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2019年6月17日 (月)

中山道2 武佐宿~愛知川宿~高宮宿(1)

滋賀県に入って、いやに天井川が多いなあと思っていたのですが、友人に天井川について聞かれて調べたら、全国都道府県29に少なくとも240が存在し、うち半分の122が関西地方に、なかでも滋賀県には3分の1に当たる81が存在するとのこと。全国の3分の1というから驚くではありませんか。

6/7(金)雨が降る中、3つの宿を歩いてきました。いつもの4時半起床で6:26のひかりで米原下車。琵琶湖線で近江八幡、近江鉄道に乗り換え武佐駅到着9:43。

武佐宿 守山宿から13.8㎞、愛知川宿まで9.8㎞、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠23軒

歩き始めた武佐駅から武佐宿が始まる。高札場跡の解説版が立ち、武佐宿の西の見附。この解説版は1989年の小学校卒業生が制作とある。
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近江八幡市のマンホールが続いて出てきた。中央に八幡山を描き、八幡堀、白壁の蔵、近江商人のそろばんの玉柄ののれん、市の木サクラが描かれる。
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こちらは船も描かれている。
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人のいない街道筋
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本陣跡。門が立派だ。端に見えるのが武佐(むしゃ)竜胆。これから後もあちらこちらで見かけた。
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お隣の郵便局も本陣の敷地だったところで、黒い書状集箱があり、実際に使っている。
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歌川広重と渓斎英泉とが合作した「木曽海道六拾九次之内」の武佐宿は川を2艘の船の上に板を敷いた橋を渡っている人々が描かれる。木曽街道が海道となっている。
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1729年に象が通った道と説明板にあった。(吉宗の時です)
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脇本陣跡には冠木門が作られている。
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高札場跡を通り牟佐神社に寄る。正面に6体見える御神燈、このあたりの中山道の神社に多い。武佐宿の東入口に位置する神社で商売繁盛の神様である。
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武佐~愛知川 

どんどん川(蛇砂川・いさがわ)はかつての天井川・・を渡ると水田景色となり、水辺に泡子延命地蔵尊遺跡がある。・・茶屋の娘が旅人の僧に恋をし、僧の残した茶を飲んだところ懐妊し男の子を生んだ。3年後僧侶が現れ、男の子の話をすると僧侶は男の子に息を吹きかけた。すると男の子は泡となって消えてしまったという。
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旧安土町のマンホール。永楽通宝が三つ並んでいて、織田信長が刀に付けて愛用した「まけずの鍔(つば)」のデザインのもの。「sewerage」は英語の下水設備、「ANZUCCI」は安土のポルトガル語表記。
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東光寺の伝内堂には秀吉の書記だった建部伝内の像がある。伝内は書家で、歌舞伎「菅原伝授手習鑑」のモデルになった人で境内に墓もある。
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福生寺の地蔵
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西老蘇地区に入り、鎌若宮神社(奥石神社の若宮)に寄り、奥石神社御旅所や杉原氏の庭園・緑苔園(県の有形文化財)を通り過ぎ、老蘇の森、奥石(おいそ)神社に着く。ここは元安土町で東海道線安土駅の向こうには安土城があり、今は石垣(比叡山から奪ってきた石や地蔵の話がありましたっけ)が残っているが、天守閣5,6階部分は原寸で復元され展示されているそうだ。来るとき東海道線で安土駅の手前から標高190mの安土山を探したけれども見つからなかった。またこの神社の近くには佐々木六角氏の居城観音寺城があって、安土城はこれを真似たというし、日本で最初の楽市も開かれたところだ。
奥石神社は式内社で安産の神。
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本殿(重文)は1581年、織田信長が家臣柴田勝家に命じて造らせた。
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老蘇の森は奥石神社の森で国指定史跡。紀行文や和歌の歌枕として歌に詠まれてきた。
   東路の 思ひ出にせむ 郭公 おいその森の 夜はのひとこゑ
                                 大江公資朝臣(後拾遺和歌集)
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孝霊天皇(第7代)の頃、水が噴き出して住めなくなったが、石辺大連が祈ると大きな森となった。この人物が百数十歳まで元気だったので老蘇の名前がついたという。

 八幡道との分岐の大神宮常夜燈を通り過ぎると、東近江市に入る。
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このあたりは五個荘の清水鼻町で、湖東三名水の一つで清水が湧いている。
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てんびんの里の碑。道中合羽を着て振り分け荷物を持った近江商人の像が立つ。このあたりがかの有名な近江商人の街だ。
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石塚一里塚跡の石柱。123里目。
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昼食は近江ちゃんぽんの専門店・ちゃんぽん亭でちゃんぽん。殆ど野菜ばかりでヘルシー。そのままでも、酢、醤油、胡椒など好きなものを入れて食べても良い。長崎ちゃんぽんとは違う味で美味しい。
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続く

 

 

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コメント

天井川、そういう言葉を初めて知りました。
なぜこちらに多いのでしょうね。

投稿: 佐平次 | 2019年6月18日 (火) 09:07

★佐平次さま ありがとうございます。

滋賀の次に天井川が多いのは京都(23本)だそうですが、両県ともに神社仏閣が多く、多くの木が切り倒され、建材とされました。そのためはげ山が多くなり多くの土砂が下流部に流れ、堆積して、次第に川床が上昇して天井川を形成したそうです。

投稿: tona | 2019年6月18日 (火) 10:09

天井川がそんなにあるとは知りませんでした。

近江八幡だけは何度も行きましたが、
中山道のことは岐阜以外のことは
殆ど知らないことか分かり、愕然と
しています。それより恥ずかしいです。

投稿: matsubara | 2019年6月18日 (火) 11:35

こんにちは
 
6月7日は、こちら神奈川では結構な雨になりましたが、
中山道もしっかり路面が濡れ、雨もお写真に写っていますね。
 
関西地方に、なかでも滋賀県にそんなにもたくさんの天井川が
あるのはなぜでしょう。川がたくさんある?堤防を作って
治水を図った歴史が古い?などと想像していましたが、佐平次さんへの
tonaさんのお返事コメントを拝見して答えが分かりました。
 
泡子延命地蔵尊にまつわるお話、まるでキリスト教のマリア様の
処女懐胎みたいなお話だなぁと思いました。でも意味するところが
違いますね。
茶屋の娘さんが授かって育てていた男の子は幻のようなものだった
のでしょうけれど、泡とかき消えてどんなにか気落ちしたことか。
実際、幼い子が命を落とすのは、泡が消えるかのごとく
突然で儚いものだったということなのでしょうね。切ないです。
 
近江ちゃんぽんはスープが透明で醤油系でしょうか。さっぱりしていそう。
美味しそうですね。
 

投稿: ポージィ | 2019年6月18日 (火) 15:30

★matsubaraさま

天井川私は歩かなかったら知らなかったですが、滋賀県に入ったらいやに多いなあと感じたことの一つでした。
どうしてかわかってなるほど頷いてしまいました。何しろお寺の数が全国一位ですから。
中山道は6ヶ所くらいでしょうか。行ったことがあるのですが、改めてもう一度通るのを楽しみにしています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年6月18日 (火) 19:19

★ポージィさま

一番ひどいときは7㎜、結構な降りでした。
雨降る日は山道の時はやめようということになりました。
写真に雨の糸が写っているのがあって驚いた次第です。
滋賀県にお寺が多いということが天井川が多いことと関係があったなんて。最初50mごとにお寺があった時もあって本当に東海道沿いだけでそうなのですから滋賀県全体で一体どのくらいあるのかと感心しました。

泡子延命地蔵尊、おっしゃるまで気が付かなかったのですが、本当にマリア様みたいな話ですね。切ない悲しいお話が伝説としてもずいぶん街道にありました。

近江ちゃんぽんのだし汁は昆布と鰹節のだしと書いてありまして、和風で私好みでした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年6月18日 (火) 19:34

tonaさん、おはようございます♪
天井川というと濃尾平野の木曽三川を思い出しますが、
滋賀県にこんなに多くあったのですね。
まったく知らなかつたです。
近江八幡のマンホールは近江八幡の特徴をよく表していますね。
旅行した当時はあまりマンホールに興味がなかったので、
その存在自体にも気が付きませんでした。
安土のポルトガル語はANZUCCIだそうすか、発音が難しそうですね。
ローマ字表記だと分かり易いですが、
信長の時代からポルトガルとは交易がありましたものね。
フクショウジ?フクセイジ?、こちらにもお地蔵さんは多いですね。
奥石神社も歴史が感じられて素敵です。

ちゃんぽんといえば名が先かと思っていましたが、
近江ちゃんぽんも美味しそうです。

今回もいろいろなことを知ることが出来て良かったです。
有難うございました。

投稿: hiro | 2019年6月19日 (水) 10:50

★hiroさま

こんにちは♪
木曽三川も昔の人は大変苦労したのですね。
大河ですから洪水などずっと水との闘いでしたが、そんときには必ず偉い人が立ち上がって治水工事をしたのですね。
滋賀県は県全体が大盆地で川も多く、水の行き着く先が大きな琵琶湖だったのです。他の県にはないような地理条件がそろっていてお寺が多くてそれが天井川に繋がっていたとは。
各自治体のマンホールはその地域柄を表して面白いですね。探す癖が付きました。
信長は貿易で潤ってお金が戦争に使えたようですね。
フクショウジですが、阿弥陀三尊像がありますが見られず近くの轟地蔵が引っ越してきたそうです。またまたこの日もたくさんのお地蔵さんを見ました。
奥石神社は式内社でしかも信長が造らせた本殿もあって森の中に佇む立派な神社でした。
私も近江ちゃんぽんを初めて知りました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年6月19日 (水) 13:40

雨の中も歩かれているのですねえ。
近江ちゃんぽん、どんなものかと思ったら、
昆布と鰹節のだしなのですね。
長崎ちゃんぽんは豚骨と鶏ガラであったかと思います。
こちらのもさっぱりして美味しそうですね。

投稿: zooey | 2019年6月19日 (水) 21:54

★zooeyさま

山道の時は1,2mmくらいならいいとします。この日の雨はあざあと7㎜以上の雨量で、次回からはやめます。転んだら人生の終りですから。
長崎ちゃんぽんも美味しいと言っていた頃に戻りたいくらいです。
最近は和風の方が美味しく感じて、レパートリーが狭まった感じで、ちょっとつまらないです。欲を言えばきりがないので元気ならよしとしましょう。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年6月19日 (水) 22:05

雨がザアーザアー降りの日でも中山道歩きをされたのですね。
それも1日掛けての街道歩きにです。
私など雨が降ってると約束してても止めたいと思ってしまいます。

私は滋賀県には2度しか行った事が無く2度とも通っただけなので、滋賀県の事は何も知らないのです。
tonaさんの記事で知る事が一杯だと思います。
毎回、楽しみに拝読してます。

投稿: ラッシーママ | 2019年6月19日 (水) 22:24

★ラッシーママさま

これからはこんなざあざあ降りの日はやめようと思いました。
私も雨が強いと家では買い物にも行きたくなのにね。

滋賀県はもうすぐ終わりになります。今までは湖東三山の西明寺、金剛輪寺、百済寺と三井寺、石山寺、延暦寺だけしか見ていなくて、この歩きで随分滋賀県にいたので、同じ日本にもいろいろあるのだと思いました。
いつも見ていただいてありがとうございます。

投稿: tona | 2019年6月20日 (木) 08:57

滋賀には天井川がそんなにあるのですか。地形的な特徴なのでしょうが、全く知りませんでした。てんびんの里は新幹線から大きな看板が見えますが、あのあたりでしょうかね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2019年6月20日 (木) 09:34

★多摩NTの住人さま

お寺が多いので木材が必要になって伐りだし、山に木がなくなって土砂が流れ出してだんだん川床が高くなったそうです。京都がその次に多いそうで納得ですね。
はい、そうだと思います。このあたりはずっと中山道と新幹線が並んでいてすぐそばを通りますから。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年6月20日 (木) 19:21

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