日光街道4 越ヶ谷宿~粕壁宿(前編)
◆越ヶ谷~粕壁
やっと都外に出られるようになったので、約三ヶ月ぶりの日光街道歩きです。
前回越ヶ谷宿を見終わって北越谷駅から出発。9:45頃歩き始める。
この日は江戸時代の古い石像を多く見る事になる。
青面金剛庚申塔と古奥州街道の道標を兼ねた石造物。寛政3年(1791)。しめ縄?が。
宮内庁埼玉鴨場入り口の冠木門。以前にも来てブログに載せたことがある。
鴨の飛来が少なくなった浜離宮の代わりとして明治41年(1908)に元荒川沿いに設置された鴨場だ。外国のお客様をもてなすと聞いたが、果たして今でも使われているのでしょうか。鴨池はなんと1万2000㎡あるそうだ。見られないのが残念。
そばに大林寺があって、門前にある大乗妙典一千部供養塔は元文9年(1740)年の建立。この辺りも古い石造物が多い。次々と出てくるのでそれを愉しむ。
香取神社(このあたりの街道には香取神社が多い)に壊れかかった石造物や力石や猿田彦大神(猿田毘古大神)がある。
猿田彦大神はこのあとあちこちで見かけた。Wikiによれば、
天孫降臨の際に、天照大御神に遣わされた邇邇芸命(ににぎのみこと)を道案内した国津神。 伊勢国五十鈴川のほとりに鎮座したとされ、中世には、庚申信仰や道祖神と結びついた。そうそう、この街道筋は今の所、庚申塔も多いのです。庚申塔は青面金剛の下に必ず三猿がいます。猿田彦大神との関係も頷けるような。
猿田毘古大神と猿田彦大神。
同じようなのをこの先もたくさん見る。埼玉県は秩父の山でもそうだったのですが、庚申信仰が盛んだったようだ。
又、地蔵菩薩も多い。このように表面がはがれて青くでているものは1700年代からそれより古いとみて差し支えないようだ。
下間久里香取神社を通り過ぎ新方川(にいがたがわ)を渡ると春日部市に入った。市の花・藤をデザインしたマンホール。藤の牛島があるからでしょうか?
その奥の歓喜院の中にあった、六地蔵尊碑。舟形の一石六地蔵は珍しい。
これは寛延3年(1750)の馬頭観音。馬が頭にしっかり見えました。そういえば岐阜県内の中山道は馬頭観音だらけでした。早く中山道に行きたい!
西光寺。立派なお寺だ。
台杉仕立ての北山杉。京都市街の鞍馬寺の周辺に群生する北山杉。東山魁夷が描いていたのを思い起こします。
宝暦4(1754)年の十一面観音菩薩を刻んだ普門品供養塔。
街道に戻り少し先に進むと、建御雷(たけみかづち)神社がある。境内に嘉永5(1852)年に築かれた富士塚があり、富士浅間宮大権現が祀られている。今までで見た最小の富士塚だ。
称名寺の裏手の林西寺へ。立派な山門。
一石六地蔵がまたあった。こちらは六角石柱に彫られている。
葵の御紋が目立つ本堂から、内陣を拝見。
寺領25石の実物の朱印状が残されているという格式の高いお寺だそうだ。子育て呑龍上人(貧しい家の子供を数多く養育した)として知られる呑龍上人の出家した寺である。朱印状というのは天領を寺社などに寄進する旨を記した書状。
街道に戻り、昼食。イタリア厨房 ベルパエーゼに入る。検温あり(歩いて暑くなっていたので心配になって慌てて凍らせたお茶のペットボトルをあちこちに当てて体を冷やす)どうやら6.6度で無事だった。
スープ、アマトリチャーナスパゲティとサラーメピザ(オリーブとサラミ)をシェアする。デザートはケーキか抹茶あんみつだったので迷わずあんみつを。ビッグサイズなので、ピザは残したが、あんみつは全部食べてしまって、食後は満腹で血を吸った蚊のようであった。

一日中曇りのはずだったが、午後から日が照って暑く、帰ったら腕が真っ黒に焼けていた。
八里目の備後一里塚跡の碑。
なぜ備後か?かつてこのあたりは海で、見つかった観音像が備後からきたものだったからだそうだ。
街道に近づいてきた川は大落古利根川。稲が大分伸びて緑が美しい!
元は利根川の本流だったのが、江戸初期に東遷事業により付けかえられ、排水路となった。大落(おおとし)とは農業排水を落とすという意味だそうだ。
奥に見える橋は昭和初期に架けられた時は有料の木の橋で賃とり橋と言われていたという。
善巧寺。浄土真宗の寺で親鸞聖人の旅姿の像がある。京都へ帰り、90歳で生涯を閉じたとあった。
大下稲荷神社を通り過ぎ、八坂神社到着。いよいよ粕壁宿である。
八坂神社境内には文政時代の猿田彦大神があり三猿が刻まれている。

粕壁宿は日本橋から約36㎞。
元々平安時代に紀氏の一族が土着し春日部氏を名乗る。
地名の漢字表記の「春日部」は南北朝時代の春日部が古く、その後戦国時代「糟ヶ邉、糟壁」と変化し、江戸時代中頃以降は「粕壁」と書かれるようになった。
昭和19年(1944)粕壁町と内牧村の合併により、春日部町となる。昭和29年(1954)に春日部市となる。さらに合併して2005年(H17)に現在の春日部市になる。
(続く)
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コメント
東京は無限に探訪できる楽しみがある所ですね。
知らないところを教えて頂きありがとうございます。
娘さんがおつきあいされることは羨ましいです。
歴史的なこともお好きなのですね。
わが娘は大河ドラマも見ませんのでダメです。
古いと言うのです。
投稿: matsubara | 2020年7月11日 (土) 08:45
★matsubaraさま
私は井の中の蛙で、知らないところが多いです。
お陰様で、娘が全部計画し下調べをしてくれるので、私は写真を撮って歩くだけ。その歩きがもたもたすることがあって鍛え直しです。
歴史も表面をなぞるだけでしたが、知らないことが99%という感じです。
主として外国はヨーロッパに行きましたので、そちらの歴史も広く深く、なかなか勉強できず、日々は過ぎていきます。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年7月11日 (土) 09:49
何でもご神体にしてしまう日本ですが
石碑にしめ縄のハチマキ?をしたものは初めて見ました。
新浜の鴨場で天皇陛下が雅子様にプロポーズしたと記憶していますが
鴨場はここにもあるのですね。
立派な冠木門がその中の様子を想像させます
春日部は糟壁、粕壁を経て今の表記になったんですねぇ
何となく今の春日部の方がおしゃれな感じがしてうなずけました(*^-^*)
>満腹で血を吸った蚊のようであった。
この表現には笑ってしまいました~
でもわかるきがするわ。
投稿: ビオラ | 2020年7月11日 (土) 14:37
tonaさん、こんにちは~♪
頼りになるお嬢さんが近くに住んでいて良いですね。
娘も旅行好きですが、もし近くに住んでいても、
街道歩きには付き合ってくれないような気がします。
今回歩かれたのは越ヶ谷~粕壁ということですが、
平安時代からいろいろな変遷を経て現在の春日部市
という文字になったのですね。
それにしても石仏や石碑の多いこと。
信仰心の篤い人が多かったのですね。
石仏や石碑はさっと見て通り過ぎることが多いですが、
これらに刻まれた文字を読めば、歴史にもより詳しくなれますね。
美味しそうなイタリアン。
満腹表現には可笑しくて笑ってしまいましたが、
もうイタリアンは当分食べなくても良さそうですか?
投稿: hiro | 2020年7月11日 (土) 15:53
こんにちは
日本は、本当に様々な信仰が石碑や石像として残されていますね。
神様もたくさん、仏様もたくさんで庚申信仰は神仏その他が
合わさった信仰でしょうか。
神様も仏様も、名前や役割など全く頭に入ってこない(覚えられない)
状態なのです。現代人は無宗教の人が多いといわれますが、
そう言いつつ神仏共に多くの参拝がありますし、
実は柔軟性に富んだ信心深い民族なのかしら??
などと勝手気ままなことを考えながら拝見しました。
あまりに知らないことだらけで、全然お話について
いけなくなっている自分がいます(^^;)
投稿: ポージィ | 2020年7月11日 (土) 16:05
こんにちは。ようやく再開ですね。越ケ谷方面は行くことが無く知らない名前ばかりです。春日部は知っていますが、粕壁は知りませんでした。
投稿: 多摩NTの住人 | 2020年7月11日 (土) 16:31
★ビオラさま
私もしめ縄の付いたのは初めてのような気がします。
神様、仏様は覚えきれないくらい沢山ですね。
何度本を読んでも覚えられず忘れてしまいます。
神社には複数神様がいるところが多いです。
もう一つの新浜の鴨場で天皇陛下が雅子様にプロポーズされたのですか!全然知りませんでした。千葉の方も見てみたいなあと思いました。でも門だけ見ても仕方ないですね。
粕壁より春日部の方が早かったそうで私は反対かと思っていました。
何度か私の血が吸った蚊が苦しくて倒れているのを見ましたので、この日は逆みたいでしたよ。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年7月11日 (土) 19:29
★hiroさま
こんばんは♪
お嬢さんも旅行好きですか。
でも今は遠すぎて残念ですね。
街道歩きに付き合ってくれてありがたいわけですね。ツアーの旅行と違って歩き通すのですから、体にはいいですが時には足が棒になることもありますので、一緒してくれる存在は本当にありがたいです。
石仏、石碑がまだまだたくさんありまして、全部載せるには多すぎました。
刻まれた文字は私にはほとんど読めません。年号は西暦との比較表でわかります。
今回は1700年代が多かったです。
そうですね。続いてはイタリアンも無理かもしれません。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年7月11日 (土) 19:30
★ポージィさま
こんばんは。
寺院の本堂にはたくさんの仏像のあるところがありますが、殆ど非公開です。
でも路傍やお墓にある石像や石碑で人々の信仰が伺えるのですね。
神社の本では日本の神様の名前がややこしくて全然覚えられません。天照大神、日本武尊、素盞嗚尊、いざなぎ、いざなみくらいしか思い浮かびませんが、八百万の神なんていいます。
仏像も本を何冊も買って読んだのですが、仏様があまりに多すぎて、これまた大変。でも神と違って仏は像が造られていますのでその点親しみが湧きます。
日本人は一神教の民と違って宗教戦争が起こらないのが素晴らしいです。
いつもいつも、私も知らないことを調べては書きまくってすみませんと思っています。
お付き合い下さりありがとうございます。
これからも懲りずに宜しくお願いいたします。
投稿: tona | 2020年7月11日 (土) 19:49
★多摩NTの住人さま
こんばんは。
このところ埼玉県の地図とにらめっこです。
埼玉県は日本一、市や、町や郡が多いとかで、たくさんの地名が出てきます。
地名に二通りの字を書くところが結構ありますね。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年7月11日 (土) 19:53
中山道に行きたい!
解ります。
私も都内ぶらぶら歩きをしたいです。
投稿: 佐平次 | 2020年7月12日 (日) 10:31
★佐平次さま
感染不明者は満員電車か?ということが書いてありました。
満員電車を避けて行動です。でも近く遠くを問わず、都民は来ないでと言われます。
何時になったら。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年7月12日 (日) 11:23
ビオラさんも書いてますが石造物にしめ縄、私は何となく可笑しくて笑ってしまいました。
埼玉にも宮内庁鴨場があったのですね、これまたビオラさんと同じく現天皇が雅子皇后に
新浜の鴨場でプロポーズした事を思い出しました。
私は両親の疎開先の栃木県佐野市の生まれで、小さい頃から春日部の地名はよく聴いてたのですが
何で春日部の地名を覚えてるのか、両親の知り合いがいたのかも・・・
tonaさんは餡子が好きなのが、よく分かりました。
投稿: ラッシーママ | 2020年7月12日 (日) 15:53
★ラッシーママさま、ありがとうございます。
日本は神仏混合と言いますが、こんなところにも表れていますね。
明治の初めまで神社とお寺は同じところにあったのに廃仏毀釈で別れ別れ、お寺が復活したのは良かったです。
現天皇のプロポーズのお話場所の事、何も知りませんでした。鴨場の中はきっと素敵な場所なのでしょうね。
佐野市ですか。ラーメンを食べたのを思い出します。
春日部とそれほど接近しているわけではないですが、それでも隣り合った県境の近くではあります。
( `ι´;)ククク、餡子好きはとっくにばれていますね。ケーキより好きです。若い頃は同じだったのですが。
投稿: tona | 2020年7月12日 (日) 16:40
こんばんは(^o^)/!
ここ数ヶ月、土・日曜日しか皆様のブログ訪問ができなくなってしまいました(^_^;;!
それでもこの時間は、公私ともに忙しい日々を忘れ去れてくれる時間です。
久々の日光街道歩きですね。たしか前回はとても立派な橋があったのを思い出しました。
猿田彦命がずいぶん祀られているのですね。関東に猿田彦命をお祀りする庚申塔がこんなに多いとは驚きました。
おっしゃる通り天孫降臨の際、邇邇芸命を天つ国から道案内した神です。その後、天岩戸に閉じ籠った天照大御神様を再び出てくるよう活躍された天宇津女命とともに故郷の伊勢へと帰り、伊勢神宮内宮そばの猿田彦神社に鎮座しております。
東京では再びコロナ感染者が3日続けて200人を超えるなど、再び都外外出が自粛されるようですね。
中山道歩きも、今回の大雨でところどころ土砂崩れがあったかもしれません。
街道歩きも思うにままならない状況になりそうですが、時が来ればまた歩けるようになりますヨ!
投稿: 慕辺未行 | 2020年7月12日 (日) 23:30
★慕辺未行さま
こんにちは。
本当にお忙しい中、コメントいただきありがとうございます。
茨木県、栃木県に行くとどう変わるのかわかりませんが、埼玉県は庚申塔が多いです。
ここでかねてから聞いてはいましたが身近になった猿田彦命が出てきて庚申塔と関係あることを知りました。
半日以上歩いているのですから、一つくらい知りそれだけで嬉しくなります。
伊勢神宮内宮そばの猿田彦神社に鎮座していることも2度伊勢神宮に参りましたが、知りませんでした。この天孫降臨に関してもたくさんの神様が出てきて、それがまた名前を読めなくて困ったものです。
この1週間後に日光街道の続きに行きましたが、その後またこんな事態になりました。ですから都外に出ることが2度も1昨日までありましたが自粛しました。
中山道も洪水などのニュースで、歩いたところ(瑞浪市、中津川など)が出てきて現地は大丈夫でしょうかと気になっています。
大湫の神明神社のご神木が倒れたそうで。樹齢1000年でした。心が痛みます。
中山道もいつか歩けるといいです。
投稿: tona | 2020年7月13日 (月) 09:18
おお!こちらでも猿田彦大神が登場ですね!いい歴史散歩を楽しまれていますね!毎日続く雨模様の天気、豪雨被災エリアの惨状、東京のコロナ感染は依然収まらず・・、何とも心憂鬱な7月前半でした。しかしあと1週間もすれば、本格的な青空が見られるいよいよ梅雨明けの足跡が聞こえて参りました!7月下旬の4連休はコロナ感染に気をつけながら気持ちよくサマーアウトドアを楽しみたいものですね!
投稿: ローリングウエスト | 2020年7月14日 (火) 06:36
★ローリングウエストさま
東海道を歩いているときは全然気にせず、今回の日光街道で猿田彦大神に気が付きました。
御ブログでコメントをいただいた古代ユダヤ教の事ですが、私の以前の同じ講座で違う講師に伊勢神宮にユダヤの星があることなどを聴いて驚いた覚えがあります。
他いろいろ痕跡があることも。
でも天狗のことは聞きませんでした。
今では地理的に離れていることなどでその関連性がすぐにはわかりません。こうして教えていただくとなるほどなのです。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年7月14日 (火) 08:12
三ヶ月ぶりに街道をお歩きになって、それが再びの活力になりますね。
本文中に「早く中山道に行きたい!」と書いておられます。
先日の大雨のため大湫宿・神明神社の大杉(樹齢1300年ほど)が倒れたとの報道です。
ローカルニュースだけではなく、全国ネットのニュースでも
採り上げられていましたのでご存知かも判りません。
確か、既にお歩きになった宿と思ったのですが・・・。
猿田彦大神は伊勢一の宮・椿大神社(つばきおおかみやしろ)の主神です。
こちらに来て少し驚いたことは、伊勢一の宮がふたつ(二社)あることでした。
あとの一社は“都波岐神社”(つばきじんじゃ)で
両社ともに鈴鹿市に鎮座。
Saas-Feeの風が勤務していた企業では構内に椿大神社の分社があり、
工事の際には椿大神社の宮司に安全祈願をお願いしていました
北山杉があるとはと少々驚きました。
苗木を運んだのでしょうかねえ。
投稿: Saas-Feeの風 | 2020年7月14日 (火) 13:23
★Saas-Feeの風さま
この時を機に街道歩きを再び歩き始めましたが、このあと埼玉県をもう一度歩いたら、再び一日に200人以上の感染者が続いてまた東京から出られなくなりました。それでまた都内を今日は歩いてきました。のろまですのでだいぶ先にUPすることになりますが、マスクをしての歩きは暑いです。
でも3か月の間に足が弱ったという人の話を聞いて高齢になるとこうなるのかと恐ろしくなりました。私も日々鍛錬です。
大湫宿・神明神社の大杉の話、聞きました。よく覚えています。何度も倒れて大分傷ついていました。とうとう倒れてしまったのですね。
猿田彦大神は伊勢一の宮の主神なのですね。
その一の宮が二社あるのですか!なかなか覚えられませんが、椿大神社と都波岐神社ですか。字が違ってニュアンスも少し違いますが、鈴鹿市にあるとは。Saas-Feeの風さまのお近くですね。
庚申信仰に結びついたということで三猿もある事とも関係あるようで納得しました。
伊勢一の宮まで飛んでその関係を知って嬉しかったです。
北山杉、京都からやって来たとしか思えません。樹形が普通の杉と全然違います。京都では見ていないと思います。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2020年7月14日 (火) 20:40
春日部は以前に住んでいたところです。懐かしく拝読しました。
投稿: evergrn | 2020年7月15日 (水) 11:12
★evergrnさま、ありがとうございます。
まあ、春日部に住んでいらしたのですか。
名前は聞きましたが、初めて通りました。
川があって、電線も地下へ、日光街道では宿場町としてきれいに整備されているところなのですね。
投稿: tona | 2020年7月15日 (水) 14:12