« 北斎『神奈川沖浪裏』のルーツの宮彫師「波の伊八」の世界へ | トップページ | 中山道1草津~武佐(後編) »

2019年6月 6日 (木)

中山道1 草津~武佐(前編)

また歩くことになりました。よろしかったとき、お付き合いをくださいませ。

5/30(木) 今日から中山道69次を京都側から歩きます。マップは風人社のです。丁寧な説明と絶対に迷わない地図。
中山道は江戸から京都まで約526.3㎞なので東海道の492㎞より34.3㎞長いことになります。
しかし69番目の大津宿と68番目の草津宿は重なり、草津追分から歩くので、18.6km少なくなり、15.7km東海道より長く歩くだけで、1回分くらいの距離です。が交通が不便、山あり谷あり、ストック持参で出かける日もありそうです。人によっては90歳越えても歩いている方がいらっしゃるそうで、果たして私は挫折してしまうかは神のみぞ知るです。

いつもの6:16ののぞみに乗り京都(京都は今朝が最後、帰りは米原から)で乗り換えて草津へ。草津駅から歩き始めたのが9時10分。

◆草津~守山

いざ草津追分の道標を再び見てトンネル(旧草津川隧道)をくぐって出発!中山道はしばらく近江路を行く。
1_15 2_18

トンネルの上は草津川跡地公園となっていて、ここから京都へ向かう東海道・中山道の草津宿が見えたが、高層ビルが両側に多く建っている宿だ。
3_16 4_18
 
覚善寺の前の街道の分岐点の道標。明治時代に移転していたらしい。
5_17

伊砂砂神社。檜皮葺の本殿は重文で高く評価されている神社。
6_13

まだ滋賀県なので飛び出し坊やが多く、栗東市に入ってからもスヌーピーなど面白いのが続く。
7_16 8_16
9_16 10_16

綣(へそ)という変わった名前の集落に入る。綣は巻子など糸巻きに関係するらしい。
佛眼寺地蔵堂の綿被り地蔵。大雨で河川が氾濫し、上流から流れてきた一体の地蔵尊を拾い上げ、「冷たい水に漬かって、さぞかし寒かっただろう」 と頭から綿をかぶせて祀り、綿被り地蔵の名がついたと伝わるが、綿は水を吸って地蔵を傷めるということで今はかぶっていない。
11_18

大宝神社 大宝年間(701~4)創建の古い神社で疫病の神・牛頭天王(茅の輪くぐりの習俗はこの牛頭天王に由来する)を信仰。
8社ある境内社の中の1つ、追来神社は1283年建立で重文。
12_12
13_12

「へそ=綣」が出てくる芭蕉句碑がある。「へそむらの 麦まだ青し 春の暮」。
14_11

守山市に入るとマンホールが目に入る。
 ゲンジボタル、琵琶湖大橋、空から見た琵琶湖に浮かぶたくさんの矢印(えりと呼ばれる定置網の一種で、琵琶湖独特の漁法)が描かれているそうだが、1地番下の草みたいのがわからない。ドローンで湖の上の矢印が見られたら最高。
15_14
 
十王寺焔魔堂。焔魔堂町の由来になったお寺。開基は小野篁で閻魔大王など十王を彫った。十王とは人が亡くなって冥府で死者を前世の善悪業因により中有(初七日から3周忌の間)裁くことにより来世の生所が定まる裁きを行う10人の王様。ダンテの『神曲』を思い出す。
16_13

重蓮坊母公墓標石
法然、親鸞の浄土教が発展していくなかで、旧勢力から弾圧がなされた「承元の法難」に関係した重蓮坊が近江八幡で打ち首になったとの報を聞いた母が、悲しんでこの地の池に身を投じて亡くなったという。
17_11

今宿一里塚(128番目)中山道の一里塚は草津まで129ある。滋賀県で唯一原型をとどめる一里塚。南側だけしか残らず、榎は二代目。
18_11

本像寺 朝鮮通信使が宿泊した時、本陣として使用された寺。
ここには江戸時代の奇石収集家で「石の長者」と呼ばれた、木内石亭の墓があり、いろいろな石もあった。
20_10
21_10

 
 
●守山宿(67番目の宿)草津宿から5.9㎞、次の武佐宿まで13.8㎞。本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠30軒。宿は400mしかない。

守山宿に土橋を渡って入る。
22_8

「かたた屋」で昼食。かたた屋は旧旅籠の堅田屋で旅籠の面影を残している。中の雰囲気もとても良い。
昼食に注文したのは鶏ひつまぶし。鶏肉は炙り焼きで、まずはそのままで、次に薬味をつけて(柚子胡椒が美味しい)、最後に鶏がらスープをかけていただく。
23_10
24_10

東門院 仁王門 ご本尊は十一面観音だ。重文の不動明王坐像(平安時代)は見損なったが多くの文化財を保有する。
25_10

東門院五重塔は鎌倉時代のもので重文。左は宝塔、右は宝篋印塔。
27_11

  本陣跡と井戸跡
29_7

天満宮の裏に源内塚がある。平治の乱に敗れた源頼朝が東国に敗走する途中、源内兵衛真弘らが襲いかかったが、頼朝は髭切りと呼ばれる名刀で源内を一刀両断にしたという。
31_7

うの家は、元首相の宇野宗佑氏の実家。レストランのようだった。
30_8

すぐ先に「すぐいしべ道」の道標。ここから東海道のあの石部宿までつながっているのだ。距離的にはとても近い。分かれたばかりだから。
32_6

続く

|

« 北斎『神奈川沖浪裏』のルーツの宮彫師「波の伊八」の世界へ | トップページ | 中山道1草津~武佐(後編) »

コメント

こんばんは(^o^)/!
東海道歩き、京都へゴールしたのもつかの間、早くも中山道歩きですか?!そのバイタリティーとお元気さに脱帽です!
今度は逆に江戸へ向かう旅になるのですね。東海道も箱根越えや鈴鹿越えがありましたが、中山道・・・とくに木曽路はすべて山の中ですから大変だと思います。でも馬籠宿や妻籠宿、奈良井宿など昔ながらの宿場町も残っていて楽しみですね。
ブログを楽しみに拝見しながら、私もバーチャル旅行を楽しませていただきます。

投稿: 慕辺未行 | 2019年6月 6日 (木) 22:45

宇野さんといえば三本指でしたっけ。
とんだことで後世に名を遺しましたね。
さあ、長い道中、焦らず御身大切に!
楽しい旅便りを楽しみにしています。

投稿: 佐平次 | 2019年6月 7日 (金) 10:22

こんにちは
 
東海道を完歩されたのが5月23日?でしたっけ。1週間後には
もう中山道歩きを開始されたのですね!
さてさて、中山道はどこを通っていたっけ??と、記事を拝見前に
まずはググって街道と宿場名を見てみました。
滋賀県から、岐阜・長野・群馬・埼玉、そして東京なのですね。
先日、中山道は全く知らないと書きましたが、宿場名を見てみましたら、
関ケ原、馬籠・妻籠、軽井沢は知っていました。沢山の中のほんの僅かながら。
馬込妻籠はずーっと前に愛知在住だった伯母(母の姉)と
行ったことのある思い出の地でもあります。残念ながら
ほとんど記憶に残っていないのですが。
たしかに山地が多い。現代はどのような道行きになるのでしょう。
 
中山道というと江戸時代に整備された街道のイメージですが、
もっとずっと前から道としては成り立っていたのですね。
鎌倉時代の石の五重塔等々、石の角が削られまろやかになっていて、
経てきた歳月の長さを実感させられました。
 
長い道中無理せずお気をつけて歩いてくださいね。

投稿: ポージィ | 2019年6月 7日 (金) 10:50

★慕辺未行さま

こんばんは。
今日2回目を歩いてきまして遅くなりました。
私の都合ではないのでいつも心と体の準備をしておかなくてはなりません。これは体にいいのかもしれません。
木曽路になると大変だそうですね。でもその木曽路が楽しみなんです。
交通も不便そうでも日帰りに代わりありませんので、果たしてどうなるりますやら。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年6月 7日 (金) 23:00

★佐平次さま

そうなのですよね。
本当によくよく覚えています。
ご実家がこんなところにあったとは!
字の読めなかった麻生氏もそうなのですが。
焦らず無理せずですね。
ありがとうございます。

投稿: tona | 2019年6月 7日 (金) 23:03

★ポージィさま

そして8日後の今日雨の中また歩いてきました。次回は月末になりますが。
中山道をぐるっと見ていただいたのですね。
知ったところも多かったでしょう。
私もポージィさんのいらしたところ行きまして印象に残っています。そこに行くまでは殆ど通ったことがなくてそれもまた良しです。
しかし記憶はどんどんなくなり、また行っても初めてという感じになると思います。
本当にどんな景色でしょう。

江戸時代だけでなく、これからは安土桃山時代、信長や秀吉関係もちょっとあるかもしれませんが、この鎌倉時代の重文にも驚きます。
はい、無理しないことが私には大切なこと、気を付けます。今日は保険証を忘れていきましたが幸い医者に駆け込むこともなく安堵しました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年6月 7日 (金) 23:12

 こんにちは。ご無沙汰していました。
遅くなりましたが東海道完歩おめでとうございます。
なかなかできない事です。
tonaさんの意気込みと体力を尊敬します。
草津あたりから京都3条大橋までは歩いてみるつもりですが、なかなか皆さんの予定が合わず、
先延ばしになっています。

中山道も歴史ある寺社や遺跡があり、面白そうですね。
今回も楽しみにしています。

投稿: ☆銀河☆ | 2019年6月 8日 (土) 12:29

 街道歩きがまた始まりましたね。今回は木曾谷あたりの馬籠、妻籠など山の中,峠道ががありますね。
東海道と比べると大変でしょうが頑張ってください。
 私も以前(1902)妻籠から馬籠を歩いたことがあります。峠があり,距離は大したことはないですがそんなに楽ではありませんでした。特に夏、8月末だったので・・・
 街道歩きの楽しみは歴史探訪もさることながら、当地グルメが楽しみですね。
妻籠辺りは水もいいし、山菜料理、山菜そばはおいしかった。

投稿: 夢閑人 | 2019年6月 8日 (土) 13:44

tonaさん こんにちは

もう、中山道歩きを始められたのですね!
tonaさんの活力は一体どこから湧いてこられるのでしょう!
少し分けていただきたいです^^

さて、中山道、名前はもちろん知ってはいましたが、
どこを通って、どこへ行くのか記憶があやふやで検索してみました。
日本橋から板橋、埼玉に入って、群馬、長野、岐阜、滋賀、京都なのですね。
東海道より長く、宿場数も多いのですね。
馬籠、妻籠、軽井沢など何度か訪れたところも中山道の宿場だったのですね。
山が多くて道中大変そうですね。
お気をつけて、のんびりと踏破されますように。
楽しみに読ませていただきます。

投稿: グレン | 2019年6月 8日 (土) 13:51

tonaさん、こんにちは~♪
中山道を歩かれるとは仰っていましたが、
もう歩かれたのですね。
その行動力の早さに脱帽です。
馬籠宿や妻籠宿にはツアーで行ったことがありますが、
とてもこの2か所だけでも通して歩く自信はありません。
90歳で中山道を・・・
tonaさんならきっとできると思います。
頑張ってくださいね。楽しみにしています。

滋賀県は名刹が多いですね。
初めて目にする神社仏閣に興味津々ですが、
なかなか覚えられそうもありますせん。
鶏ひつまぶしも初めてですが、とても美味しそうです。
宇野宗佑氏ご出身が滋賀県とは知りませんでした。
生まれ育った建物ではないでしょうが、
趣があって素敵なレストランですね。

投稿: hiro | 2019年6月 8日 (土) 17:44

★☆銀河☆さま

ありがとうございます。
2年もかかるとは思っていませんでしたが、まあ、途中ダウンしたので仕方ありません。今度はダウンしないようにしたいものですが、起き上がりこぼしのように立ち上がれたらと思います。
草津から京都もなかなかいいですよ。琵琶湖も時々見えますし、最後はとっておきの京都を楽しまれたらいいですね。
私の20倍くらいお忙しい銀河さんですがいつかきっと総まとめで色々なものがまとまるのではないかと思います。それにしても月日が早く過ぎて、これが年取った証拠だそうでいいような悪いような。
良かったらまた中山道も見ていただきたくおもいます。

投稿: tona | 2019年6月 8日 (土) 18:59

★夢閑人さま

今度は山登り用のストックを持って木曽路に臨まなければなりませんね。どうにか登る方の力も残っていますので多分越えられると思っています。信濃路ではアルプスが見られるでしょうか。楽しみでもあります。
確かに毎回その地の名物を探して歩いているのですが、時間の関係もあってなかなか良い時間に到着して出会うのは難しいこともあります。
信州そばや山菜料理楽しみです。
特に山菜は東京ではあまり食べられませんから。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年6月 8日 (土) 19:07

★グレンさま

こんばんは。
思いますのは歩けなくなることの怖さ、それからくる認知症、寝たきり。考えただけでも多くの人に迷惑をかけとても困ったことと考えます。少しでも何とかしても外へ向かって歩き出していたいと思うばかりです。
今は大変その点、足が動くので幸せです。維持したいですね。それで歩いてるのですね。挫折も頭に入れて目下の目標を楽しみに行っています。
私も知らなかった長野の一部や岐阜、滋賀を調べてみました。全く聞いたこともない宿ばかりでした。
山が多く見られるのかしら。そして上り下りが多そうで楽しみでもあります。
これからも宜しくお願いいたします。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年6月 8日 (土) 19:17

中山道,始まりましたね。
中山道は,妻籠から馬込まで歩いたことがありますが,
もう半世紀近く前のことで,すっかり忘れています。
更新を楽しみにしています。

投稿: gaki | 2019年6月 8日 (土) 19:23

★hiroさま

こんばんは♪
真夏にならないうちに歩くことになりました。
この道のハイライトは馬籠、妻籠、軽井沢でしょうか。でも滋賀県や岐阜県なども知らなことだらけです。
街道の両脇だけしかわからないわけですが、それでも結構楽しいです。
無理しないで頑張りたいと思います。

滋賀県ってこんな面白い所とは思いませんでした。神社仏閣の多さ、京都に近いので歴史上の人物が結構いるのですね。
もう少し近江路が続きますので楽しみたいと思います。
宇野氏のお墓はこのそばのお寺の中にあるようでした。古くて趣のあるご実家でした。
こちらにもいろいろな感想をお寄せいただきありがとうございます。

投稿: tona | 2019年6月 8日 (土) 19:27

★gakiさま

はい、京都へ到着して暑くならないうちに、8
日目で次に向かいました。
私も妻籠、馬籠がどうなっているか楽しみですがまだ遠い先になります。
いつもご覧いただきありがとうございます。
またよろしくお願いいたします。

投稿: tona | 2019年6月 8日 (土) 19:32

今度は中仙道なのですね。
日記を楽しみにしています。
鰻のひつまぶしは岐阜で食べますが
鶏のひつまぶしもあるとは知りませんでした。
これも美味しそうですねえ!

投稿: zooey | 2019年6月 9日 (日) 15:40

こんにちは。中山道の旅の始まりですね。若い頃、妻籠や馬籠を歩いたことがあり、別の時には、寝覚ノ床付近や贄川などでSL撮影をしたこともありました。懐かしい道です。楽しみにしています。

投稿: 多摩NTの住人 | 2019年6月 9日 (日) 16:11

★zooeyさま

ありがとうございます。またよろしくお願いいたします。
ウナギのひつまぶしは名古屋で一度食べました。
鶏のひつまぶしは私も初めてです。美味しかったですよ。3通りも食べ方があるのですから。

投稿: tona | 2019年6月 9日 (日) 19:18

★多摩NTの住人さま

こんばんは。
ありがとうございます。
寝覚ノ床付近や贄川などでSL撮影ができるのですか。素晴らしい写真が撮れたことでしょう。
妻籠、馬籠、もう一度通るのが今から楽しみです。
またよろしくお願いいたします。

投稿: tona | 2019年6月 9日 (日) 19:23

もう中山道1が始まりましたね。
先日、銀河さんと行った「江戸の街道を行く」で東海道と中山道の道のりを見てきました。
私は車でしたが妻籠、馬籠の2宿を歩き、その事を2017年10月のブログに載せてます。
その時に「義仲館」に寄り詳しい事を知りました。

これからtonaさんの中山道中を楽しみにしております。
身体とも相談しつつ楽しみながら歩いて下さいね。

投稿: ラッシーママ | 2019年6月 9日 (日) 22:10

★ラッシーママさま

先日は展覧会のお知らせをいただきありがとうございました。
丁度梅雨に入る前から歩きだしましたし、これから梅雨と猛暑でなかなか進まないと思われますが、まずはスタート地点を元気よく歩き出しました。
木曽路に入ったら「義仲館」のことを覚えていて時間が許したら拝見したく思います。東海道と関係していたので興味津々です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年6月10日 (月) 08:46

再び歩き始めたのですね。もう足が止まらなくなったのでしょう♪
中山道、おちらと(無理せずに・出雲弁)頑張ってください。
土地勘が無いので拝見するのみですが、楽しみにしています。

現在、集中練習でヒィヒィです!

投稿: だんだん | 2019年6月10日 (月) 11:02

★だんだんさま

うふふふ、足が止まらなくなってしまった・・そうかもです!足を労わってあげようと思うのです。
無理しないように心がけます。というか他は怠けてばかりです。
あと3週間弱、それこそ無理なさらず頑張ってくださいね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年6月10日 (月) 12:41

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 北斎『神奈川沖浪裏』のルーツの宮彫師「波の伊八」の世界へ | トップページ | 中山道1草津~武佐(後編) »