« 『江戸の街道をゆく』展 於江戸東京博物館 | トップページ | 中山道3 高宮~鳥居本宿~番場宿~醒井宿(後編)      »

2019年7月11日 (木)

中山道3 高宮~鳥居本宿~番場宿~醒井宿(前編)

7/4(木)前回と同じく5時7分に乗り1時間後に東京駅到着したが、6時過ぎに人身事故でこの後の電車は東京駅に着かない模様。あぁよかった!
今日は同じく米原駅に9時過ぎに到着したが、彦根乗り換えをやめて米原から近江鉄道で25分かけて前回の高宮に到着する。9:40頃から歩き始める。現地は晴れていた。
1_20190711090401

慶応3年に建てられた多賀大社の常夜燈である。ここが高宮宿の東見附で高宮宿とお別れ。
2_20190711090401


高宮~鳥居本

左右に大きな灯籠のある石清水神社。祭神は応神天皇と母の神功皇后。石清水という言葉も神社の前の茶店の井戸水が岩から湧き出た清水だったということからであろう。
3_20190711090501

石段の途中に扇塚がある。
喜多流能の宗家9世喜多古能は彦根藩主井伊直中(直弼の祖父)に招かれて多くの門人を育成し、喜多流は彦根で発展したそうだ。彦根を去る時に面と扇を残していったが、門人がそれを埋めて記念の塚を建てたという扇塚。面塚は今はない。
4_20190711090901

「床の山」碑。鳥籠山(とこのやま)のこと。
5_20190711091001

芹川の対岸に見える鞍掛山(大堀山)。
鞍掛山は672年の壬申の乱の戦場地、鳥籠山の比定地とされている。歌枕としても有名な山で橋下に万葉歌碑がある。
6_20190711091101

矢除(やよけ)地蔵がある。聖徳太子ゆかりの史跡。中には聖徳太子像と地蔵。
この地に隠れていた聖徳太子が守屋の軍勢に発見され、矢を射かけられたが、突如金色の地蔵菩薩が立たれた。後になって松の根方に小さな地蔵尊が右肩に矢を射込まれて血が流れていたという伝説がある。この他にもこのあたりには聖徳太子伝説が多い。
7_20190711091201
8_20190711091201

春日神社の裏手の地蔵池。
9_20190711091301

原八幡神社の昼寝塚。芭蕉の句「昼顔に昼寝せうもの床の山」が刻まれているが左右のどちらかはわからなかった。
10_20190711091301
原八幡神社は、しめ縄がずいぶんと低い位置に掛けられている、初めて見る珍しい神社。
11_20190711091401

小野町に入ると小町塚がある。
説明板によれば、小野好美が都から出羽国へ赴任する途中、ここ小野で宿泊した際、赤ん坊を養女に貰い受け、その娘が後の小野小町であったといわれている。しかし小町伝説はあちこちにあるようでその生涯は謎に包まれている。
12_20190711091501
地蔵堂には小町地蔵がある。
13_20190711091501

まだ地蔵だらけの滋賀県なので今日もたくさん撮った。これは六地蔵。
14_20190711091601

このあたりは新幹線のすぐ脇を道が通っているので、ひっきりなしに通っていく。
15_20190711091701
16_20190711092901


鳥居本宿(64番目の宿)高宮宿から5.9㎞、番場宿まで4km、本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠35軒。

鳥居本宿に入った。
17_20190711091701

石田三成の城のあった佐和山城の城下町的な役割の町だったそうで、ここから彦根駅まで30分の距離だ。「右 彦根道 左中山道京いせ」の道標は1827年のもの。
19_20190711091801

今でも古い格子の町家が多く残り、宿場情緒が漂う街並みである。
18_20190711091901

登録有形文化財に指定された建物・成宮家住宅。
20_20190711092001

屋号札が掛けられた家をいくつか見る。
21_20190711092201

鳥居本宿交流館(元彦根市役所の鳥居本出張所)の「さんあか」に到着。食べるところがなさそうだったので本日はファミマのお寿司が昼食。
22_20190711092301

さんあかとは3つの赤、赤玉神教丸、合羽の柿渋の赤、名産のすいかを指すそうだ。これは合羽。
23_20190711092301

檜皮葺の常夜燈が珍しい!
24_20190711092401

合羽の松屋。屋根のところに三角の黄色い看板が見える。1970年代まで製造されていたそうだ。
25_20190711092501

鳥居本駅 建て替えられているが昭和6年当時そのままの可愛い駅舎。
26_20190711092601

表示板だけの脇本陣、問屋場、本陣の跡を通り過ぎていく。同じく三角形の看板の立つ、合羽屋の木綿屋(岩根家住宅)も古い。
27_20190711092601

お腹の薬の赤玉神教丸の店舗があり今でも買いに来る人がいるとか。
小田原のういろうを思い出す。私には全然効かなかったと以前書いた。ここで告白します・・高齢になってからすべて市販の薬では効かなくなって胃腸薬、湿布、風邪薬などすべて医者から処方されるものでやっと治るのです・・
28_20190711092701

古い家が続き、「おいでやす」「またおいでやす」のモニュメントがまたあった。
29_20190711092801
30_20190711092801
31_20190711092901

鳥居本~番場

米原方面に行く北国街道との分かれ道から摺針峠越をするべく山道を登っていく。
杉林、竹林の中を登り、沢を渡り、階段を上がると摺針峠の望湖堂(1991年に燃えてしまった茶屋)のあとに建てられた建物に到着。
摺針とは、弘法大師が若い頃挫折しそうになって歩いていたとき、この峠で老婆が石で斧を摺り、縫い針にしているのに出会い、自分の修行の未熟さを恥じ、修行に励んだという逸話にちなむ。
32_20190711093001
33_20190711093101
34_20190711093201
35_20190711093201

神名宮に登ると琵琶湖が見えました!
36_20190711093301

と喜ぶ間もなく、足がちくりと痛むので見てみたら、あらまあ、が血を吸っている。即、掴んで落とす。
娘がスマホで急いで治療法を見たら(これがすごく早くて驚く)、すぐ押して吸い出して水を流して薬を塗る・・・ということで娘が水をペットボトルに2回も汲んできてくれたのできれいに洗い流して、薬はムヒしかなかったので塗ってバンドエイドを貼った。その後覗いてみるとほんのちょっぴり膨らんだだけで、今も同じ状態。痛くも痒くもなく本当に良かった。人生初体験。山仲間で吸われた人に寄れば、1ヶ月経ってもまだ腫れていたとか。

続く

 

|

« 『江戸の街道をゆく』展 於江戸東京博物館 | トップページ | 中山道3 高宮~鳥居本宿~番場宿~醒井宿(後編)      »

コメント

こんにちは
 
中山道・街道歩きも3回目ですね。お乗りになったすぐ後の電車からは
人身事故の影響ですか。巻き込まれずに予定通りにいらっしゃれて
幸いでしたね。あの日は確か朝早くは降っていなかった雨が8時頃にはもう
横殴りのザーザー降りになっていたかと。
そんな雨にも遭われず、あちらで降り立たれた所は晴れていたのですね。
 
応神天皇や神功皇后、聖徳太子に小野小町にまつわる史跡や神社等もあって、
さすがは政治の中枢であった地域に入るところだと感じますね。
 
格子のある町家や可愛い駅舎などには、わが故郷の失われ、消えゆく
駅舎や格子の町家と重なり、残っていることが羨ましく思えました。
 
北国街道から分かれたら、ついに出てきましたね、山道!
鬱蒼とした竹林や杉の林、羊歯の繁る沢など、一気に未踏の地のような
景観になってびっくりです。
何とヤマビルに吸い付かれましたか。すぐ気づかれて対処も早かったのが
功を奏してほとんど腫れもなくお済みになったとのこと、良かったですね。
近年の山道は、ヒルもですがマダニにも十分気を付けないと
いけませんね。蚊も多そうです…
 

投稿: ポージィ | 2019年7月11日 (木) 15:04

聖徳太子や小野小町の伝説などが残る地は古くから交通の要衝であったのでしょうね
鳥居にかかるしめ縄の低さや石造りが多い常夜灯の屋根が檜皮葺というのも
この地ならではの特徴?何かいわれがあるんでしょうかね。
こうした珍しさを見逃がさないtonaさんの眼力も素晴らしいです。
ヒルに咬まれたそうですが娘さんの機転で早い処置ができて良かったです
ポージィさんもおっしゃっていますがマダニは怖いです
知り合いに山歩きでマダニに咬まれて命を落とした人がいます
くれぐれも気をつけてください

投稿: ビオラ | 2019年7月11日 (木) 16:36

★ポージィさま

こんにちは。
早速にコメントありがとうございます。
毎日のように起こる中央線の人身事故、こんな早朝に飛び込んだ人がいて、午前中ずっと電車が大混乱で入場制限をしていたようです。巻き込まれたらもしかして行かれなかったか、少ししか歩けなかったかで、ラッキーでした。
そうそう、東京方面は雨になったのですね。半袖で歩いたら日に焼けました。

壬申の乱は大津が都でしたので大海人皇子(後の天武天皇)は吉野を出て北上、桑名から関が原も通ってこの辺りで戦い始めて瀬田で勝利したとか。聖徳太子、小野妹子などの話が出てきて本当に古い歴史の地で、江戸時代なんて若い若いと思ってしまいました。

駅舎や古い家、ポージィさんの故郷(国府の方でしたか)では失われていますか。残念ですよね。
摺針峠は鈴鹿峠のような感じでしたが。梅雨時なので滑りやすい状態でした。
ヤマビルっていうのですね。マダニも怖いです。神社には蚊が多くいつもスプレー缶を持って歩いています。こんな体験はあまりしたくないものです。お陰様でした。1ヶ月もすれば咬み痕も消えると思います。

投稿: tona | 2019年7月11日 (木) 16:59

★ビオラさま

壬申の乱の道筋を辿るとまさに交通の要衝だったのですね。
本当に低いしめ縄、どういう謂れなのでしょうね。神様に対して腰を低くして通る?
本当に知らないことだらけです。近頃好奇心がなくなってきたのが、何やら怪しい私です。

まあ、お知り合いの方がマダニで命を落とされた!恐ろしいお話です。
慎重にマダニ対策もして山道は歩かなければなりませんね。今対策を調べたところです。
貴重なお話ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年7月11日 (木) 19:57

滋賀県はお隣ですのに、彦根城以外は殆ど
知りません。鳥居本の名前はよく聞きますのに
まだ未訪です。

ヤマビルは見たこともないですので、聞くだけで
怖いです。娘さんと一緒でよかったですね。
水中のヒルも咬まれたことはありません。
近所の農家ではヒルに咬まれることは
日常茶飯事でした。我が家は農家でなかった
ですので、田に入ったことはありません。

投稿: matsubara | 2019年7月12日 (金) 08:08

★matsubaraさま

滋賀県は琵琶湖の周辺が気になっていました。
白洲正子さんが書いておられる11面観音巡礼もきになっていたり、余呉湖なども見てみたいしと。近江八幡も安土城址も長浜も行っていません。
田んぼにも蛭がいるのですね。地下足袋履いても足袋を上にして履かないと入ってしまうのは山でもズボンを靴の中に入れるのと同じです。
私も田植えをしたことがありません。体験でも蛭にも気を付けなくてはならないということですね。
昨日はブログ15周年のお祝いを申し上げるのを忘れて失礼しました。おめでとうございます。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年7月12日 (金) 08:30

こんにちは。今回も内容豊富な旅でしたね。ヤマヒルに吸いつかれましたか。災難でしたね。学生の頃、相模湖キャンプでみんな吸いつかれて大騒動でした。

投稿: 多摩NTの住人 | 2019年7月12日 (金) 08:47

★多摩NTの住人さま

歴史に絡んで見るところが多かったです。
田んぼや新幹線など鉄道が自然の中を走るのを見るのも良かったです。
あら、相模湖キャンプで蛭、体験済みでしたか。
キャンプは怖いです。赤城では枕元にゲジゲジが。それさえも怖かったですもの。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年7月12日 (金) 09:02

同じところに二泊もしてぶらぶらする「旅」から帰ると、ああ、これだから私は惰弱な人生だったのだと思い知らされます。
この積み重ねは大きいなあ。

投稿: 佐平次 | 2019年7月12日 (金) 09:44

★佐平次さま

あら、そうなのですか。
私はその方が特に老後はとてもいいと思ったのですが。
今度連泊で友人と同じところをぐるぐるというのに行ってきます。
佐平次さんや娘夫婦と違って日本酒を楽しめないのが、とても残念な人生になっています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年7月12日 (金) 19:23

tonaさん、こんばんは~♪
きちんと月に一度は街道歩きをされ素晴らしいです。
私は5月22日からまったく歩いていないので、
これから山歩きや里歩きができるかどうか、心配になってきました。

石清水神社というと徒然草に出る京都の石清水神社を思い出しますが、
滋賀県にも同じ名前の神社があったのですね。
鳥居本宿には成宮家住宅や赤玉神教丸の店舗等、重厚な家屋があり、
宿場の雰囲気が残 っていて素敵ですね。
檜皮葺の常夜燈は初めて拝見しましたが、火災には弱かったのでしょうね。
蛭に血を吸われたそうですが、対処が早くたいしたことがなくて良かったですね。

投稿: hiro | 2019年7月12日 (金) 21:03

★hiroさま

おはようございます♪
えっ、5月22日からそんなに1ヶ月半以上も歩いてなかったですか。いつも歩いているという感じでしたが。大丈夫です。私は半年もこの冬歩いてなくていきなり歩きましたけど大丈夫でしたよ。

石清水、徒然草に出てきましたね。まさしく同じ名前ですが系列とは書いてなかったです。

東海道の関宿は圧巻ですが、それほどではないですが、鳥居本宿は昔の雰囲気が出ていて、お店も合羽屋さんが中心で家が全部残っているので印象に残りました。

檜皮葺の常夜燈は初めてでこれからもあるか楽しみです。
丹沢は晩春から秋まで怖くて行きませんが、まさかこんなところでやられるとは思いもしませんでした。油断は禁物ですね。老体なので血がまずくて、勢いが弱かったのが幸いしました。本当はこれだけ這い上がってから数分は経っていれば、もっと巨大なヒルになっていたでしょうが、割合小さかったので、事後も大したことないと思いました。手当てが早かったのも良かったです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年7月13日 (土) 09:14

こんばんは(^o^)/!
滋賀県は私が暮らす名古屋市内西部からは意外と近く、かつて何度もドライブしましたがこのような街道沿いは全く知らなくて、新鮮な目線で拝見させていただきました。
まず何より驚いたのは、この地に聖徳太子にまつわる伝説があること、ましてやそのような歴史があった(?)ことにビックリしました。
さらに小野小町とも関連があるとは?!
鳥居本駅の駅舎、昔ながらの雰囲気でイイですネェw(^o^)w!願わくば、自販機がなければ・・・(^_^;;ヘヘッ!
後半は醒ヶ井までですね。もしかしたらヤマトタケルノミコトの伝説が出てくるかなぁ~?

投稿: 慕辺未行 | 2019年7月13日 (土) 23:37

★慕辺未行さま

おはようございます。
そうなのですね。滋賀県と名古屋は間の岐阜県大垣市を挟んで近いのですね。
なぜ聖徳太子?奈良ばかりと思っていましたが、こんなところで殺されそうになったりで、聖徳太子に関する本を読んだこともありましたが、全く覚えておりません。
小野町という所に入ったときに小町伝説と地蔵があって、また小野系の方とのつながりもあって、伝説があちらこちらにあるので信憑性はないにしてもお話を信じたくなるような雰囲気でした。
駅の横にばっちり自販機ありますね。気が付きませんでしたけれども、いただけませんね。欧州なら絶対こういうことはあり得ないです。

はい、醒ヶ井には確かにヤマトタケルに関するものがありましたよ。よくご存じでいらっしゃいます。特に中山道に関しては皇女和宮下向や島崎藤村の生家のある馬籠などのことしか頭に浮かんでこなくて、本当に勉強になって面白いです。
いろいろ示唆に富んだお言葉ありがとうございます。

投稿: tona | 2019年7月14日 (日) 08:28

鳥居本駅の駅舎、可愛いですね。
国立駅の駅舎も雰囲気ありますが、近代的なものに換えられてしまったようです。
原宿駅も建て直すということで、あの駅舎がどうなるのか心配なところです。
古ければよいというものではありませんは
雰囲気あるものは残したいですよね。

投稿: zooey | 2019年7月14日 (日) 22:40

★zooeyさま

私も都内では国立駅、原宿駅がいいなあと思っていましたが国立駅はかなり前に変わりました。どこかに保存してあると聞きましたが。
原宿の建て直しの話も進んでいるのでしょうか。残念に思っていました。
東京駅がきれいに復元されたで可愛いの反対の巨大ではありますが、いいですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年7月15日 (月) 08:14

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 『江戸の街道をゆく』展 於江戸東京博物館 | トップページ | 中山道3 高宮~鳥居本宿~番場宿~醒井宿(後編)      »