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2018年10月22日 (月)

東海道五十三次歩き30 関~坂下宿~土山(前編)

10/4(木)小雨 一番日帰りが難しい所に来ました。新幹線(7:10発)ー名古屋(8:47着)、関西本線の名古屋(9:06発)-亀山(10:06着)、亀山(10:14発)ー関(10:20着)
線路は続いているのに、亀山でJR東海からJR西日本に変わるために乗り換えたら、一両編成の加茂行きはラッピング電車でした(お茶の宣伝か?)。 この日は36112歩。
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◆関宿~坂下宿
関駅から関宿の西の追分まで歩きここが今日の出発点となる。

・旧関町の違うバージョンマンホール 町の花・シャクナゲ、鳥・キジ、獣・鹿、木・杉が描かれる。

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・金の家紋の川北家。関宿の川北本陣と同じ家紋。
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・筆捨山が見えてきた。広重の「阪之下 筆捨嶺」はここで少しデフォルメされた筆捨山だ。説明板によると、狩野元信がこの山を描きはじめたものの、翌日描き残した分を続けようとしたところ、雲や霞がたちこめ、山の姿があまりに変ってしまったため、書き足すことができずあきらめて筆を投げ捨てたので付いた名前と言う。
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・107里目の一里塚跡
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・鈴鹿川は台風が通過したため水量が多いようだ
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                  野菊、アメジストセージ
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・東海道五十三次の標柱が日本橋から三条大橋まで並んでいて、そこに鈴鹿馬子唄会館があった。
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中に入ると、馬子唄が流れ、足の太い馬や坂下宿が展示がされていた。♪坂は照る照る 鈴鹿はくもる あいの土山雨が降る♪ 唄の通りにはならずずっと雨だった。
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・馬子唄会館の向かいは鈴鹿峠自然の家。 昭和13年に建てられた坂下尋常高等小学校の校舎で、国登録有形文化財に指定されている。
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・鈴鹿馬子唄発祥之地碑
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●坂下宿(48番目の宿)関宿から6.5㎞ 日本橋から約422㎞ 宿の長さ約650m 本陣3軒、脇本陣1軒、旅籠48軒。
この河原谷橋を渡って坂下宿に入った。
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・大竹屋本陣跡。往時は鈴鹿峠は難所だったので峠越えの旅人で賑わったが、関西本線の開通により駅から離れ、今は茶畑の中に3つの本陣跡と1つの脇本陣跡の標石が立つだけ。
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・法安寺の庫裡の玄関が坂下宿唯一の本陣遺構である
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・金蔵院跡。今は石垣が残るのみ。江戸時代初期には将軍家の御殿が設けられ、上洛途中の家康や家光が休息したそうだ。
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・その脇に地蔵堂があり、身代地蔵尊が祀られているが、2体あるうち、右側のお地蔵様は板を突き抜けていて珍しい。
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◆坂下宿~鈴鹿峠
・2体の老人男性石像が立っているが、誰が何の目的で立てたかわからないそうだ。
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・鈴鹿峠の入り口には片山神社社標がある。鈴鹿明神、鈴鹿権現とも呼ばれる。1999年に焼失。
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台風の後のこんな道を登って行くと片山神社の登り口があった
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・鈴鹿流薙刀術発祥之地碑のところで道は折れ、いよいよ急な登り坂になった。
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・4基の常夜燈が石垣の手前に並ぶ
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・芭蕉の句碑「ほっしんの初にこゆる鈴鹿山」
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・山道には倒木が道を少し塞いでいた。台風が凄かったようだ。
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・鈴鹿峠に到着。約30分であった。
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・鈴鹿山の鏡岩 鈴鹿峠の頂上にある巨岩で三重県指定の天然記念物。硅岩が断層によってこすられ露出面に艶がでたもの。この峠に住む山賊が岩を磨き、そこに映った旅人を襲ったという伝説から、「鬼の姿見」とも言われている。
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        岩の頂上によじ登ってみる。石が少し艶があるように見える。
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             頂上からは眼下の国道などが良く見えた
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・向こうの森の切れ目が県境
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境界石には右滋賀県・近江の国 左三重県・伊勢の国と書かれている。とうとう滋賀県に入りました。箱根に比べるとすぐ登り切り拍子抜けの鈴鹿峠だった。昔はなんでも盗賊が多く出て難所とされたとも言われているそうだ。
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コメント

鈴鹿が馬子唄発祥地とは全然知りませんでした。
今回は初めて聞くところばかりです。
三重県と滋賀県の県境に行かれたのですね。

芭蕉の句碑は見たいと思いますが、怠慢の
私にはとても無理です。

次の行程を楽しみにしています。いよいよ
大津から京都ですものね。

投稿: matsubara | 2018年10月22日 (月) 18:43

★matsubaraさま

鈴鹿馬子唄は初めて知ったのですが、唄の内容の所を歩けて良かったという思いです。
東海道で一体いくつ芭蕉句碑を見たことでしょう。
土山と水口、石部、草津、大津と5つ残っています。その間が結構長いので、しかも遠くなりましたので少なくとも5回はかかりそうです。
またよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月22日 (月) 19:28

tonaさん、こんばんは~♪
凄いですね。
日帰りで、往復新幹線などに6時間以上乗って、
36112歩も歩かれるのですから。
私がまだ一度も下車したことのない名古屋だったら
日帰りで、ずいぶん遊べるかもしれませんね。
勇気を頂いたような気持ちです。
春になり、桜が咲くころになったら是非、
名古屋まで新幹線に乗って一人旅をしてみたいです。

今回は鈴鹿峠を越えられたのですね。
箱根と比べると、拍子抜けの鈴鹿峠だそうですが、
お写真を拝見すると、相当厳しそうに見えますよ。
石垣の手前の常夜灯、芭蕉の句碑、鈴鹿山の鏡岩 、
すべて昔のままのようで、趣がありますね。

投稿: hiro | 2018年10月22日 (月) 19:40

こんばんは happy01
東海道と言っても三重県内から滋賀県の栗東までは国道1号線は沿って走っていますが、JRや新幹線は名古屋から岐阜方面へ走っていますので、日帰りはかなりしんどい行程でしょうね。
亀山から国道1号線を何度か走ったことはありますが、すぐ側でかつての東海道がこのように残っているのですね。しかも昔ながらの山道で、昔の旅人はこのようなところを歩いていたのだと、思い馳せました。

投稿: 慕辺未行 | 2018年10月22日 (月) 22:28

こんにちは。日帰り旅もここまで来ると大変ですね。それに雨でしたか。広重の土山は雨でしたね。お疲れ様です。

投稿: 多摩NTの住人 | 2018年10月23日 (火) 08:32

★hiroさま

前回長野は日帰りでしたが、名古屋までの新幹線のぞみの時間と長野までの北陸新幹線に乗っている時間は名古屋の方が数分多くかかっただけでほとんど同じでした。長野日帰りは随分現地で時間がありましたよ。
名古屋も同じくだと思います。お出かけになれるといいですね。
鈴鹿は箱根よりかなり短いということでしょうか。それに箱根は石畳も多く、階段もたくさんあって、土の山道よりは疲れます。
古来一体どのくらいの人がここを通ったのでしょう。山賊が多かったとか。もっとうっそうとしていたのでしょうね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月23日 (火) 08:44

★慕辺未行さま

おはようございますcloud
2日間真っ白になった富士山を見ましたが、今日はもう曇り空です。
関西本線より、東海道線の方が便利そうです。
栗東はインターチェンジがあるところですね。地図で見ましたら草津の方なのですね。

毎回、時々1号線を歩きましたが、旧道に入るとホッとします。今回も野の道、山道で人もあまり見かけませんでした。鉄道から離れてしまったからですね。
坂下宿の道幅は昔栄えていたので広いと本に書いてありました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月23日 (火) 08:59

★多摩NTの住人さま

ここまで来ますと電車に乗っている時間と歩く時間が同じくらいになりますね。
そうです。広重の土山の絵は雨がかなり降って描かれていますね。
一日降られましたがぽつぽつ程度で時々傘をささなくても良い程度でしたので、まあまあ歩けました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月23日 (火) 09:05

tonaさん こんにちは

もう、滋賀県まで到達されたのですね!
おとなりは京都。ゴールが見えてきましたね。

前回の関宿と比べ、坂下宿はひっそりとしていますね。
山賊が多かったというのもうなずけるような山道ですが、
箱根の峠よりは楽なのですか。

東海道歩きは全部日帰りなのですか?
先日、8000歩歩いた日は8時に寝てしまいました。
tonaさんの半分の体力でいいから欲しいです(^^;)

投稿: グレン | 2018年10月23日 (火) 17:38

こんばんは
わぁ 列車が列茶になってる。お茶色が綺麗でなかなかカッコイイ車両ですね。
 
東海道五十三次歩きもついに鈴鹿峠を越えられましたね。
予想されていたよりも楽な峠越えの道でしたか。結構急坂もあって
大変そうに見えます。歩きやすさの違いがあるのでしょうか。
山道・峠道というと、どこも山賊がつきものだったようですね。
ここではなんと岩を磨いて鏡のように利用して旅人を襲ったという
伝説まであるのですか。確かにピカピカに磨き上げた石は、
はっきりではなくともものが映りますものね。
山賊行為はいただけませんが、妙に感心してしまいました。
かっては、こういう道を、多くの旅人が行き交っていたのですね。
だいぶ遠くなって、前回の場所まで行って歩き継ぐということが
大変になっていらっしゃいましたが、現代の交通機関を使う旅と
かっての歩く旅と同時に味わえるというのもまた醍醐味の一つ
かもしれませんね。

投稿: ポージィ | 2018年10月23日 (火) 17:52

 これがかの有名な鈴鹿峠ですか!!
箱根峠と比べると拍子抜けとありますが、
雨の箱根峠を越えた者としては、何だか
やった~という気分です。
三島で旅を終えたけど、しっかり東海道一の難所は経験していたのですね。

鈴鹿馬子唄知ってました。
子供の時祖母についていき、小唄をかじってましたが、その一つが馬子唄でした。
と言っても当時は馬子唄とは知らなかった。
出だしだけは歌えます(笑)

投稿: ☆銀河☆ | 2018年10月23日 (火) 21:03

★グレンさま

こんばんは。
到達していないので「やった!」とは言えないのですがそんな気分でした。
坂下宿は今までの宿で、本当に何もない、人もいない寂しい宿でした。

はい、全部日帰りです。それなので回数が多くなりますね。歩く時間と乗り物に乗っている時間が同じになりました。
歩く方は山登りをやっていたお陰かと思います。しかしいつ膝がダメになるかなのですよ。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月23日 (火) 21:17

★ポージィさま

そうなのです。「列茶」には笑えました。
色も洒落ていますね。一車両でも立っている人はいなかったです。
鈴鹿峠が楽だったのは時間が短かったからです。そして石畳や階段もなかったような感じです。
鏡岩と山賊の伝説、面白いですね。ここは一番山賊が出たようです。
そういえば箱根もそうでしたね。
色々な旅人が行き交ったと思うと感無量です。私もその一人とは威張れません。なぜならぽちぽちと歩いているだけですから。
ポージィさんは鋭いですね。そうなのですね。仰っていただいて、歩いて、そして現代の乗り物を利用して、なかなか面白い旅になっていることがわかりました。ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月23日 (火) 21:27

★☆銀河☆さま

そうですよ。箱根は登って下ったのですから。こちらは次回に書きますが下らないのです。ですから箱根の方が数倍大変でした。
箱根が一番難所と感じました。

まあ、小唄を習っていらしたのですね。
凄い経験ですね。
馬子唄をここで初めて聞きました。
歌いだしの言葉がいいですね。今度お聞きしたいわ。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月23日 (火) 21:31

お住まいからどんどん遠くなり日帰りが大変になりますね
まして歩数が36000歩もとはtonaさんのお元気度がすごいです
鈴鹿峠は名前だけ知っていますが
箱根に比べるとそれほどでもないのですか
そうは言っても峠越えはどこでも難儀なもの
おまけに山賊がでるのでは旅人にとっては難所だったことでしょうね
馬子唄は歌詞を聞いてああ、あれねぐらいの認識度です(;^_^A
その馬子唄が鈴鹿の発祥なのですね

投稿: ビオラ | 2018年10月24日 (水) 17:46

★ビオラさま

そうなのです。今回と次回あたりが一番大変なのではないかと思います。
電車から宿並びに東海道が離れてしまったことによります。
昔と道が違ったとは考えらえないので、やはり鈴鹿峠の方が簡単に越えられたのでしょう。
山賊は今はいませんし、もしいたとしたら恐怖にひきつってしまいます。
馬子唄とはこの唄の事だったんですね。
出だしはすぐ覚えられます。と言うのも歩いたからです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月24日 (水) 19:12

旧東海道歩き、順調に進んでいらっしゃるようですね。
もう鈴鹿峠を越えられて、フィニッシュの京都も近くなりました。
鈴鹿峠は箱根よりも簡単だったそうですが、それでも日帰りで一日の歩きが36000歩とは!
tonaさんの健脚ぶりには驚かされます。

私も先日関西を旅して、帰路の新幹線が人身事故で前線不通となり大変な目にあいました。
その影響を目の当たりにし、東海道は日本の大動脈と実感しました。
tonaさんがご紹介してくださる旧東海道のたくさんの史跡を拝見し、当時も同じ状況だったと想像しております。

そしてモロッコ旅行とはまたまた驚かされました。
砂漠の旅ですね。異文化をどうぞお元気で楽しんできてください。

投稿: nao♪ | 2018年10月26日 (金) 17:11

★nao♪さま

お陰様で京都も大分近づきました。
ここまで来られたことにも自分でも驚いています。というのもいつダウンするかと思っていたからです。
日帰りは大変なこともありますが、翌日は歩かなくて済むのですから高齢者向きかもしれません。
あの関西旅行の帰路の新幹線が人身事故だったのですか。知りませんでした。
のぞみなど5~10分おきと言う時間帯もありますね。凄いことです。
それがあの時代歩いたり馬に乗ったりしていたのですから、隔世の感があります。
結構知らないことが多くて勉強になりました。

モロッコは食べ物がどうかなあと心配ですが、万一を考えていろいろ持ちましたので荷物が重くなりました。薬の数も半端ではありません。
気をつけて行ってきたいと思います。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2018年10月26日 (金) 19:10

今ごろは、どのあたりを旅しておられることでしょう。
国内どころか海外を東奔西走なさっていますから
tonaさんのフットワークの好さには驚きます。
鈴鹿峠を越えられましたね。
モロッコまで遠征されるほどのお身体ですから
鈴鹿峠くらいでは何でもないですよね。

新名神自動車道が開通するまでは国道一号を使うことが多く
田村神社の前を数え切れいないほど車で通っておりました。
一号を挟んで鳥居の前あたりに喫茶店があったのですが
8年ほど前に通った際には道の駅が出来ていました。

アップなさっている鈴鹿峠越え前後の光景には観ていないところがたくさんあります。
鈴鹿越えは難所だったそうです。
山賊まで出ていたとか。
よく踏破なさったものと感服しております。

どうぞお元気でご帰国なさいますよう・・・。

投稿: Saas-Feeの風 | 2018年11月 2日 (金) 16:33

★Saas-Feeの風さま

おはようございます。コメント有難うございました。
昨日帰ってまいりましたが、帰った途端に咳が出て喉が痛くなって完全に風邪ひき状態になりました。これから休むことにします。
やっぱり年でもう無理のようです。

鈴鹿峠はとても楽勝でしたよ。
土山あいの駅(道の駅)が立派ですね。
次回はここから歩くのですが、辿る着くまでが大変です。
いつも応援ありがとうございます。
お返事遅くなってすみませんでした。

投稿: tona | 2018年11月 5日 (月) 08:55

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