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2022年5月11日 (水)

甲州街道歩き13 青柳駅~金沢宿~上諏訪宿~下諏訪宿(3)

街道に戻る。
諏訪市のもう一つのマンホール。諏訪湖の花火と高島城がデザインされている。
(2)で高島城に行っていないような事を書きましたが、子供が小学生の頃(1976年8月)見に行っていました。コンクリート造りの城だと書いてあり写真が子供のアルバムに貼ってありました。すっかり忘れています。
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吉田の松。4代高島藩主の諏訪忠虎の大坂城守備に随行した高島藩士の吉田式部彦衛門が持ち帰った黒松。推定300年くらいで市内最年長の松。
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桑原の一里塚跡碑(52里目)を左に見、右側に入っていくと高島藩主廟所と和泉式部の墓、高島藩の菩提寺の温泉寺は時間の関係で行かれなかったのが残念であった。

児玉石神社。下桑原の鎮守。拝殿の前の石はいぼ石と言われる。石の凹部の水でいぼを洗うと治癒するのだそうだ。
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先宮神社。
道路と神社の間に水が流れているのです。橋がないので跨ぎます。諏訪神社の神が出雲からこの地に鎮座した際、この神社の神が抵抗したため境内から出ることが許されなかったためという。
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(ここでカメラが壊れる!この後はスマホ撮りと娘の写真を借用)
拝殿脇の御神木のケヤキには一番下の大こぶを始めたくさんのこぶがある。樹齢650年以上と推定される。
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ついに諏訪湖が見えた!この辺りの家は冬は寒いでしょうが、毎日諏訪湖を見て暮らしているのがいいなあ。
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今度は穴が向こうまで開いていて、反対側は木が半分裂けているケヤキがあった。よく生きている。植物も凄い!
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天保10年(1839)の北村中と刻まれた常夜燈。何処に明かりをともしたのか見てこなかった。
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下諏訪町のマンホール。さくらとつつじがデザインされている。
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下諏訪町は諏訪郡の町で、前に歩いてきた同じ諏訪郡の富士見町と原村とは接していない飛び地だ。諏訪郡下諏訪町、諏訪市上諏訪とややっこしい。

突然棚田が現れた。棚田はあまり見たことがなくてこのよい風景に見とれる。
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その先に茶屋橋本屋跡がある。諏訪湖で獲れた鯉の料理が名物で、高島藩主もわざわざここまで食べにきたという。
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双体道祖神があちこちで見られる。
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元気もりぞうポスト。
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アララギ派、島木赤彦旧宅(柿蔭山房)に寄る。かやぶきの立派なお宅だ。
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前回富士見公園で句碑があったが、明治30年久保田家の婿養子となり、死去までここに生活した。墓は裏山にあるそうだ。
庭の立派な松。
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諏訪湖も大分回ってきた。
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南信八名所石投場碑と明治天皇駐輦址碑があり、江戸時代には、諏訪湖がこの真下まで迫っており、旅人はここから湖面に石を投げ、打ち興じたという。明治天皇は、ここから漁師達の投網を御覧になったという。
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最後(53里目)の一里塚跡の碑。あと1.1㎞歩くと終点の下諏訪宿。
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旧承知橋の一枚岩。
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承知川を承知橋で渡った所にある。この模様は、滑り止めとも信玄の埋蔵金の隠し図とも言われている。私には人が数人並んでいるように見えたが。
承知という名は信玄の馬が信玄が約束を果たさないことがあった時、頑として動かなったことがあった。信玄が「神のお告げ承知つかまり候」と言ったことからきたという。

横には承知地蔵尊がある。
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●下諏訪宿(33番目)本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠40軒。
また諏訪大社下社の門前町として昔から栄え、中山道との追分を控え、中山道唯一の温泉場として賑わった。

諏訪大社下社秋宮が見えてきたが、後で見学することにして先にゴールをめざす。
手前の建物は塩羊羹の老舗・新鶴本店で丁度閉めているところで、中山道歩きで通るときに買うことにする。
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甲州街道のゴールで中山道との合流点に到着。万歳!17時33分。江戸日本橋から約220㎞。13回かかった。
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御柱祭の木落としがデザインされているカラーマンホール。
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今年は7年に1度の御柱祭の年。コロナで車両で山出し、木落しは中止。里曳の観客は氏子のみ。始まりは桓武天皇の平安初期だそうだ。
狩猟の神、武勇の神として信仰を集めてきた。4本の御柱の長さは一之御柱16.7mから順に1.5mずつ短くなっているそうだ。4月に山出し、5月に里曳き(社に曳き着けて建てる)が行われる。

諏訪大社下社秋宮の見学に戻る。すぐそこ見える。
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神楽殿。しめ縄が太い。狛犬は青銅製の狛犬としては日本一大きいそうだ。
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天覧の白松。
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弊拝殿。弊殿と拝殿が一体となっている。二重楼門造りで見事な彫刻が施される。高島藩の命により1781年に造営された。
左右片拝殿。
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奉納されたお酒。
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神社の前の専女(とうめ)の欅(樹齢1000年。秋宮の一部で芽吹きや紅葉で気候を占なう「陽気木」として知られる)。
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上諏訪まで一駅乗り、御弁当が売り切れで、いったん外に出てコンビニで夕食を買い、7時3分のあずさに乗り、9時過ぎに帰宅。
こんな夕食になりました。この後の中山道は何時もこうなるのか?
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約46800歩でした。

コロナ禍で木曽まで出かけられないことがあったので、思いがけず甲州街道を完歩。これで五街道のうち二街道を制覇出来ました。
まだ残雪の南北アルプスと八ヶ岳連峰を見ながら、時には木立の中の旧道や田畑の中を、あるいは立派な神社や路傍の多くの石造物を見ながらの快い歩きでした。

この街道も日帰りが困難な地区があったのですが、娘が研究を重ね全部日帰りできました。また東海道と違って中山道と甲州街道は昼食難民になりそうなところもあってそんなことや有名なお土産屋なども調査してもらい、往復の乗り物の手配もしてもらって大名気分。せめて元気にして転ばないようにして歩かないと罰があたります。
次回からはとりあえず本日の中山道との合流点まで、中山道を歩きたいと思います。
長くなりましたが読んでいただきありがとうございました。
次回から中山道、どこまで歩けるか時間の問題になってきましたが、読み飛ばして見てくださいませ。

(完)

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コメント

甲州街道の終点は中山道との合流点なのですね
日本橋から13回をかけての完歩おめでとうございます。
娘さんの素晴らしいツアー力?で日帰りの難しい所、
昼食難民になりそうな所などを上手にクリアされ
スムーズに歩くことができ感謝ですね。
私はどこかへ出かける時いつも調べ役が多いので
全部お任せの旅もしてみたいです(*^-^*)
1日5万歩近くを歩くお元気度で
中山道の制覇も目指してください。

投稿: ビオラ | 2022年5月11日 (水) 20:07

★ビオラさま

東海道は34回もかかりましたが、半分以下の道のりですので、なんだかあっという間に到着という感じでした。
写真の所の合流点、追分に中山道を後3回で到着する予定なのです。
街道旅はとても一人では出来ません。知っている方は1人で歩いています。
学生時代の旅は自分たちで計画しましたが、いつも海外、国内共にツアーで全部行っています。すっかりそれに胡坐をかいて最近は京都に2回ほど一人で計画して行っただけです。
ビオラさんが計画役、わかるような気がします。しっかりされていらっしゃるから。尊敬します。
何とかして中山道だけでも歩き通したいという希望が大きくなってきました。今は頑張りたい気持ちです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年5月11日 (水) 21:17

娘さんも結構楽しんでいらっしゃるようですね。
下諏訪の宿、いちど泊まりました。
今となっては得難い経験でした。

投稿: 佐平次 | 2022年5月12日 (木) 09:38

こんにちは
 
甲州街道完歩、おめでとうございます。
ベテランのツアーコンダクターさながらのお嬢さんのお力も
素晴らしいですし、これだけの距離を歩き切られるtonaさんの
脚力にも、毎度感嘆するばかりです。

諏訪湖脇は、ずーーーっと前に、ドライブ旅の途中で一度だけ
通ったことがあります。その時お城の近くも通りましたが、
どうやら松本城と高島城を混同していたようだと、記事を拝見して
気付きました。諏訪湖脇のお城は高島城だったのですね。
城の名前に付いている地名も違うのに‥(^^;)
今回の区間では大きく立派な松を2本もご覧になれたのですね。
年季が入り、試練の傷跡を残しながら踏ん張っている欅も。
さらに、「陽気木」とされている大きな欅にも。
どれも見事だなぁと見惚れました。そうそう、珍しい「白松」も
ご覧でしたね。よく見かけている「松」たちと大分雰囲気が
違うものだなと面白く拝見しました。
諏訪大社は機会あれば訪れて、荘厳な空気に触れてみたいです。

投稿: ポージィ | 2022年5月12日 (木) 10:11

甲州街道制覇、おめでとうございます。
一日5万歩弱って本当に素晴らしいです。
あの勇壮な御柱祭は7年に一度でしたか。
あれでよく怪我人が出ないものだと、いつも思って見ていました。
でも木落しが中止というのは残念ですね。

投稿: zooey | 2022年5月12日 (木) 18:53

甲州街道を13階に分けて完歩は素晴らしいです、おめでとうございます。
私も長野旅行の時に高島城に寄ったのですが、よく覚えてないのです、たいした城でなかったような・・・

推定300年の黒松も島木赤彦旧宅(柿蔭山房)の松も立派ですね。
諏訪湖は観る分にはいいですが、傍に行って観るものではないですね、臭くって・・・
諏訪湖を通る毎に、もっと奇麗にしてくれればいいのにと思っています。

以前に諏訪大社下社秋宮の傍にある旅館に泊まった事があるのですが、今はその旅館はありません。

tonaさんならマンホールの蓋の絵を見れば、何処の蓋か場所が分かるでしょうね。

投稿: ラッシーママ | 2022年5月12日 (木) 20:30

★佐平次さま ありがとうございます。

こんばんは。
昨日のメールに<下調べするのが殆ど趣味になっている>なんて娘は書いていました。
本日中山道の鳥居峠を越えましたが、事前に動画を見ておいたので道を迷わず奈良井宿に降りられました。
下諏訪は秋宮がありますのでなかなか良いところでした。泊まられたとは!

投稿: tona | 2022年5月12日 (木) 22:13

★ポージィさま

こんばんは。
ありがとうございます。
五街道のうち。やっと二街道制覇ですが嬉しいです。
体調も一進一退ですが、目標があることが生き甲斐にもつながるのかもしれません。
幸い今は足がどうにかなっていますが、これが壊れたときは家に中の趣味に替えなけれなばりません。
私も高島城に行ってないと言い張っていましたが、たまたま子供のアルバムを見たら何と行っているではありませんか。そのすぐ後に松本城に行っていました。そちらだけ覚えていたのでした。
この辺りの松は立派ですね。
白松は全く初めてでした。甲州街道には途中赤松も多かったです。
甲州、信州はは木だらけ、それも立派なのが。
諏訪大社はなかなか荘厳な雰囲気でした。熱田神宮や三島神宮なども良かったですが。
機会がありましたら4つのうちのどれかでもお詣りできたらいいですね。

投稿: tona | 2022年5月12日 (木) 22:28

★zooeyさま

ありがとうございます。
一つを制覇するのは結構大変なのですが。終わった時の喜びは試験で100点取ったみたいです。
今年は御柱祭の年とは気が付きませんでしたが、当地について知りました。
テレビで見ましたら車で御柱を運んでいました。
あの木落としが見られたら興奮してしまうでしょうね。
時に命を落とす方もいらっしゃるようです。
zooeyさんはチャンスがまだありますよ。

投稿: tona | 2022年5月12日 (木) 22:34

★ラッシーママさま

ありがとうございます。
今回の街道ではご主人様の故郷のそばを歩いてきました。
山が見え素晴らしいところですね。
高島城はコンクリートでできた城とアルバムに書いてありました。
全く覚えていませんでしたが小さめですね。
上諏訪のこの辺り、立派な松がありますね。
松と言えば海岸育ちの私は海岸ばかりだと思い込んでいましたが、なかなか立派な松が多いのに感心しました。
諏訪湖ってそんなに臭いのですか。
そういえばいつも中央高速の方から眺めていただけです。そばまで行ったことがなかったです。
下社のそばはとてもいい感じの所でしたが、泊まられた旅館が無くなってしまったのですか。
まさかですよ、ママさん。マンホールの蓋を次に見たらもう思い出せませんよ。
多くはそこの木と花と鳥などが多いですね。そしてその地の特徴的な風物や歴史的なものが入ると素敵なマンホール仕上がるのですね。

投稿: tona | 2022年5月12日 (木) 22:46

諏訪も御柱大祭で盛り上がっていますね。諏訪は何度も訪問しましたが甲州街道歩きでアプローチもいいですね!素晴らしいお天気に恵まれて何よりです。GW後半は素晴らしい快晴が続きましたが、連休が終わると天気・気温がめま苦しく変わる不安定、今日からついに全国的な雨、もう早くも全国的に梅雨入り宣言が出ちゃうのかもしれませんね。安定した日が続くと思ったのに、爽やかな五月☀は一体何処へやら・・。大雨被害が出ないことを祈りばかりです。

投稿: ローリングウエスト | 2022年5月13日 (金) 21:13

★ローリングウエストさま

諏訪は一度上社と高島城側に降り立ちましたが、下社側は初めてでした。
お天気はここまで辺りはとても良かったのに、先週からあまりよくないですね。
ともかくゴールに立って嬉しかったです。
気候変動は恐ろしいです。
もう西日本では豪雨の恐れありで、もう一つは横浜保土谷が今まで崩落が起きなかったのに、初めて起こって東海道線から見るあの崖を遠い昔、通学通勤で恐れていたのが起こりました。
爽やかな昔の5月が懐かしくなる今年の5月ですね。
ローリングウエストさんは7,8月はアルプスでしょうか。もう私には帰って来ない若さを思う存分発揮されてください。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年5月13日 (金) 21:50

諏訪大社だけ30年くらい前に行きましたが
あまり詳しく覚えていません。

一番羨ましかったのは、島木赤彦の生家に
行かれたことです。アララギ誌でいつも
歌を拝見していました。
すてきな家ですね。

投稿: matsubara | 2022年5月14日 (土) 20:47

★matsubaraさま

諏訪下社のもう一つの春宮は中山道歩きで見られますが、上社はまだ行っておりません。
とても雰囲気が厳かな神社でした。

島木赤彦の家は
茅葺屋根で、お庭の松と共に立派ですね。
裏山が迫って、諏訪湖はそちらからは見えるのでしょうか。街道から10数メートル入ったところで静かでした。歌もありました。

「庭の松 四方にのびて土を這えり 老いたるものに霜のさやけさ」
など後2首ありました。

投稿: tona | 2022年5月15日 (日) 09:02

こんにちは。甲州街道完歩はお疲れさまでした。やはり信玄公に関わるものが多いですね。カメラが壊れたのは災難でした。私も沖縄旅行の際に初日から壊れてスマホ頼りでした。

投稿: 多摩NTの住人 | 2022年5月15日 (日) 18:12

★多摩NTの住人さま

こんばんは。
諏訪氏と武田氏の関係もはっきりしました。
カメラが壊れたことがあったのですね。
沖縄のいろいろなお花をご紹介いただいたことを覚えています。
今はスマホがありますので最低限のを撮れますが、以前は絶望的でした。
ルーマニアとブルガリアに行ったとき、ブルガリアに入ったとたんに壊れました。
そこで同行の人に帰国してから写真を送っていただきました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年5月15日 (日) 20:12

tonaさんへ
今晩は。甲州街道の完歩誠におめでとうございます。東京からの日帰りで、毎回20kmも歩くのですから、気力と体力(金力も?)の充実がなければ、とてもとても、常人には出来かねます。素晴らしい快挙です。次回、中仙道から下諏訪に到着した際は、是非諏訪大社下社春宮と、近くの「万治の石仏」の御見学をお勧めします。後者も一見の価値ありです。また、ご夕食のお供にまたも一番搾りを加えていただき、いつもありがとうございます。

投稿: shikamasonjin | 2022年5月16日 (月) 22:11

★shikamasonjinさま

おはようございます。
ありがとうございます。
やっと五街道の二つを完歩です。
膝にサポーター、腰と背中に湿布を貼って、荷物を軽くして、時には歯を食いしばっての歩きになっています。
でもいろいろ学ぶことも多く、体にもちょっとは良いのではないかと歩くだけの価値があると信じています。
「万治の石仏」は下諏訪駅にミニチュアが置いてありましたので想像が出来ました。
春宮も道筋にありますね。6月までには見られると思います。
コメントをありがとうございました。

投稿: tona | 2022年5月17日 (火) 08:38

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