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2019年5月26日 (日)

東海道35(最終回) 大津~三条大橋


5/23(木)いつもの6時過ぎののぞみに乗り、京都から山科、そこで京阪に乗り換え前回の大谷駅に到着して9時頃から歩き始める。お天気も良く、途中富士山も見えた。京都の気温は午後30度。

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◆大津(大谷駅)~三条大橋

広重の「大津 走井茶店」の絵には店の前の井戸から勢いよく水が吹き出ている。茶店は明治初期まで続いたが、日本画家・橋本関雪の別荘となった後、月心寺になった。
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髭茶屋追分
東海道と伏見街道(奈良街道)の分岐点。追分で大津絵が生まれ、大津算盤も当地で日本人向けに改良され全国に広まった。
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閑栖寺には車道が再現されていた。車道は京と大津間に敷かれ、京に向かって右側で車幅は約2.7mで、人馬道より15~30㎝低くなっていた。その様子を描いた絵が飾られていた。
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井筒八ツ橋本舗で工場内を見学し、「夕子」の製造過程を見、お茶と一緒にご馳走になる。販売用お菓子だけでなく、大津絵や大津算盤、縫い針の展示説明もされている。
大津絵は寛永年間、ここ大谷・追分付近で町絵師が素朴な仏画を描いて旅人に売ったのが始まり。鳥子紙に泥絵具で描く。藤娘は良縁、鬼の念仏は子供の夜泣き止めと護符として庶民信仰と結びついて流布した。
八ツ橋や生八つ橋入りどら焼きの「三笠」を買って、三笠は午後のおやつにする。
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京都市に入ると「徳林庵」があり、京都に入る際の厄除け寺。
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京都に入ってもお地蔵様や飛び出し坊やが続く
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京都のマンホール 古都京都にちなんで「御所車」をモチーフとしたデザインで雨の時に滑り止めとしての機能もあるとのこと。
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天智天皇陵はこの奥の方にある
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街道が狭いが昔はこんなところが多かったのでしょう。
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かなり長い日ノ岡峠を越えると車石の広場に出る。
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何も残ってい居ない粟田口の刑場跡後を過ぎると広い蹴上浄水場に至り、ここはツツジの名所らしい。
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粟田神社の本殿と御神馬は立派だ。元禄時代の様式らしい。ここから平安神宮の赤い大鳥居がすぐ目の下に見えた。
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「おふく」にて昼食。京都らしい「にしんそば」を食べる。
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坂本龍馬・お龍の結婚式場跡
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三条白川橋道標は京都最古の道標
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明智光秀の塚 家来が自刃した光秀の首を切り落とし、知恩院の近くまで来たが、夜が明けたため、この地に首を埋めたという。
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12:35 三条大橋に到着!!
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橋の欄干の柱頭には12の擬宝珠がある。川床も見え、比叡山も見えた。
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弥次喜多さんの銅像
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日本初の駅伝のスタート地点でもある。1917年(大正6)4/27午後2時スタート、上野不忍池の博覧会場に4/29午前11時34分到着。45時間30分強。23区間。約508㎞だったそうだ。
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思えば2年1ヶ月前の2017年4月20日に沼津から歩き始めて途中で日本橋に戻っては歩き、全492㎞を歩き終えました。
1回目の処は既に一度歩いて重なったので、結局日帰りで全34回、1414189歩。1回の平均は41594歩でした。寄り道が多かったので単純計算より大幅に歩数が増えました。
広重の絵と比較してもその面影は殆どないですが、たくさんの資料館で当時の様子を見て、往時の旅人のことを想像しながら只々電車などのない大変な旅を想いました。今は往復、電車やバスを使い、しかも何十日(早い人は15日だった)も続けて歩くわけでなく、当時の名物のご飯の一部やおやつを味わっただけで、飲み物は水だけでなく好きなのを飲み放題で贅沢な旅人でありました。
しかし、城、街道の建築、信仰、名勝、歴史、地理、神社仏閣、現代の鉄道などなど、もう思い出せないほど色々なことを学ぶこともできました。毎回何か楽しみや驚きがあり苦痛はなかったです。一番心に残った風景は薩埵峠の富士山でしょうか。仕事で忙しい娘が、食事処から名物の売店まで調べ、電車の切符まで買っておいてくれ、マップ片手に引率してくれたのでカメラだけ持って説明を聞き後についていくご気楽な旅であり、娘に感謝です。私の力ではとても一人で歩けませんでした。


<おまけ>
◆二条城、三十三間堂、京都タワー 街道歩きとは関係ないが、時間が余ったので3ヶ所を周りました。聞きしに勝る外国人の多さに改めて驚く。

・二条城(世界遺産)1603年に家康によって、京都の守護と上洛の際の宿泊所として建てられた。宿泊は家康、秀忠、家光、家茂(14代)、慶喜の5人のみ。御幸は1626年の後水尾天皇とその中宮・和子(秀忠の娘)。その際、狩野派の障壁画が新たに描かれたという。

東南隅櫓
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唐門(重文)、二の丸御殿(国宝)では狩野派の障壁画(レプリカ)を堪能し、後で展示収蔵館で「牡丹と梅」の原画を見る。
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二の丸庭園(特別名勝)、清流園(豪商・角倉家の屋敷跡から譲り受ける)
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・三十三間堂 中央の中尊と左右各500体、合計1001体の国宝「十一面千手千眼観世音」は全部顔が違っていて壮観。同じく国宝「雷神と風神像」、国宝「二十八部衆像」も素晴らしく玉眼で生きているようでため息が出る。高校の時以来で感動する。
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 ・京都タワー いつも外観だけだったので登ってみた。京都が大阪方面の一角だけ少し空いているが、ぐるっと山に囲まれた盆地であることがよくわかった。
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・京都駅大階段と反対側
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階段途中のカントリーハウス英國屋にてお茶
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夕食は弁当の「皐月の彩」
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お土産は京賀茂名物の「おやき」
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家には午後10時半前に到着。36266歩でした。完歩まで長いお付き合いに感謝します。次は予定通り、中山道を草津から東京に向かって進むことにします。また気が向きましたらお付き合いくださいませ。長くなって失礼しました。

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コメント

旧東海道の踏破おめでとうございます。お嬢様とお二人で頑張りましたね。
詳しいご案内に、私も時々一緒に歩いているかの思いにかられました。
今では交通網が発達し、ワラジで歩いた当時の風情はもう見られないのでしょうが・・・
神社仏閣は昔の文化や歴史をそのまま残し、道の片隅に建つ道祖神やお地蔵様に庶民の生活が垣間見られましたね。
一番心に残った風景は薩埵峠の富士山とか・・・
ここは私も2度ほど訪れています。
東海道五十三次の広重の絵の風景を一番残している所と聞きました。

最後は華やかな京都の文化が待っていましたね。
にしんそばも夕食の弁当の「皐月の彩」も美味しそうです。
次は草津からの中山道歩きとの事・・・
1日平均4万歩以上歩けるtonaさんです。きっと軽々と踏破なさることと思います。
私も楽しみにしておりますよ。

投稿: nao♪ | 2019年5月27日 (月) 06:54

東海道全踏破、まことにおめでとうございます。
4万歩とは気の遠くなる数字です。
とても真似は出来ません。
それにしましてもやさしい娘さんですね。

光秀の遺跡が京都にもあるとは知らなかったですし、
先日の講話にも出なかったです。

大津絵は亡父の友人が収集されていましたので
魅力があるのだと思います。

弥次さん喜多さんの銅像だけは何度も見ました。
終着点ですからね。

駅伝の発祥は箱根かと思いましたのに、京都
だったのですね。

中山道は都合がつけば岐阜県部分をご一緒
したいです。

投稿: matsubara | 2019年5月27日 (月) 08:29

★nao♪さま

ありがとうございます。
一人では特に旅は出来ないたちで、また女性の一人旅は怖いと聞いていますので余計です。バスツアーで大勢での街道歩きを最初沼津からしましたが、思うように歩けないし、あまり街道にはツアーは向いてないような気がしました。企画する会社には申し訳ないですが。
お陰様で体と相談しながらの旅でしたが、完歩出来て大満足でした。
薩埵峠以外にもいろいろあったわけですが、富士山好きなのでここを第一に。三保の松原は曇って今でも残念な思いです。

京都はお弁当が多かったですが、やはり洗練された食品との組み合わせ、それに意外やお寿司が美味しい所なのですね。
家から駅まで800mさえ歩くのが嫌なのに、街道歩きだと数万歩、歩けるのが不思議。周りの景色が初めてだからなのと、ただ歩き通すという目的があるからですね。ちょっとはまってしまった私です。中山道は山道が多いとのこと、登山を生かさなければです。

投稿: tona | 2019年5月27日 (月) 08:30

★matsubaraさま

ありがとうございます。
平均4万歩になるとは歩き始め考えてもみませんでした。だんだんそれだけ歩かないと都合の良い帰りの電車の駅に着かないことがわかりました。そして慣れました。山登りはゆっくりですからそんなに多くなることはありません。

光秀の塚は粟田口の粟田神社から三条大橋に向かう通り沿いのちょっと引っ込んだところにありましたよ。来年ドラマになるのですね。
駅伝発祥地とは知りませんで、碑を面白く読みました。東詰めにあります。
岐阜に入りまして加納宿あたりになりましたらご連絡いたします。宜しくお願いいたします。

投稿: tona | 2019年5月27日 (月) 08:38

やったあ!感動のゴールですね。
二年余、歩けたこともすごいです。
娘さんもいい思い出ができましたね、ちょっと亡母にやってあげたかった(出来っこなかったけれど)くらいです。
次の目標はどこでしょうか。

投稿: 佐平次 | 2019年5月27日 (月) 10:14

完歩おめでとございます。万歳!とうとうやりましたね。今は電車、バスがありますが、昔の人は何日もかけて歩いたわけですよね。それを思うと気の遠くなる思いがします。
 この区間を駅伝があったとは意外。こんな長いj距離を何日もかけて・・・いったい誰が思いついたのでしょうかね?
 広重の絵に数々残る東海道。まだまだ名残の風景を思い出させるところもあったことと思います。

時間はかかってもそれを終えた感慨は無量だと思います。いいことをされましたね。
 
 京都は昔の都。新旧入れ混じった風景。国宝、重要文化財も沢山あります。
 京都を観光して印象に残るのは、どこの神社、仏閣、屋敷跡にも実に見事な日本庭園と史跡がそのまま残っていること。維持する努力があってのことです。

 京都駅も新幹線が出来て、また久しぶりに拝見してずいぶん変わりましたね。
 京都タワーは建てるのに風景の問題でずいぶんもめました。出来てしまえば忘れたかのように馴染んでる気もします。
三条大橋、風情がありますね。嵐山の渡月橋も同じ。川の澄んできれいなこと。

 京土産の八つ橋。よく買いました。またお土産にもらいました。最初は生八つ橋はなかったような?
工場を見学されたのですね。試食で食べました?

 娘親子道中、お嬢さんもお疲れ様でした。いい旅でしたね。
中仙道歩きも頑張って楽しんでください。元気で歩けることは至上の楽しみ、喜びです。

投稿: 夢閑人 | 2019年5月27日 (月) 11:04

こんにちは。
ついに東海道全道のりを歩き終えられましたね。おめでとうございます。
お嬢さま共々お疲れさまでした。色々大変なこともあったでしょうけれど、
歩き終えられた今は、達成感でいっぱいでしょうね。
お二人でかけがえのない素晴らしい旅がお出来になったこと、
本当に良かったです。
 
私は右から左…なのが情けないですが、記事を拝見しながら
知らなかったことをたくさん教えていただきましたし、
昔の旅にも思い致して楽しませていただきました。
今回も、大津の大津絵というのも初めて知りましたし、
算盤発祥の地というのも初めて知ったことでした。
日本最初の駅伝が京都から東京までだったというのは大河ドラマで
初めて知り吃驚仰天ましたが、ちゃんと碑もあるのですね。
 
次は中山道を歩かれますか。中山道は全く知らない状態です。
どのような場所を通るどのような道なのか、いろいろ興味も湧きますが、
ご無理なく楽しい旅をご計画なさって下さい。

投稿: ポージィ | 2019年5月27日 (月) 12:11

★佐平次さま

ありがとうございます。
結構中途半端なことの多かった人生ですが、今回は達成できました。
私も親に孝行しようとする頃はもう寝ついてしまい、今でも後悔ばかりで涙が出ます。
娘にはもう十分孝行してもらいました。私の心身が不具合な時も叱咤激励するのが上手いです。
次は中山道69次で、大津と草津が終わっていますので守山宿というところへ行きます。

投稿: tona | 2019年5月27日 (月) 13:30

★夢閑人さま

ありがとうございます。
昔の人のことを考えますと歩いたとは言えないくらい文明の利器に頼っていることになりますね。ですからその長さを実感しただけと食べ物や宿泊所の確保に苦労をしているのは体験してないわけですから、その点甘い旅となっています。
駅伝に関しては大河ドラマをご覧になっておられるポージィさんのお話であのころ考えられたということなのですね。

京都は結構何回も行きましたが、行ったことのない二条城とその昔行ったけれども壮観さをもう一度見たいと思った三十三間堂に絞って行ったので満足出来ました。
問題の京都タワーはもう馴染んでしまいたね。それにその周りや駅近くから高いビルがどんどん建って景観はかなり下を歩いていると感心できない状態になっています。
駅の大階段のイルミネーションが素晴らしいです。東京駅は建物そのものが新しく修復されて表玄関という感じ。京都は近代建築の塊でありながらなかなか良いスペースだと思います。
琵琶湖疏水も鴨川の水も澄んできれいでした。

八つ橋は買いましたが、生八つ橋に餡が入ったのがこの会社では「夕子」と名付けられ、お茶とともにご馳走になりました。どら焼きの中に生八つ橋が入っているのが「三笠」でした。

中山道は東海道とはまた全然年違うのでしょうか。軽井沢から先は望月、諏訪、塩尻、福島、妻籠、馬込、関が原、米原あたりしか知りません。楽しみではあります。

投稿: tona | 2019年5月27日 (月) 14:34

★ポージィさま

こんにちは♪
ありがとうございます。
本当にお陰様です。ただただ皆さんに感謝申し上げます。
まさか年とってからこんな体験ができるとは夢にも思っていませんでした。
大山街道が一区間抜けて途方にくれたのと、東海道も1回限りでとん挫したのを見かねて娘が助けてくれたのが事の始まりでした。

私もずいぶんとたくさんのことを知った筈でしたが、もう53宿を順番に全部言えなくなってしまっています。走馬灯のようにいろいろな場面が浮かんでくるのにです。それもまた良しと開き直って、次回の中山道を楽しみにしています。
大河ドラマでこのマラソンのことをやっていたのですか。今年は観てないのですよ。
出発点の碑は見ましたが、果たして不忍池のどこに碑があるのでしょう。さっぱり見当がつきません。
中山道はどんなでしょうね。今度は少し長いのでどうなりますやらですが、これも気張らず行けるところまでと。体調管理に気を付けるこの頃です。

投稿: tona | 2019年5月27日 (月) 14:47

tonaさん、おはようございます♪
東海道歩き旅、無事、完歩され、おめでとうございます。
頼りになる優しいお嬢さんとの二人旅は一生の思い出になりましたね。
一番心に残った風景は薩埵峠からの富士山だそうですが、
私も機会があったらぜひ訪ねてみたいです。
次回は中山道にチャレンジされるそうですが、頑張ってくださいね。
応援しています。

投稿: hiro | 2019年5月28日 (火) 06:12

こんにちは。東海道踏破、おめでとうございます。2年と1ヶ月でしたか。すごいですね。達成感とともに寂しさもあるのではないでしょうか。しかし中山道が待っていますね。頑張って下さい。

投稿: 多摩NTの住人 | 2019年5月28日 (火) 08:20

★hiroさま

おはようございます♪
ありがとうございます。
ずいぶん時間がかかってしまいましたが、あの世へのお土産が出来ました。
それなりに感動しております。
薩埵峠、機会がありましたら是非いらしてください。広重の絵とあまり変わりなく(下に見える高速道路などの風景が混じりますが)なんと言っても富士山ですよ。イソヒヨドリもいたりして、また桜エビ(今年は不漁だそう)やシラスが美味しくて心に残ります。
次も応援していただけるなんて、嬉しいです。ありがとうございます。

投稿: tona | 2019年5月28日 (火) 09:14

★多摩NTの住人さま こんにちは

無事踏破することが出来ました。
ありがとうございます。
いつ故障するかわからないこの年齢の体、無理しないで頑張ろうと思っています。

投稿: tona | 2019年5月28日 (火) 09:19

ついにゴールしましたね、おめでとうございます。
全行程で140万歩、一回平均4万歩ですか・・・
振り返ると気の遠くなるような歩みですよね
それを成し遂げた達成感は大きいことでしょう。素晴らしいです。
一緒に歩いてくれた娘さんにも感謝ですね。
交通が発達した今でもいろいろと大変な五十三次の歩き、
当時の人の旅の苦労はいかばかりかと想像したりしながら読ませてもらいました。
一番印象深いのは薩埵峠の富士と聞き県民として何だかうれしいような気がします。
浮世絵とあまり変わらぬ富士が望める場所ではありますが
その下を通る高速道路や新幹線の大動脈に時の流れを強く感じる場所でもあります。
お疲れさまでした~。

投稿: ビオラ | 2019年5月28日 (火) 16:07

★ビオラさま

ありがとうございます。
山に登るとき田部井淳子さんが一歩一歩足を出せば頂上につながると常におっしゃっていましたが、まさに一歩の積み重ねが100万歩以上になってまさかと驚きました。
本当に交通機関がなく普通の人はタダタダ歩いたわけで、どんなにか大変だったことでしょう。身に染みてわかりました。
薩埵峠は富士山も感動なのですが、おっしゃるように道路や鉄道を俯瞰して眺められるスポットでもありこれがまたいいのですよね。広重の絵には海岸線はありませんが、描いた場所がちょっと下がったところから描いているのか、デフォルメかはわかりませんが、富士山の位置だけは同じですね。

投稿: tona | 2019年5月28日 (火) 16:46

東海道全踏破、おめでとうございます。
本当に凄いですね。
こんぴら狗という、江戸から讃岐まで歩いた犬の話を読んだとき、
tonaさまの街道歩きと重ねていました。
昔のように歩くという選択肢しかなかった時代に比べ、
今は新幹線でも何でもあるのにそれでも歩いたというのは
別の意味で素晴らしいと思います。

投稿: zooey | 2019年5月28日 (火) 22:36

★zooeyさま

ありがとうございます。
まあ、時間がかかってしまいましたがどうやらたどり着け達成感に浸りました。
その犬の話には私も泣けましたね。
歩いても、そこまでと帰りは新幹線、食べ物や歩くスタイルも便利になって、とても昔の人とは程遠かったですが、その距離を実感出来たというのが収穫です。実に長かった!!

投稿: tona | 2019年5月29日 (水) 08:48

東海道全踏破、とうとうやり通しましたね。
素晴らしいですね、おめでとうございます。
その根性はどこから出てるのでしょう。
2年1カ月の間には、もう続けて歩くのは無理だろうと思った程の寝込みがあったりで
健康を心配してましたが、よく最後まで歩き通した事に感服してます。

私もtonaさんの記事で知らない事を沢山教えて貰いました。
覚えたようでもそばから忘れてますが、それでも少しは頭の片隅に残ってて凄く勉強になりました。
日本初の駅伝のスタート地点が三条大橋で、それも大正6年が初回だったとは知らなかった。
日本橋から三条大橋の距離が492キロですか、1回の平均は41594歩とは
今迄にtonaさんほど歩いた人は知りません。
山に強いnao♪さんでも4万歩は滅多に歩かないと言ってました。

次回から中山道ですね。
応援してます、頑張って踏破して下さい。


投稿: ラッシーママ | 2019年5月29日 (水) 16:39

★ラッシーママさま

ありがとうございます。
本当に最後の方になって入院したりで危ぶまれましたが、無事復活して歩くことが出来ました。お陰様です。
達成感に三条大橋で浸り、橋を撫でまわしました。
歩くまでは終着点が五条の橋かと思っていたほど無知でした。
私はもっと目から入ったのも耳から入ったのも残像は消え、通過してしまって覚えていないのですが、まあ、それはそれとしていろいろ知って感動しております。
今の大河ドラマを見ていないのですが、このマラソンが出てきたそうですね。
私の場合、山はゆっくり登ってゆっくり下るので3万歩もいきません。
ですから道中で一番きつかったのは箱根の登りの約35000歩でした。
明日中山道に足を踏み入れます。
応援もありがとうございます。嬉しいですね。

投稿: tona | 2019年5月29日 (水) 21:25

tonaさん おはようございます。

わぁ とうとう着きましたね!!

おめでとうございます。

492キロ、1414189歩! 気の遠くなるような数字です。
tonaさんのバイタリティに感服します。

次は中山道なのですね。
益々お元気で、踏破されますように。

お優しい娘さんですね

投稿: グレン | 2019年5月30日 (木) 07:52

tonaさんへ
このたびの旧東海道の全踏破、おめでとうございます。492㎞、1,414,189歩、全34回、素晴らしいです。しかも全て東京のご自宅から日帰りで歩かれたので、これはひょっとするとギネスブックものの記録では?。日本初の記録!!ではと拝察しております。歩くことで、区間の歴史と地理に一段と詳しくなられたことでしょう。途中の神社仏閣で御朱印を集めながら進めば、何冊もの御朱印帳が直ぐにもいっぱいになりそうですね。中山道は、奈良井宿、妻籠宿、馬籠宿しか知りませんが、ご報告を楽しみにしております。

投稿: shikamasonjin | 2019年5月30日 (木) 10:02

tonaさま、とうとう三条大橋に到達、おめでとうございます!!
お嬢様と淡々と足を進めて、歴史に思いを馳せ、地場の美味を味わい、気が付けば万歩計を振り切るほどの歩数!
京都については、婚家から訪ねた覚えのある寺社や事柄が多くあります。
大いに自信が出たでしょうね、よく頑張られましたね。

大津算盤があるのですか。
砂の器で有名になった、奥出雲の亀嵩。
ここも昔から、そろばん制作でしられています♪

投稿: だんだん | 2019年5月30日 (木) 13:07

★グレンさま

ありがとうございます。
お陰様でやっと2ね年もかかって到着しました。
この頃勉強も達成しないわけですから、一つ試験が合格したような気分ですが、でもそんな大それたことは言ってはいけなせんね。何しろ頭を何も使わなくて、両足を前へ前へと進めていただけですから。
中山道も行けるところまでやってみます。
東海道ほど面白くないなんて聞いていますが。

投稿: tona | 2019年5月30日 (木) 23:05

こんばんは(^o^)/!
東海道歩き、江戸・日本橋から京・三条大橋まで完歩、おめでとうございます!そして何よりも「お疲れ様でした。」
ブログを拝見し、私も東海道をバーチャル旅行しているような気分でした。
名古屋へお越しの際、会えなかったのが残念です。宿場町ではありませんが私も名古屋の重伝建地区の有松辺りだけでも機会を作って歩いてみたいと思います。

投稿: 慕辺未行 | 2019年5月30日 (木) 23:14

★shikamasonjin さま

ありがとうございます。 
そうなのですよ。全部日帰りだったのです。
他の方の日記をいろいろ見て見ましたらどうしても鈴鹿あたりから1泊しないとダメそうで、一人だけ、1泊だけした方を見つけました。その方は宿泊は1泊だけで後は全部日帰りです。ギネスブックものとは嬉しいことをおっしゃってくださいました。
御朱印はしていませんが、随分お寺を巡りました。もうどこも覚えていないくらいで前回の三井寺くらいかしら。私も中山道は軽井沢までと、妻籠、馬籠宿、塩尻、諏訪、望月くらいです。坂や峠が多そうですね。
またよろしくお願いいたします。

投稿: tona | 2019年5月30日 (木) 23:16

★だんだんさま

ありがとうございます。
歩けたのも山登りの経験が少しは役に立ったように思います。
いろいろなことを知ったことは嬉しかったですが、裏がえしてみますと、もう世の中のことを何も知らなかったと言う発見がありました。
知らないでいい気になって生活していたものです。恥ずかしいくらい。

大津の算盤は改良してここで使いやすいように作ったらしいですが、今はおっしゃるように奥出雲の亀嵩が生産地ですね。いつかテレビで見たことがあります。

投稿: tona | 2019年5月30日 (木) 23:23

★慕辺未行さま

ありがとうございます。
名古屋ではお互いに都合がつかずお会いできずにとても残念なことをいたしまして、すみませんでした。
ほとんど知らなかった愛知県ももう遠い彼方に記憶がいってしまいましたが、桑名に入る前までいろいろ見たことになります。とても身近になりました。
もうその語、体は元気なられたと思っています。
是非歩いてみてください。

投稿: tona | 2019年5月30日 (木) 23:29

東海道制覇,おめでとうございます。
全て日帰りなのが凄いと思いました。
次は中山道とのよし,楽しみにしています。

私の生誕地の知立の古名が「池鯉鮒」を知ったときは驚きとともに嬉しかったです。姉,妹にも教えました。

ところで,どら焼きの「三笠」。奈良県外でもそのように呼ばれていることを知りました。京阪神限定でしょうか。

投稿: gaki | 2019年5月31日 (金) 09:34

★gagiさま

ありがとうございます。
途中ぐずぐずしていて大変お見苦しかったと思います。すみません。
スムーズにいかなきところが高齢者の困ったところです。
ですのにまた欲が出て中山道です。

三笠は奈良特有のどら焼きの名前ですね。
東京の虎屋がまねして「三笠山」というどら焼きを販売しています。
買ったここは逢坂山の追分の井筒八つ橋本舗の商品でしたから奈良に近いというほどではありませんね。ただしこれには生八つ橋が餡の間に入っていました。

投稿: tona | 2019年5月31日 (金) 13:21

tonaさん、こんにちは(^-^)
初志貫徹おめでとうございます~♪\(^O^)/
知らない事(だらけですが(^^;)をたくさん学ばせていただいて…
有り難うございますm(_ _)m
tonaさんの目標達成力には敬服いたしております…
私も見習わなければ(;´▽`||A``アッセ!

お母さま思いの優しい娘さんで良かったですね~♪(^-^)V
再び、お二人で新しい目標に向かって一歩を踏み出されたようですが…
お身体第一で、楽しまれられることを願います…

投稿: orangepeko | 2019年6月 1日 (土) 14:03

★orangepekoさま

ありがとうございます。
久しぶりに達成感を味わいました。こんなことですが。
この頃最後まで続けるということがなかなか出来なくなっていますので、嬉しかったです。
ちょっと無理するとダウンという年齢になりましたことを実感しましたので、出来ないときは諦めるということも学びました。
中山道を歩き始めましたが、果たしてどうなる事やら。電車が不便で東海道以上に大変になりそうです。何しろ宿泊しないので。
いつも応援していただいているのを感謝しております。

投稿: tona | 2019年6月 1日 (土) 19:40

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