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2022年5月30日 (月)

中山道20 贄川宿~本山宿~洗馬宿~塩尻駅(前編)

<今日で木曽路は終わり信州路に入る>・・近江路、美濃路は既に忘れてしまったところが多い。

5/19(木)晴のち薄曇り 車内から富士山も見え、まだ雪で覆われてきれいだった。
先週は奈良井駅がゴールだったが奈良井から贄川までは昨年先に歩いていたので、贄川駅からスタートする。既に贄川宿は見学済みで次の本山宿に向かう。贄川駅より1時間ちょっと歩いたところで木曽路が終わる。

塩尻駅到着9:28。奈良井宿の方へ行く、葡萄マークの小さな地域振興バスで塩尻から洗馬~日出塩~贄川まで乗る。たった100円。20人乗りくらいの小さなバスでこれが旧道を走るのである。10:50に45分間かけて到着。ここをこれから夕方にかけて同じところを逆戻りするわけだ。勿論バスも通れない旧道も存在しそこも歩く。
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前回同様、駅で早い昼食を済ませて出発。
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またまた石像を右に左に見、両部鳥居の諏訪神社を過ぎる。二十三夜塔・庚申塔など石像物が多数点在。
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今週もまた燕が沢山行き交う。
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山藤も木曽の山々を彩っている。
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若神子(わかみこ)一里塚(62里目)。鉄道と国道によって伐られ現在は高さ1m、直径5mの木が残されているというが果たしてどれが?
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片平集落を通過する。小さな集落だ。「ふじや」という屋号札がかかっている家があった。
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立派な石垣に守られた白山神社。
拝殿。この神社は、加賀の国(石川県鶴来町)の白山比咩神社が総本社で、祭神は菊理媛神。夫婦の縁から現世とあの世の縁まですべての調和結合をはかり生産者には生産の力を人には和を与える神様・・・と倒れた解説版に書かれていた。なかなか素晴らしい神様ではないでしょうか。
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桜沢茶屋本陣跡があった。贄川宿と本山宿の間の立場が置かれていた立場茶屋だ。
見える碑は明治天皇御駐輦跡碑と櫻澤御小休所碑と御膳水碑だ。その間にあるのが立派な本陣門だ。
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オダマキが多く、塩尻、諏訪に近づくにつれ、セイヨウオダマキとジャーマンアイリスが各家庭に植えられているのに驚く。木ではライラック、オオデマリ、キングサリ、ニセアカシアなどが多く見かけられる。標高が高いので北海道のようなのか。
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旧道を上がって行くと三面八臂の馬頭観音と南無阿弥陀仏名号碑。
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その隣に大岨(おおそば)隧道が残っている。中央線が開通した当時通っていたトンネルだが、昭和40年代に電化や複線化で廃止された。
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崖路の左手下を見ると奈良井川が流れている。
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国道に下りると「是れより南木曽の碑」がある。ここは木曽路の北の入り口であり、江戸時代には尾張藩領の北境であった。
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「ようこそ木曽へ」という看板もあった。
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今日、ここで長く感じた木曽路も終わり、信濃路に入る。標高は812mだ。
木曽路はコロナで細切れになってしまったが紅葉と新緑を両方楽しめた。山に挟まれた中を途中から木曽川や奈良井川のそばを歩いたことはとても印象に残る。

しばらく国道を歩いていると、養蜂場があった。蜂がぶんぶん飛んで怖い。それなりに色々な花が咲いているのでたくさん美味しいはちみつが採取できるのでしょう。
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旧道に入って次の駅・日出塩駅の手前にも道祖神、秋葉大権現、筆塚が並んでいる。
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長泉寺を通り過ぎると左手に61里目の石碑のみの一里塚跡がある。
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いよいよ本山宿だ。
●本山宿(32番目)本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠34軒。木曽路の玄関口として賑わった。蕎麦切り発祥の地でもある。
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高札場跡には秋葉大権現(文政13年)と秋葉大権現常夜燈(元治6年)があった。
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長久寺・常光寺跡(松本藩の厳しい廃仏毀釈によって廃寺)、口留番所跡(1642年より幕末まで松本藩により、口留番所が置かれ、米穀、塩、女などの通行改めをした)、脇本陣跡・上問屋跡を通り過ぎる。

広重が描いた本山宿。版画を見ると、大きな松の木が倒れていて鳥居みたいにつっかえ棒がしてあって、その下で旅人が焚火で暖まっている。
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マンホールは、塩尻市の宗賀南部地区農集排と書かれ、北アルプスと蕎麦の花、周囲はカタクリの花がデザインされる。
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ここも「扇子屋」とか「扇屋」など屋号札がかかる。作っていたところなのだろうか?
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小林本陣跡。雀おどりのある家(明治18年建築)で、明治天皇本山行在所碑あった。皇女和宮も泊まられた。
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その前には国登録有形文化財の旧旅籠川口屋、池田屋、若松屋が並んでいる。斜交(はすかい)屋敷(道に対して斜めに建っている)となっている。どの家も袖うだつがあがり、出桁(だしげた)造り。この宿も何度も大火に見舞われ、これらも明治2年の大火後の建物だそうだ。
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本山そばの里。
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このあたりの畑はそば畑である。蕎麦は6月から9月に蒔くが、この辺りはまだ蒔かれていないかな。
そば切り発祥の地と言われる(山梨県甲州市大和町も発祥地とされるが)。本山宿の江戸口見付。

(続く)

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コメント

贄川宿と塩尻宿は3年前の真夏に行きました。木曽の名峰登山に合わせて妻籠・馬籠・奈良井・中津川・上松も訪ねました。当時の写真がまだ蔵出ししていないので早く公開しなければと思いつつもう3年が経ってしまっています。この週末は一挙に真夏日、今日も猛暑日が続きビックリでした!5月ももうあと2日で終わりですが、本当に気温・季節がくるくると変わる目まぐるしかったですね~。しかし明日はまた一挙に気温が急激に下がるとか・・。体がおかしくなっちゃいそうです。日が長くなり紫外線が強くなって季節は確実に進んでいることを日々実感します。

投稿: ローリングウエスト | 2022年5月30日 (月) 20:45

★ローリングウエストさま

おはようございます。
中津川から塩尻までの間の木曽部分の有名な宿を全部制覇されていらっしゃるのですね。
木曽の山々と木曽駒などの中央アルプスを見ながらの木曽谷と木曽川を歩いたのはバスツアーと違った体験が出来ました。

気温の激しい上下について行かれない年齢になって、この夏無事に過ごせるか心配です。
インドの50度、高齢者はどのように耐えて過ごしているのでしょうか。
標高1000mの所に夏の家があったらなあと贅沢な考えが頭をよぎります。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年5月31日 (火) 08:43

こんにちは。なかなか風情のある道ですね。廃線トンネルは興味があります。元鉄道ファンとしては廃線を巡る旅もしてみたいです。
tonaさんを見習って先日仲間たちと旧日光街道を少しだけ歩きました。腹が出た連中が多く短い距離でしたが、所々に昔の名残があって良いですね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2022年5月31日 (火) 09:57

蕎麦きり発祥の地は、そこでしたか。
三枚目かの石像の写真、いいですね。

投稿: 佐平次 | 2022年5月31日 (火) 09:58

こんにちは
 
交通の便になかなか苦労されての中山道歩きでいらっしゃいますね。
バスで通った道を歩いて戻るというのも、目線などが変わって
面白さが増したことでしょう。バスが通れないような旧道は土の道もあるのですね。往時がしのばれるといいましょうか、
かっての鉄道のトンネルもあり、新緑の中とても良い雰囲気に感じました。
木曽路から信州路は、何か変化は感じられましたか?
旧宿場町の家々は、やはり何度も燃えて焼失しているのが残念に思います。
それでも、もうかなりの年数がたっているのですけれど。

立派な石垣に囲まれた白山神社の祭神、菊理媛神をググってみましたら、
死後のイザナミノミコトとイザナギノミコトとの間をとりもった‥
というようなことが説明されていました。そこから調和結合へと
繋がったようですね。「和」、もたらしてほしいものです。

投稿: ポージィ | 2022年5月31日 (火) 10:31

木曽路は、妻籠と馬籠を車でまわっただけ
ですから、やはり徒歩の方が趣があるでしょうね。

国指定の登録文化財が街道筋にあることは
知りませんでした。価値のある建物を見られて
よかったですね。

投稿: matsubara | 2022年5月31日 (火) 10:40

★多摩NTの住人さま

今は緑がきれいで、旧道に入ると車なしで歩きやすく素晴らしい中山道です。山や川、そして石像があるのがいいのですね。
旧日光街道を歩かれましたか。お腹のこと、笑えました。お仕事やりながら、ビールなどなどでだんだん出ちゃったのですね。
ご友人たち、歩くともしかして引っ込むかも。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年5月31日 (火) 11:37

★佐平次さま

私も初めてそば切り発祥地を知りました。この日はお昼におそばを食べました。
甲州街道の韮崎先からと中山道はこうした石像群が多くて風情あります。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年5月31日 (火) 11:40

★ポージィさま

こんにちは。
本当に中山道もこの辺りと諏訪の先の和田峠が一番辿り着くのが大変です。
昔の旅人は東海道より中山道の方が山や峠が多い点で大変。しかし東海道は川が多くて氾濫すると大変などがわかってきました。
かつてのトンネル跡の風景は良いですよね。
信濃路に入るとすぐと言うわけではありませんが、変わりましたよ。迫っていた山が遠くなって開けてきました。左手には遠く北アルプスが、右手は高ボッチが。後の山々は名前が全然わからないです。
甲州街道もそうでしたが、中山道も何度も大火に見舞われて、何も残っていない宿が随分あり。本陣跡などと立札が建ってないところもありました。
守山宿の建物は明治の始めという事で殆ど江戸の雰囲気を残しているという事でした。

菊理媛神を調べてくださったのですね。
神話の凄い部分ですね。知りませんでした。お詣りしたのでちょっとあやかりたいです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年5月31日 (火) 11:58

★matsubaraさま

木曽路も結構長かったです。というのも時々行かれなくなったからです。
でも風情のある木曽路ですね。木曽路を全部歩けてほっとしました。

江戸時代の建物ではないですが、江戸時代のそのままを踏襲したような建物でしたから雰囲気は伝わってきました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年5月31日 (火) 12:02

木曽路というと
「木曽路はすべて山の中である」というあの冒頭の分しか思い浮かびません。
随分昔に、妻籠に行ったような朧げな記憶が…
その木曽路をすべて踏破されたとは凄いですね。

投稿: zooey | 2022年5月31日 (火) 21:52

★zooeyさま

一番端の馬籠で生まれた藤村の冒頭の言葉はあまりにも有名ですね。
それを実感してきました。長かった木曽路は開けたところがなくずっと両側には山が岨立ち木曽川が中を流れ、独特な山道でした。
印象深い地域でした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年6月 1日 (水) 08:32

中山道、木曽路を歩き終えて信濃路へですか
コロナで途中途絶えてしまったおかげ?で
紅葉と新緑の両方を楽しめたようですね。
養蜂場ではミツバチたちが花の蜜集めに忙しい頃だったのですね
あの小さな体で必死に集めた蜜を人間が横取りしているんだな、
などと思う事があります(;^_^A
本山宿がそば切りの発祥地ですか
伝統食だと思っていたおそばですが
今のような形になったのはいつごろからなのでしょう?
何でもですが最初に考えた人はすごいです。


投稿: ビオラ | 2022年6月 1日 (水) 16:47

★ビオラさま

お帰りなさい。
コロナも後から考えますと良かった点もあります。出かけられない間は八王子を探索しましたし。
紅葉も感動するのですが、新緑もなかなかですね。心が明るくなるのです。
そうそう、蜂蜜を食べるときはおっしゃる世に考えて罪悪感さえ感じてしまいます。
横取りなのですものね。
長野県はそばの産地ですが、戸隠が有名ですからあちらが本場かと思い込んでいました。
そば切りの発祥地がまさかこことはね。
最初に考えたことって世の中のあらゆること、すべてですね。
私自身今まで日本で自分だけというのは記録してないですが、変な創作料理数点しかないです。それも忘れました、美味しかったのに。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年6月 1日 (水) 20:03

山藤が奇麗に咲いてますね、ラッシーパパの両親は山藤を取ってきて、庭に何十年と植えてましたが1度も咲かないと言ってました。
田舎の両親は植物を育てるのが上手かったのにです。
私は足が悪いので毎回tonaさんの記事を読んでも、私には歩くは無理と思ってましたが
今回歩いた道は、何処のお宅の庭にもジャーマンアイリスが咲いてたとの事
この場所は歩いてみたいわ。

以前にTVで静岡県のある場所では今でも苗字ではなく屋号で呼び合ってると言ってましたが
tonaさんが歩かれた所のあちこちで屋号が掛かってましたね。

投稿: ラッシーママ | 2022年6月 1日 (水) 23:48

★ラッシーママさま

桐の花も丁度咲いていたのですが、山藤が木曽の山々を彩っていて驚きました。今歩かなかったらこの景色は見られなかったでしょう。
ラッシーパパさんのご両親様は山藤を庭の木に絡ませたのでしょうね。山ではなくてはダメだったのですね。そういう性質を持っているのですね。
塩尻市から諏訪湖にかけて本当にジャーマンアイリスだらけで楽しかったです。
木曽は比較的屋号が多かったです。
何処だったか全部の家に掛かっていました。
それから村中同じ姓ばかりもありましたっけ。
ラインにジャーマンアイリスの植え替えの写真を添付しました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年6月 2日 (木) 09:44

ヤマフジがたくさん咲いていますね。
東北三県を廻ったときにも、あちらこちらでヤマフジを見ました。
こちらではゴルフコースで見る程度なので
ヤマフジの多さには驚きましたよ。

10年ほど前にハイキングをしている最中に見かけた廃線トンネルは
ワインセラーとして利用されていました。
そうか、そういう利用法があったのかと思いましたね。
以前のブログにアップしてありましたが
サイトが無くなってしまった結果、
その記事は公には残っていません。

南木曽はハイキングしたことがありました。
街道の宿場町の位置関係が判らなくて
これから南木曽をお歩きなるのかななんて
とんちんかんなことを思いました。

投稿: Saas-Feeの風 | 2022年6月 2日 (木) 21:36

★Saas-Feeの風さま

私も初めて山藤が沢山咲いている山々を見ました。きれいなものですね。

廃線トンネルのワインセラーとしての利用はなかなかですね。
ここはトンネルはすぐ突き当たって利用価値はゼロです。
フランス・ボルドーのブドウ畑の下は岩盤で、堀抜いてあるセラーをたくさん見ました。ブルゴーニュの方もそういう所がありまして、ワインが美味しかったです。
私達が大多数の人と違って京都側から江戸に向かって歩いているので木曽も塩尻に向けて出ました。これから信濃路になったわけで碓氷峠の方まで信濃路を歩きます。
今はまずはそこまで行けたらと願うばかりです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年6月 3日 (金) 08:21

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