちは。引き続き良い街並みですね。あちこち見ながらのんびり歩いてみたいものです。地方限定のビールは面白いデザインがありますね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2018年10月15日 (月) 15:32

★多摩NTの住人さま

まあ、早速にコメントをありがとうございました。
東海道では一番江戸時代らしい美しい街並みで細かく見て楽しむことができました。
このビール缶、取っておきたいくらい愉快でした。

投稿: tona | 2018年10月15日 (月) 15:39

こんばんは
 
関宿の街並みの素晴らしさをさらに拝見できて感激です。
家の造りもご説明にあわせてじっくり拝見して、その工夫が
よく分かりました。
結構長い宿場町で見応えもありそうですね。
そして、かって近江商人も歩いた街道なのですね。
マンホールの絵と写真のいでたち、仰るようにそっくりと思います。
仇討ちの小万の話は有名なのですね。全然知りませんでしたが、
ググって興味深く読んできました。
地蔵院の本堂・愛染堂・鐘楼は国の重要文化財とのことですが、
漆喰彫刻も大したものですね。薄くぐっとせり出した鶴の翼など
相当の技術がないと作れないのではないかと思いました。
トラ?の細工瓦もなかなかですね。
機会があればぜひ寄ってゆっくり歩いてみたいところです。
教えていただけたこと感謝いたします。

投稿: ポージィ | 2018年10月15日 (月) 21:13

★ポージィさま

コメントを早速有難うございます。
関宿はあまりに昔の儘の姿でそれが1.8kmも続いているので、つい力が入ってしまいまして、長々と失礼しました。
町屋でさえ、家の造りが細かく、技術が高く、感心しました。
何の細工もない、ただ便利な間取りとモノに囲まれて住んでいるに過ぎない私の生活とはもう比較のしようがありませんが、日本人だからやっぱり畳と襖と障子、屋根瓦、格子など懐かしさを覚え、その技術に感嘆します。
近江商人の郷は鈴鹿峠を越えるとすぐですね。
ここを通ったのでしょうね。やはりそっくりですよね。
そうです。今回は漆喰彫刻や細工瓦に感動しました。凄い腕ですね。今に継承されているのかしら。
小万のお話もちゃんと勉強していただき、こちらこそ感謝しております。

投稿: tona | 2018年10月15日 (月) 21:30

お元気で続けていらっしゃいますね♪
名古屋以西とは分かるけど、どこやら不明でして(^^;
あ、関は知ってます。夫の本籍は岐阜県でしてね。
大垣、関市辺りに身内が集中してます。
刃物を扱う従兄弟には、関の孫六を頂いて重宝してます。
古式ゆかしい街並みが落ち着きますね。うだつは無いんですか?
美濃太田、郡上で印象的でしたから・・・
地蔵院の漆喰彫刻が良いですね。鏝絵は好きなんです♪
金のしゃちほこビール、凄く面白いです~
殿様気分で飲めそうですね(笑)

投稿: だんだん | 2018年10月15日 (月) 23:03

おびんずるさんの嚆矢が三重県にあることも
知りませんでした。いろいろ詳しく報告
いただき、興味深いです。
関宿は二度も行きましたのに、友人と
おしやべりばかりしてよく見ていませんでたし、
二度目は母と行きましたので、これも介護
しているような状況であまりよく見て
いなかったです。
こちらで詳しく教えて頂きました。

前回のコメントでとんちんかんなことを
書きまして、失礼しました。
賀茂真淵記念館の記事はミスです。

本居宣長記念館の離れ座敷が鈴の屋と
言いました。市内に鈴のモニュメントも
ありますね。

投稿: matsubara | 2018年10月16日 (火) 07:57

tonaさん、おはようございます♪
昔の近江商人の姿、初めて見ました。
友人のご主人が高島屋に務めていましたが、
新入社員の頃、近江商人の心得を学ぶため近江八幡まで
行かされたと聞いたことがあります。
関のマンホールのアスレ、確かに昔の近江商人に似ていますね。
伝統的な町屋や旅籠玉屋の障子や箪笥などの家具類
にも魅力を感じます。
信長の三男信孝がなぜ秀吉に自害させられたか
忘れてしまいました。ドラマで見たような気がするのですが・・・
関宿は古い家並や地蔵院、観音院等、見どころも多いですね。

夕ご飯のお弁当も美味しそうです。

投稿: hiro | 2018年10月16日 (火) 10:18

丁寧に見て廻っておられますね。
いつでしたか、“関の戸”のお店に入ったら
女将さんがいろいろ昔の話をしてくださいましたよ。
店内には江戸時代に使われていた物品の展示があります。
あの店の建物に“うだつ(卯建)”があるのですが
お判りになりましたでしょうか。
俳人の誰だったかなあ~与謝蕪村だったかな
江戸から京へ向かう途中で店に寄ったそうです。
そのときに使った品も置いてあります。

地蔵院では定期的に骨董市が開かれているそうですが
行ってみたことは無いのですよ。

投稿: Saas-Feeの風 | 2018年10月16日 (火) 14:59

★だんだんさま

あっ、岐阜県の刀で有名な関市とは関宿は違いまして、三重県亀山市なのです。大昔天武天皇時代頃ここが三関の一つだったのだそうです。
鈴鹿峠が近い所なのですよ。
ご主人様関係が岐阜県だったのですか。
関の孫六が有名ですね。扱う御親戚がいらっしゃるなんていいですね。
うだつは見かけなかったですよ。
東海道では以前見かけましたが、もうどこだか忘れてしまいました(涙)。
ここの漆喰彫刻芝らしい出来栄えです!
このビールのデザイン傑作ですよね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月16日 (火) 20:49

★matsubaraさま

この関宿は江戸時代にタイムスリップしたような感じになる宿でした。東海道では後少し残っています、一番ではないでしょうか。
それでついつい長くなってすみません。

賀茂真淵、本居宣長、両方とも記念館を訪問されていらっしゃるご様子ですね。国学者、本居宣長を昔読みましたがさっぱりわかりませんでした。
もう行けないかもしれません。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月16日 (火) 20:59

★hiroさま

こんばんは。
高島屋はそのような教育をしていたのですか。
近江商人については本がたくさん出ていますがまだ読んでおりません。
商法が凄いのですよね。
アスレと近江商人の昔の写真があまりに似ていて驚きました。こんなスタイルで歩いていたのですね。
町屋の中も旅籠の中もとてもいい感じですね。道具も磨かれてきれいです。
秀吉は自分が天下人になるため最初は織田家を、その後は実子が生まれたので、次に兄弟を犠牲にし甥などを殺していったのでしたね。
関宿は見どころが多かったです。
「とりめし」は鶏がいろいろに調理されていて美味しかったです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月16日 (火) 21:09

★Saas-Feeの風さま

そうそう、関の戸、思い出しましたが、うだつのことを覚えておりません。うだつはそこだったのですね。すぐ忘れて涙にくれています、この頃。
おびんずる様の頭を撫でます、何時も。効き目ないなあ。
与謝無村も寄られたなど、御話をいろいろしてみるものですね。
世の中でそうして知ったことは忘れないし、楽しいものです。
そうそう地蔵院、そのようなことが書いてありました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月16日 (火) 21:17

こんばんは happy01
鉄道にしろマイカーにしろ、いつも素通りで一度も訪れたことがない関の街並み、こちらで拝見しバーチャル旅行をしばし味わわせていただきました confident
いつか機会を作ることができれば、名古屋の有松宿とともに歩いてみたい重伝建地区です。
銘菓”関の戸”は名前だけは知っていますが、まだ見たことも食べたこともありません。名古屋コーチンの鳥飯もおいしそう・・・lovely!3英傑が描かれたビールも、この土地ならでは!ですね。

投稿: 慕辺未行 | 2018年10月16日 (火) 23:35

★慕辺未行さま

おはようございますsun
機会ができましたら是非歩いてみてください。
今回は図らずも半分以上を2回も歩きましたのでとても印象深い宿になりました。

「関の戸」は道の駅関宿で見付けました。
もう名古屋とは鈴鹿峠を越えたらおさらばになります。名古屋近辺のいろいろな名物、食事を大体食べることができました。
とりめし弁当も味が良かったです。
このビール傑作です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月17日 (水) 08:27

こんばんは。
きょうからブログも14年目ですね。

いつも見知らぬ土地への旅を楽しませていただいています。
ありがとうございます。

東海道五十三次もいよいよ近江路ですね。
なんだか嬉しくなります。

投稿: gaki | 2018年10月18日 (木) 19:01

★gakiさま

あっ、やっぱり忘れていました。
ありがとうございます。
14年目に突入ですね。あと1年はどうしても続けたいです。15年と言うのはきりがいいですものね。
涼しくなって少し元気が出てきました。この間鈴鹿峠を越し、滋賀県に入りました。真冬は寒いので、来春には京都に着けると思います。
いつもいつも旅のお付き合いをいただいて励みになっているのです。
こちらこそありがとうございます。

投稿: tona | 2018年10月18日 (木) 19:22

tonaさま
こんにちは。いつも一番搾りをご愛飲いただきありがとうございます。お嬢様と同行二人の東海道歩き旅も関宿まで行けば、あとは大津、京都ともう一息ですね。これまで、東京のご自宅から日帰りで出掛けられて、宿駅と宿駅をつなぎ、とうとう関宿まで到達するとは、驚異的です。そのような街道歩きをなさっている方を他に知りません。私の友人のSさんも日本全国くまなく歩いていますが、いつも7~10日間の連続歩きで、途中はホテル泊まりと聞きました。
今年のお正月、伊勢神宮へお参りに行った時に、関宿近くの関ドライブインに立ち寄ったのですが、ツアーの為、残念ながら関宿には寄れませんでした。今後のご無事とご健闘をお祈りします。

投稿: shikamasonjin | 2018年10月19日 (金) 15:23

★shikamasonjinさま

こちらにもコメントいただきありがとうございました。
キリンビールを選ぶようにしていますが、ないこともあるのです。
今回は面白いデザインで本当は持って帰りたかったくらいです。
会社も次から次へと大変ですね。
先日遂に鈴鹿峠を越えました。
確かにみんな愛知県や三重県に入ると泊まらないと歩けないと言います。そう、泊まらないで歩いたというブログや街道歩き記はありませんね。娘が言うには一日数本でもバスが通るようになったので(あいの土山~貴生川)1回も宿泊なく歩け通せそうです。
ご友人7~10間も歩き続けるとは凄い体力ですね。私よりずっとお若いとはいえただただ感心するばかり。外国旅行は7日とか10日とかずっと毎日旅行ですが、歩き通すわけでもなく、バスの移動なんかがあって居眠りしたり、自由時間の日には休んだり(大体は欲張って添乗員さんに連れて行ってもらいますが)でどうにかこなせますがね。
応援ありがとうございます。

投稿: tona | 2018年10月19日 (金) 16:34

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