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2019年8月27日 (火)

御岳山もまた涼し

25日、関東一の群生地と銘打っている「レンゲショウマ」、今年は遅れていて今盛りだと言うことでした。
花、滝、岩、大木に涼しさを求めたトレッキングでかなりの英気をもらって、18000歩でした。
ただ写真の羅列になってしまいました。

バスもケーブルカーも長蛇の列。記念乗車券が行きと帰りと違っていてケーブルカーの色は2種類。
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滝山駅に着くと、そこはもうレンゲショウマの群生地。大勢のカメラマンで賑わう。コンテストもあるから中には競う人もいるのでしょう。
で、私のはピンボケばかり。今年も久しぶりに「こんにちは」です。
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ソバナも同じところで競っています。
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秋の気配を感じる山々と空
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 フシグロセンノウも御岳に咲いているのですね。
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タマアジサイがきれいに開いて。
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オダマキとツルニンジンのきれいなこと!
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キレンゲショウマの咲いているお店で見せていただき、お水までご馳走になったので、帰りにこのお店でトコロテンに久しぶりに舌鼓を打ちました。
まだ満開ではないけれどもう少し開けばそれが満開。
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ロックガーデンに到着しました。御岳山には数回行っていますが、ここは初めてです。お面のような人間の顔に見える部分があって面白い。
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ヤマジノホトトギス
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タマガワホトトギス
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お浜の桂 大きい。
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綾広滝 涼しい!

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天狗の腰掛け杉 腰掛けたところを想像するのも面白い。銘木があちらこちらに。
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名前のわからない小さな花 皆様にマルバノホロシ or ヤマホロシと教えていただきました。ありがとうございました。
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武蔵御岳神社
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御岳山(929m)はケーブルで登っているのに、ぐるっと一部を回るだけでも、上り下りを繰り返し、かなりの運動量です。ここからいろいろな山へ縦走も出来、都内では高尾山と並んで人気のある山。高尾山の方がさらにお花や樹木の種類が多いけれど、いつ行っても人が多すぎです。

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2019年8月22日 (木)

働き者

毎年夏になると眠りが浅かったり目覚めていたりして気が付く音、2回曲がるときに大爆音を響かせる車の音です。
近くのその持ち主の農園への出勤が、一番早い時間が午前2時、昨日は午前3時半。帰って来るのがいろいろで7時頃とか。
また2度目も3度目も出かけていくが、一体何時ごろ寝るのであろうか。その農家の家の周りも夏の時期少しを残して殆ど何かを栽培している。
昼の畑は過酷でしょう。まだ60歳になったかどうかと思われる年齢ですが奥さんも別の車で収穫物をたくさん運んでくる。
本当に早朝から良く働く家族だ。
それに比べて年が高齢とはいえ、家事さえろくにしないで後へ後へと延ばしている私、今年は涼しくなりかけた昨日から反省して、午前午後と数時間働きました。
今年一番の働きだったかも。いつまで続くか?毎日心して働こう。そういえば暑い日のゴミ収集車の集配人の大変なこと。運転を変わるとしてもずっと歩いて集めているのですからご苦労様と拝みたくなります。

電化製品のダメになる連鎖、またまた発生。5月からエアコン2台、電話機、カメラ修理、そしてレンジフード(これが高価だった)。換気扇のべたべた掃除20年から解放される。
とにかく今まで何度も必ず続くからおかしい。今度は植木屋さんに庭木を6本、根元からばっさり伐ってもらおうと交渉中です。混みあっていて早くて10月だそう。みみっちい話ですが消費税が上がってしまう。

モンキアゲハという名前らしいですが、白い斑点のあるアゲハがやってきました。初めてです。鬼百合が萎んだら来なくなったのでよほど好物なのでしょうか。

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とある暑い日、練馬区立美術館で開催されている『坂本繁二郎』展に行ってきました。たまに気象情報で東京で練馬が一番高温だったと言っていますが、体感しました。降り立ったら凄い暑さ。地元に帰ったとき最も暑い時間帯でしたがずっと気温が低い模様。これだと熊谷の猛暑日は凄いだろうと思ったことでした。ところが2、3日前の猛暑にはプチ熱中症状態に。冷房に入っていても亡くなる方があるのだから、加齢って怖い。

話がずれてしまったが、坂本繁二郎は有名な青木繁と同郷の同級生で、しかも師範も同じ。青木の絶筆まで含めて8作品も同時展示され140点ばかり見ることが出来ました。
画家人生は省略。「描きたいものは目の前にいくらでもある」と語ったという。
それでも画家描く対象は結構同じになるのが面白い。東京では牛ばかり描いていて、留学から帰国後は馬ばかり。そのうち、砥石、能面、植木鉢、箱、煉瓦を描き続け最後は月です。ちょっと変わっている対象だなあと改めて繁二郎という人を見つめ直した展覧会でした。
「一生絵を描いて生きてきたことを、しあわせに思っています」「生まれ変わっても画家になりたい」・・・何とも羨ましい言葉、幸せな充実した画家人生であったことを伺わせる画家です。
1posuta
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2019年8月17日 (土)

日光の秘瀑・赤岩滝

残暑お見舞い申し上げます。
台風10号が去って猛暑が厳しく、外に出ると危険な状態と放送で叫んでおります。それでも午前中に食料品を買いに出て、暑い暑い連発で、1週間前にトレッキングの会で行った水辺の涼しさを思い起こして、重い食品を背負って戻ってきました。

1週間前、4時半起床、新幹線でないので車内で食べられないので朝食をすまし、5時10分頃家を出て、東武日光駅に到着したのが8時16分。
バスに乗るとすぐ神橋が見えてきた。世界遺産です。
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中央はこうなっていたのですか。
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懐かしいいろは坂を越えていくと、これまた懐かしい中禅寺湖が見えてきた。
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バスは赤沼までなおも進み、乗り換える。ここからはマイカー規制で低公害バスに乗り、西ノ湖(さいのこ)入口で下りる。
途中別荘を1軒だけ見かけたが、マイカー規制なので、延々と歩いて通う不便な別荘と見受けた。
西ノ湖は行ったことがないけど、位置的には中禅寺湖の西端から2㎞の所にある。
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赤岩滝にはバス停から2時間かけて行く。
樹林帯を歩いたのち柳沢川沿いに歩き、途中何度も渡渉するが、今年は水嵩があるため3回は高さ18㎝ある登山靴にも浸水。靴もズボンもすぐ乾く優れもので良い装備に恵まれたこの頃です。
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リョウブ
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チチアワタケに似ているキノコ出現 キサツマモドキで食べられるそうです。Sさん、ありがとうございました。
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ガマズミの実も赤くなりかけている
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小さな滝が現れる。
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さらに登ると赤岩滝が!落差100mの段瀑。標高1500m。時刻を見ると午後1時過ぎ。
マイナスイオン一杯。とても涼しい。昨日までの夏バテも治ってすっきり。食欲不振が解消して美味しいこと。
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センジュガンピ(ひどいピンボケ) ナデシコ目ナデシコ科センノウ属の多年草。山地の湿った林に生える高山植物。
名前の由来は、千手は日光中禅寺湖の西岸の千手浜のこと。何と日光が関係していたとは。ガンピは中国原産のナデシコ科の花、センピに似ていることから付けられたとのこと。
見るのは二度目で以前はどこで見たのでしょう。清々しくとても滝に似合っている花だと思います。
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自然の中で咲くカリガネソウを見るのは初めて。
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ウスバキトンボが帽子や洋服などいろいろなものについて離れない。
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ケルンが多かった。
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アブラツツジ 同行の人に教えていただく。初めて見る花。遠くてよく見えなかったが、ドウダンツツジに似ている。
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鹿に縦に木肌を剥がされないように紐で縛っているそうだ。
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木の緑、川や湖の水、花々。やっぱりいいなあ!どんな思いをしても幾つになっても来たい。

本日の失敗談
日光駅に午後6時頃に到着してお腹に入れてから帰ろうということになって寄ったのが失敗。先に帰った5人は賢い。
午後8時すぎに駅に行ってみたらなんと特急はもう最後のが行ったばかり。さあ、それからが大変。スマホで調べると、とにかく最終電車より前には間に合うことがわかって、延々と各駅停車で。武蔵野線西国分寺に着いたのが0:06で、それまでずっとラインで娘の指令を受け、何度も乗り換えた。西国分寺で中央線はやめてタクシーで帰りなさいということで、予定より30分早く0:20に到着。娘に感謝しつつ就寝したのでありました。

 

 

 

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2019年8月11日 (日)

中山道4 醒井~柏原宿~今須宿~関ヶ原宿(後編)     

岐阜県に入ると関ヶ原町である。マンホールは関ヶ原合戦のイメージの兜と町の花・梅、町の木・杉が描かれている。
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車返しの坂があって地蔵尊が残っている。南北朝時代、二条良基という公家が 「荒れ果てた不破関屋の板庇から漏れる月の光が面白い」 と聞き、わざわざ都から牛車に乗ってやってきたがこの坂を登る途中屋根を直したと聞いて都に引き返してしまったという逸話がある。何時の時代も何でも面白がるという人がいるものです。
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岐阜県に入っても地蔵がありましたよ。滋賀県と違うのは帽子をかぶっていること。
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今須宿(59番目の宿)柏原宿から3.9㎞、関ヶ原宿まで3.9㎞。本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠13軒。

今須宿に入ると大きな灯籠がある。次の燈籠もその後の永代常夜燈も、しめ縄がかかっているのです。いやー、珍しい!
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醒井宿で見たばかりだけれど、美濃ではその16宿の中で唯一現存する問屋場。今須宿にはかつて17軒も問屋場があった。
軒丸瓦は縁起物の永楽通宝。
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本陣跡、脇本陣跡と向かいあって、国道と東海道線のトンネルの向こうに妙応寺がある。立派な山門と本堂の障子が見える風景がなかなかにいい。東海道線は妙応寺でトンネルのために線路が分岐している。妙応寺は1360年に今須領主・長江重景が創建した県下で最も古い曹洞宗寺院。
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灯籠がずらっと並ぶ本堂。
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家康の腰掛石があった。今まであちこちで見てきたような気がする。
この石に座り「嬉しい 楽しい 有り難い 運 鈍 根」と三回唱えるとしあわせになれる・・・ということだ。一応何でもやってみる。
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今須~関ヶ原・・・壬申の乱、不破関、関ヶ原合戦の地

今須橋のところで小さな宿が終わり、再現された今須の一里塚跡(174里目)がある。
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今須峠を越える。大したことがない峠であった。
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丁度東海道線が通った。
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常盤地蔵。義経の母・常盤御前はこの地で土賊に襲われ亡くなり、宿の主人が街道筋に塚(墓)を築いたが、その後哀れに思った村人が常盤地蔵をこの場所に安置して供養したとのことだ。こんなところで非業な死を遂げたとは!
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常盤御前と乳母の墓。「義ともの 心に似たり 秋の風」と、芭蕉の句碑が後ろ側にあった。
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少し進むと三地蔵の向かいに山中川から流れ落ちる鶯の滝が水量豊富に5m流れ落ちている。いつも鶯が鳴き、街道の名所だった。山中村は間の宿で東山道の宿駅でもあり立場があったそうだ。
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壬申の乱と言えば、醒井宿の手前にの横川が最初の古戦場と思っていたが、この後で渡る藤古川が壬申の乱で両軍初の衝突が起きていた所。
この黒血川は、壬申の乱の大友軍と大海人軍の激戦で両軍の兵士の流血が川底の岩石を黒く染めたことから、呼ばれるようになったという。大友軍はどんどん近江の地へと追いやられて行った。
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滋賀県の他、三重県にもあった飛び出し坊やが岐阜県にもあった。オバQ。
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電柱には「このまち、まるごと、古戦場」と称して関ヶ原関連の豆知識が貼られている。湯浅五助は大谷吉継の家臣で自刃した吉継の介錯を務めた人とあった。大谷吉継の墓は中へ大分入ったところにあり、陣跡あたりは寝返った小早川秀秋のいた松尾山の眺望地であった。
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自害峯の三本杉。天然記念物。大津で敗れて自害した大友皇子の首だけがここに葬られ、3本の杉が植えられたという。
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藤古川。壬申の乱開戦の地。この辺りに不破関西城門があったとされる。少し行くと東城門跡もある。
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不破関資料館(関に関する資料や発掘で出土した品の展示)を見学したところによると、古代律令制下の三関の1つであり、ここ東山道が通り抜けていた。壬申の乱の際に設けられたが、早くに関は廃止されたようだ。

不破の関跡。関守の末裔である三輪家所有。
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民家の畑の中の大海人皇子の兜掛石。このあたりが不破関の中心地であった。
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大海人皇子の沓脱石もあった。
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福島正則陣跡は通り道にあった。
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月見宮大杉。樹齢800年で関ヶ原合戦図屏風にも描かれているという。町の天然記念物。
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消火栓の箱にはいろいろな武将の家紋が描かれているが、これは小早川家の家紋。
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西首塚。関ヶ原の戦いにおけるおびただしい死者を東西に分けて葬った場所である。国指定史跡。
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関ヶ原宿(58番目の宿)今須宿から3.9㎞、垂井宿まで5.5㎞。本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠33軒。

その先の常夜燈のあたりからが関ヶ原宿である。関ヶ原宿は中山道の宿場というより、関ヶ原合戦の地として知名度が高い。北国脇往還と伊勢街道の分岐点であり、西に今須峠を控えてていたので、多くの旅人で賑わったのだが、わずかに関ヶ原駅近くに脇本陣跡が残るのみである。

東首塚も国指定史跡。
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首塚の横にあるのは家康の四男・松平忠吉と井伊直政の陣跡である。
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脇本陣跡。門は1800年代前半のものが残る。
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関ヶ原醸造の建物で宿を通り終え、垂井宿に向かったが雷雨となり雨脚が強くなり、下水溝から水が噴き出し道路脇が冠水したので雨が弱まったところで関ヶ原駅へ引き返す。
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早い東海道線に乗れたので、名古屋に無事着いた。この後の東海道線はストップしてしまったとのこと。新幹線も遅れていた。

夕ご飯は名古屋地下街エスカで海鮮スタミナ丼。今日のお土産はういろうでした。
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新幹線は10分遅れで東京駅21:20、家には午後10半頃到着。37660歩。この後は9月の終わりころ、涼しくなってからにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

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2019年8月 4日 (日)

中山道4 醒井~柏原宿~今須宿~関ヶ原宿(前編)     

 前後しますが7/18(木)に6:16発ののぞみに乗り、名古屋経由で東海道線で大垣へ。乗り換えて醒井に9:10到着。

駅のトイレには燕の巣がいくつかあって、駅でちゃんと糞が散らからないように工作してあったのが何とも微笑ましい。
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・昔の問屋場がそのまま残った醒井資料館に入って中を覗いてみたら、天井の高い建物だった。旅籠屋などと全然違う作りだ。
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また梅花藻を眺めながらすぐ醒井宿の東見附跡に到着。予報に反して、残念ながら雨が降ってきて、一日中大雨になったり小雨になってやんだりまた雨になったりの繰り返しで、買ったばかりの合羽ズボンを履いて歩く。涼しいので助かる。


◆醒井~柏原

高札場でもあった、一色一里塚跡(116里目)の新しく造られたものを通り過ぎると、米原市の旧山東町のマンホールを発見。内側には三島池のマガモ、外側には特別天然記念物の指定を受けた天野川のゲンジボタルが描かれていて、蛍の名所らしい。
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松並木があって、この辺りは古代律令国家、古代東山道の横川の駅家(よかわのえきや)跡があったとされる。30里(約16㎞)毎にあったそうだ。
この先には「掃除丁場と並び松」の説明板があって・・・柏原宿では松並木を並び松と呼ぶ・・・貴人の通行に備え、路面整備、除草、枯れ木・倒木の処置・補植に村々が賦役として従事していたのだそうだ。
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今朝この間の水まんじゅうを買った店で、番場忠太郎最中を買ってきたのでおやつに食べる。笠をあしらっていて、餅入りで美味しい。
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滋賀県ではもうここが最後かとまたもや地蔵を撮ってみる。もう何千体も見ているでしょう。岐阜県に入るとどうなのでしょう。
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柏原宿までまだ1㎞もあるが、民家の軒先のあちらこちらに「柏原宿」の提灯が下がっていて宿の意気込みが感じられた。
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正面に見える山は北畠具行の墓がある丸山だろうか。具行は元弘の変(後醍醐天皇の鎌倉幕府討幕運動)で失敗し、ここ柏原で処刑され丸山に墓がある。
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●柏原宿(60番目の宿)醒井宿から5.9㎞、今須宿まで3.9㎞。本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠22軒。宿の長さは約1.5㎞と長い。標高も174mあって近江路や西美濃では一番高い。近江最後の宿場(東から歩いてくると近江最初の宿場)。

西見付跡に到着すると復元された柏原一里塚跡(115里目)があり、街道らしい感じの街並みが見えてきた。
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御茶屋御殿跡。家康が上洛の際、この地の西村家で休息していたが、頻繁になったため、秀忠が殿舎を新築した。その後将軍が上洛することがあまりなくなり14回使用されただけで廃止された。
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この宿にはいろいろな屋号札がかかっていて、中には跡しか残っていないものあるが、まるで今、宿として当時の姿の人が通りそうな雰囲気である。問屋場跡はこの近辺の宿は7、8軒あり、問屋役年寄りと言って補助する村役人の家も6、7軒あったようだ。東西の荷蔵跡(当日処理できない荷物を預かった)も教示されていた。
伊吹もぐさで有名な「艾屋」は9、10軒あり、造り酒屋は4軒あり、22軒あった旅籠屋も屋号札を残しているところが多い。その艾屋や旅籠、呉服屋などが共同して柏原銀行を設立した跡も残っていた。
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柏原宿歴史館に併設された喫茶柏で昼食にする。
「やいとうどん」を食べる。やいととは、お灸のことで、もぐさ灸に見立てたとろろ昆布の上に紅生姜がのっかっていてこれが火を表している。他にゆで卵、かつお節、湯葉、葱が入っていて美味しい。
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隣の歴史館に入る。入場料は300円。
母屋は艾亀屋左京商店の分家の松浦良平の住居として大正6年に建てられたもので大変立派である。国登録有形文化財だ。
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「艾さ瓦」は亀屋久作左京家の屋根を飾っていた。伊吹堂亀屋左京商店は今も艾を扱っているという。往時が偲ばれる。
ところで艾で一度もお灸をしたことがないですが火傷したりしないのですね。テルミーとは違うのかしら。何でもやってみたいけれど病気関係だけはごめんこうむりたい。
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佐々木京極氏の系図や高札場や問屋場の資料や「木曽街道六十九次」69枚の複製が飾ってあった。

造り酒屋跡
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高札場跡に秋葉山常夜燈。またこの辺りから秋葉山常夜燈になってきた。
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皇女和宮が宿泊した南部家本陣跡。
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この宿あたりから伊吹山がよく見えるはずなのですが?これがそうらしいのですが天気が悪くて。
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東見附で柏原宿を出る。とても宿らしい趣があって街道気分を存分に味わった。


◆柏原~今須

照手姫笠掛地蔵があった。右の小さい方の地蔵が照手姫笠掛地蔵で、左はのちに奉納された地蔵だそうだ。
以前にもどこかで出てきた照手姫と小栗判官の話。毒を盛られた小栗判官を救うため照手姫がこの地にあった地蔵に笠を掛けて祈ったところ全快、のちに蘇生寺を建立したが焼失して地蔵のみ残ったとのこと。
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少し前にもあったが楓並木が中山道にはあるのです。
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白清水(しらしょうず)。写真ではきれいに見えないですが実際はきれいな清水で、日本武尊が、ここでもこの清水を飲んで正気付いたという。また照手姫の白粉で清水が白く濁ったことから白清水と呼ばれるようになったとある。
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野瀬山の上にある長比(たけくらべ)城跡への登り口の道標があり、姉川の戦いの前哨戦となった浅井の城ということで眺めがよいそうだ。
この道の左側の溝を流れる水は大阪湾に、右側は伊勢湾に流れているそうだ。
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蛍の塀の家があった。
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「寝物語の里」の碑が立ち、由来が書かれ、太田道灌の歌も刻まれている。
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すぐ幅50㎝の溝を挟んだ近江と美濃の国境の標柱「近江美濃両国寝物語の標柱」が現れた。美濃の両国屋と近江の亀屋という2つの旅籠が国境を挟んであり、寝ながら話せたので寝物語という言葉が生まれた。
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滋賀県と岐阜県の県境にやってきた!
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続く

 

 

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