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2020年3月11日 (水)

京街道(3)枚方宿~守口宿(後編)

◆守口宿へ(続き)

食事を終えて街道に戻ると淀川に近づき、土手に上がる。ここから時々土手から下りて見学しながら、堤防を7㎞歩く。
お天気になり暑くなってきて、川を渡ってくる風が心地よかった。雪の先週だったらとても歩けなかった。
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赤井堤記念碑がある。ここから寝屋川市になる。赤井堤は枚方・寝屋川市境を流れていた赤井川の堤防。
明治18年に起きた洪水は、大阪市内の大半が浸水する被害をもたらし、赤井堤も含めて多くの堤が決壊した。その時の惨状が漢文で刻まれている。
淀川沿いでは、排水機場、揚水機場、浄水場などの施設が多い。
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二十箇用水普通水利組合碑を通り過ぎ、日本最初の河川堤と言われる茨田堤(まんだのつつみ)碑があり、日本書紀、仁徳天皇11年に記述があるそうだ。
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土手の下の段倉。二段、三段とだんだん高くなって、水害への備えとなっている。
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太間天満宮へ下りていく。
衫子絶間跡の碑がある。堤の築造は難工事で、二ヵ所の「絶間」という場所に人柱を出すことになり、武蔵強頸(むさしのこわくび)と茨田連衫子(まんだのむらじころもこ)の二人が選ばれた。強頸は犠牲となったが、衫子は、機転をきかせて助かったという伝説が残っている。
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夫婦狛犬、浅草寺にもありました。
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鳥飼仁和寺大橋をくぐる。対岸は摂津市だ。
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仁和寺氏(にわじうじ)神社。御祭神は菅原道真。この辺りの地名の仁和寺はかつて京都・仁和寺の所領であったから。
本殿。
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ここで枚方で買ったどら焼きを食べて休憩。
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守口市に入り、佐太天神宮に寄る。道真が太宰府に流された時に舟をつないだ場所。ここで赦免の沙汰を待ったことから佐太と呼ぶようになったという説がある。
長い灯籠の参道。本殿は仁和寺氏神社とそっくりであった。
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暖かい午後は猫が登場する。
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天神宮の近くには佐太戎社や来迎寺や佐太陣屋跡(加納藩の陣屋)があった。

堤防に戻ると鵜飼大橋が近づいてきた。併走する鉄橋に大阪モノレールが走っていた。ここで堤防から降りて淀川と離れる。
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守口市のマンホールが出てきた。市の花のサツキのデザイン。
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こちらは京阪守口市駅前再開発のシンボルであるカリオンとサツキ。
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正迎寺は、西本願寺の末寺で創建は観応元年(1350年)。
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その南に智眼地蔵尊が祀られる。
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京街道のレリーフ。
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「たこのきもち」というたこ焼き屋さんでたこ焼きを購入。一里塚跡のベンチで熱々のをいただく。
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この一里塚跡のあたりが「上の見附」で、守口宿の入り口。
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●守口宿(57番目)
枚方宿から12㎞、高麗橋まで9.5㎞。本陣1軒、脇本陣0軒、旅籠27軒。

守口の名物と言えば細長い大根の守口漬けだが、今は大根を作っておらず名古屋の名物になってしまった。
宿の長さは2.3㎞で文禄堤(太閤堤)が残る部分がある。文禄堤とは秀吉が毛利一族に築かせた27㎞の淀川の堤。
大阪まで近いために本陣は大名の宿泊でなく小休止が多かった。

盛泉寺。教如上人が開いた東本願寺の末寺だ。内侍所奉安所阯の石碑(明治天皇が行幸された際、内侍所を設けた。一瞬だけ大阪に遷都されたことになった)。明治天皇聖蹟の石碑もここにある。
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難宗寺の角に石碑が4つ。
「左京 すぐ京」、「すぐ守口街道」、「御假泊所」、「御行泊所」とそれぞれ彫られている。
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難宗寺は真宗大谷派。盛泉寺が東御坊、こちらは西御坊と呼ばれている。枚方と同じく浄土真宗が盛んな地域で東西御坊があるのも同じだ。
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本陣跡の説明板の向かいには「大塩平八郎ゆかりの書院」の石碑。ここは平八郎が農民たちに出張講義をした白井家跡である。
白井孝右衛門は平八郎と師弟関係にあり、大塩平八郎の乱に荷担したかどで処刑された。大塩は自殺であった。
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連子格子、虫籠窓のある家が残っていて、風情のある街並みだ。
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復元された高札場。
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本町橋(川はない)を渡ったところで、守口宿が少し残ったが、この日の街道歩きは終了した。
守口市駅より京阪の準急に乗り、終点淀屋橋で地下鉄に乗り換え新大阪駅へ向かう。
6時33分発ののぞみに乗り、東京到着は9時3分。帰宅は10時過ぎだった。
お弁当は、近江牛おひつまぶし弁当(娘)、但馬牛牛めし弁当(私)。大阪の名物ではなかったが。ビールは700系新幹線デザインだ。
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お土産は昆布の佃煮。
41075歩でした。最終回は新幹線に乗れるようになるまでお預けです。

(完)

 

 

 

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コメント

早春の土手歩きに勝る楽しみも少ないですね。
そのことを強く思いだしました。
ありがとう。

投稿: 佐平次 | 2020年3月12日 (木) 09:31

こんにちは
 
淀川の堤防を7kmですか。広々としていますねぇ。
良く晴れた空の下の堤防歩きは気持ち良さそうだなぁと思いましたが、
ちょっと暑かったですか。雪の日であっても、夏の晴れの日でも
歩けそうにありませんね。ちょうど良い時季だったかもしれません。
淀川も、かっては洪水を繰り返していたのですね。
明治18年の洪水は、昨年の台風19号の時のような大災害を
大阪の街にもたらしたのですね。けれど、この川があるからこその
恩恵もまた計り知れないものがある…
蔵がだんだんに高くなっている様子に、人々の、川と付き合っていく
姿勢のようなものを感じました。
もちろん治水の歴史も長いわけですが、昔は難しい工事などの際、
人柱なんてことが各地で本当に行われていたのでしょうか。
ゾッとします。
 
タコ焼きがおいしそうです。タコ好きですが、近年お高くて…
近江牛、但馬牛のお弁当も美味しそうです♪

投稿: ポージィ | 2020年3月12日 (木) 10:34

大阪辺りは通り過ぎるだけで、あまり行ったことはありません。
 淀川の堤防の道の広々とした風景、爽やかそうですね。
いろいろ街の名前は聞き覚えはあります。
 趣のある街道筋に高僧ビルが見える。
新旧入れ混じった風景。時代を感じます。
 守口市には松下電工とか、製薬会社があったような?
 どこのマンホールもその街のシンボルが見えます。結構な値段です。

投稿: 夢閑人 | 2020年3月12日 (木) 15:51

★佐平次さま

♪土手のスカンポ~の歌なども思い出しました。
私の場合、小川でした。メダカを眺めました。
幼い頃の田舎を思い出しました。有難うございます。

投稿: tona | 2020年3月12日 (木) 20:33

★ポージィさま

まさに丁度良い土手歩きでした。
川からの風は真冬は寒いですね。この日はまさに春の風だったのです。本当にラッキーでした。
古代エジプトからも学びましたが氾濫はめちゃめちゃになるのに、その土地はその後、とても肥沃になるのですね。矛盾していますが。
治水がどれだけ重要視されて先人が努力してきたか、大河を歩くと痕跡が見られます。
段蔵もなるほどですね。初めて見ました。
宿場に高層ビル、東海道では草津で初めて認識しました。実は東京神奈川県で見ていたのですが。
人柱の話、あったのですね。可哀想で恐ろしいです。恐ろしい時代でもあったのですね。
外国の生贄も気の毒なことです。
たこ焼き、さすが地元、美味しかったです。
牛肉も美味しいのになかなか巡り合えず、おまけに高価ですが、たまにはいいものです。美味しかったです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年3月12日 (木) 20:44

★夢閑人さま

堤防は木曽川以来ですが、気持ちいいですね。
伏見からこの方、名前は全部知っていたのですが、初めて歩いて、得るところも多かったです。
守口市もこの後終点まで街道から外れないので、市内のいろいろな場所を観光が出来ません。松下電工、製薬会社があるのですか。
マンホールは1つが15万円と聞いたことがあるのですが。
思わずたくさんある市の費用を思ってしまいました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年3月12日 (木) 20:53

全く知らないところばかりでいろいろ教えて
頂きました。
守口大根は、発祥はやはりそちらだったのですね。
東海地方で出荷されていますので、不可解でした。

7キロも歩かれるなんて、聞くだけで気が遠くなります。
1キロでダウンしそうです。

河川の氾濫は木曽川三川だけではないのですね。

投稿: matsubara | 2020年3月13日 (金) 10:19

★matsubaraさま

私は守口漬けが大阪の守口と関係ある事さえ知りませんでした。
どうして名古屋に移ったのでしょう。調べませんでした。
堤防の上の7㎞は気持ちよく国道沿いのような街道よりずっといいです。
木曽の堤防を気持ち良く歩いたことを思い出しました。
あの三川と変わりなく淀川も大洪水を引き起こしたことを知りました。人柱まであったのですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年3月13日 (金) 13:03

tonaさん、おはようございます♪
寝屋川市が大阪府にあるということは知っていましたが、
実際どんなところかは全く知りませんでした。
明治18年には洪水の被害もあったのですね。
その教訓を生かし、今は安全で住みやすい町になって
いるのでしょうね。
守口市も寝屋川市と同様、名前しか知りませんでした。
大阪にモノレールが走っていることも知りませんでした。
大塩平八郎、歴史の教科書を思い出しました。
そうでした。大阪出身だったのですよね。
反乱は失敗に終わりましたが、大きな衝撃を与えましたね。
守口宿の風情ある町並みも素敵でした。
夕飯のお弁当も美味しそう。
41075歩、素晴らしい健脚ですね。
私は頑張ったとしてもその半分位です。。

投稿: hiro | 2020年3月14日 (土) 08:17

★hiroさま

おはようございます♪
寝屋川市は20年以上も前、ごみ問題でテレビに出ていたので知りました。かなり進んでいたようです。今は知りませんが。
この大きな淀川も洪水になるととても悲惨であったことを多くの石碑で知りました。
現在も去年の台風19号の爪痕が凄かったことが記憶に新しいです。
フランス、イギリスも昨年から今年大洪水で、洪水がなくて、人口の堤防が何も築かれていないヨーロッパも、遂に気候変動に翻弄されるようになったのかとグレタさんの活動が眩しいです。
大塩平八郎にパトロンがいたこと、そして処刑されてしまったことに痛みを覚えました。
家では牛肉は年を通して殆ど食べませんので、軟らかいということがイコール美味しいになります。美味しかったです。
あと1万歩少ないと疲れがだいぶ違います。最寄りの電車の駅までたどり着かなければならないので仕方ないです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年3月14日 (土) 09:03

淀川って、濁って居そうな印象がありますが、街に近いだけに結構幅が広そうに思えます。それが、明治に洪水があったというのは、相当な災害だったのでしょうね。他の地域にも爪痕が残って居そうですね。

京都は歩き甲斐のある名勝の多い地域だと思います。でも、大阪にも近いし散歩がてら食い倒れのようにも為っていますね。散歩コースに美味しい食があると分かると、長距離でも休憩がてら、頑張れると思います。

投稿: 隆 | 2020年3月14日 (土) 10:57

★隆さま

いつも読んでいただき、コメントまでいただきありがとうございます。
淀川を地図で見ますと他の川よりずっと太く書いてあります。お天気が良かったので青い空が映り込み、堤防が高く河川敷が広くて、濁っているかどうかがわかりませんでした。
架かる橋も立派で、木曽川同様気持ちが良かったです。
昔はこんな立派な堤防でなく、洪水が大変そうで、人柱伝説まであって驚きました。

食い倒れの町と言われる大阪、串揚げだけはいただいたことがあります。
学生時代、祖母が大阪にいましたので、九州旅行の帰り寄りまして、酢味噌のイカ?のお刺身とビーフステーキだったかが終生忘れられない美味しい味でした。
京都も随分参りましたが、このごろ混んでいてずっと行かれませんでした。またいつか行き残した有名寺に挑戦したいです。

投稿: tona | 2020年3月14日 (土) 11:33

「たこのきもち」という店名に笑ってしまいました。
気持ちとしては
「熱い、嫌、食べられたくない!」というところだと思うのですが。
そこまで深読みしちゃいけないのでしょうかw

投稿: zooey | 2020年3月15日 (日) 00:04

★zooeyさま

コメントを拝見したら
一頃はやった「およげ!たいやきくん」の歌を思い出してしまいました。
まさしくその気持ちのたこさんになりながら、たこ焼きを焼いている店主夫妻なのでしょうか。本当に笑ってしまいますね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年3月15日 (日) 08:17

こんにちは。良いお天気で早春の土手歩きも気持ちよかったのではないでしょうか。本場のたこ焼きは美味しそうですね。早く安心して新幹線に乗れるようになると良いですね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2020年3月15日 (日) 17:19

気持ちよさそうな淀川の土手歩きですね。
土手の下の段蔵、このような形の蔵は、初めて見ました。
低い蔵は出し入れが激しく、日常的に使用するもの、高い蔵はきっと大事なものを収蔵したのでしょうか。中身が気になりますね。

お弁当が美味しそう。
そして街道筋には必ず古い和菓子屋さんがありますね。
そんな所に立ち寄るのも楽しいですね。
残念ながら甲州街道には古い店が少なくてがっかりなんですよ。歩きは楽しいのですが・・・

投稿: ☆銀河☆ | 2020年3月15日 (日) 18:17

★多摩NTの住人さま

はい、土手歩きって気候が良いと気持ちがいいですね。今迄めったに土手を歩いたことがなかったです。
このたこ焼、美味しかったです。またいただきたいです。
4月も半ばまではいろいろなところを閉鎖しています。なかなか大変ですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年3月15日 (日) 19:14

★銀河さま

土手歩き、なかなか気持ちよいです。
段蔵、私も初めてです。
おっしゃるような収納がなされていると思われます。
実際に聞いたり見せていただけたら良かったのですが。

中山道の山奥はダメでしたが(素敵な喫茶店があったのには驚きましたが)、お菓子はたくさんあってなるべく名物を買うようにお菓子屋さんに寄っています。
甲州街道は一番後になりそうですが(もしかしてその前に歩けなくなる可能性ありですが)、山ばかりでなさそうな感じですね。藪漕ぎをした人もいるようです。
まあ、楽しく歩ければこんないいことはありません。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年3月15日 (日) 19:23

こんばんは(^o^)/!
京街道歩き、頑張っておられますネ!
大阪モノレールがあるとは、初めて知りました。母の介護に専念するようになって以降、行動範囲が極端に狭く地元から出たことが殆どないのです(^_^;;アセッ!

仁和寺は「にんなじ」ではなく、そこでは「にわじ」と読むのですね。
守口大根は今は確かに愛知県が生産地として有名になっています。とくに尾張北部のほうで栽培が盛んのようです。

投稿: 慕辺未行 | 2020年3月15日 (日) 23:58

★慕辺未行さま

おはようございます♪
大阪まであと少しなのですが、ここにきて新幹線が怖くて乗れないので、ストップしています。
大阪モノレールが丁度走っていましたので、地図で調べたらそうだったのです。こちらでは羽田に行くのと立川に走っています。
「仁和寺」なのですがお寺の名前が「にわじ」となっていましたが、町名は果たして?調べていません。多分町名は「にんなじ」かなあと想像しています。今までも数か所でこういうことがありました。
守口大根の守口漬け、初めて発祥の地になくなって名古屋にというのを知りました。最初から名古屋で出来た大根と思っていました。
数年に一度しか食べる機会がありませんが美味しいですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年3月16日 (月) 08:39

Saas-Feeの風が阪神間にいたころ守口も寝屋川も、その名前しか知ることが無く
そして一度も足を踏み入れたこと無く
どこかへ行く際の通過点でしかありませんでした。
淀川は馴染みのある川ですが、それら両市を(あるい近くを)
流れていたことに気づいていませんでしたしね。
土手の下の段倉(この名称も初めて知りました)は木曽三川の輪中にある民家の考えと同じですね。
(matsubaraさんがお詳しい)

大阪モノレールは30年ほど前に開通したと思います。
Saas-Feeの風が通っていた大学の正門前に駅がありますが、
当時は正門前には何も無く、山の光景になってました。
現在は高速道やモノレールがあり、高速道の向こうには

京阪・淀屋橋も地下鉄・御堂筋線の駅も懐かしいですねえ。
地上の光景も思い出しますよ。
現在のビル街は当時とかなり変貌しているでしょうね。

投稿: Saas-Feeの風 | 2020年3月16日 (月) 15:44

★Saas-Feeの風さま

枚方、守口は街道を歩かない限り通過ですね。
思えばひょんなことからの風の吹き回しで淀川べりまで歩くことが出来ました。対岸の高槻市や摂津市も聞いたことがありますのに、改めて位置関係がわかりました。
木曽三川の輪中の話も聞いたことがあります。
そうですか。matsubaraさまとお会いする機会がありましたら話題に。

大阪モノレールの駅前に大学の正門があったのですか。便利でしたね。のどかだったのですね。
今は随分変わったでしょう。
淀屋橋乗り換えは地上に出て眺めていないと思いますし、新大阪駅でも乗り継ぎだけで駅構内をうろうろしていました。
地上は次の機会に見学できるかしら。
新幹線に乗ることが今できませんので、いつ行かれるか楽しみにしています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年3月16日 (月) 16:07

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