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2021年4月21日 (水)

甲州街道7 上鳥沢宿~阿弥陀海道宿(2)

●駒橋宿(17番目)問屋1軒、旅籠4軒と小さい宿。強瀬、岩殿への桂川の渡船場があったそうだ。次の大月宿までも1.1㎞しかない。

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厄王大権現。境内には祇園社と「平和祈願の石」が祀られる。背後は岩殿山だ。
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桃太郎の桃。厄王山奥の院の風化された桃石を模して設置したと書かれていた。新しい。
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枝垂桜も丁度満開。
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寛政5年(1793)建立の秋葉山常夜燈と、隣の丸石道祖神。丸石が乗っているのは甲州独特だそうだ。
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旅籠橿屋跡。
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寄り道した大月の総鎮守、三嶋神社。昔、境内には大槻(おおつき)と呼ばれるケヤキがあり、これが大月という地名の由来になったそうだ。
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●大月宿(18番目)本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠2軒。富士街道との追分があり富士講の人々で賑わったという。

大月駅に富士急行のラッピング電車が止まっていた。娘に寄れば、私の全く知らない『NARUTO-ナルト- 疾風伝』だそうだ。何故ここにというのもわからない。
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ここも溝口本陣跡に明治天皇御召喚所趾碑がある。
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少し先に進んで大月橋の袂に富士山道追分道標がある。文久2年(1862)建立の道標で「右甲州道中 左ふじミち」並びに津島牛頭天王社、馬頭観音、文政13年(1830)建立の常夜燈が並ぶ。
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進むと桂川の支流、笹子川が見えてきた。笹子山に源を発する。
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●下咲花宿(19番目)
上花咲宿と合宿で本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠23軒。問屋業務は月のうち下15日を勤めた。

下花咲の一里塚跡(24里目)だ。
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天保4年(1842)建立の芭蕉句碑。「しばらくは花の上なる月夜かな」・・芭蕉の句はとても分かりやすい。
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馬頭観音等がたくさん並んでいて周りにはスミレが咲いていた。
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星野本陣跡。星野家は本陣を勤め、庄屋、問屋、名主を兼ねた旧家で大きな立派な建物だ。
建物の前に大きな「本陣」と彫られた石碑と、「明治天皇花咲御小休所」の碑がある。
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昼食は本陣の隣の藍屋で鴨南蛮そばを食べる。
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藍屋の隣の稲村神社。大同2年(807)創建の神社で、下花咲村の鎮守。永代総代は下花咲宿本陣を勤めた星野家。
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丸石道祖神があった!
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川の向こうに見えるのはNEC山梨の大月工場で中央自動車道からも良く見える。
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●上花咲宿(19番目)
下花咲宿から600m。本陣1軒、脇本陣2軒、問屋1軒、旅籠13軒。上15日の問屋業務を勤めた。

花咲という地名の由来だが、昔、桜の大木があって枝葉が広がり、花が咲くと旅人が木陰に憩い、枝を折ってかざしたところから「花折」と呼び、これが地名となったという説や笹子川が桂川に合流する地で、両側に挟まれた「端の崎」にあるところからという説もあるという。

上花咲のバス停のそばに明治27年(1894)建立の廿三夜塔がある。甲州街道にも廿三夜塔が多い。
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尾曽後峠の標識。鎌倉街道口とのこと。ここにも鎌倉街道がありました。
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ちょっと寄り道して川を渡って善福寺へ。山門が立派なお寺だ。
「毒蛇になった葦ヶ窪の小俣氏の娘が親鸞聖人に済度され成仏した」というお話に関連するお寺で、毒蛇済度の名号石と毒蛇の鱗とされるものが伝えられる。見当たらなかった。
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真木橋を渡ったすぐ先にある親鸞上人太布名号碑を通り過ぎ、真木諏訪神社に寄る。真木村の産土神。
拝殿。
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本殿は文化10年(1827)再建で、見事な彫刻が施されている。八王子の藤兵衛によるもの。
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第七甲州街道踏切を渡ると、聖護院道興歌碑があった。文化3年(1806)建立の歌碑。室町時代の僧侶で関白近衛房嗣の子。最後に甲斐を巡った時の歌。
「今はとてかすみをわけてかえるさにおぼつかなしやはつかりの里」。下初狩宿へと入る。
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  (続く)

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コメント

聖護院道與は佐々木道與のことでしょうか。
そうしますとさすがに歌はよくまとまって
いますね。

最初の写真の花は珍しいものですね。
見たことがありません。

美味しそうな鴨なんばですね。

投稿: matsubara | 2021年4月22日 (木) 08:30

>旅人が木陰に憩い、枝を折ってかざしたところから「花折」と呼び、これが地名となった

何でもないような、出来事を愛でて地名にしたり、言い伝えたりすることってときどき見られますね。
いいなあ、と思います。

投稿: 佐平次 | 2021年4月22日 (木) 09:56

こんにちは
 
冒頭、キフジの花が! tonaさんがご覧になったキフジは
庭木として植えられていたものでしょうか。
 
石で作られた桃太郎の桃はちょっと縦長に見えますね。
お手本にした、風化した桃石が縦長になっていたのかしら…
「橿屋」の橿が読めませんでしたが、カシ(樫)なのですね。
そして大月が元は大槻だったこと、槻はケヤキ(欅)の古名で
あることを知りました。木のケヤキから月に変わったのは
何故だったのかしら。
花咲という地名の由来が風流ですね。現代だったら
桜の枝を折ったりしたら顰蹙を買いそうではありますが。
タンポポやスミレの咲く脇にある芭蕉句碑や馬頭観音の石碑が
良い雰囲気だなと思いました。

などと、甲州街道とはあまり関係のないことについて
とりとめもなくコメントしてしまってすみません。

投稿: ポージィ | 2021年4月22日 (木) 12:43

★matsubaraさま

聖護院道與は1430~1527年の人で佐々木道誉(佐々木道與はいませんでした)1296~1306年の大名でした。
道誉は聖護院より130年くらい前の人で京極とも号しました。
最初の木の花ですがキブシで山に行くとよく咲いています。
鴨南蛮は久しぶりです。鴨が好きです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年4月22日 (木) 14:12

★佐平次さま

地名などの謂れにはそのものズバリも多いですが、こんな風流のもあるのですね。
日本人特有のような気がします。
機器と向き合って育った人からこのようなことが奪われないように願います。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年4月22日 (木) 14:38

★ポージィさま

このキブシは道路沿いに家から飛び出していたと思います。今迄ずっと里山付近などで見てきたものですから、見上げてしまいました。

さすが、ポージィさんはこの石の桃から風化した石の桃を想像されて・・考えも及びませんでした。
色々な方面からものを見ていらっしゃいます。
槻はケヤキ(欅)の古名だったのですね。知らなかったです。
大月と言うたびにケヤキと浮かんできそうです。
笑点では三遊亭小遊三が大月出身とかで林家たい平の秩父と争っているので。
石碑の建っている周りがスミレの花で覆われていて、素敵でした。
いえいえ、コメントありがとうございました。

投稿: tona | 2021年4月22日 (木) 14:45

キブシの花には思い出があります
子供の頃この花をパラパラにしておままごとのご飯でした。
ずっと名前も知らずにいたこのお花がキブシというのだと知った時は
なんだか感激したものでした。
二十三夜塔は昔の人が月を信仰の対象とした名残なのでしょうが
二十三夜とはどんな月なのでしょう?
満月の前の十三夜の月を愛でたのと同じように何か日本人特有の感覚が
その月を崇めたのでしょうね

投稿: ビオラ | 2021年4月22日 (木) 16:39

甲州街道、桃太郎の桃、花咲宿などという言葉から
見事な花桃が見られるのかと思ってしまいました。
枝垂れ桜でしたか。
でもよいお天気を歩かれて気持ちよかったでしょうね。
いつか花桃の里に行ってみたいと思っています。

投稿: zooey | 2021年4月22日 (木) 18:09

★ビオラさま

いわゆる赤まんまではなくキブシの花だったのですか。可愛い姿が目に浮かびます。
二十三夜塔は月待塔の一つで旧暦の23日の月待の記念として、二十三夜講中によって造立された塔だそうで、16~23と26があります。
十九夜塔と二十三夜塔を一番多く見かけました。月は16日からあとは欠けていくのでしょう。旧暦でよくわからないのですが、23日は半月に近いでしょうか?
ビオラさんの疑問、解決出来たら面白いのに。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年4月23日 (金) 09:52

★zooeyさま

花桃はこの回の2週間前の3月25日に行ったときに桜と一緒にたくさん咲いていました。
今回も遅い桃が咲いていました。
それに遅い枝垂桜が今回はきれいでした。
でも何と言っても笹子トンネルを抜けた先に桃源郷が見られますね。間に合いませんでしたが。山梨県は桃がたしかにあちらこちらに多く咲いていることがわかりました。
車ですとすぐですね。来年には出られるのでしょうね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年4月23日 (金) 10:02

こんにちは。この辺りは全く知りませんね。辛うじて大月駅で富士急に乗り換えをしたことがあるくらいです。リニア実験線は方向違いでしたね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2021年4月23日 (金) 11:46

★多摩NTの住人さま

こんにちは。
私もリニア実験線にどこからかバスに乗って行ったのですが連れられてですので、もう忘れてしまいました。その足で猿橋を見に行ったのですが。
初狩駅の前の高川山に登った時、帰りに富士急に乗りました。いつもバスですので始めてでした。
ちょっと山梨県の一部がわかりました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年4月23日 (金) 16:33

私がこの辺を歩いたのは2018年の11月から翌年の1月あたりです。
鳥沢から大月、大月から初狩、初狩から笹子と
3回に分けて歩きましたが、tonaさんはその3回分を一日で歩かれたのですね。
毎回健脚に驚かされております。
更にこんなに詳しく記録されるとは!

tonaさんの行程を読みながら、自分の記録と照らし合わせていますが、殆ど忘れており、tonaさんの記事で記憶を掘り起こしています。芭蕉の句碑は覚えています。
冬だったので殺風景でしたが、スミレやタンポポで春らしい柔らかな風情ですね。
星の本陣の中庭で参加者3人の写真を撮りましたが、この建物の中には入れず残念な気がしました。
私達は藍屋ではなくこの先で甲州名物という手打ちうどんを食べました。極太もちもちで美味しかったです。

犬目、鳥沢、猿橋との地名からの桃太郎伝説、なるほどと思いました。資料館ありましたね。桃のお饅頭も売ってましたね。
この辺から丸石の道祖神が増えてきたように思いました。
枝垂れ桜の季節の街道歩き、気持ちよさそうです。

投稿: ☆銀河☆ | 2021年4月23日 (金) 17:18

★☆銀河☆さま

まだコロナ前で続けて歩くことが出来て良かったですね。
続けて歩くとよくつながるのですが、昨年よりポチポチと切れて記憶をつなげるのが私には大変でした。すぐ忘れてしまうのですもの。
それが私もとても悲しいです。
星野本陣は土日しか開いてないか、コロナかで全部閉めていたかです。折角なのに中を見られないところが多くて残念でした。
丁度桃や桜の季節で、そしてこの回は山笑うの状態で山桜などもちらほらできれいでした。
桃太郎伝説を信じてしまうくらいでした。
桃のお饅頭買っていません。餡子に目がないのに残念。
丸石道祖神を今度は気に入りました。
いろいろな石碑を街道歩きで知ることが出来て楽しいです。
暑くなるとマスクつけてはなかなか歩けません。この後どうなるのでしょう。
緊急事態宣言ですからこれで良い方向に向かうのか?さっぱりわかりませんね。難しい問題です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年4月23日 (金) 19:34

tonaさん、こんばんは~♪
甲州街道もこの辺までくると街道らしくなりますね。
建物や石仏などから当時の面影が偲ばれます。
枝垂桜が綺麗ですね。
気持ちがほっこりとしてきます。
大月という地名の由来が大槻と呼ばれるケヤキだったとは、
想像もできませんでした。
『NARUTO-ナルト- 疾風伝』、私も何のことだかわかりません。
アニメか何かでしょうか?
芭蕉の桜の俳句といえば、
花の雲鐘は上野か浅草か・・・ですが、
しばらくは花の上なる月夜かな…の句も良いですね。

投稿: hiro | 2021年4月23日 (金) 23:47

★hiroさま

おはようございます♪
甲州街道は小仏峠を降りますと周囲に山が沢山見えて、木曽に行ったときのようになりました。
上り下りもあって、次回はいつになるかわりませんが笹子峠でそれを下りると甲府盆地になりますが、南アルプスや奥秩父や八ヶ岳などが見えてくるようです。
山道に桜が見えるのがまた何とも言えない美しさがあります。晴れていましたので。

今のアニメは全然わかりません。昔のあの「ハイジ」や「サザエさん」のようなのしか。
そう言えば芭蕉の江戸でのこの句、久しぶりにお目にかかれて楽しい気持ちになりました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年4月24日 (土) 08:42

私は甲州街道そのものを意識して歩いてはいませんが、、、
前回の「猿橋」を始め、岩殿山などの周りの山々や道端の道祖神、そして桃太郎伝説などとても既視感があります。
山梨の中央線沿線の山々は若い頃から山仲間と良く登りました(登っていない山の方が少ないです)
そして夫を亡くしてすぐにワンゲルに入れて頂き、2014年の秋からの1年間、ひたすら歩いたのが湘南大橋の馬入川から始まり源流の山中湖までの「相模川」でした。
相模湖から先は「桂川」になりますね。
今回のtonaさんのUPした風景がダブります。
歩くことで無心になれて哀しみを忘れました。
だんだん高い山は無理となり、私も最近はお寺巡りが多くなりました。
tonaさんを見習っての宿場巡りも良いなぁ~と思っていた矢先のコロナ騒ぎ・・・
またまた緊急事態宣言が出ましたね。
tonaさんは臨機応変にお嬢様と歩かれて相変わらずの脚力維持で素晴らしいです。、

投稿: nao♪ | 2021年4月24日 (土) 18:05

★nao♪さま

山梨県中央線沿いには有名な山がたくさんありますね。殆ど登っていません。最近は高川山に登りました。
もう今頃になって登りたいと思っても1000m以上は無理ですね。
それにしてもその向こうの方のアルプスが懐かしく高山植物を数々思い出します。
相模湖の先に桂川が相模川に変わるあたりに行ったとき感慨深いものがありました。なぜなら相模川の河口馬入川当たりと厚木あたり、そして山中湖から桂川になるところを見ただけですから。
私は相模川も歩きたかったですが、本を読んだので荒川を辿りたいと思いました。でももう出来そうにありません。
また東京から出るなとなりました。昨年から何回になるでしょう。盛り場には行っていませんし、混んでいる電車にも乗っていません。最大気をつけています。近所の散歩や人がいないところ歩かないと認知症になりそうです。
娘のお陰で、私も脚力の弱りを持ち直してきました。低山仲間もリーダーがいなくても、体が悪くても凄く頑張っているので励みになります。nao♪さんも良く畑で働き、大きな家を守り、良く歩くようにされて素晴らしいです。コロナが去った時は出かけられることに感謝してどんどん体を外に向けなければね。その時ばてていないようにこの時期を乗り切らなければなりませんね。
有難うございました。

投稿: tona | 2021年4月24日 (土) 20:45

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