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2019年8月 4日 (日)

中山道4 醒井~柏原宿~今須宿~関ヶ原宿(前編)     

 前後しますが7/18(木)に6:16発ののぞみに乗り、名古屋経由で東海道線で大垣へ。乗り換えて醒井に9:10到着。

駅のトイレには燕の巣がいくつかあって、駅でちゃんと糞が散らからないように工作してあったのが何とも微笑ましい。
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・昔の問屋場がそのまま残った醒井資料館に入って中を覗いてみたら、天井の高い建物だった。旅籠屋などと全然違う作りだ。
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また梅花藻を眺めながらすぐ醒井宿の東見附跡に到着。予報に反して、残念ながら雨が降ってきて、一日中大雨になったり小雨になってやんだりまた雨になったりの繰り返しで、買ったばかりの合羽ズボンを履いて歩く。涼しいので助かる。


◆醒井~柏原

高札場でもあった、一色一里塚跡(116里目)の新しく造られたものを通り過ぎると、米原市の旧山東町のマンホールを発見。内側には三島池のマガモ、外側には特別天然記念物の指定を受けた天野川のゲンジボタルが描かれていて、蛍の名所らしい。
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松並木があって、この辺りは古代律令国家、古代東山道の横川の駅家(よかわのえきや)跡があったとされる。30里(約16㎞)毎にあったそうだ。
この先には「掃除丁場と並び松」の説明板があって・・・柏原宿では松並木を並び松と呼ぶ・・・貴人の通行に備え、路面整備、除草、枯れ木・倒木の処置・補植に村々が賦役として従事していたのだそうだ。
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今朝この間の水まんじゅうを買った店で、番場忠太郎最中を買ってきたのでおやつに食べる。笠をあしらっていて、餅入りで美味しい。
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滋賀県ではもうここが最後かとまたもや地蔵を撮ってみる。もう何千体も見ているでしょう。岐阜県に入るとどうなのでしょう。
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柏原宿までまだ1㎞もあるが、民家の軒先のあちらこちらに「柏原宿」の提灯が下がっていて宿の意気込みが感じられた。
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正面に見える山は北畠具行の墓がある丸山だろうか。具行は元弘の変(後醍醐天皇の鎌倉幕府討幕運動)で失敗し、ここ柏原で処刑され丸山に墓がある。
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●柏原宿(60番目の宿)醒井宿から5.9㎞、今須宿まで3.9㎞。本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠22軒。宿の長さは約1.5㎞と長い。標高も174mあって近江路や西美濃では一番高い。近江最後の宿場(東から歩いてくると近江最初の宿場)。

西見付跡に到着すると復元された柏原一里塚跡(115里目)があり、街道らしい感じの街並みが見えてきた。
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御茶屋御殿跡。家康が上洛の際、この地の西村家で休息していたが、頻繁になったため、秀忠が殿舎を新築した。その後将軍が上洛することがあまりなくなり14回使用されただけで廃止された。
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この宿にはいろいろな屋号札がかかっていて、中には跡しか残っていないものあるが、まるで今、宿として当時の姿の人が通りそうな雰囲気である。問屋場跡はこの近辺の宿は7、8軒あり、問屋役年寄りと言って補助する村役人の家も6、7軒あったようだ。東西の荷蔵跡(当日処理できない荷物を預かった)も教示されていた。
伊吹もぐさで有名な「艾屋」は9、10軒あり、造り酒屋は4軒あり、22軒あった旅籠屋も屋号札を残しているところが多い。その艾屋や旅籠、呉服屋などが共同して柏原銀行を設立した跡も残っていた。
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柏原宿歴史館に併設された喫茶柏で昼食にする。
「やいとうどん」を食べる。やいととは、お灸のことで、もぐさ灸に見立てたとろろ昆布の上に紅生姜がのっかっていてこれが火を表している。他にゆで卵、かつお節、湯葉、葱が入っていて美味しい。
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隣の歴史館に入る。入場料は300円。
母屋は艾亀屋左京商店の分家の松浦良平の住居として大正6年に建てられたもので大変立派である。国登録有形文化財だ。
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「艾さ瓦」は亀屋久作左京家の屋根を飾っていた。伊吹堂亀屋左京商店は今も艾を扱っているという。往時が偲ばれる。
ところで艾で一度もお灸をしたことがないですが火傷したりしないのですね。テルミーとは違うのかしら。何でもやってみたいけれど病気関係だけはごめんこうむりたい。
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佐々木京極氏の系図や高札場や問屋場の資料や「木曽街道六十九次」69枚の複製が飾ってあった。

造り酒屋跡
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高札場跡に秋葉山常夜燈。またこの辺りから秋葉山常夜燈になってきた。
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皇女和宮が宿泊した南部家本陣跡。
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この宿あたりから伊吹山がよく見えるはずなのですが?これがそうらしいのですが天気が悪くて。
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東見附で柏原宿を出る。とても宿らしい趣があって街道気分を存分に味わった。


◆柏原~今須

照手姫笠掛地蔵があった。右の小さい方の地蔵が照手姫笠掛地蔵で、左はのちに奉納された地蔵だそうだ。
以前にもどこかで出てきた照手姫と小栗判官の話。毒を盛られた小栗判官を救うため照手姫がこの地にあった地蔵に笠を掛けて祈ったところ全快、のちに蘇生寺を建立したが焼失して地蔵のみ残ったとのこと。
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少し前にもあったが楓並木が中山道にはあるのです。
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白清水(しらしょうず)。写真ではきれいに見えないですが実際はきれいな清水で、日本武尊が、ここでもこの清水を飲んで正気付いたという。また照手姫の白粉で清水が白く濁ったことから白清水と呼ばれるようになったとある。
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野瀬山の上にある長比(たけくらべ)城跡への登り口の道標があり、姉川の戦いの前哨戦となった浅井の城ということで眺めがよいそうだ。
この道の左側の溝を流れる水は大阪湾に、右側は伊勢湾に流れているそうだ。
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蛍の塀の家があった。
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「寝物語の里」の碑が立ち、由来が書かれ、太田道灌の歌も刻まれている。
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すぐ幅50㎝の溝を挟んだ近江と美濃の国境の標柱「近江美濃両国寝物語の標柱」が現れた。美濃の両国屋と近江の亀屋という2つの旅籠が国境を挟んであり、寝ながら話せたので寝物語という言葉が生まれた。
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滋賀県と岐阜県の県境にやってきた!
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続く

 

 

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コメント

こんにちは。ツバメのヒナが可愛いですね。当地の通勤駅でも毎年見られます。伊吹山がかすんでしまいましたね。新幹線の車窓から良く見えます。西側が石灰石の採掘で凹んでいますね。いよいよ関ヶ原ですか。ここは関ヶ原の戦いの陣営を思い浮かべながら歩きたいです。

投稿: 多摩NTの住人 | 2019年8月 4日 (日) 14:23

★多摩NTの住人さま

こんにちは。
早速にコメントいただき恐縮です。ありがとうございました。
そちらの通勤駅にも見かけるのですか。それはいいですね。通勤もこの時期ツバメが気にかかるところでしょうか。
いつも思うのですが、赤ちゃんと言えどもとても口が大きいなあと。
伊吹山の西側、新幹線からは確かに採掘で色が変わってへこんで見えますね。
関ヶ原の戦い、詳しくなくて陣営も朧気、小早川の山には登りたい気持ちがありますが時間がありません。回るのに一日かかるようです。

投稿: tona | 2019年8月 4日 (日) 14:37

こんばんは

柏原宿、屋号札があり、昔の儘の建物があり、
電柱と舗装道路がなければ、昔の街道そのままですね。こんなに昔のまま残ってるのは珍しいのでは? こんな大きな楓並木は珍しいですね。昔の儘残ってるのでしょう。

「やいとうどん」お灸の形になってるのが面白い。「やいと」鹿児島でもお灸のことを「やいと」と言います。

投稿: 夢閑人 | 2019年8月 4日 (日) 22:25

 中山道も順調に進んでますね。
これからブログに載せる予定ですが、中山道と東海道の分かれ道、草津で数時間遊びました。
何と、ここでマンホールカード貰いました。
聞いてはいたけど見たのももらったのも初めて。
楽しかったです。

今甲州街道を歩いてますが、何もない!!
やはり中山道は歴史上重要な道、残されている物が違います。
柏原宿の街並みがしっかり残されていて、ここだけでも見に行きたくなりました。
秋葉常夜灯、甲州街道にはたくさん残されていました。

投稿: ☆銀河☆ | 2019年8月 4日 (日) 23:52

とうとう岐阜県に入られましたね。
ようこそお越しくださいました。
この暑さでは秋かと思いましたが
早いペースですね。

滋賀県はお隣ですのに、訪問していない
地点が多いです。柏原もそうでした。

この紀行文で知ったことが多いです。
名物もいただいていません。

小早川の山は友人の話によりますと
けっこうハードらしいです。
でもtonaさまなら平気でしょうね。

燕のひなは動きが激しくて撮りにくいのに
うまくゆきましたね。

投稿: matsubara | 2019年8月 5日 (月) 08:07

街道を行く、そのもの、いい情緒です。

投稿: 佐平次 | 2019年8月 5日 (月) 09:00

★夢閑人さま

こんにちは。
東海道では関宿が電線もなく一番素晴らしい宿でした。鳴海宿も電線がなかったように思います。昔の味わいがありますね。
屋号札がかかっている宿は今まで東海道でもありましたが、柏原宿は提灯が下がっていて、その気合が感じられました。そういう所を歩くのはたとえ雨で人がいなくてもいいものです。
「やいと」は聞いたことがありますが、艾と同じ意味だったのですね。
鹿児島でもそういうのですか。
楓並木はこのあたり3ヶ所くらい見ました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年8月 5日 (月) 09:05

★ ☆銀河☆ さま

夏前の最後の歩きは雨でしたので涼しかったのが助かりました。
草津をばっちり歩かれたのですね。
マンホールカードがあるのですか。知りませんでした。良かったですね!
マンホールも意味があるので面白いですね。
甲州街道の情報ありがとうございます。

柏原宿は江戸期の建物もあり、昭和初期から30年代まで60%、30年代以降が18%もあって落ち着いた街並みになっているそうです。秋葉は静岡県に始まって三重辺りまで多かったですが鈴鹿を越えると少なくなったような。そしてまた岐阜県が近づいて出てくるようになりました。
秋葉は山深く大変なところにあるのです。なかなか行けませんね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年8月 5日 (月) 09:19

★matsubaraさま

遂に岐阜県に入りました。
地図で見ますと横断が結構長いです。
そして日帰りがなかなかに大変なところが出てきます。
名物として昔の旅人のエネルギー源は甘いもの、餡や餅やだんごなどが殆どで、好きなので毎回手に入る限り買って食べています。それも楽しみなのですね。
残念ながら小早川の山に登る時間がないのですが、眺望出来たら面白かったでしょうね。

燕、こんなところでも親はとても警戒してなかなか巣に近づかないでhoveringしていました。可哀想に。人の出入りの多いトイレなのに。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年8月 5日 (月) 09:35

★佐平次さま

あいにくの雨でしたのか、人がほとんどいないのです。車社会から外れて歩くのもいいかもしれません。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年8月 5日 (月) 09:37

こんにちは
中山道の旅第4弾は、雨降りになりましたか。
歩くのに涼しいのは良いですが、雨はやはり色々と面倒なこともありますね。
ツバメの雛が可愛いです♪私も今回のドライブ旅で、
東名高速道路のSAで見ましたよ(^^)やはりトイレのちかくでした。
柏原宿もまだ雰囲気がよく残っていて、タイムトラベル気分も
味わえるところですね。
「やいとうどん」の発想にちょっと驚きましたが、面白いですね。
もぐさで有名な所だったこと、もぐさを艾と書くことも初めて知りました。
滋賀県と岐阜県の境には水路が流れているのですね。
なんと旅籠が隣り合って建っていて、それぞれの旅籠で寝ながら
話ができたとは。それが「寝物語」の言葉の謂れとは!? これまた驚きです。

投稿: ポージィ | 2019年8月 5日 (月) 09:49

★ポージィさま

こんにちは。
雨ですとマップ係が大変です。ケースに入れ濡れないようにするのですが途中でマップをどんどん入れ替えるのが面倒でです。ちなみに私は傘をさしかける係です。
燕さんたちトイレの近くが作りやすいのでしょうか。何故でしょう?街道では古い家の軒先が造るのに適していますね。この頃街道以外は古い家があまり見当たりません。
柏原宿は古い家がよく手入れされ残っているのが、たとえ江戸時代のが少ないにしても宿らしいと思いました。
お灸は知っていましたが、実際にはテレビでしか見たことがないのです。熱そうですね。うどんの中央がまさしくそのような感じで感心しました。よく考えることよと。
寝物語、この県境で納得でした。これまた面白い話です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年8月 5日 (月) 10:42

tonaさん、こんばんは~♪
燕の赤ちゃん、可愛いですね。
子供の頃はよく見ましたが、その後は20年前頃、
ご近所で一度見ただけです。

近江の中山道も終わり、いよいよ美濃の国ですね。
中山道の宿場町は妻籠宿と馬籠宿しか知りませんが、
柏原宿にも歴史的な古い建物がたくさん残っており
宿場時代の面影がしのばれますね。

「やいとうどん」のもぐさに見立てた食材は
とろろ昆布でしょうか。紅しょうがの火ともども、
もぐさ灸によく似ているのでびっくりしました。
こんなに大きくはありませんでしたが、
母が昔据えていたことを思い出しました。

投稿: hiro | 2019年8月 5日 (月) 19:46

★hiroさま

おはようございます♪
つばめの赤ちゃんは静岡県の東海道を歩いているときに軒下にたくさん見かけました。
ここのトイレでも4.5か所に巣を作り、親が一所懸命餌を運んできていました。

草津や大津もそうでしたが、宿場風景は近代的建築物に代わってそんなに残っていないのですが。ここ柏原は古い建物が連なり、それも距離的に長くて堪能しました。
艾灸をお母さまのでご覧になっているのですね。とても熱そうで怖いイメージです。
このうどんそっくりでよく考えましたね。栄養はあまりありそうにないですが、面白くて美味しく食べました。
東海道側と合わせて滋賀県も長いことうろうろしていましたが、とうとう岐阜県に入りました。どんな宿が待ってくれているのでしょう。
ありがとうございました。


投稿: tona | 2019年8月 6日 (火) 06:51

岐阜の生まれ育ちですが
知らない所ばかりです。
伊吹山は、伊吹おろしという冷たい風が有名で
私が卒業した高校の校歌にも出て来ましたが
登ったことがありません。
滋賀県との県境も知りませんでした。
こんな風になっているのですねえ。

投稿: zooey | 2019年8月 6日 (火) 15:01

★zooeyさま

伊吹山は夏がお花は満開で素晴らしいです。登山ではなくバスで上まで行って、そこから花畑を散策しました。イブキトラノとかイブキジャコウソウとか伊吹のついた固有種があります。
車で上まで行かれるところがいいですね。
伊吹おろしとは寒そう。よく新幹線が雪のため関ヶ原あたりでストップした話は最初の頃よく聞きました。それも50数年前の話ですね。

中山道の岐阜県と滋賀県の県境がこんなふうだったとは、寝物語と合わせて面白かったです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年8月 6日 (火) 19:27

ツバメの巣に雛の赤ちゃんが大きな口を開いてますが、顔の半分は口かしらと思う程の大きさですね。
私今年のも姉妹旅行の時に佐野SAのトイレの軒下には沢山の巣が作ってあって
親鳥が一生懸命に餌を運んでました。

柏原宿は未だに沢山の屋号を掛けた家が多く、当時を忍ばせますね。
5月末に銀河さんと江戸東京博物館の「江戸の街道をゆく(将軍と姫君の旅路)」に行ったが
tonaさんも行かれましたよね。
この中山道は皇女和宮が宿泊した南部家本陣跡があったりで史跡を歩いてるのが実感されますね。

投稿: ラッシーママ | 2019年8月 6日 (火) 20:49

★ラッシーママさま

佐野SAのトイレにもですか。
燕は何故トイレに巣を作るのでしょうね。人が大勢出入りするのに不思議に思います。

中山道は皇女和宮に関する史跡が多いのではないかと思われます。
ここが宿泊場所になったのも頷けるほど長い宿場でした。
提灯や屋号札をかけて、今も保存に力を入れている様子がうかがえました。
雨のせいかあまり人がいなくて(宿は概してあまり人を東海道でも見かけないところがありました)、私たち二人では元気づけられない気もしましたが。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2019年8月 7日 (水) 08:23

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