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2021年11月26日 (金)

中山道17 福島宿~宮ノ越宿(1)

引き続き中山道歩きです。
遂にというかやっと、今回中山道の中間点に辿り着きました。都から出られなかったため凄く長く感じられました。いやー、この後も凄く長く遠い旅だなあ~。

11/17(水)前週に続いての中山道歩きは木曽福島駅に前回と同じ10時半に到着し、すぐに駅の前の見学箇所の多い福島宿見学に出発する。
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●福島宿(37番目)上松宿から9.5㎞、宮ノ越宿まで7.1㎞。本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠14軒。

ここ福島は木曽路の中心であった。69次のほぼ中間点にあり、木曽地方の行政の中心であり、木曽の宝・森林を管理した。ここには福島関所もあった。
また御嶽山の登山口でもある。
昭和2年の大火で殆ど焼失したので現在の建物はそれ以後のものだ。

坂を下ったところが京方見附である。
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八沢地区は漆器発祥の町で漆器屋さんが並んでいる。多湿で空気が澄んでいる木曽は、良材にも恵まれ、漆器生産に適していたそうだ。
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八沢川を渡り、道を上がった上の段という地区のこの辺りは昭和2年の大火を免れ、古い街並みを残している。
第19代当主木曽義昌居城があった場所でもある。木曽氏は千葉下総に移封され(関ヶ原の戦いに病気で参戦しなかったため)事実上滅亡し、徳川尾張藩の管轄に入って、山村代官を起用し尾張藩の治世が始まった。
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中山道の旅人や町民の飲料水になった、江戸中期に作られた井戸。昭和の中頃まで飲料水として用いられていた。福島宿も方々で水が流れ出し豊富な町だ。
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さぞかし猫が沢山いるのだろうと、そしてどんな傑作な猫が通るのか!ちょっと待ってみたが、猫ちゃんの横断なし。
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築150年の古民家を利用したレストランの肥田亭。お昼はここの「巴御膳」を食べる予定が11時半に行ったが満席であった。残念無念。
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高札場(実物の3分の2の大きさで再現)。「毒薬売薬にせ金禁止」とか「火付け盗賊五ヶ条の定め」などが書かれている。
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今度は道を下っていくと、七笑酒造の工場を通り、木曽川の向こう側の代官屋敷を見学するため街道をちょっと離れる。

大手橋は昭和11年完成した世界最初の鉄筋コンクリート製のローゼ橋(アーチ橋の一種)である。土木学会選奨土木遺産。
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この辺りの木曽川。大きな石は見えない。
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我が町の丸型ポストは遂に近所のが無くなってしまったが、木曽福島ではたくさんの丸型ポストがある。今年の家のカレンダーの一つが丸型ポストのものなので見ると親近感が湧く。
この町では近代化遺産の一つとして愛称をつけて、活用しているとのことで、このポストは代官屋敷前なので、「お代官さま」という愛称。他にどんなのがあるのでしょう。
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山村代官屋敷到着。
代官山村氏は関ヶ原の戦いの功で木曽の代官に任命され、福島の関所を兼ねた。大阪夏の陣後は木曽は尾張藩に与えられ、山村家は幕府の旗本であり尾張藩に属した。13代まで続いた。福島の豪勢な広い屋敷だけでなく、江戸と名古屋に屋敷を持つ裕福な代官であり、学者、文学者を輩出する。藤村の「夜明け前」にも書かれる。
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門を入ると左側にまず稲荷の祠。八代当主が建立したもので山村家の守り神である。
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右側には玄関まで木曽五木が植えられている。
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玄関で3館共通券+2を買って入場。
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山村家で使用された漆器。
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貝合わせと百人一首。
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1788年築の漢学者石作駒石の書斎翠山楼が移築されている。
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木曽駒ケ岳を借景とした築山泉水式庭園。
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山村家十二代良祺公の書斎。
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お末社様。 代官を守る山村いなり。ご神体としてキツネのミイラが祀られている。
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見学を終えて街道へと戻る。

本陣跡。
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山村代官の代々家老だった千村家の蔵。
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大通寺へ。
このお寺は、木曽二代代官山村良勝によって建立された。
鐘楼門。
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境内には武田信玄の三女で19代木曽義昌の室・真理姫の供養塔があった。信玄が義昌の父・18代義康と和睦した時の婚姻である。
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本堂。
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昼食は第2候補の豆腐料理のお店、和幸家(かずさや)にて、揚げ出し定食を食べる。水かいいからかお豆腐が美味しい。
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この近くの宝来屋で山村代官御用達の黒むし羊羹のおみやげを。
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  (続く)

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コメント

随分歩いていらっしゃるようにお見受けしていましたが
ようやく中間点ですか。
道のりは長いですねえ。
木曽氏、関ヶ原の戦いに病気で参戦しなかったため、事実上滅亡したとは…
戦国時代はやはり厳しいですねえ!

投稿: zooey | 2021年11月26日 (金) 10:37

★zooeyさま、ありがとうございます。

岐阜県はどんどん歩いてあっという間という感じでしたが、コロナで木曽は馬籠までたどり着いた後は、昨年1回、そして今年2回となかなか進めませんでした。今はとても寒くなってこの後はダメそうになってきました。
早くコロナ終息してと自分の都合で叫んでいます。
戦国時代には殿が病気になると家臣だけで参戦というのはなかったのですね。
仰るように戦国時代は本当に厳しいと実感します。

投稿: tona | 2021年11月26日 (金) 11:12

こんにちは
 
ついに中山道も中間点ですか。コロナ禍のせいもあって
道のりが長いですね。甲州街道も、他に山も幾つかあり…
どこもほぼ知らない地域とあって、頭の中はカオス状態、
コメントもイマイチの内容になってしまってすみません(^^;)
 
今回は、「福島」という地名に興味が湧きました。
自分が知っていた福島は福島県のそれでしたが、木曽福島も
あれば大阪にも福島という地名があるのですね。(もっとあるかも)
ググってみたところ、木曽福島の地名由来ははっきりしない
とのことのようでした。
尾張藩の代官所がおかれ、福島関所は四大関所の一つだったそうですね。
その代官屋敷と庭の立派さには目を瞠りました。調度品も立派で‥
さすがは尾張藩の感ですね。
お代官様由来の「山村代官御用達 黒むし羊羹」なるお菓子も
あるのですね。黒とは黒糖が入っているのでしょうか。美味しそうです。
 

投稿: ポージィ | 2021年11月26日 (金) 11:47

★ポージィさま

こんにちは。
こちらこそあちらに行ったりこちらに行ったりで、自分でも頭の切り替えが大変です。
ましてや読んでくださる方には統一性もなく申し訳なく思います。
でもいつもハッとするような、自分でも気が付かないコメントを頂き感謝です。
福島が大阪にもあるのですか。そして由来がはっきりしないことも調べていただいてありがとうございます。

代官屋敷、さすがですね。徳川家や公家のような貝合わせなどがあったり、文化人を多く輩出したそうですので驚きました。代官といいますと悪代官の話をよく聞きますが、ここはそんなことはなかったのでしょうか。関所では怖い顔を見せていたと思いますが。
黒蒸し羊羹には黒糖が入っていると書いてありました。そんなにその味は濃くなかったですが。美味しかったです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年11月26日 (金) 16:51

中山道だけでも17回も歩かれたのですね。
すごいです。

上松は、短歌会の一人の実家に近いです。
御嶽海の出身地のようです。あの力士もハーフ
ですが。

美味しそうなお食事と黒羊羹は頂いたことが
ありません。

投稿: matsubara | 2021年11月26日 (金) 20:48

懐かしいですね!昨年の夏、岐阜の小秀山登山にあわせて中仙道・各宿場の旅も楽しみ木曽路風景を濃厚に体験してきました。木曽路(妻籠・馬籠・上松・木曽福島)、飛騨路・下呂温泉に泊まりました。落ち着いた晩秋の日々が続いています。今の紅葉時期(11月)と新緑輝く爽やかな5月がやはり一番過ごし易くて気持ちがいい~!もう数日後は師走を迎えるんですね。色々あった2021年もあと1ケ月、時の経過は早いものです。この年末年始は第6波に見舞われず3回目のワクチン接種をすれば、今度こそ真のコロナ終息を迎えると信じたいです!

投稿: ローリングウエスト | 2021年11月26日 (金) 21:15

tonaさん、おはようございます♪
木曽福島宿が木曽路の中心で御嶽山の登山口でもあるのですね。
御嶽山にはロープウエイもあるそうなので、ロープウエイ終点までで
よいので行ってみたいのですが、夢に終わりそうです。
福島宿も風情があって良いですね。
山村代官屋敷も訪問してみたいです。

中山道をすべて歩くのは無理なので、福島宿だけでも訪ねて
みたいと思いました(これは実現いつかできるかも)
素敵なご紹介、ありがとうございました。

投稿: hiro | 2021年11月27日 (土) 08:04

★matsubaraさま、ありがとうございます。

あと倍以上かかりますね。1年では終わりません、宿泊しませんので。コロナが終わらなかったら数年かかります。それまで膝が大丈夫か?
御嶽海の垂れ幕を数ケ所で見かけました。
ハーフだったことを今回知りました。
木曽は相撲大会が盛んだそうです。

黒羊羹は外郎に近い食感でした。

投稿: tona | 2021年11月27日 (土) 09:31

★ローリングウエストさま

小秀山知らなかったです。後で調べましょう。
その時木曽路を歩かれていらっしゃるのですね。
東海道とはまたガラッと変わった木曽地域です。木曽五木や歴史などや、関係する文学などを手繰りながら楽しんでいます。
次は5月頃歩けたらきれいなのでしょうね。
そろそろ前のワクチンの効力が切れる頃、ブースター接種をしないとうろうろも出来ないかもしれません。早く終息することを願いたいです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年11月27日 (土) 09:38

★hiroさま

こんにちは♪
私は御嶽山は登っていませんが、ロープウエイがない頃タクシーで行けるところまで行きました。結構壮大な眺めであったことを記憶しています。
珍しく福島宿は長時間滞在しました。馬籠や妻籠よりも。このあと奈良井宿も楽しみにしています。
代官屋敷から木曽駒が見えるのですね。
4ヶ所共通入場券で入りましたが面白かったです。
是非いつかご覧になってください。紅葉もきれいでしたよ。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年11月27日 (土) 09:48

狐のミイラ、油揚げみたいでしたか。

投稿: 佐平次 | 2021年11月27日 (土) 12:36

★佐平次さま、ありがとうございます。

狐のミイラの事後で知りました。
というわけでいつもそんな状態なのです。
写真をもう一度見てみましたら、見えそうにないですね。かなりミイラ大きいのでしょうか。俄然見たくなりました!

投稿: tona | 2021年11月27日 (土) 14:37

こんにちは。福島宿は見所満載ですね。電車で通過しただけですが、機会があれば1泊したい街ですね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2021年11月27日 (土) 15:32

中山道69次の中間点が福島宿~宮ノ越宿あたりになるのですね。
37番目と36番目の宿、あと半分の道中となり
それこそ峠を越した感なのでしょう。
福島宿が御嶽山登山口ですね、知りませんでした。
往時には多くの人たちが御嶽山に登り
宿場は賑わっていたのでしょう。


ネコ横切ります・・・そんなに多くのネコが住んでいて
道路を横切るのでしょうか。
注意喚起の立札をつくったかたは心優しいかたでしょうね。

紅葉のきれいな道中、愉しまれたことでしょう。

赤い丸型ポストを見なくなって久しいです。
まだ使用しているのは景観を壊さないようにとのことでしょうか。

投稿: Saas-Feeの風 | 2021年11月27日 (土) 16:09

★多摩NTの住人さま

そうですね。1泊して御嶽山にも途中まででいいですから登りたいです。(爆発がありましたが途中まで行かれるでしょうか)。
御嶽高原や開田高原や反対側の木曽駒高原も遊べたらいいですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年11月27日 (土) 20:21

★Saas-Feeの風さま

距離的にはそして宿も約半分近くなりました。東海道は続けましたのでそしてこちらより距離が少ないですからこんなに長く感じませんでしたが、中断されて何だか途方もなく長い道のりと感じます。
昔は御嶽山への信仰登山で随分賑わっていたのでしょうね。

猫は毎回必ずいると撮影していますが、そして夏以外は必ず見かけるのですが、ここにはいなかったのです。ちょっとがっかりでした。
丸型ポストは近代化遺産の一つとして活用しているそうです。東京では我が市の隣の小平市に30近く残していると聞きました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年11月27日 (土) 20:30

こんばんは(^o^)/!
中山道歩きの続き、楽しみにしていました。木曾福島が中山道のちょうど中間あたりと聞きますと、ちょっと意外な感じがしました。
けど、よく考えれば東京~京都の距離を思えばわが街・名古屋は遥かに京都寄りですし、木曾福島辺りがほぼ中間というのも頷けます。

学生の頃、木曾福島駅からバスに乗って”旅情庵YH”に泊まったことがありますが、今ではもう記憶が・・・?!当時きっと少しぐらいは駅近辺だけでも歩いたかも(?)ですが‥。

次の宮ノ越を過ぎれば藪原、そして鳥居峠を越えて奈良井ですね。冬の間は厳しそうですので、暖かくなってからになりそうでしょうか?

投稿: 慕辺未行 | 2021年11月28日 (日) 23:52

★慕辺未行さま

こんにちは。
やっという感じで福島宿の少し先の中間地点に到着しました。
歩き続けていないので遠く感じます。
今度は専ら山梨県方向への中央線を使うことになります。
旅情庵YHは今でもあるのでしょうか。
学生時代は北海道と九州旅行はもっぱらYHでした。
今週この冬最後かもしれませんが、宮ノ越から奈良井まで鳥居峠があって凍っているようですので、飛ばして奈良井から贄川をゆっくりと歩こうと切符を買ったところです。朝は1時間遅く、帰りは同時刻に帰り着きます。
兎に角、雪や氷はとても太刀打ちできません。鳥居峠は春を待って歩きます。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年11月29日 (月) 09:38

見所満載の福島宿にはたくさんの歴史的遺産が残っているのですね。
昭和2年の大火で殆ど焼失したとは残念ですが、見事に復元できているようです。
ドライブ旅行で行っただけでは分からない隅々までの様子、、、
木曽路は特に歩くべし!を実感しました。
中山道全部の踏破は自信がありませんが、木曽路は歩きたいと思いました。
あと半分ですか? 頑張って下さい。
心強いお嬢様とご一緒ですもの、成功間違いなしですね。

近代化の一環で「お代官さま」と呼ばれている紅い丸ポスト、鎌倉にもあり
アジサイと並んでいるので咲いている時は撮影スポットになっています。
鎌倉名物の「力餅」のお店の横にあるので
「お代官様」ならぬ「力餅ポスト」ですね。

投稿: nao♪ | 2021年11月29日 (月) 19:30

★nao♪さま

中山道でも木曽路は特に楽しみにしていました。山と木曽川に囲まれた道は平らではありませんが、なかなかいい街道です。
せっかく都から出られるようになったら、木曽は冬になってしまいました。
雪が降ったりいろいろなところが閉館になるとのこと。
中山道は本当にスムーズに行かなくて最後まで歩けるかしらとコロナが恨めしくなりましたが仕方がないです。

鎌倉の「力餅ポスト」、いいですね。何処にあったかしら。力餅のお店、記憶になくなってしまいましたが、また出会えるかもですね。
ここでは他のポストを見かけなかったのです。
naoさんもいつか機会があったらいらしてください。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2021年11月29日 (月) 20:26

コロナの様子を見ながらの木曽路歩き、
ようやく中間点ですか。
日本では今落ち着きを見せているコロナですが
ここ数日で急速に広がりつつある新顔のオミクロンが気になりますね。
無事踏破できますように!。
丸いポストまだ使っている所があるのですね。
全国一斉に切り替えたのかと思っていました。
「お代官さま」の愛称をつけているというのもいいですねぇ。
珍しいコンクリート製のローゼ橋は土木遺産ですか。
それとたくさんの貝合わせに目が留まりました
きれいなんでしょうね。

投稿: ビオラ | 2021年11月29日 (月) 23:20

★ビオラさま、ありがとうございます。

今世界中でオミクロンのニュースで持ち切りといった感じをワールドニュースでもちました。100年に一度のパンデミックは3年経たないと終息しないとか。後1年もですかとうんざりです。海外旅行に行ける年齢の方々、3年も足止め食ってお気の毒です。

丸いポスト、きれいに磨いてあると思われるほどきれいでした。愛称まで付けて大事にしているのですね。
土木遺産に興味を持たれますか。いろいろなのがあるでしょうが、曽野綾子さんも喜びそうな遺産でしょうか。
我々の祖先が貝合わせに興じていたというのが何とも優雅です。きれいですね。

投稿: tona | 2021年11月30日 (火) 08:21

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