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2021年10月20日 (水)

甲州街道歩き10 甲府柳町宿~韮崎宿(1)

10/14(木)、緊急事態宣言も解除され、都外に出られるようになったので、約3ヶ月ぶりに甲州街道を歩いてきました。
前回は7/8(木)に勝沼ぶどう郷から甲府盆地のど真中の甲府まででした。勝沼ぶどう郷がこの後全国1位の暑さを数日繰り返したのには驚いたものです。

新幹線の最初の電車は東京駅を6時に出るのに、あずさ1号は立川が7時21分と遅いので、特に中山道に行くときは到着が遅くなって不便だ。
立川からあずさ1号に乗って1時間10分弱で到着で8時半から歩き始めた。今日の甲府柳町から韮崎までは13㎞だが寄り道が多くて実際には歩数が増えてしまうのはいつもの事。

●甲府柳沢宿(26番目) 本陣1軒、問屋1軒、旅籠17軒。甲府の地名の由来は甲斐國の府中であったことによる。信玄の父・信虎が石和からこの地の躑躅ヶ崎に居館を構えた。
本陣などの跡は一つもなく宿の雰囲気は今はなかった。

まずは駅の隣の甲府城址(舞鶴城公園)に寄る。
武田氏滅亡後、秀吉の命により築城されたそうで、甲府が幕府直轄地になると、甲府勤番が置かれた。城郭が鶴が舞う姿に似ているところから舞鶴城と呼ばれた。
内松陰門から入る。平成11年復元。
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天守台
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天守台に上ると四方に山並みの名前が書いてあるも、今は雲が湧き出ていて何も見えない。勿論富士山も。躑躅ヶ崎も武田神社もどの辺かわかった。
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中の門跡。石垣が立派。
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鍛冶曲輪門から出て、街道へ向かい、信州と身延の分岐の復元された道標からスタート。

法輪寺へ。
かんかん地蔵があってこのお寺を開祖した武田有義の墓。面白いお墓!!叩くとかんかんと鳴ったのか。
有義は武田家の祖・新羅三郎義光の四代孫で鎌倉幕府討幕を図ったが失敗し、五島列島に逃れ、五島家の始祖となった人。知らなかったです。
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その先に穴切大神社。
昔、甲斐の国は盆地で川が流れず水がたまった湖沼の地であった。盆地の南の大岩を砕き水を流すことに成功。これが富士川となる。これは神の賜物として神社を建て穴切の名を調停より賜り。甲斐全体の鎮守とした。
随神門(右大臣と左大臣がいる)。彫刻が立派だ。
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本殿は桃山時代のもので、国指定文化財である。
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街道に戻り、文殊神社へ。
素堂治水碑。山口素堂とは甲府藩士で近くを流れる濁川の治水事業に携わった人物。
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芭蕉句碑もあった。「物言えば 唇寒し 秋の風」
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荒川橋で荒川を渡る。
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次の貢川橋で貢川を渡るがこれは荒川に合流し、笛吹川に合流する。。

雄木のサイカチが二本ある。300年たっているそうで、川岸の湿ったところに生える。昔ここは貢川沿いだったそうだ。調べたら、ジャケツイバラ亜科サイカチ属の落葉低木。家の近くにジャケツイバラがあるが同じように棘が幹にあった。甲府市指定有形文化財で天然記念物だそうだ。
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県立美術館・文学館の所で一休み。ミレーの「種をまく人」「落ち穂拾い」他10点あるようで、来年でも行ってみたい。
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中央自動車道高架の手前で甲斐市に入る。甲府市は幅が狭く南北に非常に長く、北は長野県と接し金峰山が境界にあって驚く。甲斐市も幅はもっと狭く南北に長い。

道祖大神。
文化10年(1813)建立。山梨県の道祖神は丸石だったが、今回はこのタイプが多かった。しかし丸石が置いてあったりする。
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日蓮遠忌碑。遠忌とは50年ごとに行う回忌法要。右は天明元年(1781)建立の日蓮大菩薩五百年忌。左は天保2年(1831)建立の五百五十遠忌。こんなところにね。身延山も近いからでしょうか。
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真福寺に回國地蔵尊がある。色々な地蔵を見てきたが回國の意味が分からない。国を回っている人が建てたものか?
これは享保5年(1720)のもの。享保の頃この地に子どもの疫病が大流行していた。たまたま訪れた地蔵信仰の行者が、村に地蔵講を起こし、その主尊としてこの地蔵を建立したもの。
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甲斐市のマンホール発見。旧竜王町のマンホールで、町の花だった桔梗がデザインされる。
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昼食はビッグボーイ。山梨方式で電話番号、人数、入店時刻を書かされる。店内も今までで一番対策がしっかりしていた。
しそおろしハンバーグプレートとスープとサラダとゼリー。清潔で安心で美味しかった。
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街道へと戻ると甲斐市の新しいマンホール発見。周りに市の花・桜、市のキャラクター・やはたいぬ、茅ヶ岳、釜無川、信玄堤。やはたいぬは甲斐犬がモチーフで甲斐市栽培の里芋の中に描かれる。
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丸石道祖神があった。大きくて丸い!
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お隣に山県斎宮宅址碑がある。大弐の兄、昌樹の旧宅跡。山県大弐は尊皇攘夷を唱え処刑された儒学者。その山県神社社標を見損なった。
この兄も大弐の事件に連座、駿河に追放された(1767年)。100年前に尊王攘夷を唱えたわけで大弐の遺徳と言われた。
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称念寺。
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ここで有名なのは、くり抜き石枠井戸。一枚岩をくり抜いた石枠の井戸で、ここを往来する旅人が休息したところからお休み井戸と呼ばれた。かなりの深さで大変な作業だったと思われる。
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庚申塔
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(続く)

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コメント

何故かはわかりませんが感染者が激減して
甲州街道も又歩けてよかったですね。
甲斐犬、我家の近所にも一頭います。
なんとも奇妙な色が混じったまだらなような毛並み、武骨な顔をしていますが
忠犬で大人しい性格のようです。

投稿: zooey | 2021年10月20日 (水) 21:54

こんばんは(^o^)/!
緊急事態宣言が解除され早速、甲州街道歩きですネ!きっと「待ちに待った」ことでしょう!
以前にもコメントしたと思いますが、甲州街道は本当に馴染みがなく何一つ知識も持ち合わせていない私です・・・(^_^;;ハズイ!

本文を拝読しながら頭の中を突然駆け巡った歌・・・♪8時ちょうどの”あずさ2号”で私は私はあなたから旅立ちます~!♪
そして甲斐犬、実は私もかつて飼っていた犬が甲斐犬でした。姉が当時の勤務先から生まれたばかりの子犬をもらってきたのです。とても賢くて可愛いワンコでしたヨ (^_^)ニコッ!

投稿: 慕辺未行 | 2021年10月20日 (水) 23:55

★zooeyさま

感染者激減の原因がわからないそうですね。
まずは一番近い甲州街道に向けて特急に乗ってみました。結構満席に近く、大月、甲府に通勤の人が多かったです。

甲斐犬は秋田犬や土佐犬と同じく有名ですがまだ実際に見たことがないです。
マンホールで見るといかつい感じがしますが、忠犬で大人しいのですね。
歩いていて見かけなかったです。もう韮崎市に入ってしまいましたから残念です。こういう時は写真見て我慢です。
お大事にしてください。ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年10月21日 (木) 08:34

★慕辺未行さま

おはようございます。
暑い夏を挟んでいましたから都から出るのは余計久しぶりでした。
山梨県はバスツアーで近いのでよく行ったのと、山へ行くときの通過点であったり南アルプス前衛の山など行きまして、いつも車か電車でした。それをとことこ歩いているのですから。帰りの電車で随分歩いたと感心します。
あずさ2号の歌聞いたことあるような。
あら!甲斐犬を飼っていらした。凄いですね。やはり賢いのですね。可愛かったことでしょう。今は秋田犬がブームですが。
写真で見ることにします。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年10月21日 (木) 08:46

おはようございます
 
甲州街道歩きの旅、再開おできになって良かったですね。
3ヶ月弱振り。でも、その間は暑さも厳しかったですから、
ある意味お休みとなっていて正解だったかもしれませんね。
信玄のことはある程度知っているものの、生い立ちなどは知らず、
武田家のご先祖様のことも含めもっといろいろ知っていると、
この辺りのことがさらに面白くなるのかな‥と思いながら拝見しました。
しかし、私は山梨県内には何回か行っているのに、甲府市や甲斐市の
形も並び方も分かっていないのですから、無知もいいところです。
地図を眺めてみなくては。
先日ブラタモリで諏訪を見ましたが、興味深く見てもすぐ忘れるのが残念です。
 
サイカチ、名前は見聞きしていますが木を見るのは初めてです。
ジャケツイバラ亜科サイカチ属なのですね。葉の形も独特ですね。
樹齢300年!見てみたくなりましたが、棘に要注意ですね。

投稿: ポージィ | 2021年10月21日 (木) 09:17

そもそも本籍は山梨石和だというのに、点しか知らないのだなあ。
ご先祖に申し訳ないです。

投稿: 佐平次 | 2021年10月21日 (木) 09:37

★ポージィさま

こんにちは。
丁度夏3ヶ月間は暑くて出られませんから宣言のせいで都から出られなかったと大声で言う必要はなかったです。夏バテしていました。
武田家で知っているのは信玄と滅亡時の勝頼の頃の事しか知りません。
信玄は信玄堤を造ったりして、山梨の生産性を上げているのですね。
私は静岡県以来地図を眺めて面白い形だなあと感心しています。静岡県が静岡市と浜松市でかなり占められていることに驚きそれ以来、市や郡や町などを見ています。
埼玉県は日本一、市や町が多いのですね。
ブラタモリ、諏訪も見ました。面白いですね。でも内容をすぐ忘れています。
ジャケツイバラはお寺にあるのですが、水辺といえば国分寺崖線の所ですので、湿っぽいかもしれません。葉もよく似ています。棘はジャケツイバラの方が凄くてお寺では見に来た人が怪我しないようにか、棘を切っています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年10月21日 (木) 14:08

★佐平次さま

本籍が石和でしたか。移る前の信虎の本拠地だったのですね。
笛吹川でしたか、があって、温泉が出て駅しか通過しなかったのに、お陰様で歩くことが出来ました。いいところです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年10月21日 (木) 14:12

山梨県立美術館でミレーの作品をみてから
もう30年も過ぎてしまいました。

笛吹川だけもう一度行きたいです。
夫がこの春能公演しましたのが鵜飼でした。
長良川の鵜飼いでなくて笛吹川の鵜飼です。
この川は謡曲が作られた時は石和川
という名前でした。時代によって川の呼び名も
変ったようです。
室町時代からかなり年を経ましたので。

投稿: matsubara | 2021年10月21日 (木) 15:38

こんにちは。甲州街道再開ですね。少し前の話ですが、先月、初めて小仏峠を通りました。その日は高尾山から小仏城山を経て小仏峠を通りバス停までの道のりでした。峠から下る道でお目当てのジャコウソウを見ました。

投稿: 多摩NTの住人 | 2021年10月21日 (木) 18:05

★matsubaraさま

もう30年前からミレーがあるのですね。当時とても話題になったのにまだ見ていません。その後随分数を増やしたのですね。行きたいと思っています。
謡曲の鵜飼が長良川ではないと知りませんでした。
笛吹川を通った時いろいろ知りました。
石和川だったのですよね。
またいつか行けるといいです。
ここ2年随分時間を浪費したように高齢者には思えます。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年10月21日 (木) 20:35

★多摩NTの住人さま

私も歩いた道ですが、随分歩かれましたね。
以前は峠を通り過ぎて景信、陣馬山に行ったときは長くて本当に疲れ果てました。
私がバス停までの間の山道でジャコウソウなんて発見できないでしょう。
やはり先生について歩かないとダメですね。
これから涼しくて歩きやすくなりますね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年10月21日 (木) 20:41

今回の記事はラッシーパパの実家があった塩崎(甲府より韮崎の手前)を通過したのですね。
義両親が住んでて健在な頃は1ヵ月に2回は通い、両親の食料品を冷蔵庫に一杯に買ってあげてました。
それを15年くらい続けてましたが、長男はいくらやっても当たり前で私は山梨が好きになれなくて
山梨観光は殆どしてないのですが、5,6年前くらいから山梨も観光してみる気になり
幾つも観光してない内の一つが甲府城址(舞鶴城公園)に行きました。
ですからtonaさんが紹介してくれて場所も初めて知るばかりです。

県立美術館「種をまく人」「落ち穂拾い」は結婚して間も無く義両親に連れて行ってくれましたが
あの有名な「落ち穂拾い」の絵が小さくビックリでした。
写真などでは大きく掲載されてるので、これなのと少々ガッカリしたほどでした。


投稿: ラッシーママ | 2021年10月22日 (金) 20:23

★ラッシーママさま

今回の(1)は甲府市から甲斐市に入って竜王の所です。この次(2)が塩崎に向かうのですよ。富士山が見えてくるのですね。
パパさんのご実家は塩崎だったのですか。
ここを出ると韮崎市に入りました。
山梨県ということは知っていましたがまさか塩崎とは。
そういえば元同僚の体育の先生が山梨県出身で塩崎という名前でした。山梨県のどこ出身かを聞くのを忘れたのが残念です。
なるほど山梨を想ったほど観光していないわけがわかりました。
確かにミレーの作品は小さいのが多いですね。実際に見てみたいものです。他のたくさんの作品はフランスのミレーの家で見ましたがやはり小さかったです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年10月22日 (金) 22:12

3ヶ月ぶりに甲州街道歩き再開が出来て良かったですね
コロナ感染者が減りつつけていますが
必ず来ると言われ続けた第6波はいつ?
どのように?とホッする気持ちと不安な気持ちが交錯しています。
山梨はお隣県ですが富士五湖方面を除いてはあまり行ったことがないので
自粛解禁を機に出かける計画をし25日に出かけます。
甲府近辺の見どころをチェックして県立美術館へも寄ってみるつもりでいます
ミレーの「落穂ひろい」が話題になったのは何十年前でしょうか、
絵は小さいのですか、想像していたものより小さい絵と言えば
フェルメールの絵もそうでした。
でも楽しみにして出かけますね。

投稿: ビオラ | 2021年10月23日 (土) 16:45

★ビオラさま

本当にわけのわからないコロナにはイマイチ対処方法がわからなく、今のうちにあまり人のいない街道をまずは甲州、次は中山道を先日歩いてきました。
街道を歩くだけなので名所旧跡を回るバスツアーと違ってはいますがそれなりに歴史やぐるりとと景色が見られて良かったです。
ビオラさんもバスツアーでなく、ご自身の計画で色々ありますから回ってこられるのですね。それは楽しみです。
私も楽しみにお待ちしています。
先に美術館で楽しんできてください。来年には私も行きます。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年10月24日 (日) 08:40

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