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2022年9月27日 (火)

中山道26 横川駅~松井田宿~安中宿~安中駅(2)

 (1)の続き。最初はこんな景色を見ながら歩きました。
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百番供養塔があった。東京、神奈川、埼玉にも1,2か所ずつあるようだ。
江戸時代に西国三十三ヶ所・坂東三十三ヶ所・秩父三十四ヶ所を巡礼してきた人達が記念に建てたもので、体の弱い人やお年寄りが地元にある百番供養塔で巡礼をしたと伝えられている。私は100ヶ所のうち20ヶ所あるかないかでしょうか。数えたことがありません。
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自性寺(新島襄の先祖の菩提寺)は閉まっていたので隣の日枝神社へ。
子ガエルをのせた狛カエル?1つしかないから違うのか。
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社殿の前に神楽殿があり、くぐって参詣する様式はめずらしいとのこと。確かに初めてかもしれません。
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お昼はJR磯部駅(2㎞先)へ続く道路に入った少しの所の山田うどんで野菜うどんを食べる。そのあと、磯部煎餅のお店たむらで「舌切雀せんべい」のお土産を買う。駅よりに磯部温泉(温泉マーク発祥の地)があって、炭酸含有泉を使った煎餅だ。

街道に戻ると、八本木延命地蔵尊がある。日本三地蔵(他は新発田と壬生・・京都か栃木かが不明だが栃木のような気がします)。
室町時代の木地蔵で、百年に一度の開帳という。今度はいつなのか?
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安永2年(1625)の安中最古の庚申石祠。他にも色々な古い石像が並ぶ。
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私の大好きな一石六地蔵。これも古そう。一石が六角柱や三角柱、円柱や一面一列並びや2段になっているものなど色々見てきた。
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延命地蔵尊の向かいは立場茶屋があったそうだ。
小野屋さんで「とおあし最中」を買い、すでにお酒も買っているのでリュックが重そうな娘である。今日は涼しいから大丈夫とか。「山本有所旧宅跡を通り過ぎる。磯部鉱泉の観光案内「磯部鉱泉繁昌記」を書いた人という。山本有三の間違いかと思ってしまった。

眞行寺には第二次世界大戦に供出されずに済んだ「時の鐘」が残っていた。
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五十貝茶屋本陣跡で、高札場もあったところには明治天皇御小休跡碑が立っていた。
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天然記念物安中原市の杉並木が見えてきた。天保15年(1844)には732本あったが、その後補充されたが、現存するものは14本。枯れかかったものがあって今後も心配だ。
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並木配水池のタンクに安政遠足(とおあし)之図が描かれている。
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安政2(1855)年、藩主板倉勝明が幕末の動乱期に心身鍛錬を目的に、藩士96人を安中城門から碓氷峠の熊野権現までの7里余りを走らせ、記録したのが「安政遠足」で、日本マラソンの起源と言われる。

新島襄旧宅は大河ドラマ『八重の桜』で2013年当時賑わっていて行ったのでパスする。旧宅と言っても生まれたわけでもなく、留学先から帰ってきて27日間だけ母親の元に滞在したに過ぎない。

上木戸跡の所で安中宿に入ってきた。
●安中宿(15番目)本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠17軒。
永禄2年(1559)越後の安中忠政が安中城を築き戦国時代に滅ぶ。元和元年(1615)家康の四天王の1人の井伊直政の子・井伊直勝が初代藩主となる(次男直孝という説もある)。碓氷の関所を守る任務を負った安中藩には、井伊・水野・堀田・板倉・内藤・板倉と歴代徳川譜代の大名16人が藩主交代し、最後の方の板倉は8人。15代板倉勝明は「学者大名」と呼ばれ、新島襄が留学させてもらったのもそうで、この殿様がいなかったら同志社大学はなかったと言われる。

醤油醸造元の有田屋の向かいは、便覧舎跡で日本最初の私設図書館があった場所。
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街道の北側に寄り道。仁王門のある蓮久寺のはす向かいの「あん」というお菓子屋で安中の「あん中さま」というフィナンシェの中にあんこが入っているのと、醤油を使った桜味や抹茶味の和菓子を買う。

安中市のマンホールは市の木スギ、市の花ウメのカラーデザイン。
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妙光院も山門が仁王門だ。仁王門を持ったお寺はあまりないので、いつも金網にカメラを突っ込んでお顔を写す。ある本に仁王さま、つまり金剛力士は下っ端って書いてあったのでおかしくなる。門番ですからね。その向こうの本堂の彫刻も立派であった。
阿の仁王様。
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ここには、新島襄の祖父と弟の墓がある。
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武家長屋(四軒長屋)が見えてきた。今は工事中で見られない。2Kが3軒、一番向こうの1軒だけが3K。
安中藩の家臣団は約300名で、約200名が城内に、約100名が江戸藩邸に居住。藩士の大多数はこのような長屋住まいだった。
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旧安中藩郡奉行役宅見学、長屋が見学できないのでこちらの見学料は無料になった。ボランティアガイドの方の説明も受けられた。
長屋門を入ると曲がり屋の建物がある。
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郡奉行とは領内の村方の警察権や裁判権を有した役職で、配下に代官を置き、領内の農民の統治を担っていた。
安中は田がなく主食が収穫できなくて千葉県の方の土地を少し、徳川よりもらったという話も聞いた。
上段の間。床の間がある。古い大きなおひな様(享保雛)を見せていただく。
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板ガラスは明治時代のもので手吹き円筒法で造られたもので歪んで見える。小金井公園にある江戸東京たてもの園の高橋是清邸のガラスもそうだった。
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お庭の真ん中の垣根はお茶で、栽培していたそうだ。土間の台所に板敷の勝手、座敷、納戸、上段の間と式台つき玄関という構造だった。

さらに北に向い、安中城本丸跡の前にある、安中藩安政遠足碑(日本マラソン発祥の地碑)を見に行く。
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以前もここに来ていて安政遠足覗き石から見えなかったゴール地点の碓氷峠(熊野神社)を今日も覗く。勿論×。
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安中教会。国登録有形文化財。見学は予約制。
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旧碓氷郡役所。原市の杉並木の杉を10本伐採して建てたという、安中市重要文化財。
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その先には大泉寺があり、井伊直政正室・直勝の生母の墓があるというが見つからない。
本堂はこじんまりしているが、鐘楼に彫刻が施されているのは大変珍しい。
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今度は一列の一石六地蔵。
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石ごつごつと苔の石灯籠。これまた珍しいものだ。
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街道に戻って進むと郵便局の敷地内に安中本陣跡の碑があった。
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安中宿を出て安中駅に向かう。斜め前の斜面に東邦亜鉛安中精錬所の工場が見えてきた。安中公害訴訟があったところ。
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久芳橋で碓氷川を渡る。横川辺りでは小さな川だった。
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碓氷側は冬は川が冷たく、人足が病気になるほどだったので冬場は土橋が架けられるようになったそうだ。

まもなく安中駅に到着。この日の街道歩きは終了。
4時50分発の電車に乗り、高崎駅で乗り換え、5時43分発の「とき」に乗り、大宮で乗り換え、地元駅には7時15分着。

今日の夕ご飯はお店でビール、にしんの刺身、野菜スティック、ハタハタの干物、牛タン入りつくね。帰宅は9時過ぎ。
古い石像をいたる所でたくさん見た今日の街道でありました。約44500歩。

たくさんのお菓子のお土産。
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(完)

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コメント

何とも盛りだくさんに珍しいもの、新旧取り混ぜて拝見しました。
磯部煎餅が食べたくなりました。

投稿: 佐平次 | 2022年9月28日 (水) 10:26

こんにちは
 
前記事の分とあわせてたくさんの歴史や建造物と触れ合われましたね。
徳川幕府の世になって以来、ずっと徳川譜代大名が藩主として
治めてきたということは、この地は要所なのですね。
新島襄が安中藩ということもすっかり忘れていました。
時の藩主の考えと力あっての新島襄の留学、やがて同志社大学
創立へと繋がっていく、そんな時代と人と人の縁によって、現在まで
歴史が刻まれてきたことを知るのは面白いものですね。
 
お土産お菓子を多種類お買い求めになられましたね。
美味しそうなものがいっぱい♪

投稿: ポージィ | 2022年9月28日 (水) 11:02

★佐平次さま

日本で初めてとか一番とか、自分が初めてとかと言った見学場所がてんこ盛りの歩きでした。
旅行に行くような名所ではありませんが、それなりの地味な楽しみを見つけられました。
欧州で温泉水を飲んだ時まずかったですが、磯部温泉はどうなのでしょう。
お煎餅が美味しかったから美味しい鉱泉なのでしょうね。飲んでみたいです。
いつもありがとうございます。

投稿: tona | 2022年9月28日 (水) 13:13

★ポージィさま

こんにちは。
今回は結構いろいろな一番とか初めてとか珍しいものにたくさん出会えた道筋でした。
碓氷峠が箱根同様、結構重要な関所であったことを知りました。
それは譜代大名を入れたことです。徳川四天王の一人井伊をここへ入れたのですね。『おんな城主 直虎』を思い出しました。

『八重の桜』も会津戦争に身をささげた八重と新島襄がどうして結びついたのか?既に忘れています。
不思議な縁で結ばれたのですね。
今こうしてPCなどのお陰でお話しできたりコメントいただいたりで不思議で、かつありがたいです。
いつもありがとうございます。

投稿: tona | 2022年9月28日 (水) 13:30

全く知らないところばかりです。
このあたりの六地蔵は風情があって
よろしいですね。

新島襄は京都の人かと思っていましたら
安中市の人だったのですね。

投稿: matsubara | 2022年9月28日 (水) 15:37

★matsubaraさま

昔信越本線で軽井沢まで往復したところですので、歩いてみて安中市の一部を知ることが出来ました。
古い石像がたくさんで驚きました。

新島襄の父親が安中藩士だったのですが、上にも一部書きましたが、江戸で生まれて育ちアメリカに密航し帰国してから安中にはキリスト教布教のため27日間いただけだそうです。明治維新で藩もなくなっていたのですね。
すっかり忘れていたのでした。
いつもありがとうございます。

投稿: tona | 2022年9月28日 (水) 16:29

こんにちは。安政遠足のみルートでしたね。確か標高差は1,000メートル以上で距離も30キロ以上ですね。箱根駅伝5区山登りよりも更に過酷なルートです。フルマラソンよりも厳しいでしょうね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2022年9月28日 (水) 16:40

★多摩NTの住人さま

そうです。標高差1000m以上、30㎞と書いてありました。想像もつきません。
そうですか。あの箱根5区よりも過酷でフルマラソンよりきついとは!
履いているのを絵で見ますと地下足袋のようなものでしょうか。脇差のようなものも見えます。今みたいに途中で水の補給所みたいのはないので、山の水が流れていてそれを飲んだのかと想像したりします。
それにしても凄いの一言です。
何時もありがとうございます。

投稿: tona | 2022年9月29日 (木) 09:06

磯部巻き煎餅は知ってますが、磯部で作ったので名前をそのまま付けたのですね。
藩士を安中城門から碓氷峠まで走らせたのが、今のマラソンの始まりなのですね。
それにしても標高差1000m以上で30㎞とは凄いですね、一体何時間で走らせたのでしょう?

旅行先の見学場所にボランティアガイドの方が居るか居ないかに寄って、面白みが違ってくるので
tonaさん達は説明が聴けて良かったですね。

今迄安中と言うと、安中公害訴訟しか知らなかったですが、tonaさんの記事で色んな事を知りました。
何時も詳しい記事をありがとうございます。
今回も約45000歩とは驚きです。

投稿: ラッシーママ | 2022年9月29日 (木) 19:18

tonaさんへ
今晩は。安政遠足侍マラソンは今年も5月8日に第48回が行われたようです。小生が高崎を離れたのは2003年ですが、その頃も時期が来ると話題になっていました。碓氷峠に鎮座する熊野神社には参拝したことがありますが、あそこがゴールだったのですね。標高差1000m、歩いて降りるのも大変ですが、走って上るのは過酷なトレランです。それも侍装束などで仮装して走るのですから。
土地のお菓子を沢山お買い求め頂き、群馬県経済に多大なるご貢献、ありがとうございました。

投稿: shikamasonjin | 2022年9月29日 (木) 20:54

続きです。😅
安中市?(松井田町かも)に妙義山麓美術館という私設の小さな美術館があります。中仙道の近くにあれば、お寄りいただいたのですが、、そこの館長の稲川庫太郎画伯は小生の高崎ロータリークラブ所属時の友人です。格子絵で一世風靡し、NHKでも取り上げられたことがある高崎では有名人です。安中市や妙義山でつい思いだしました。2003年に退職して高崎を離れる時、画伯直筆の妙義山を描いた絵を頂きました。tonaさんのお陰で色々なことを思いだしました。ありがとうございます。😊

投稿: shikamasonjin | 2022年9月29日 (木) 21:16

★ラッシーママさま

磯部煎餅は磯部温泉の鉱泉をと小麦粉と砂糖などで焼いた瓦煎餅風のでした。
碓氷峠をまだ下っておりませんが、標高差1000mも走って登るなんて考えられません。
箱根駅伝の5区でしたっけ。あの人たちより大変だそうですから。

全くそうですね。ボランティアガイドさんによる説明を今回は2度ほどしていただき、勉強になりました。自分だけで見ますと、いただいたチラシをろくに見ないでざっと見るだけですものね。背景を何も理解しておりません。
安中の公害はカドミウムの垂れ流しだったそうですね。
カドミウムはここの他に3ヶ所は聞いていました。
こちらこそいつも読んでいただきありがとうございます。

投稿: tona | 2022年9月29日 (木) 21:21

★shikamasonjin さま

こんばんは。
安政遠足侍マラソンは今も5月第2日曜日でしたか、行われていてコロナで中止が今年はやったそうですね。48回目ですか。
それも絵にあるような侍装束などで仮装して走るのですか。見てみたいものですね。
でも1000mを歩いて一気に上ったのは鹿島槍ヶ岳の時の一日目でしたが67歳の時ですからそれでも登れましたが、それを走ってとはもう考えられません。トレイルランの方に時々会いますが超人的です。それが仮装スタイルというのですから驚きます。

お菓子はこれが一軒分です。それに娘はその土地のお酒もいつも背負って、この日は分担しましたがかなり重そうでした。
安中は美味しいお菓子が一杯ですね。
いつもありがとうございます。

投稿: tona | 2022年9月29日 (木) 22:02

★shikamasonjinさま


再びコメントいただきありがとうございます。
いつもその内容に驚かされます。
妙義山麓美術館について調べてみました。安中市の松井田町で駅から1.8㎞。稲川庫太郎画伯設立とありました。良い雰囲気の建物が山麓にあって。この日妙義山が何も見えなかったのですがこんな近くだったのですね。
御友人でしたか。NHKの日曜美術館は殆ど見ているのですが、見逃しているかもしれません。お家に飾ってあるのですね。
貴重なお話をありがとうございました。
高崎にいらしたときも時間を有効に使って群馬県の山々を上り尽くして、馬鹿な自分は一体何をしていたのか?やはり勤務と家事のみで時間を過ごしていたと残念な思いです。その代わり62歳以後遊びまくっていますが、それも計画性がなく情けないです。

投稿: tona | 2022年9月30日 (金) 09:02

厚木にいるころ出張で最寄り駅が磯部駅の
某化学系企業に何度か出張しました。
29歳から31歳までのどこかでしたので
50年近く前のことになります。

磯部温泉を思い出しました。
この記事を拝見するまで忘れておりました。
磯部温泉を利用したことはありません。
磯部煎餅についても知りませんでした。
磯部駅の駅舎も覚えていません。
でも懐かしい場所になっています。

当時は磯部よりも安中を知っていましたね。
鉱害問題がありましたから。

投稿: Saas-Feeの風 | 2022年9月30日 (金) 21:43

碓氷関所は箱根と並ぶ要衝であったんですね。
その並ぶ2か所がマラソンの起源の地であったり
今でも人気の箱根駅伝があったりと走る事の縁があるというのも面白い気がします。
武家長屋、名前の通り長い建物ですねぇ
今でいう社宅のような雰囲気だったんでしょうか。
磯部煎餅は有馬温泉の炭酸煎餅を想像してしまいましたがあれとは違って瓦煎餅なのですか。
「舌きり雀せんべい」は昔話とどんな関係があるのかしら?


投稿: ビオラ | 2022年10月 1日 (土) 17:14

★Saas-Feeの風さま

こんばんは。
昔軽井沢の追分に通っていた信越本線の横川の前の駅は松井田しか覚えていなくて、磯部駅を今回歩いて初めて認識しました。
温泉があったとは!
Saas-Feeの風さまはお若き頃出張されたのですか。何だか驚いてしまいました。
そして、まさかお煎餅が温泉を使っているなんてね。
はい、瓦煎餅でした。
安中の駅前の工場風景、電車から見たことがなくて今回初めてという感じなのです。
私は若き頃もぼんやりしていたのですね。
今はもっとひどいですよ。威張ってもしょうがないですが。
いつもありがとうございます。

投稿: tona | 2022年10月 1日 (土) 20:51

★ビオラさま

ビオラさんは鋭いですね。
私全然気が付かなかったです。
重要な関所がどちらも偶然ながらマラソンに関係して。なるほどと凄い発見で気に入っています。
東海道と中山道の江戸から最初の関所ですね。
武家長屋の中を見られなかったのですが、見取り図を見たら、まさしく今の長屋ですよ。今はアパートからマンションとかもっと素敵な名前が付きますが。
有馬温泉は源氏物語でも有名ですが、行ったことがなくて。あそこは炭酸煎餅というのですか。
「舌切り雀煎餅」の由来は磯部温泉が日本昔話「舌切り雀」の発祥の地なのだそうです。初めて聞く話で詳しくはわかりませんでした。いつもありがとうございます。

投稿: tona | 2022年10月 1日 (土) 21:03

tonaさん、おはようございます♪
百番供養塔がなぜ建てられたか、tonaさんの説明でよくわかりました。
坂東三十三ヶ所巡礼は2014年にお礼参りを済ませましたが、
百番供養塔は見逃してしまいました。
神奈川の百番供養塔が、もし行けそうな場所にあったら、訪ねてみたいです。
新島襄のご先祖がこの地にだったとは想像もできませんでした。
一石六地蔵も面白いですね。
杉並木といえば日光を思い出しますが、安中原市の杉並木も素晴らしいですね。
金剛力士が下っ端だったことや、武家が長屋に住んでいたことも初めて知りました。
大泉寺の鐘楼も見事ですね。
お土産お菓子も美味しそうなものでいっぱいですね。

投稿: hiro | 2022年10月 2日 (日) 06:15

★hiroさま

こんにちは♪
坂東三十三ヶ所巡礼はもう済ませていらっしゃるのですか。いろいろな範囲を何回にも分けて時間もかかったのでしょうね。
百番供養塔は神奈川県ですと川崎市幸区幸町3丁目にあるらしいですよ。
東京は隣の小金井市にあるそうです。
新島襄は「八重の桜」をやった時に安中まで行きました。この方自身は27日しかいなかったという事で、ご先祖様が安中藩士で関係あったのですね。私も知りませんでした。
一石六地蔵はお地蔵様の中では少なめかもしれません。是非見つけてください。
日光杉並木、もしかして今年中に見られるかもしれません。マップが出来てないので日光街道に出かけてきました。宇都宮まで行きました。
安中は日光と同じくお菓子の宝庫です、これも初めて知りました。
いつもありがとうございます。

投稿: tona | 2022年10月 2日 (日) 16:46

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