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2022年2月28日 (月)

五日市街道3 牛浜~武蔵五日市(2)

秋川駅のすぐ先で五日市線の線路を越えで南側に出る。
秋川駅の次の駅・武蔵引田駅辺りまでせっせと歩いて寄り道。
 南へ下っていくと秋川の向こうに東京サマーランドの観覧車が見え、その隣に新東京百景の「六枚屏風岩」がある。土柱が六曲屏風を立てたように立ち並んでいるのだそうだが、ここからははっきり見えなかった。
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寄り道先は真照寺。
山門は、元禄元年(1688)の建立で四脚門で市指定文化財。
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寺は1356年足利基氏(尊氏の四男で初代鎌倉公方)建立の棟札の写しを伝えている。こんな奥に基氏の名が。
本堂。
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薬師堂は室町時代の建築で都指定文化財だ。「めめ」と書かれている絵馬があった。
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あきるの市名木・巨木百選指定樹木のいとひば。
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同じく巨木百選のさるすべり。その根元だが一本の木だ。高さもいとひばに引けをとらない。
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街道へ戻る。
ここであきる野市の違うマンホール発見。
あきる野市のイメージキャラクターのサンショウウオの「森っ子サンちゃん」と秋川渓谷のシンボルの吊橋「石舟橋」が描かれている。
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これは旧五日市町の花・梅が描かれたマンホール。
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キッコーゴ醤油屋(キッコーマンに名前が似ている)。醤油フィナンシェとキッコーゴしよう油カレーを御土産に買ってもらう。
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天神社。足利基氏の母瑞雲尼(尊氏の正室の赤橋登子)が創立とのことだ。基氏のお母さんも鎌倉に一緒に来ていたのでしょうか。
ご神杉が切られていて奥に鳥居がある。
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拝殿。
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明光寺へ寄り道。
入り口には明和3年(1766)の地蔵菩薩群。
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ご本尊の薬師如来が運慶作とのことで、本堂へ向かうも見ることはできなかった。
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街道に戻ったところに和菓子屋の恵比寿屋があり、焼き酒まんじゅうをおやつに買ってもらう。本日は醤油味のフィナンシェや酒饅頭の焼いたのやら、味はわかる気がするけど、初めてというものはなかなかに楽しいものである。この先まだ珍しいものに出会えるのが楽しみだ。
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その先に「伊奈の市神様」があった。この石祠は寛文2年(1662)のもので伊奈村の市の守り神だった。
伊奈で産出される伊奈石は江戸城の建築が始まると石工が動員され、村と江戸を結ぶ道は 「伊奈みち」 と呼ばれた。伊奈の市は中世の末からあり農具や木炭や衣類などが石と共に取引され大いに賑わった。
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馬頭刈山・鶴脚山が近づいてきた。
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旧道に入っていくと成就院がある。この先で訪れる大悲願寺の末寺である。
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六地蔵。五日市街道後半のお寺には六地蔵がたくさん見られた。
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お寺を出ると寒念佛の碑、地蔵、馬頭観音があった。
寒念佛とは寒中(小寒から節分)の30日の間、僧侶が山野に出て声高く念仏を唱えること。後には、俗人が寒夜に鉦を打ちたたいて仏寺に詣で、有縁の家や付近の地を巡行することとなった。「細道になり行く声や寒念仏」(蕪村)がある。
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次に岩走神社。
平安時代末期に信州の伊那郡の石工たちが移り住んでこの神社を開き、寛政6年(1794)には正一位の神階(神道の神に授けられた位階)を受けている。
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奥の本殿が見える。これも珍しいことである!
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境内社(琴平神社・稲荷神社・八雲神社・熊野神社・疱瘡神社)の疱瘡神社に疫病封じ祈願をした。・・でもまだ高止まりでなかなか収まらない。
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小社の前から秋川沿いの旧道(瀬音道)を行く。小さな滝もあった。
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途中、坂を上り118段の階段を上がり(途中踏切を越える)大悲願寺へ。
源平合戦で名を馳せた日野の武将平山季重が醍醐寺三宝院の僧を招いて、建久2年(1191)に開山した。
楼門は1613年の再・再建で安政6年(1859)の仁王門。
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仁王像を見て、門の中の天井を見上げると、中央の大日如来の梵字を囲んで草花が描かれる天井絵があった。市指定文化財。
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寛政6年(1794)観音堂。彫刻が素晴らしい。
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境内には四国八十八ヵ所があった。
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内側からみた安永9年(1780)建立の朱雀門。
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本堂は元禄8年(1695)建設で方丈系本堂建築というのだそうだ。都指定有形文化財。
伊達政宗がここの白萩を所望した文書が残されているそうで、それと関係するのか、仙台市から贈られた伊達政宗ゆかりの臥龍梅があった。
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瀬音道に戻る。秋川のサギ。
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この後、色々な石仏を路傍に見て、正光寺で武蔵五日市七福神の一つ・弁財天を拝んでゴールの武蔵五日市駅に4時20分に到着した。
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五日市線、青梅線、中央線を乗り継ぎ、地元到着5時15分過ぎ。約34000歩でした。
これで五日市街道完歩。読んでいただき有難うございました。
  
  (完)

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コメント

大悲願寺、堂々たる寺ですね。
武蔵五日市あたりでリゾート開発の目論見をしたこともあります。

投稿: 佐平次 | 2022年3月 1日 (火) 10:01

★佐平次さま

そうなんです。この辺りで一番素晴らしいお寺で見所一杯でした。
楼門や観音堂の彫刻は日光東照宮の超超小型版でしたが。
お仕事でそんなことがあったのですか!
少し奥の瀬音の湯ははやっていますね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年3月 1日 (火) 10:53

あきる野市のイメージキャラクターのサンショウウオの「森っ子サンちゃん」と秋川渓谷のシンボルの吊橋「石舟橋」が描かれているマンホールの蓋
こんなの見つけたら思わず笑顔が出そうですね。
旧五日市町の花・梅が描かれたマンホールの蓋も可愛いし、tonaさんから地域に寄って蓋の絵がその市の特徴を出してるのを教えて貰いました。

大悲願寺の彫刻の立派な事、天井絵や観音堂の彫刻は圧巻ですね。
こんな立派なお寺があったのですね。

私、五日市駅は降りた事ないのです。
今回も約34000歩のtonaさんの健脚に驚くばかりです。

投稿: ラッシーママ | 2022年3月 1日 (火) 13:51

全然知らないところばかりです。
多摩の川合玉堂邸宅より奥には
行ったことがありません。

鷺は難しいのにうまく撮影されましたね。
人に敏感で、すぐ逃げますのに。

投稿: matsubara | 2022年3月 1日 (火) 14:41

こんにちは
 
五日市街道完歩おめでとうございます。
まったく知らない土地の名前、お寺、歴史上の人物…ばかりで、
自分の中の、鎌倉時代後期から室町時代にかけての空白期間を
再認識するような思いで拝見しました。はっきり言ってしまえば
チンプンカンプンといういささか恥ずかしい有様です。
大悲願寺は見事なお寺ですね。大悲願、深い慈悲をかけていただけそうな
気持ちになります。
現代からすれば、道徳も確立していない残虐だったり野蛮だったり
だったのではないかと思うのですが、信仰心というのはもっと古くから
浸透していたのでしょうね。世界中どこの国でもそういう感じを
受けることは少なくなくて不思議な気もしますけれど、こういうのも
人間という生物としての進化の歩みなのでしょうか??
すみません、わき道にそれました。
記事途中「伊奈村」にはピクリと反応しました。というのも故郷の市にも
伊奈町(かっては伊奈村)があり、室町時代?に築かれた
伊奈城という城もあったそうなのです。伊奈という地名同士
何か共通するものがあるの?とも思いましたが調べきれませんでした。

投稿: ポージィ | 2022年3月 1日 (火) 14:43

★ラッシーママさま

このカラーのマンホールはかなりインパクトがありますし、可愛いです。東京サンショウウオがいるのですね。
マンホールの多くは市や町の花、鳥、木を表しているのが多いですが、もうてんこ盛りにいろいろ描いて大サービスのがあり、面白いものです。
大悲願寺はとても立派で、彫刻が素晴らしいです。剥げてしまっていますが楼門の天井絵があるのもこのお寺の凄いところです。
この日は五日市線を全部歩いたことになりますが寄り道しないと3万歩はいかなかったでしょう。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年3月 1日 (火) 18:48

★matsubaraさま

奥多摩は広くて東京の三分の一は占めているように地図で眺めますとみえます。
私も多摩川や秋川を眺めるばかりでしたが、山に登るようになって地図を見るようになったところです。
東京の西半分はビルが少なくなりその奥は山だらけです。都心にいますと地上では気が付きませんね。
matsubaraさまも鷺を撮影されていらっしゃいましたね。なかなかカメラが命中しないで、鳥は難しいです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年3月 1日 (火) 18:55

★ポージィさま

こんばんは。
ありがとうございます。
小さいながら東海道と合わせてやっと2つです。
あとは全部途中で、これも全部コロナと冬の寒さのためです。でも途切れず歩くことは私の健康に貢献しているようです。
本当に知らない土地を読んでいただいて申し訳なく有難いことです。
私も鎌倉室町時代は一番知らなくて興味を持っていませんでした。
鎌倉街道が鎌倉から町田市や府中市とわが市の境や埼玉県を通って高崎まで行っているので鎌倉の話が結構出てきます。次の室町も鎌倉が滅びると同時に出てきます。戦いがこの辺りで行われたからですがちょっと奥の五日市まで出て来るとは思いませんでした。
不思議なことにどんな残忍な武将でも悲惨な農民たちなどと同様信仰心があったことを知ることになります。地蔵信仰がこの辺りでは一番多かったように思えました。
まあ、同じ字の「伊奈」が。伊奈城があったのですか。こちらはお城はないようです。関連性はないようなのですね。不思議ですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年3月 1日 (火) 19:20

こんにちは。六枚屏風岩は知りませんでした。いつか行ってみたいと思います。キッコーゴ醤油は以前テレビのバラエティー旅番組で紹介されていました。色々ありますね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2022年3月 1日 (火) 19:44

tonaさんへ
今晩は。五日市街道完歩おめでとうございます。お疲れ様でした。最後に立ち寄られた立派な寺院、大悲願寺に伊達政宗ゆかりの臥龍梅があると知り、急にあきる野市に親近感を感じました。松島瑞巌寺に、伊達政宗が朝鮮出兵から持ち帰り、自ら植えたと伝わる紅白の臥龍梅の古木があり、境内の見所のひとつとして有名ですが、その実生苗でもいただいたのでしょうか?。五日市は、奥多摩の山歩きで何度か行きましたが、大悲願寺にお参りしたことはなく、今度機会がありましたら訪れて、臥龍梅を拝観したいと思います。

投稿: shikamasonjin | 2022年3月 1日 (火) 22:36

こんばんは(^o^)/!
機を見てはご自身の健康のために歩かれている様子に、間もなく還暦の私も刺激を受けています。もう一花咲かせるほど頑張って働き、70代後半からは少しは内職程度の仕事をしながらでもあちこちで歩きたいと思うようになってきました。
これはきっと私とお付き合いのある年配のブログ友達から学んだことでしょう!

秋川・・・かつて旅のサークルのメンバーの一人が秋川市に住んでいて、当時の仕事(赤帽)で東京へ行った際の帰りに寄り道して秋川へ行ったことがあります。ずいぶん自然豊かなところだった印象が残っています。
けど、その辺りの街道沿いにはご紹介されているような由緒ある遺跡や寺社が残っているのですね。

投稿: 慕辺未行 | 2022年3月 2日 (水) 00:02

tonaさん、おはようございます♪
五日市街道完歩おめでとうございます。
それにしても約34000歩も歩かれたとは素晴らしいですね。
tonaさんの御健脚ぶりには、いつも感服させられています。

懐かしい地名やお寺を拝見することが出来て嬉しいです。
伊奈は母の実家があったところで、大悲願寺には祖父母や
その先祖のお墓があります。
白萩が有名で、6年前頃かしら、白萩と彼岸花が咲く頃、
訪ねたたことがあります。
その時、このお寺は伊達政宗の弟が15代住職を務めており、
白萩をみて気に入った伊達政宗が白萩を所望したという
文書が展示されており、そんなに由緒あるお寺だったのかと
驚いた記憶があります。
五日市駅にも行ったことはありますが、駅舎がどんな風だったか
全く覚えていません。
マンホールに描かれている「石舟橋」には一度訪ねてみたいと
思っているのですが、いまだに実現していません。

投稿: hiro | 2022年3月 2日 (水) 07:44

★多摩NTの住人さま

六枚屏風ですが土柱が3つくらい微かに見えるのですが、実際に近くに行って見たら凄いのでしょうね。
是非行って見てください。私は多分もう時間がなくて行かれないと思います。
キッコーゴ醤油がテレビで紹介されていたとは!見られなくて残念に思います。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年3月 2日 (水) 09:40

★shikamasonjinさま

こんにちは。
お言葉ありがとうございます。
40㎞でしたので3回で完歩しました。
どうして伊達政宗がこんな奥多摩のお寺に関係するのかと不思議でしたが、政宗の弟がここの住職だったという説をhiroさんから教えていただきました。
仙台市からのお返しの臥龍梅がありましたが、まだ花は当然ながら咲いていなくて見られませんでした。それが瑞巌寺からなのでしょうね。それも朝鮮出兵から持ち帰ったとは。まだ仙台に行けていません。松島観光をして一日で帰って来られるのでしょうかと研究しようと思ってもしていなくて、さらにコロナが始まって出かけられません。
臥龍梅の咲く時期に是非!
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年3月 2日 (水) 10:08

★慕辺未行さま

こんにちは。
慕辺未行さんの意気込み、私からみますとまだまだ20年以上もお若いのですから、必ずや成し遂げられると思います。
思えば私も60代は今から思いますと凄く元気でした。70になっても日本アルプス甲斐駒なんて軽く登っておりました。
後期高齢者になってから調子が悪くなってきました。今何とか歩けるのも、街道歩きのお陰だと思われます。躊躇していても思い切って出かけますものね。
秋川に足を残されていらっしゃるのですね。
街道沿いも全部写真を載せられないほどいろいろありました。奥には登りたい山もたくさん控えていますが、もう登れないのがとても残念です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年3月 2日 (水) 10:18

★hiroさま

こんにちは♪
お言葉ありがとうございます。

もうびっくりしました。
お母さまの祖父母さまとそのご先祖のお墓がここなのですって!
奥の方にお墓がありましたね。
それにこのお寺、このあたりでは一番立派です。
色々由緒あるお寺で楼門も観音堂も立派、朱雀門まであるのですね。
本堂も珍しい造りで、おまけに伊達との関係。
そうだったのですね。文書には伊達政宗の弟が住職だったと。政宗の母親がこの弟を可愛がって政宗は殺したということでしたが実はこんな形で住職になっていたということ。
そんな関係で仙台の臥龍梅がこの地に。
その臥龍梅は政宗が朝鮮出兵から持ち帰って瑞巌寺にということをshikamasonzinさまから伺いました。
いろいろわかって嬉しいです。
ありがとうございました。
石舟橋は私も渡ったことがありません。
ここからの山は5回くらい登っていますが、奥の川の方に行きませんでした。川を見たのは瀬音の湯に行った時かしら。

投稿: tona | 2022年3月 2日 (水) 10:35

あきる野市は秋川沿いを歩いたり渓谷で遊んだりしたことはありますが五日市街道巡りも楽しそうですね。足利基氏の墓は鎌倉瑞泉寺で対面したことがあります。ここ数日本当に暖かくなりましたね。2月は稀に見る寒い冬でしたが、ついに3月を迎えて先週末から一挙に暖かくなって春の足音が聞こえてきました! 3月こそは明るい気持ちで花の季節を迎えられることを願うばかりです。

投稿: ローリングウエスト | 2022年3月 3日 (木) 06:29

★ローリングウエストさま

秋川で釣りや水遊びをしている人々を昨年登山の時に見ました。コロナ禍でしたし、子供たちが生き生きとしていましたね。
五日市街道は思い描いていたより見所が多かったです。
特に最後の大悲願寺は心に残りました。
足利基氏のお墓は瑞泉寺でしたか。このお寺には数回行っているのに、全然気が付きませんでした。行くことがありましたら見てきたいと思います。
教えていただきありがとうございます。
急激にあの寒かった冬から春へ。
早く閉塞感から逃れたいと思いますが、ウクライナの事を考えますと贅沢は言えません。
涙を流す人々の顔がチラつき、又各都市の空襲警報は幼かった私の頭にも残っています。

投稿: tona | 2022年3月 3日 (木) 08:43

五日市街道完歩おめでとうございます。
私にはなじみのない場所ですがtonaさんの説明で
一緒に歩いた気分にさせてもらっています。
おやつに焼きまんじゅう、
お土産に醤油フィナンシェとキッコーゴしよう油カレーを買ってもらう
の言葉に娘さんとの幸せな街道歩きを思わされ
うらやましい気持ちです。
大悲願寺の楼門の天井絵、見事な彫刻の観音堂素晴らしいですね。

投稿: ビオラ | 2022年3月 3日 (木) 15:44

★ビオラさま

お言葉ありがとうございます。
大小合わせてやっと2街道完歩です。
五日市駅は高尾山よりちょっと北のエリアになり、杉並区からここまで本当に馴染みのないところを読んでいただき感謝です。
働ている娘ですが、近くに住んでいますのでありがたいです。でも頼りすぎないように気をつけたいです。
大悲願寺はこの街道では私には随一と思われました。
花には殆ど縁のない季節でしたが、時々鳥に出会え、また登った山を眺めることも出来て満足しました。

投稿: tona | 2022年3月 3日 (木) 16:25

五日市街道完歩おめでとうございます!
東京にサンショウウオがいるとは知りませんでした。
焼き酒まんじゅうも。
これは美味しそうです~!
これから暖かくなって、もっとどんどん歩けますね。

投稿: zooey | 2022年3月 3日 (木) 23:23

★zooeyさま

お言葉ありがとうございます。
こんな短い街道でも、老後達成感がなくなった生活をしていましたので(ただ楽しむだけ)、嬉しいものでした。

東京サンショウウオは奥多摩の秋川なども渓流にいると聞きました(檜原都民の森で)。
それでマンホールにも書かれているのですね。
焼き酒まんじゅうは皮の味が変わったもので特に美味しさが倍増したとは思えませんでしたが、でも変わった味を楽しみました。
まん延防止措置が解除したらまた暖かなる頃ですし、歩きたいと思います。

投稿: tona | 2022年3月 4日 (金) 08:42

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