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2020年4月 3日 (金)

『二宮金次郎の一生』三戸岡道夫著

街道を歩いているときいくつか見た二宮金次郎像。子供の時に読んだだけで薪を背負って勉強している金次郎しか覚えていないので、実際にはどんな人だったのでしょう。

小田原の報徳二宮神社内の子供の時と大人になってからの像。
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先日歩いた千住宿を出た先の足立区の国土安穏寺内及び疱瘡神社に隣接する小学校辺りで見かけた二宮金次郎像。
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貧しい農民の子に生まれた金次郎は、14才で父親を亡くし、乳飲み子を抱えた母と弟2人を養わなければならなくなった。未明に薪を取りに1里を歩き、それを小田原まで2里歩いて売りに行く。その時間が惜しくて人のいない道を読書しながら歩いたのがこの像だった。1年半後には母も亡くなる。すべての田畑を失い、一家離散してしまった。その後からが凄い。奉公先で早朝から夜中まで働き、一番鶏が鳴くまで勉強したという。
その勉強で得たあらゆる知恵を使って仕事、生活を工夫して(これがいろいろと凄い)、少しの暇に荒れ地を整備していたとき末弟を亡くし、家を復興することを誓う。その働きは馬車馬のようだが我武者羅でなく、知能的、多面的であった。父の死から10年目に24才で1.46ヘクタール(約4400坪)の所有するまでになり、2年後には小作米38表1斗の自作農になった。これに安んじない金次郎。傍ら服部家に仕え、色々な知恵、実践で財政再建をする。
これが発端となって、農民から幕臣となって藩の改革に努め、600の村を救い、数万人を飢餓から救ったのだ。70才で亡くなるまで早朝から深夜まで村を歩き回り怠けて怠惰になってしまっている農民を説得し、勤勉な農民に変えていくのである。身長が180㎝以上という偉丈夫で、声も大きく、一汁一菜の粗食で働き詰めでよく70才まで生ききったものとその体力にも驚く。
農村や藩の再建は険しく、農民の出だということで武士である家臣たちは馬鹿にするし、意地悪する。というのも金次郎の基本精神は農民を救うことにあり、それは財政立て直しで武士を潤すものでなかったからだ。
小田原の地にずっと自作農としていれば、何万町歩の大地主となり、大資産家になれたのに、その生涯で所有する田畑はなく、膨大な資金も農村復興に使ってしまって私有財産は全く残っていなかったという。全生涯を農村と農民のために捧げた。その無私の精神が報徳社となって今に続いているのだそうだ。

まさしく現在の政治家にこんなに国民を考える人は皆無。突出していた田中正造等を思い起こしますが、この方も過去の人。
今は絶望的。自分の自分による自分が金持ちになるための政治。アベボンとその友達、日銀総裁とで子・孫の時代は日本沈没しそうな借金を膨らませ、コロナ対策も諸外国からも批判されるようなもたつき具合に、色々合わせて疲弊してしまいます。そういう人しか出せず、選ぶ国民も悪いとは思いますが。

 

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コメント

二宮金次郎が貧しい家の出身で、苦学して成功したという話は知っていましたが
詳しくは知りませんでした。
若くしてそれだけの土地持ちになったのに
農村の復興に全部使ってしまったとは、凄い人ですねえ!
つくづく不思議ですが
日本人はこんなに勤勉で賢い人も多いのに
どうしてロクな政治家がいないのでしょうね?

投稿: zooey | 2020年4月 3日 (金) 18:14

★zooeyさま

私も大人になってから金次郎のことを詳しく知りませんでした。
亡くなるまでの仕事が書いてありましたので随分偉い人と納得しました。
全くおっしゃる通り。ロクな政治家がいなくて困ったものですね。
よその国のトップには国を考えている人もいますのに。情けなくなります。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年4月 3日 (金) 19:41

子供の頃、學校にあったかどうかは定かではありませんが、二宮金次郎さんの銅像の1枚目や4枚目の画像の金次郎さんが私にとってはお馴染みです。
貧しい家庭に生まれたが、働きながらも読書に励んでいたと・・・
ワンゲルで行った新松田から河津桜で有名な松田山に向かう途中で久しぶりにこの銅像を眺め、近くの小田原の地の人と知りました。
その時は「交通量の多い現代なら、ながらスマホはするなと言われるのと同じようになりそう」と仲間同士話したものです(汗)
その後の二宮尊徳さんの事はあまり知らず、今回tonaさんの記事で改めて勉強になりました。

日本も幕末から明治初期の時代は苦労して優秀な役人になった人々が活躍し、大国の植民地にならずに済みましたが。。。
近年の政治家の多くは二世議員ばかりのお坊ちゃま集団!
世界的に広がるコロナ騒ぎの国難を任せていいのかと心配になります。

投稿: nao♪ | 2020年4月 3日 (金) 20:15

★nao♪さま

金次郎像は戦前のは戦機の材料として供出させられたそうですね。
その後学校にあったのは戦後造られたのでしょうか?
歩きながら読むということが現代の事情に合わなくなって、取り壊されていったという話を聞きました。

全くおっしゃる通り!
幕末から明治にかけての志士の活躍や、なり立ての明治政府の努力で植民地にならなかったのですね。
>政治家の多くは二世議員ばかりのお坊ちゃま集団!・・・このままだと今度こそ中国辺りの植民地になってしまいますよ。
全くもう呆れるばかりですね。今回一番露呈して、よその国より後手に回っているではありませんか。韓国が意外にしっかりとやっているのに感心しています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年4月 3日 (金) 20:56

二宮金次郎の伝記はかなり大人になってから
読みました。
凄い人と言う印象でしたが、細かいことは
忘れてしまいました。

各学校に石像が作られるのもうなづきますね。
私の母校の小学校にも今もあります。
追加で野口英世のものも作られていました。
中学は大学付属で創立66年ですから
ありません。
小学校は140年以上経っています。

投稿: matsubara | 2020年4月 3日 (金) 21:47

★matsubaraさま

私は薪を背負いながら勉強するという、勉強好きな少年しか知りませんでした。
お読みになっていらしたのですね。
偉人に名を連ねる素晴らしい人でした。
やはり、自分の富のことを考えず、人のために尽くすということはなかなかできるものではありません。
明治に活躍した政治家などもまずは自分の家は社交の場として必要かと思いますが、あちらこちらに豪勢な別荘をたくさん持っていたのですから。
石像に変わったのは戦争のせいだったのですね。
そうそう、野口英世の像があったのも中山道でしたよ。もうどこだか忘れてしまいましたが。母校の小学校にあったのですか!
スマホ云々で取り壊す必要はないかと思います。子供たちの教育もある面では神経質、かつヒステリックになって今は大変ですね。
ありがとうございました

投稿: tona | 2020年4月 4日 (土) 09:03

忠孝だとか報国などの戦前戦中の軍国主義とごっちゃに捉えていました。
ちゃんと勉強しなくちゃだめですね^^。

投稿: 佐平次 | 2020年4月 4日 (土) 10:46

 殆どの小学校に二宮金次郎の像がありました。
背中に薪を背負い、歩きながら本を読んでる姿の立像。お馴染みの像です。
今頃の子供たちはどんな気持ちで見てるでしようか?

 小学生のころ、貧しい農家の生まれということと、勤勉な子供だったこと言うことの他は
よく知りませんでした。恥ずかしながら、いま、改めて詳しく知りまました。
 私利私欲もなく、ただ農民のために私財を投げうって尽した。

 先生から「お前たちも遊んでばかりいないで、二宮金次郎みたいに暇を惜しんで
少しは勉強しろ」とよく言われたものでした。
今、こんな奇特な政治家家は1人もいない。政治家は大いに見習うべき。

投稿: 夢閑人 | 2020年4月 4日 (土) 14:52

こんにちは
 
二宮金次郎さんの、薪を背負って歩きながら本を読む像は、
卒業した小学校にもありました。
伝記は読んだことがあったのか無かったのか??それすら
忘れていて、当然どう立派な方だったのかもさっぱり。
tonaさんの記事とWikipediaで勉強させていただきました。
健康にも恵まれ健全な精神をもち、勤勉で創意工夫に秀で、
私利私欲と無縁の方だったのですね!!
こんな素晴らしい方に、今の日本のリーダーとなって
いただきたいです。

投稿: ポージィ | 2020年4月 4日 (土) 15:58

★佐平次さま

報国という言葉、二宮金次郎からきているのを私は知りませんでした。
今でもこの報国会が続いているそうですが、どんなことをされているのかも知っていませんでした。
忠孝はとは戦争中の言葉でしょうか。
勉強不足です。
ありがとうございました

投稿: tona | 2020年4月 4日 (土) 16:31

★夢閑人さま

小さい頃いろいろな小学校で見ましたね。
重いのを背負って山道を歩くのも大変なのに、本で勉強しながらとは、大したものだったのですね。
像を見て、たとえ言われても、実行に至らなかったのは凡人中の凡人でした、私は。
今の子供はもう別世界のことと思うのでしょうか。私ももう今の小さい子ですらついて行けない面もあります。
豊かさは貧しさを理解できない、絵に描いた餅状態かしら。
今の政治家に将来のことを考える人はいないのでしょうか。今さえよければ、自分がやめたときのことは知らないよ・・・という感じですね。日本のために尽くしていると思っているのでしょうか。それだとするとあまりにもお粗末な国会や閣議です。
ありがとうございました

投稿: tona | 2020年4月 4日 (土) 16:41

★ポージィさま

こんにちは。
卒業された小学校にありましたか。ちゃんと覚えていらっしゃって、しっかりしたポージィさんだったのですね。
私は恥ずかしいことにあったのかなかったのか覚えていません。でも方々で見たことはあるのですよ。
超偉人は殆ど大きくて健康なのが特徴です。
どんな粗末な食事でも見事に体に吸収して、良く寝て、病気をしないのです。頭もいいです。その体力で自分の力を最大限使って仕事などに励む・・無敵です。自分のためでなく人のためにするという所が二宮金次郎の偉い所で感動しました。アフガニスタンで亡くなられた中村哲医師も偉い人でした。
日本のリーダーになってほしい方はもうお墓の中です。いつかまた出てくることに希望を持ちたいのですが。
ありがとうございました

投稿: tona | 2020年4月 4日 (土) 16:53

私は小学校の5年生まで栃木県で育ち、その小学校には二宮金次郎像がありましたが
東京の小学校には無かったような・・・
スマホを皆が持ち歩くようになり、歩きスマホが危ないと言う事で二宮金次郎像は最近では姿を消したと聴きましたが
どうなんでしょうね。

貧しい家に生まれ学校も碌に通えず、歩きながら勉強したと言う話しは知ってましたが
大人になってからの詳しい話しは知りませんでした。
膨大な資金も農村復興に使ってしまって私有財産は全く残っていなかったという。
素晴らしい人がいたのですね。

政治家など関係ない一般の日本人で、海外に行ってその国の為に私財を投げ打って
活躍してる人を放映してますが、その国の人達には非常に喜子ばれて先生と呼ばれてる人も結構います。

こんなに凄い事で無くてもTVで食堂の夫婦が値段も赤字ですが、生活の苦しい人に沢山食べて欲しいと
自分達の年金分を補填して食べさせてる食堂や、過疎地に移動スーパーで食べ物を売ってますが
これなども生活がギリギリでも人の喜ぶ顔が見たい、その一念でやってるそうです。
自分に出来る事で人様の役に立つ事があるなら実行したいです。

投稿: ラッシーママ | 2020年4月 4日 (土) 17:55

★ラッシーママさま

栃木県の小学校にはあったのですね。
東京にはなかったそうですが、私も都内新宿区ですがなかったような気がするのです。
でもよそで見ていたのでこの像のことはよく知っています。
今の子供は知らない上に感動しないでしょうか。
豊かになった生活と、勉強についての考え方も違って来たでしょうね。

アフリカや中近東などに行って医療活動を続けている方々には頭が下がりますね。
先日殺されてしまった中村哲医師は慕われた偉い方でしたね。
子ども食堂や、ママさんがお書きになった方々、本当に偉いことだと思います。政治家には一人もいませんね、
人の喜ぶ顔を見る、長い一生にそう多くある事ではありませんね。もうあまりそういうことは出来なくなりましたが、逆に迷惑をかけないように自分を鍛えなくてはです。
ママさんの覚悟は偉いわね。尊敬します。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年4月 4日 (土) 19:21

 まさに1枚目の写真の苔むした二宮金次郎が小学校にありました。
中学3年の時に小学校の担任の先生に会いに行くと、二宮金次郎の周囲に生垣ができ、小ぎれいになっていました。
そして偶然教育実習が母校になり、行ってみると金次郎君はもういませんでした。懐かしいです。
東海道歩きで二宮尊徳神社で再会した時はうれしかったですね~。久しぶりって感じ。

偉い人で農民のために尽くしたとは知ってましたが(尊徳神社の案内で)詳しくは知りませんでした。
今の私利私欲にまみれた政治家を見るにつけ、
無私の精神が際立ちますね。
コロナ対策だって、経済優先でなく庶民の立場で蔓延を防いで欲しかった!
無私という点で、藤山愛一郎という政治家を思い出しました。
今に換算すると数百億の資産を政治に使ってしまった!!

投稿: ☆銀河☆ | 2020年4月 5日 (日) 00:48

★☆銀河☆さま

小学校にありましたか。
私もこの姿のを随分見ているのですが、自分の小学校に会ったか定かでないのです。
その後に外されたのは「ながら読書」は風潮に勝てなかったからでしょうか。交通の面においても。意味は違うのですがね。現在あまり見かけません。
それでも残してある小学校はなかなかです。
二宮尊徳神社では大人になった像もあってその時は納得しましたが、本を読んだらもっと身長が高い人でした。まあ、どうでもいいことでしょうが。
コロナ対策、経済支援より前に水際対策が、プリンセス号の時からすごく甘くて拡散されたと思います、その後も他国と違って凄く甘かったですよね。
いつも国民のこと、日本のことを本気で考えていなくて私利私欲や国際的にも弱腰で優先順位が違うと思うのです。それがこんなことになったと言い切れるかはわかりませんが、韓国と被比較しても明らかでしょう。
懐かしい藤山愛一郎氏。久しく忘れていました。岸首相の頃でしたね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年4月 5日 (日) 08:28

勉強不足と言ったのは私自身のことですよ。

投稿: 佐平次 | 2020年4月 5日 (日) 10:18

tonaさん、こんにちは~♪
二宮金次郎像、昔はどこの小学校にもありましたね。
本を読みながら、薪を担いでいる像だけかと思いましたが、
小田原城には大人になってからの像もあったのですね。
何度も行っているのに気が付きませんでした。
(二宮神社内ですね。行ったことがありませんでした)

二宮金次郎の話は小学生の頃、偉人伝で読んだ記憶はありますが、
家を立て直すために一生懸命に仕事や勉学に励んだということ
位しか覚えておらず、成人してからの功績はtonaさんの記事で
改めて勉強させていただき、良かったな~と思いました。
ほんとにいま日本に必要なリーダーは二宮尊徳さんのような
人だと思います。誰もが安心して暮らせるような日本にしてくれる
政治家が現われてほしいです。

投稿: hiro | 2020年4月 5日 (日) 13:54

♪ しば刈り 縄ない わらじをつくり~
こどものころ、学校で習ったわけでもないのに
二宮金次郎の唄を口ずさんでいましたし
金次郎について絵本や物語で知りました。

♪ 手本は二宮金次郎~~
今や金次郎は子たちの手本にはならないということでしょうね。

Saas-Feeの風の学んだ小学校には金次郎像は建っていませんでしたが
各地を歩くと学校や役場などに建つ像に出会うことが何度もありました。

Saas-Feeの風の通っていた高等学校の、阪急電車・今津線を挟んだ向こう側に
報徳学園がありました。

支離滅裂なコメントになりましたが、二宮金次郎・尊徳は、
子どものころから比較的身近な存在だったような気がします。

投稿: Saas-Feeの風 | 2020年4月 5日 (日) 14:11

★佐平次さま、ありがとうございます。

はい、書いていただいたこと、よくわかっております。取り違えていません。
私自身も凄い勉強不足で、この頃思うことなのです。
いろいろなことを深く考え、文章にして教えていただける佐平次さんという存在は、自分が死ぬまで寄り添っていただいて、教えていただく存在です。どんどん病気を治してくださいね。と言いながら自分はどんどん出てくる今は、日替わりでちっぽけな不都合を克服するようにしています。

投稿: tona | 2020年4月 5日 (日) 16:50

こんにちは。昔はどこの小学校にもありましたが、今はどうなんでしょうか。二宮尊徳の功績を知ったのは大人になってからですね。歴史の授業では習わなかったと思います。

投稿: 多摩NTの住人 | 2020年4月 5日 (日) 17:39

★hiroさま

こんばんは♪
小田原城の二宮尊徳像は私も以前気が付きませんでした。
地味な街道歩きですが、今まで興味を持っていなかったことにも目が開けました。
小さいときの人並みの努力が生かされて、大人になってそれを応用して立派に続けて人のためになることをするって、素晴らしいことですね。
普通は勉強したことが一体何の役に立ったのかとか、数学Ⅲとか物理とかいろいろ教えてもらっても一体大人になって何も役に立っていないではないかと呟く人も多かったです。
独学で学んで、学びながら寝る間も惜しんで生涯人を助ける仕事をし続けたことに敬服です。
良きリーダーの出現を子孫のためにも切に期待したいですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年4月 5日 (日) 19:13

★Saas-Feeの風さま

♪柴刈り縄ない草鞋(わらじ)をつくり
親の手を助(す)け弟(おとと)を世話し
兄弟仲よく孝行つくす
手本は二宮金次郎

骨身を惜まず仕事をはげみ
夜なべ済まして手習読書
せわしい中にも撓(たゆ)まず学ぶ
手本は二宮金次郎

家業大事に費(ついえ)をはぶき
少しの物をも粗末にせずに
遂には身を立て人をもすくう
手本は二宮金次郎

私も思い出しました。
節がはっきりしているのは最後の「手本は二宮金次郎」だけです。お若いSaas-Feeの風さま
がご存知とは驚いています。
私は街道歩きで思いがけず幾度か見かけました。
報徳学園は西宮にあるのですね。通われた高校のそばにあったとは!
以徳報徳の精神を教えている学校ですね。
以前からご縁がいろいろありますね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年4月 5日 (日) 19:36

★多摩NTの住人さま

現在の小学校には殆ど像は無くなってしまったようですね。
歩きながら~するという、今の風潮に、勉強を一所懸命するということなのに、合わなくなったということでしょうか。
仕方ないことなのですね。
それを知っている私たちは一面幸せであると思いました。
心ある人にまた二宮金次郎を読んで欲しいと願いもします。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2020年4月 5日 (日) 19:42

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