中山道18 奈良井宿~平沢宿(間の宿)~贄川宿(1)
12/2(木)に、前回の続きの宮ノ越宿~薮原宿~鳥居峠~奈良井宿を歩くのだったが、鳥居峠が寒くて雪かもしれないということで、季節が良くなった時として、奈良井宿からとした。
塩尻であずさから普通電車に乗り換えて、奈良井宿に着いたのが11時26分であった。洗馬辺りは雪が残っていた。
途中富士山、やがて甲斐駒ヶ岳(2967m)など美しい山々が見えた。
甲斐駒ヶ岳・・2011年に登った思い出の山。10年前は信じられないくらい元気でした!
奈良井駅 標高934mあり、JR東海では最高所。JR東日本では小海線の野辺山駅の約1346m。
●奈良井宿(34番目)。本陣1、脇本陣1、旅籠5。重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。木曽11宿の中で最も標高が高い(約900m)。
880mの町並みは、日本最長だそうだ。難所の鳥居峠を控え、多くの旅人で栄え「奈良井千軒」と謳われたとか。それにしては旅籠の数が少ない。両隣の薮原は10軒、贄川は25軒あったというのに?しかし天保年間には旅籠と茶屋を合わせて39軒だった。
この宿も江戸時代に21回も火災に遭っている。両端に神社、街並みの背後の山裾に5つの寺院が配されている。街道の南(鳥居峠側)から上、中、下の三町に分かれ、中町が宿の中心で本陣、脇本陣、問屋があった。ここも曲物や漆器などの工芸が盛んだった。

マンホールは旧楢川村ので、村の魚イワナと村の木のナラがデザインされている。
もうお昼なので、『続膝栗毛』にも登場した元旅籠の越後屋さんでお蕎麦を食べる。注文したのは、この時期しかたべられないすんきそば。
すんきは赤かぶの葉や茎を乳酸菌醗酵させた漬物。他に赤かぶの茎の浅漬け、白菜漬けも。たんぱく質が全くなかったけれど、美味しかったのでよし。
鳥居峠への登山口が見える南のはずれまで歩いて行く。突き当りに細い階段が見える。本来はここに歩いて降りて来る筈であった。
宿の南入口にある鎮(しずめ)神社より街道歩きを始める。奈良井の総鎮守。
鳥居の向こうに見えるのは神楽殿。
拝殿。
境内から宿を眺める。すぐ下にあるのは水場で、木の向こうに高札場がある。
宮の沢の水場。この宿には水場が6ヶ所あり、全部写してみた。生活用水、火災が発生した場合に延焼を防ぐ目的に作られた。それぞれに組合があって管理されてるそうだ。ずっと流れっぱなしで、木曽は水が豊富なのだ。ところどころに水神様の石像があるのも頷ける。後ろにいろいろな石像物が見える。
奈良井宿の町家の特徴は、2階をせり出した出梁造り、格子、白漆喰の袖壁など。
それに長く延びた軒の庇とそれを支える猿頭。


12時半に開いた中村邸を見学する。下問屋であり、櫛問屋中村利兵衛の家で、天保年間(1830~44)の建物。昨年主屋と土蔵が重要文化財に指定された。入口の大戸と潜り戸。この建物も奈良井の町家の特徴がわかる。
2階建てで、真ん中が吹き抜けになっている。表2階と裏2階は別々の階段でのぼる。間口は6mだが奥行きは17.1mありうなぎの寝床状になっている。
まずは表2階へ、箱階段で上がると茶室があった。
立派な奥の部屋を見てから外を見下ろす。
1階のお座敷を見て裏2階へ。見下ろす。
櫛問屋さんだったので櫛が展示されている。櫛も種類が多いこと。
大月型、鎌倉型、月型、京型、京丸型、利休型、びん型、細びん型、角びん型、たぼ型、牡丹型、おはつ型そしてお婆さん型なんていうのもがありました。髪の毛が薄くなっちゃった私用⁉

1階の店の間の蔀戸。蔀戸とは平安時代より寝殿造りなどの貴族住宅や寺社建築において使われた建具であり、跳ね上げ式の戸。
庭に出て蔵を見て中村屋の見学終了。
(続く)
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コメント
こんにちは
雪も降る季節になってきましたものね。雪道を歩くのは避けたいですから
予定変更もやむなしですね。12/2はこんな見事な冬晴れでしたっけね。
富士山も見え、雪を頂いた山々も青空のもと美しいです。
奈良井宿は、かって旅人たちにとってホッと骨休めできる
オアシスのような宿場だったのですね。しかし江戸時代に
21回も火事が起きたとは、すごい頻回に感じます。まぁ江戸時代260年
ではありますが。水は豊富でも木造建築で、暖房に火を使う期間も
長いというと、現代よりずっと火事が起きやすかったのかもしれませんね。
色々貴重なものも失われてしまったであろうことが残念です。
でも、天保年間の建物も残っていて、見学された中村邸は
タイムトリップ感満載でしたね。興味深く拝見しました。
平安時代の貴族の邸で使われていた建具の形の蔀戸が、この時代には
裕福な商家とはいえ、庶民の家で使われるようになっていたのですね。
長い期間消えなかった蔀戸の利点は何かしら…
櫛にこんなにたくさんデザインがあったことにも驚きました。
それぞれの形に名前も付いているのですね。黒いのは漆塗り?どれも素晴らしい職人仕事ですね。
投稿: ポージィ | 2021年12月15日 (水) 11:00
★ポージィさま
こんにちは。
2500m以上の山は冠雪していて、塩尻手前は南アルプスや右手に八ヶ岳、塩尻では北アルプスまで見えるとのことですが、山は特定できませんでした。
中央線からの富士山は東海道新幹線の裾野からぐっと迫る富士山には全然かないませんね。
江戸の火事は有名ですが、各宿場も驚くような火事の連続だったのですね。殆ど宿全体が全焼というのですからそのたびに復興は大変だったと思われました。
そう、さぞかし貴重なものが各所で焼けてしまったことでしょう。正倉院は貴重ですね。
この時期木曽は寒くなって訪れる人もなく、閉まっているところが多くて、中村邸と福島宿のお寺など最後に開いていてセーフでよかったです、
中村屋もこの宿代表して見物出来て良い思い出になりました。
蔀戸とか猿頭などもしっかり見られ、京都のように間口が狭くて奥行きがある店(問屋)の構造も面白く拝見出来ました。
蔀戸は外からの雨や風を遮断することと、プライバシーを確保する扉として使われたようですね。
櫛の一部は漆塗りです。櫛については歩けなかった薮原宿にお六櫛があったのです。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2021年12月15日 (水) 16:15
tonaさんへ
今日は。奈良井宿は何度か行ったことがあり懐かしいです。もっとも子供が小さい頃なので、通りを少し歩いたのと、五平餅を食べた事しか覚えていません。😅
甲斐駒に登頂しましたか。立派です、素晴らしいです、自慢できます!。私も登りたくて、黒戸尾根コース、或いは、北沢峠からと何回か計画したのですが、特に後者は小屋に泊まり仙丈ヶ岳とセットで狙ったのですが、色々あって実現しませんでした。何事も思い立ったら吉日ですね、もう登れません。甲斐駒を登れたのなら、街道歩きは鼻歌交じりで往けます。ちょいの間です。中仙道も残り半分、頑張ってください。
投稿: shikamasonjin | 2021年12月15日 (水) 16:38
こんにちは。今から約50年前にJR贄川駅で降りて街道を少し歩き中央西線のSLを撮影したことがありました。その写真は今もアルバムに残っていますが、その撮影ポイントがどこだったか、グーグルのストリートビューで探しても見つかりません。鉄橋も道路も50年前とは変わっているのは当然ですね。
投稿: 多摩NTの住人 | 2021年12月15日 (水) 18:55
★shikamasonjinさま
奈良井宿は木曽でというより今まで京都側から歩いてきた宿の中で1番昔の面影を残した立派な宿ですね。
本当は順番通りに宮ノ越から薮原・鳥居峠を越して来たら良かったのですが、冬は気象条件が厳しくて残念ではあります。
何処から登ったのか、記録がないのでわかりませんが、山小屋としては美味しい食事を出すので有名なところへ予約して泊まりました。仙丈ケ岳へ登ってきた男性が疲れ果ててばてていました。翌日4時に出発したのは良かったのですが最初ヘッドランプ頼りに行ったものの道に迷いました。友人と二人でしたがその友人もばて気味でちょっと遅くなりましたが帰りは二子山経由で夕方にはあずさに乗れました。
来年コロナが邪魔しなければ春になったら中山道の続きに挑戦したいと思います。
応援ありがとうございます。
投稿: tona | 2021年12月16日 (木) 08:59
★多摩NTの住人さま
SL撮影少年、鉄ちゃんだったのですね。とんでもなく遠くまで出かけて行ったことに尊敬の念を覚えます。当時の女の子はそこまでやりません。
贄川の手前までしか行っていなくて、贄川駅から先にも電車を見る場所はたくさんあるでしょうね。SLが走っていたのですか!
順番が前後してしまいますが、今回は1回分で鳥居峠というのがメインなので来年まで覚えていられます。ありがとうございました。
投稿: tona | 2021年12月16日 (木) 09:10
カミさんと松本に行ったとき思い立って行ったのが奈良井でした。
カミさんは、まさかこんな所が見られるとは思わず大喜びしました。
箸と絵葉書を買って帰りました。
投稿: 佐平次 | 2021年12月16日 (木) 10:01
★佐平次さま
奥様が喜ばれた奈良井宿は、なかなか在りし日の面影があって街道を歩いているの感がありました。
買いたい箸、確かにありました。塗も良かったし。しかし最近食べる事、食べるものばかりです(恥)
ありがとうございました。
投稿: tona | 2021年12月16日 (木) 14:26
奈良井宿は有名で一度は行ってみたいのですが
まだです。
写真を拝見して想像をめぐらせています。
櫛の種類がこんなにあり、女性も楽しんでいた
のですね。
投稿: matsubara | 2021年12月16日 (木) 20:47
tonaさん、おはようございます♪
奈良井宿は2年前の秋に訪ねたばかりなのでよく覚えていますが、
江戸時代に21回も火災に遭っていたことは知りませんでした。
「すんきそば」は木曽名物らしいですね。
奈良井宿の中にあったなんて気が付きませんでした。
お腹を空かせて歩き、結局、諏訪インターで夕食をとったので、
食べてみたかったです。
見学は上問屋資料館(手塚家住宅)のみで、中村邸は見学しませんでした。
昨年、主屋と土蔵が重要文化財に指定されたのですね。
櫛問屋さんだったそうですが、素敵な飾りが施された櫛が多いので
見てみたかったです。
投稿: hiro | 2021年12月17日 (金) 09:51
★matsubaraさま
奈良井宿はなかなか昔の面影を残し、距離も長くたくさんの建物がその特徴を残して並んでいます。
東海道の関宿も凄いと思いましたが。
櫛、まさかこんなに種類が多いとは思いがけないことでした。
matsubaraさまもいつかいらしてみてください。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2021年12月17日 (金) 22:36
★hiroさま
こんばんは♪
2年前ですと記憶に新しいですね。
すんき漬けは2週間前はまだ漬いていませんでしたからそばもありませんでした(木曽福島で)。丁度出来上がったところに尋ねたことになります。
すんき漬けを買ってきてすんきうどんとすんき炒飯を作ったら美味しかったです。
上問屋資料館はお休みでした。
まあ中村屋の方を見られたので良かったです。
お隣の宿の(まだ通り越して行っていませんが)薮原宿のお六櫛もあったのかしら?
漆も塗られいいものが一杯でした。
ありがとうございました。
投稿: tona | 2021年12月17日 (金) 22:45