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2020年1月28日 (火)

京街道(1)髭茶屋追分~伏見宿~淀宿(後編)

京都タワーに登った時、周囲が殆ど山で囲まれている中、南西の方角、大阪方面だけが1ヶ所山がなくて開いた場所がありました。
この街道はその方面に向かって川沿いに歩いているんだと実感しています。ここは各鉄道、高速道路なども全部通っています。
この日は蛙と河童に縁がありました。

◆髭茶屋追分~伏見の続き

墨染(すみぞめ)駅を越えて墨染(ぼくせん)寺へ。
境内には平安時代、藤原基経の死を悼み、歌人・上野(かんつけの)嶺雄が歌を献じると、桜が喪に服して墨染色になったという伝説のある墨染桜がある。今は4代目でまだ細木である。
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可愛い狸。
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左折すると欣浄(ごんじょう)寺がある。
深草少将邸宅跡だ。小野小町に求愛して「百夜通い」の願掛けで99日まで通ったのに、最後の夜に大雪のために凍死した。その小野小町と深草少将の供養塔があった。
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本堂には伏見の大仏と言われる大きな丈六の毘盧遮那仏がおわす。
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撞木町廓入口。この奥に大石内蔵助の廓跡と撞木町廓之碑がある。内蔵助はここで遊んでいたのか!
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●伏見宿(54番目)追分から11.2㎞、淀宿まで5.8㎞。本陣4軒、脇本陣2軒、旅籠39軒。(中山道にも太田宿と御嶽宿の間に小さな伏見宿がありました)

本成寺の地蔵堂には小野篁作と伝わる木造の痰切り地蔵がある。
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向かいは勝念寺。
門のところには天明義民柴屋伊兵衛墓所碑がある。伏見奉行の悪行を直訴しようとして捕まり獄死したそうだ。
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伏見はところどころにロウバイがあったが、このお寺のロウバイも満開だ。
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釜敷地蔵尊があって、地獄で釜ゆでにされ苦しむ人の身代わりとなり、幸福へとお導きしてくださるというお地蔵様。かましきさんと呼ばれている。開山貞安上人が織田信長公より賜ったと言われる。
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身代わりが代わりとなり蛙となったようだ。あちこち蛙だらけで楽しいお寺だ。一体いくつあるのでしょう
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松林院(寺田屋女将お登勢の墓がある)の向かいにある大黒寺の中へ。
西郷が建てた寺田屋殉難九烈士の墓がある。西郷の直筆という。
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平田靱負(ゆきえ)の墓もあった。薩摩藩が幕府に命じられた木曽川三川の分流工事の遅れの責任をとって自害した人物。東海道の桑名の海蔵寺に像があった。
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斜め向かいに伏見の産神の金札宮。謡曲「金札」で知られる。
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黄桜で知られる、カッパカントリーに寄る。カッパ資料館があって面白い。
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西岸寺。境内には油掛地蔵尊がある。油で光っている地蔵だ。山崎の商人が油を入れた桶を門前で転んでこぼし、残った油を地蔵に掛けて帰ると大長者になった事から、多くの人がまねて油を掛けて願掛けするようになったという。写真には撮れていなかった。
油掛の地名の由来となった。この伏見油掛から七条まで6.7kmを日本最初の路面電車(電気鉄道)が走った。電気鉄道事業発祥の地の記念碑が建つ。
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その前のお店は駿河屋で羊羹発祥の地だそうだ。羊羹を買ってもらう。

伏見口の戦い激戦地跡の所から入って、すぐ下が船着場だった船宿・寺田屋に寄る。400円。3年前に一人で来て写真をアップしているが、その時気が付かなかったのが、ここは今も宿泊が出来るということ。薩摩藩の定宿だったこと。そして竜馬が負傷し脱出したのを寺田屋事件と勘違いしていたことです。事件は大黒寺に墓があるが、急進派9人が斬合いで犠牲になったことでした。(以前は竜馬は池田屋事件で殺されたのに、寺田屋事件で殺されたと思っていたのですから)
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宇治川派流のみなと公園には龍馬とおりょう愛の旅路像があった。
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天武天皇を祀る金井戸神社(三栖神社御旅所)を通り過ぎ、宇治川に注ぎ込む濠川に架かる肥後橋を渡ると伏見宿はここで終わる。
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◆伏見~淀宿へ

十石船がある伏見みなと広場で、小倉山荘で買った餅まんじゅうを食べる。
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宇治川の土手に出る。左手に見えるのは三栖閘門だ。ここまではきれいだったのに、この後延々と土手沿いを歩くのだが、途中からゴミが散らかってとても汚い。あのきれいな木曽川と思わず比較してしまった。
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京都競馬場の前に「戊辰役激戦地跡碑」と「戊辰役東軍戦死者埋骨地碑」がある。今もお花が飾ってある。
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淀小橋旧址碑があり、ここで淀宿に入った。
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唐人雁木旧跡碑。朝鮮通信使が上陸した船着き場で通信使はここから輿などに乗り換え、陸路京都に向かった。
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京阪淀駅で東福寺まで行き、JR奈良線に乗り換え京都着。18:48発のぞみ~東京駅21:3着。帰宅は10時10分頃。寄り道が多く46548歩。

夕食は、穴子飯と海鮮ちらし寿司弁当。
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お土産の駿河屋の羊羹。虎屋のより美味しかった。
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コメント

こんにちは
 
前回の記事を拝見するまで知らなかった「京街道」。
ググって地図を見てみました。川に沿ってとおっしゃっている
ことがよく分かりました。この川は淀川でしょうか。
京都タワーの上から俯瞰で辿ることができるというのは
感動しそう。良いですね。
平安時代までさかのぼるもの、江戸時代・幕末、近代のもの、
様々な時代のものがあることに、この辺りの歴史の厚さを感じます。
勝念寺のたくさんの蛙は手を合わせて拝んでいるものがあったり、
リアルなものがあったり、見ていて飽きませんね。
蛙は「無事帰る」の縁起物はよく知られていますが、
こちらは「身代わり」の「代わり」が転じての「かえる」なのですね。
地獄に落ちても救いがあるのは有難いこと‥落ちないのがいちばんですが。
 
今回はまた46548歩とは、すごい歩数を歩かれましたね。
過去最高か並ぶくらいの歩数ではないでしょうか。お疲れさまでした。

投稿: ポージィ | 2020年1月28日 (火) 10:30

真冬の「中山道」は雪や寒さで厳しいので、「京街道」歩きに挑戦!
その臨機応変の行動も、一日の歩数が46548歩も凄いです!
私、気力体力共々tonaさんには到底かないません(汗)

「京街道」知りませんでした(恥)
場所柄平安の昔から幕末までの歴史がぎっしりと詰まっているようですね。
写真を拝見していると、もう一度日本史を勉強したくなる感じです。

身代わりの代わりが蛙になったのですね。
玄関にたくさんの「蛙の置物」を飾っている友人がいます。
彼女は「家族が無事に帰れますように」と願いを込めて置いているそうな・・・
「身代わり蛙」もありですね。教えてあげることにします。

投稿: nao♪ | 2020年1月28日 (火) 16:49

★ポージィさま、こんにちは。

ありがとうございます。
もうすぐ大阪府に入りますが、そこから宇治川が、桂川や木津川と一緒になって淀川と名前が変わるそうです。宇治川も滋賀県を流れているときは琵琶湖から流れる川で瀬田川というそうです。
伏見はあの有名な伏見稲荷が近くにあるのですが、宿もあったなんて稲荷見物と寺田屋見物の時は知りませんでした。
他の宿と違って、本陣跡や脇本陣跡などという表示は一切なかったです。
その代わりおっしゃるように平安時代から幕末などあちこちに史跡があって意外や面白い道中となりました。
そうです、拝んでいる蛙が気に入りました。
私はもしかして地獄で苦しむかもしれませんので、身代わりにお願いしたい心境です。
静岡県でどうしても駅に辿り着かなければならないときに、暗い中5万歩を越えて歩いたのが最高でした。タクシーも走っていないし、ヒッチハイクもできないし。でも昔の女性は一日に30kmも歩いたそうですから頑張ろうと思いました。ところがこんな老人は歩いてはいなかったでしょうね。

投稿: tona | 2020年1月28日 (火) 16:55

★nao♪さま

体力はnao♪さんに適いませんが、気力は歩くときと登るときだけ出るのです。他の時は気力がなくて、いつも自分を叱咤激励して過ごしている状態です。

確かにもう一度日本史を勉強した方がいいのですが、昨年からなんでだか世界史をやり始め、これがなかなか範囲が広くて四苦八苦、一通り読むのに今年いっぱいかかってもまだかもしれません。日本史は部分的になっています。
玄関に蛙を飾っていらっしゃるご友人、そういう意味ですか。家に帰るのも入るときも楽しいですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年1月28日 (火) 19:03

平田靱負(ゆきえ)の墓の墓が伏見にあるとは
知りませんでした。薩摩か岐阜かと思っていました。

寺田屋は近年参りまして記事に書いていると
思います。懐かしい写真です。
いろいろ見聞され有益な旅でしたね。
今年は冬も暖かく春まで待たず旅が続けられ
よかったですね。

でも私は真似ができないです。
伏見は伏見稲荷と寺田屋くらいしか行っていません。

投稿: matsubara | 2020年1月29日 (水) 08:05

こんにちは。西郷や竜馬。歴史ファンには貯まりませんね。ギョイコウやウコンザクラを記事にした時に、黄桜酒造に触れたことがありましたが、まだそこには実際に行ったことがありません。カッパのCMが懐かしいです。

投稿: 多摩NTの住人 | 2020年1月29日 (水) 08:40

★matsubaraさま

おはようございます。
この冬は暖かいですね。歩くと暑くなるくらいです。
平田靱負と幕末の志士とは時代が異なりますが、同じ薩摩藩士が眠るところで良かったと思いました。
時代がいろいろ錯綜していますが新しいことも知って楽しかったです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年1月29日 (水) 08:43

★多摩NTの住人さま

こんにちは。
ギョイコウザクラやウコンザクラは黄色ですね。
父が飲んでいたのが黄桜のと月桂冠でした。月桂冠は歩いて近くのところにあります。水がこの辺りは良いのですね。
黄桜は何と言っても河童ですが、ギャラリーをじっくり見れば、河童の知識が沢山得られます。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年1月29日 (水) 08:55

夜の梅が駿河屋、虎屋も同じ名前でしたね。
駿河屋を食べた記憶がないなあ。

投稿: 佐平次 | 2020年1月29日 (水) 10:35

★佐平次さま

そうなのですね。虎屋にも「夜の梅」があります。
駿河屋のは絶品でした!
一応京都のお菓子ですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年1月29日 (水) 11:43

tonaさん、こんにちは~♪
この街道、大阪方面に向かって歩いているのですね。
今までどちらに向かって歩いているのか
イマイチわかりませんでしたが、よくわかりました。

墨染桜はまだ見たことがありません。
墨染寺にしか咲いていないのでしょうか。
一度見てみたいです。
寺田屋はまだ旅館として営業しているようですが、
坂本龍馬のファンにはたまらないでしょうね。
高級な羊羹と言ったら虎屋しか思い浮かびませんでしたが、
虎屋のより美味しい羊羹があったのですね。
駿河屋さん、ずいぶん歴史がありそう。
覚えておきます。

投稿: hiro | 2020年1月29日 (水) 15:01

再びお邪魔します。
寺田屋の記事は6年前にかいていました。

https://blog.goo.ne.jp/tsukimiso17/s/%E5%AF%BA%E7%94%B0%E5%B1%8B

よろしくお願いします。
あの閘門も見ていました。

投稿: matsubara | 2020年1月29日 (水) 15:56

PS

度々失礼お許しください。
上の紹介のサイトでは別のものしか出ませんので

2013.11.20

で、お手数かけますがよろしく。

投稿: matsubara | 2020年1月29日 (水) 16:16

★hiroさま

こんばんは♪
私の場合、京都タワーに上って見まわさなかったらこの道の方角を知らなかったままです。
鎌倉は海が開けていますが、京都から大阪へはほんのちょっとあいている感じでしたが、実際は歩いていてわかりませんでした。
墨染寺の桜、本当にピンクが少し黒ずんでいるのでしょうか?咲いているところを見てみたいですね。
寺田屋はどういう基準で宿泊する人を選んでいるのか?竜馬などに関する調度備品などが沢山ありますから。
もう一度ここの羊羹を買いたいほどでした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年1月29日 (水) 18:34

★matsubaraさま

再度、再々度のご訪問ありがとうございます。
拝見させていただきました。
十石船に乗られたのですね。
みなと広場で見ることが出来ました。
可愛い舟ですね。
閘門の資料館までご覧になったのですか。
閘門を最初に見たのがイギリスでした。フォート・ウィリアムスだったと思います。
その後こちらでは茨木県の水郷で見ました。そして大きなのがドナウ川でした。
寺田屋は2度見ましたので記憶に残ると思います。
錦市場はまだ行ったことがありません。
充実した一日でしたね。

投稿: tona | 2020年1月29日 (水) 18:52

伏見稲荷は今、物凄い数の外国人で溢れているというのに
その近くの、こちらの写真には相変わらず人影が見えませんね。
不思議な気がします。
餅饅頭はどんなお味あのでしょうか。
虎屋より美味しいという駿河屋の羊羹も食べてみたいです。

投稿: zooey | 2020年1月30日 (木) 21:40

★zooeyさま

そうなのですね。この近く、裏がわといいましょうか、伏見稲荷の混雑具合が嘘のような伏見宿近辺です。
餅饅頭は皮がもちもちしているのです。
羊羹や和菓子は餡子が命ですが、私的にこの駿河屋の方が小豆餡が美味しかったのです。家で食べたとき丁度虎屋のがあったので比較できました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年1月31日 (金) 08:37

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