日光街道3 草加宿~越ヶ谷宿(3)
●越ヶ谷宿 草加宿から9㎞、粕壁宿まで10㎞。本陣1軒、脇本陣4軒、旅籠52軒。宿は明治7年と32年の大火で灰燼に帰す。
いよいよ越ヶ谷宿に入ってきた。
横田診療所は現役で、ピンク色の昭和初期の建築だ。中は改築されているのでしょうね。
このあたりから古い家が続く。
木下半助商店。江戸時代から商いを始め、明治時代には金物屋になった。表通りに面する現役の店舗のほか、土蔵、石蔵、主屋、稲荷社が現存する。
続いて塗師屋(小泉家)。先祖が漆を扱っていたことから塗師市(ぬしいち)と呼ばれた。店舗と蔵が横並びになっている形式は越ヶ谷宿で現存する唯一の建物だそうだ。
はかり屋。秤商を営んでいた大野屋が明治38年に建てた邸宅を活用。レストランやカフェ、ギャラリーなどが入っている。
元荒川の大沢橋手前を右に曲がって、寄り道する。
川沿いには、ヒドリガモのコロニーが数か所にあるらしく丁度土手に上がり始めた。
越ヶ谷御殿跡。家康が1604年に建てた御殿跡。家康は越ヶ谷宿での鷹狩りが好きで、ここが休憩・宿泊場所になったという。明暦3年(1657年)の振袖火事後、御殿は仮の居城として江戸城内に移された。
そのすぐ先に建長元年(1249年)板碑。この地域で発見されたものの中では最古で最も大きい。塔婆の一種。
元荒川の宮前橋を渡り、越ヶ谷久伊豆神社へ。500mもある長い参道で奥が見えないくらい。参道の左側は植物園でハランの花を見に行ったことがある。そのときこの久伊豆神社にも寄った。
国造りの神・大国主命とえびす様・事代主命を主祭神とする越ヶ谷郷の総鎮守。秀忠・家光も訪れている。
平田篤胤が越谷の油商人・山崎篤利の娘と再婚し、久伊豆神社境内に草庵「松声庵」をむすんで、その跡がある。義父や門人たちの援助による。ここで篤胤のライフワークとなる『古史伝』の著述にとりかかった。
第三の鳥居の近くには三猿が烏帽子をかぶっている庚申塔がある。面白い!
本殿。
足止めの狛犬。家出や悪所通いや多忙な仕事などで家庭を顧みない家族との絆をしっかり結びなおしたいという願いを込めて、狛犬の足に麻を結ぶという。こんな狛犬初めてです。
平田篤胤の弟子が植えた、天然記念物の藤棚が立派です。
本殿の裏の絵馬掛けの真ん中に平田篤胤奉納「天岩戸の図」がある。画工に描かせたものの複製という。
三ノ宮卯之助銘の力石。約190㎏(50貫目)を持ち上げたそうだ。
長い参道を戻ると脇にあるお寺は天獄寺にはたくさんの庚申塔や供養塔などの石造物がある。

街道に戻る途中の公園で休憩。午前中、越ヶ谷宿のお菓子やさんで買った百代もなか(こしあん)をいただく。
街道に戻る。本陣、脇本陣があった場所には何も標柱がなかった。この辺りで越ヶ谷宿も終わり。
最後の寄り道は大沢香取神社。大沢町の総鎮守である。以前来て、彫刻とお雛様をブログに載せていますが再度失礼します。
慶応2年(1866年)再建の奥殿壁面の彫刻が見事だ。浅草の彫刻師、長谷川竹次郎作だそうだ。
このあたりで盛んだった紺屋(染め物)の作業を表したもの。

ちょうど雛人形の展示をしていた。
この日の街道歩きは終了して北越谷の駅に向かう。東武スカイツリーライン、武蔵野線、中央線を乗り継ぎ、地元到着は6時10分前。
前週に引き続き庄やにてカンパーイ!
いさだとわかめの豆腐サラダ 、菜の花としらすの卵焼き、牛タンコロッケ、明太じゃがいもチヂミ、ラーメン。
帰宅は8時前だった。約34000歩。
あれから約2ヶ月も過ぎ去って遠い昔のようです。(完)
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コメント
こんばんは(^o^)/!
コロナウイルス肺炎感染拡大防止のため、緊急事態宣言・外出自粛要請が延期され、街道歩きも中断中でしょうが、ご近所の散歩とかしておられますか?
草加宿から越ケ谷宿、前回の百代橋とその先に続く松並木がとてもいいですねネ!
かつての街道沿いには、普段はなかなか知ることができない色んな史跡があるのだなと、ふと思いました。
私が暮らす地域にも、かつて佐屋街道と呼ばれた道があります。時間があれば、わずかでも歩いてみようかなと思います。
投稿: 慕辺未行 | 2020年5月10日 (日) 22:42
tonaさん、おはようございます♪
越谷市の古い商家は私がまだ子供のころまで
実家の近くにも残っていました。
特に店舗と蔵が横並びになっいる民家は、
同じような造りだったのでびっくりしました。
何のお店かは知りませんが、子供が行くようなお店では
なかったことだけは確かです。
日用雑貨店のような造りのお店もあり、
そこでは、お米やお酒を扱っていました。
私が結婚して実家に帰ったころは潰れていたり
建て直していたりで、すっかり様相が変わっていました。
越谷は徳川家康や、平田篤胤など歴史上の人物とも
関りのある地あったのですね。
最近は鷹を見ることも無くなりましたが、
当時はこの辺も雑木林等が多く、鷹が沢山いたのでしょうね。
もう2ヵ月経ちましたか。
早く新コロナ問題が終息すると良いですね。
投稿: hiro | 2020年5月11日 (月) 06:59
★慕辺未行さま
おはようございます♪
近所の公園や墓地に散歩に出かけて足が衰えないようにしています。
しかし街道歩きのように歩数は多くなく、坂は息切れが、、。すぐ弱ってしまうものなのですね。
まだ始まったばかりの日光街道歩きではありますが、千住や草加の松原は忘れないと思います。とても印象的です。
歩いてみますといろいろなものに出会い、いかに知らなかった痛感しています。
まだ京街道のラストと中山道が3分の2以上残っていますが、佐屋街道や美濃路、姫街道も候補に挙がっていて、娘がもう地図を買っているのです。しかしこんなことになって半年、あるいは1年とかかるとなると先の短い私はどこまで楽しめるか?ですが歩けるところまで楽しみます。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年5月11日 (月) 08:50
★hiroさま
おはようございます♪
ご実家の方に店舗と蔵が横並びになっいる民家があったのですか。
このような造りは珍しいということも初めて知ったのです。
子供の頃私も疎開先で駄菓子屋のような店や蔵造りの家をたくさん見ていますが、歴史も知らずにただ遊んでいただけでした。
その後どんどん変わっていきましたね。
ですから街道筋のまだこうして保存されている家は大変貴重なのだと思いました。
越ヶ谷のこの元荒川沿いは、昔鷹がいたことが想像できないでいますが、今は鴨とカラスが沢山いました。
私の現在住んでいるところは「お鷹の道」がすぐそばで、やはり将軍家の鷹狩りに関係あったようなのです。
2ヶ月も乗り物に乗らないなんて今までずっとなかったような。
今小さな地震がありました。コロナの上にこの頃地震が多くて心穏やかではありません。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年5月11日 (月) 09:01
建物、神社、街並み、見どころ満載ですね。
草加越谷なんて一括りで片づけてはいけないな。
足を縛られた狛犬はステイホームの守り犬でしょう。
投稿: 佐平次 | 2020年5月11日 (月) 09:59
いろいろ珍しい古建築を見られるのも旅の楽しさ
の一つですね。
庚申塔もいろいろありますが、珍しい形のものも
ありますね。関西には全く見られなかったものです。
板碑も関東に多くて、この梵字はとても多くて
キリークと読みますね。今はあまり読めませんが・・・
関西にいたころはよく見ました。板碑でなくて
別の石塔でしたが・・
ひな人形の飾られる時期に旅をしますとおまけが
あり、楽しめますね。
投稿: matsubara | 2020年5月11日 (月) 10:15
こんにちは
越ヶ谷宿は明治時代に2度も大火に見舞われて焼失して
しまったのですね。あまりに多くの建物が焼失してしまいましたね。
現存の古い建物は明治32年より後に建てられたものという
ことになるでしょうか。戦火には見舞われなかったのだと
ちょっとホッとしました。
昭和初期に建てられた診療所は今も現役なのですね。
ピンクということもあって可愛らしく感じますが、
よく見るとなかなかどっしりとしていますね。
足を縛られた狛犬にはびっくりです。切実な願いの現れ
なのですねぇ。狛犬の顔が苦笑いに見えます(^^;)
投稿: ポージィ | 2020年5月11日 (月) 10:22
こんにちは。
日光街道面白いです。
今回は特に興味を惹かれるものが沢山ありました。まずは街並み、明治時代の建物が街道筋に多いようですが、
今でも現役で使用されているのに驚きました。
店舗と蔵が横並びの姿もいいですね。中が見てみたいですね。
庚申塚、三猿が烏帽子をかぶっている!!
今まで見たことがないです。
狛犬の足を縛って足止め・・・とは!!
それだけこの宿が栄えていたという事でしょう。
昭和初期の診療所。このタイプの診療所は東海道でも見たし、佐野厄除け大師で有名な佐野でも見ました(色は違うけれど)
昭和初期、医院は裕福で最新流行の建物にするケースが多かったのかも。
それにしても休憩中の甲州街道の面白みのなさ!!
tonaさんならいろいろな発見があるのかも知れませんが・・・・・
でも時々小さなマイナーな発見があり、それなりに楽しく歩いています。
投稿: ☆銀河☆ | 2020年5月11日 (月) 12:14
★佐平次さま
>ステイホームの守り犬・・・大傑作です!!
悪所通いなんて今も昔もと笑えました。
ところが最近はパチンコ屋に並ぶ人々の言い訳を聞いて笑っていられなくなりました。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年5月11日 (月) 12:48
★matsubaraさま
確かに昔の建築を見る事が多い街の宿は楽しいですね。
matsubaraさまは梵字まで読まれるのですね。凄いです。
こちらは庚申塔が多いです。
いつも下に彫られる三猿を見ていますが、烏帽子は珍しいです。
枚方の方でも見ましたが、香取神社でもお雛様をたくさん楽しめました。随分種類があるものです。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年5月11日 (月) 12:58
★ポージィさま
こんにちは♪
2度の大火では殆ど焼失したのでしょうね。
今ある建物で最初の木下半助商店にだけ説明板がありまして、それによりますとやはり明治32年の大火で焼けてその後順次建てて行ったそうですから、江戸時代のはないように思われました。明治の建物といえどももう100年以上、古いですね。
医院もちゃんとメンテナンスされていて、90年以上になる今も現役というのが嬉しいですね。入ってみたいです。
おっしゃるように足を縛られた狛犬の顔は他の神社の狛犬の顔とかなり違った形相です。可哀想になるくらい。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年5月11日 (月) 13:12
★☆銀河☆さま
こんにちは♪
日光街道、あまり期待していなかったのですが、今のところは見所がありますね。粕壁以降はどうなるでしょうか。まだ中山道もありますし、先になりそうです。というか街道歩き自体いつできるのでしょうか?という問題があります。
越ヶ谷宿はお店をやっている以外は中が見られないのが残念でした。土、日公開というのは東海道や中山道に多かったのでそれも曜日が違って適いませんでした。
烏帽子を被った三猿、可愛いです。
足を縛られた狛犬には驚きました。
佐野厄除け大師はまだ行っていないですが、東海道に確かにありましたね。今は使ってなっかったですが診療室の中を見ました。歯医者もありましったけ。どんどん忘れて娘にSOSを時々出したりしています。
甲州街道は一番後になりそうで、もうもしかして歩けないかもしれませんが、そう思って歩くと発見があるでしょうか。気力をそれまで保持したいものです。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年5月11日 (月) 13:27
越谷は行ったこともなく知りません。
街道沿いには昔の古い家が現存してるのですね郷にもあんな感じの病院がありました。母がよく加勢に行ってた病院。懐かしいです。
狛犬。いろいろありますね。でもこんなのは初めて見ました。庚申塔がいっぱいあると言うことは道教が広く信仰されてた証拠ですね。
投稿: 夢閑人 | 2020年5月11日 (月) 14:47
★夢閑人さま
こんばんは。
お母さまが通っていらした病院もこのピンクの病院に似ているんですね。
今も診療しているということで感動しました。
足を縛った狛犬には驚きました。
意味を読むとなるほどなのですね。
庚申塔と道教の関係は知りませんでした。まだまだ勉強不足です。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年5月11日 (月) 19:16
横田診療所は私が子供の頃に利用した建物のようで懐かしいですが、未だ現役で利用されてるのですね。
草加宿~越ヶ谷宿辺りは明治時代の沢山の建物が残っているのですね。
足止めの狛犬なんてあるのですね、この狛犬の顔もビックリしてるような顔ですね。
大沢香取神社は立派な彫刻が凄いです。
これが最後の街道歩きで、2ヶ月経ってて次回に歩けるのは何時頃か予測がつかないですね。
街道歩きが大好きなtonaさんですから、1日も早くコロナの終息を願うばかりです。
投稿: ラッシーママ | 2020年5月11日 (月) 19:18
★ラッシーママさま
そういえば横田診療所のような建物を子供の頃見た記憶がありますね。
次々建て替えられている中、今も現役で使っているとは珍しいですし、大切なことでもあると思いました。
この狛犬、珍しいですね。
香取神社の彫刻は寅さんのところの帝釈天の彫刻に匹敵すると思いました。
ずっとこのように歩いていないので体力がすっかり落ちてしまいました。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年5月11日 (月) 19:40
34000歩の歩きとは恐れ入りました。
私の2月の鎌倉歩きは24000歩でしたから(それも坐骨神経痛気味で、膝がピリピリしていました)、もうtonaさんには叶いません(汗)
越谷の街は車で通りすぎただけで知りませんが、流石に宿場町だけあって、古い建物がたくさん残っているのですね。
足止めの狛犬さんにはビックリです。お顔も微妙で笑ってしまいましたよ。
私が埼玉で知っている街は、息子が10年住んだ川越と、山登りで利用した飯能だけです。
どちらも古い建物が多くて、見所もたくさんありましたが、どちらかというと商業の街と言う感じでしたね。
思いがけず「歴史的建造物が多い埼玉」、見直しました。
投稿: nao♪ | 2020年5月12日 (火) 11:52
★nao♪さま
東海道や中山道は40万歩くらいが平均でしたが、日光街道は4万を越えることがありません。そして今、2万歩くらいの散歩でヘロヘロ状態です。2ヶ月の間に体力がすっかり衰えました。恐ろしいほどの勢いです。1年も続いたら廃人になりそうです。
埼玉県には他に中山道が通っています。木曽を通って塩尻諏訪佐久地方を抜け、碓氷峠を下りて群馬県から埼玉県に入ります。
私は飯能の他寄居方面、秩父方面を山の関係で行きましたが、naoさんの家から遠いですね。
これから街道筋がどうなっているか、もう忘れた頃に訪れるかもしれません。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年5月12日 (火) 16:03
横田診療所の建物とよく似た建物を山口市で観たことを思い出しました。
調べると写真館でした。
↓
http://floatbridge.blog61.fc2.com/blog-entry-783.html
(大内義隆の菩提寺 龍福寺 山口市)
でも写真を見ると全然違っていましたね。
ヒトの記憶って、そんなものなのかと、ちょっとがっかりしましたよ。
マンホールの蓋に市の花をデザインしてあることが多いですね。
四日市市のマンホール蓋には
市の花のサルビアがあしらわれているものもあります。
昔の街並みが残っているのですね。
まだ商いをなさっておられる民家もあって
かつてのお店はこのようだったのかと
改めて感じることができますね。
越ヶ谷は家康公のタカ狩りの場所であり、
御殿があったことを全く知りませんでした。
御殿が残っていたら好かったですね。
1657年と云いますから関ヶ原から67年・・・
そのときは家康公は他界されてますが
割りに早いうちに江戸城へ移築されたということですね。
三猿が烏帽子をかぶっている庚申塔は面白いです。
庚申塔自体を見たことは数回程度ですから
ご紹介のような庚申塔が他にあるのかどうか
興味が湧きますね。
34000歩とは素晴らしい脚力ですね。
ここ数年はそんなに歩いたことがありません。
衰える一方ですよ。
投稿: Saas-Feeの風 | 2020年5月12日 (火) 16:18
昭和初期の建物は良いですね。当時からピンク色だったのでしょうか。明治時代の建物も私が子供の頃は、近所にもあったような記憶です。当地はニュータウンなのでこういう情緒が全くありません。
投稿: 多摩NTの住人 | 2020年5月12日 (火) 16:23
★Saas-Feeの風さま
龍福寺を拝見させていただきました。
似ていないようで、角度によって大変よく似ていますよ。こちらは隣が写真館として現存なのですね。
大内人形買ってきまして、今娘の所にあります。
山口と言えば五重塔が忘れられません。
マンホールは市によっては3種類もあるところがありました。四日市市についてはその2つ目は見てないと思います。
越ヶ谷はたくさん残っていませんが、残っているのが通りに並んでいて、明治を思い出させる建物でした。
越ヶ谷の家康の御殿は江戸城に移ったのに、それは今はもうないようですね。鷹といえば土岐氏を思い出しますが、家康もかなり好きだったようで、あちらこちらに残っているようです。
この珍しい庚申塔は他にあったら教えてくださいね。関東に庚申塔は多いのかもしれませんが。
私もこの2ヶ月でかなり足が衰えました。よほど努力しないと歩けなくなります。人間の体と心は不思議なつながりがあって、ココントロールていかねばなりません。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年5月12日 (火) 16:58
★多摩NTの住人さま
昭和初期の建物は随分見ていると思います。
窓が違っています。今は網戸の問題などあって建て替えてしまうことが多いとか。確かに。
ご実家は確か東海道沿いで(神奈川県に入っていましたっけね)今お住まいの所と全然違うことでしょう。自然豊かでそれはまた素晴らしいです!
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年5月12日 (火) 17:02
2ヶ月も前のことをよく憶えていらっしゃいますねえ!
私は何処かに行ったりした後、すぐなら書く気になるのですが
時間がたつと、面倒になってまあいいかと思ってしまいます。
足を縛られた狛犬なんて初めて見ました。
丁度、コロナ禍の我々のようですね。
早く自由に歩ける日が来るといいですね。
投稿: zooey | 2020年5月15日 (金) 13:26
★zooeyさま
私もまあいいかが多いのですが、さすがに、これからも続けていくかもしれない日光街道の途中抜けが気になって、思い出して記しました。
おっしゃる通り、たまたまですが縛られた狛犬はコロナ禍で出られない私たちのようですね。
この時はこんなになるとは思わず、しっかり拝んでこなかったですが、神頼みも効きそうにないウイルスですね。
乗り物が恋しい毎日です。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年5月15日 (金) 14:48