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2021年11月 3日 (水)

中山道15 大桑~須原宿~上松立町(前編)

ショパンのピアノ曲も大好きです。今年のショパンコンクールは反田恭平氏が50年ぶり日本人2位。4位に小林愛実氏。過去にも内田光子(2位)横山幸雄(3位)中村紘子(4位)小山実稚恵(4位)が思い出されます。先日テレビではありますが、1960年に18歳でショパンコンクールで優勝したマウリツィオ・ポリーニの24の前奏曲全曲を一気に弾いたのを聴いてうっとりしました。写真は2010年6月にショパンの生家に行ったときのもので生家の庭や写真やピアノを見てきたのを思い出しました。
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10/22(金)、昨年11月半ば以来中山道へ。いよいよ日帰り難関地域に入ってきたので歩くより電車に乗っている時間の方が長い。そのおかげで街道歩きは少なくて苦しくない。
東京6時半発ののぞみに乗り、名古屋経由、中津川から普通に乗って大桑駅着がもう10時34分でした。

懐かしい大桑駅をスタート。
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駅前の大桑開設記念碑には駅が出来た経緯が書いてあった。明治42年、中央線が通った時にこの駅はなく、どうしてもここに駅が欲しいと運動、ようやく昭和26年に駅ができたとのことで、駅舎はそのときのもの。
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まず天長院へと上がって行った。木曽家(家祖は木曽義仲)祈願所として室町時代に建立されたお寺。
古い石仏石造物がたくさんある。
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鳥獣魚供養塔。
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境内に羅漢が沢山。
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万歳する羅漢さんがなかなかいい。
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山門脇のこの地蔵は、マリア地蔵でキリストを抱いていて、キリストに十字が見える。
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本堂、山門。
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この茶坊主がかわいい。・・といわけでここは楽しくて長居してしまいました。
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坂を上ったピークに水害記念碑がある。大正12年の山崩れによる土石流で26名が亡くなったそうだ。
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念三夜塔。二十三夜塔と同じ。甲州街道にもあったが、日光街道に多かった。
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伊奈川に架かる伊奈川橋の向こうに、木曽の清水寺と呼ばれる岩出観音が見えてきた。
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木曽の三大馬頭観音の一つ(あと二つは木曽駒高原の木曽義仲ゆかりの岩華観音と開田の丸山観音)。
300年ほど前、須原で馬の沓を作り商いをしていた老人のもとに、馬上の侍が馬の沓を求めにきたが、片足分しかなかった。不足分を作り追いかけて現在の橋場の入り口で渡した。代金を辞退したところ、侍は木片に「馬頭観音」と書いて渡し、光を放ったので、岩出山の岩間に祀ったのだそうだ。
観音堂。大きなカエデがあり紅葉の季節にはまだで残念。
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馬頭観音
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他の石仏。
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須原発電所が見えてきた。福沢桃介が造った発電所だ。奥に木曽駒ケ岳が見える。
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昼食は本陣という店で「海鮮ちらしと手作り豆腐のセット」。海に面してない山奥で海鮮ものでした。
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鍵屋の坂を上がって左に曲がるという枡形になっている・・ここが須原宿。

●須原宿(39番目)前回の野尻宿から7.3㎞、この先進む上松宿まで12.8㎞。本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠24軒。
須原宿は水舟の里と言われ、たくさんの水舟があちらこちらにあって、水が豊富な宿なんだと思われる。
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まず定勝寺へ。
木曽三大寺中の最古刹。木曽川洪水の後、慶長3年(1598)にここに移され、本堂、庫裏、山門は桃山建造物として国の重要文化財となっている。左側の碑は明治天皇がここで昼食をとられ滞在した記念碑。
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廿三夜塔、庚申塔、南無阿弥陀仏名号碑。
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スタートの天長院にあったが、ここにも羅漢がたくさんで楽しい。
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桃山建造物の庫裏。
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鐘楼。
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ここもお庭がきれいで、向こうに亀が、手前が鶴。ということで鶴亀蓬莱庭園と呼ばれる。
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参道脇にサワラをくりぬいた新しい水舟に湧き水が注がれている。
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須原宿の通りにも早速水舟が。誰も見かけなかったし、使ってなかったのでどのようにして使っているのかわからなかった。
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(続く)

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コメント

今年のショパンコンクールでは日本人の活躍が
嬉しかったですね。挙げられた名前では、
小山実稚恵さんと中村紘子さんだけ聞きました。
もう35年も前のことでした。

辻井伸行さんも出られたのですが、
決勝に残れなかったとき、この演奏を聴いた人が
審査員がおかしいと世界中から苦情がよせられたと
聞いています。
後で別の賞に入られたようです。

中山道の続きの旅ですね。隣の長野県ですのに
大桑宿には行ったことがありません。
珍しいところの紹介これからも楽しみです。

投稿: matsubara | 2021年11月 3日 (水) 20:14

★matsubaraさま

こんばんは。
久しぶりにショパンコンクールが盛りあがりました。そして嬉しい結果が出ましたね。
辻井伸行さんの裏話、全く知りませんでした。
私は有名なピアノ演奏家では昔の安川加寿子さんのを聞いただけです。
小山実稚恵さんと中村紘子さんを聴かれたとは良かったですね。小山さんは最近も演奏会をされていますね。

大桑町は結構長かったです。大きな町なのですね。これからは少しずつですがまたよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年11月 3日 (水) 21:31

こんばんは(^o^)/!
中山道歩きの続き、楽しみにしていました (^_^)ニコッ!でもその前に、ショパンの生家を訪れたことがあるのですか?たしかポーランドだったと記憶していますが・・・?私はショパンのピアノ曲はほとんど知らないのですが、ずいぶん前に小林麻美さんが歌った♪雨音はショパンの調べ♪という歌がとても好きでした。

中山道も大桑からなのですね。大桑ならたしかに名古屋経由で中津川へ、そしてローカル線で‥が速いでしょうね。その辺りは私は鉄道での旅にしろドライブにしろ、いつも素通りしていました。国道沿いの”道の駅”に立ち寄ったことはありますが、その程度です。

鉄道は木曽川沿いを走りますし、国道もほぼそれに沿っていますので、この辺りの旧中山道の様子は全く知りませんでした。旧中山道と言うと馬籠宿や妻籠宿、奈良井宿が人気ですが、いやいや他の宿場町も素敵ですネ!

投稿: 慕辺未行 | 2021年11月 3日 (水) 23:52

★慕辺未行さま

おはようございます。
ショパンの生家はワルシャワ郊外にありました。広い敷地で小川も流れきれいなところでした。前後の酷いポーランド情勢をとてもうかがい知れない静かな風情のポーランドの一角です。
小林麻実さんの歌を知りませんでしたので、今聞いたところです。名前も歌も全く初めてで時代のずれを感じました。1世代違いますものね。

大桑までは名古屋へ新幹線です。次回木曽福島に近い上松宿からはタクシーなど利用したりであずさ利用の方がわずかに早く到着になります。
道の駅はこの間帰りのバスで前を通りました。
奈良井宿までまだまだ遠いです!
次回は上松の寝覚の床ですが、街道からは降りていくのに時間がかかるそうです。
上松駅に辿り着けるか怪しいほど歩く時間が少なくなります。
楽しみに見ていただき嬉しいです。有難うございました。

投稿: tona | 2021年11月 4日 (木) 08:48

空気がうまそうな街道歩き、いいなあ。
地蔵さん、ストレッチかもしれませんよ。
いつも同じ格好では固まってしまいますから。

投稿: 佐平次 | 2021年11月 4日 (木) 10:05

tonaさん、おはようございます♪
反田恭平氏の演奏、素晴らしかったですね。
YouTubeでショパンコンクールの演奏すべてを聴きました。
ショパンの生家も素敵ですね。

やっと中山道歩きが再開できましたね。
古い石仏石造物、お寺、須原宿の昔ながらの街並み、
どのお写真を拝見しても癒されます。
定勝寺庫裏は京都で見たお寺(名前は忘れました)に似ています。

今朝久しぶりに1時間歩きましたが(速足で)
膝が痛くなってしまいました。
もうあまり長い距離は歩けないかもしれないと思ったら
悲しくなりました。
せっかくスポーツ、行楽の秋なのに……。

投稿: hiro | 2021年11月 4日 (木) 10:11

こんにちは
 
ショパンの生家辺りの景色がとても美しいですね。
こういう所で育ったことが、ショパンの曲の調べにも、何かしら影響を
与えているのでしょうね、きっと。
 
中山道の街道歩きの旅も再開でいらっしゃいますね。
大桑~須原宿~上松立町 がどの辺りかさっぱり??で、
ググってみました。駒ヶ岳などの木曽山脈を西に下った谷のような場所を
街道と中央本線が通っていて、この間の標高は約550m前後だと。
まずはスタート地点へ行かれるまでが遠いし時間がかかる
ということがよく分かりました。
岩出観音の、清水寺と同じような造りや、須原淑の昔ながらの街並みなど、
しっとりとした風情が心にしみる感じで拝見しました。
水舟というのは初めて拝見すると思います。
いちいち水を汲み上げなくてもよい、共同井戸のようなもの
なのでしょうか。新しく再生された(?)水舟を拝見するに、
舟になっている溜まりの部分も、常に綺麗な水が流れてきて
入れ替わっているようですね。

投稿: ポージィ | 2021年11月 4日 (木) 10:51

★佐平次さま

確かに周りは山だらけで空気が美味しいです。人もほとんど見かけないのです。
又笑ってしまいました。
なるほどストレッチですわ。
密かに御座布団を差し上げていますよ!
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年11月 4日 (木) 16:23

★hiroさま

こんにちは♪
まあ、今回のショパンコンクールの演奏をすべて聴かれたのですか。今はそういうことが出来るのですね。
ショパンの生家、なぜパリへ行って一度も帰ってこなかったのでしょうと思うくらい素晴らしい環境でした。ロシアとドイツに挟まれて苦境のポーランドだったのですね。国土はほとんど平野で、今はいいところでした。
定勝寺庫裏は京都の禅寺のどこか忘れましたが確かに似ていますね。
待ちに待った中山道は殆ど1年ぶりです。新幹線に乗るのももういいかと。
今回の2つのお寺はなかなか立派でした。
膝がまだ治りませんか。
痛みにもいろいろあっていろいろな治療がありますから、早く治る治療に出会うといいですね。お大事にね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年11月 4日 (木) 16:34

★ポージィさま

こんにちは。
ショパンの生家の環境は確かに音楽に影響を与えていると思われます。ベートーベンの「田園」を彷彿とさせるようなところでした。

中山道を調べてくださったのですね。標高が550mの所で寒かったです。木曽川と中央線に結構並行していて、木曽谷ですが木曽山脈ともうすぐ見えてくる反対側の御嶽山に挟まれた区域のようです。ちなみに木曽山脈のこちら側から見て向こう側は南アルプスと向かい合っていて伊那谷というのだそうです。千畳敷カールに行ったときがあちら側でした。
岩出観音の懸崖造りは見上げて凄かったです。
須原宿、なかなか感じが出ている宿ですね。
水舟で忘れられない宿です。宿の名もどんどん忘れてしまっているのです。
人に会って聞けなかったのが残念です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年11月 4日 (木) 16:49

約1年ぶりの中山道歩きが再開されましたね。
天長院は木曽家(家祖は木曽義仲)祈願所として室町時代に建立されたお寺なのですね。
古い石仏石造物や鳥獣魚供養塔や沢山の羅漢、万歳する羅漢さんやキリストを抱いているマリア像
茶坊主の羅漢と長居したくなるの分かります。

岩出観音って断崖絶壁にかかる布引観音に似てますね。
定勝寺って立派なお寺ですね。

奈良井宿や上松の寝覚の床には行ってるので、次回も楽しみにしてます。

投稿: ラッシーママ | 2021年11月 5日 (金) 22:08

★ラッシーママさま

この1年間ほとんど東京から出られなかったです。
出られるようになった時も、すぐ遠くまで電車に乗るのが怖かったです。それで1年ぶりになりました。
さすが室町時代の石造物は更に緑がかって、石も崩れ落ちていますが、趣があります。
五百羅漢が好きですので見ていると時間がかかって。
布引観音は有名ですね。行ったことがなくサイトで見ましたら、本当にそっくりですね。行けないけれども行きたくなりました。小諸は行ったことがあるのに。
奈良井宿までまだまだ遠いです。コロナが収まれば来年には行けそうですが。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年11月 6日 (土) 08:43

感染対策を心掛けながらでも
ようやく遠出のできる環境になりました。
1年ぶりの中山道の旅は心弾むことだったことでしょう。

マリアとキリストの像がお地蔵さまのように残してあるとは興味深いことです。

キリスト教弾圧の江戸時代のものとは考えにくいような気がしますが
隠れキリシタンもいたわけですからと思うと
いったい由来はどういったことでしょうね。

馬頭観音など石仏の多いこと、さすがに中山道と思います。

南木曽を歩いたとき、桃介橋を渡りましたよ。


ショパンコンクールでは反田恭平さんが快挙を成し遂げられました。
テレビニュースの断片的な映像しか見ていなかったので
全曲を通して視聴したいと思いました。

1965年の第7回ショパン国際コンクールで第4位と最年少者賞を受賞した中村紘子さんでした。
翌1966年、帰国なさったばかりの10月に
大阪のフェスティバルホールでワルシャワフィルと共演なさった演奏を聴きました。
ショパンのピアノ協奏曲第1番 ホ短調作品11でした。
演奏会終了後に楽屋でサインをもらいました。
懐かしい思い出になっています。

投稿: Saas-Feeの風 | 2021年11月 6日 (土) 09:20

★Saas-Feeの風さま

はい、待ちに待った中山道でした。1年間もストップしてましたから。

たしか細久手宿と御嶽宿の間に隠れキリシタンの里があって、マリア様を見ました。そこからここまでいささか距離がありますが、マリア信仰が密かにあったのではと思いました。

岩出観音の馬頭観音のずらっと並んでいること、さすが中山道です。
その他石造物が多いです。
南木曽で桃介橋渡られたのですか。遠く見ただけだったと思います。記憶がどんどん薄らいで困ったものです。

中村紘子さんの演奏をお聴きになったうえ、サインまでいただいたのですか。
宝物ですね。
ショパンのピアノ協奏曲、何て素晴らしいのでしょう!
もう、なかなか演奏会に足を運べなくなりました。コロナ禍で何でも遠ざかってそのままになり、おまけに自分の年齢がそういった場所で長時間耐えられなくなってきたのが寂しい限りです。
殆どテレビに頼っています。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年11月 6日 (土) 16:17

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