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2022年11月 4日 (金)

中山道27 軽井沢駅~軽井沢宿~碓氷峠~坂本宿~横川駅(2)

さて、いよいよ峠を下って坂本宿へ。いやいやなかなかに、なが~い長い13㎞の下りであって、翌日から筋肉痛になったほどでした。
人々が多く通った街道であるから山道とはいえ色々な石碑や跡が次から次へと出てくるのである。

思婦(おもいふ)石。群馬県室田の国学者関橋守の作で安政4年(1857)建立され、「日本武尊」を詠んだ歌碑。「ありし代に かへりみしてふ 碓氷山 今も恋しき 吾妻路のそら」。
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石祠、忠魂碑、仁王門跡を見て、長坂の説明板を通り、長い坂を下って行く。橋のない水の上を石伝いに渡ったりもした。
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人馬が休む家の跡・人馬施行所跡、峠を通る旅人が、ここを流れる沢水で姿・形を直した水場・化粧水跡を過ぎると、陣馬ヶ原だ。左側から来た。
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南北朝時代には新田方と足利方の碓氷峠の合戦、戦国時代には武田方と上杉方の碓氷峠合戦の場となった。
ここが和宮道との分岐となっていて、和宮降嫁の時に新設した起伏が少ない道だそうだ。安政遠足もこちらを通り、先ほどの思婦石の方に遠回りだが繋がっている。

一つ家跡・老婆がいて、旅人を苦しめたと言われているという説明板のあと、廃バスを見る。
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山中坂という急な坂は飯喰い坂(坂本宿から上がってきた旅人は空腹ではとても上れず、少し手前の山中茶屋で飯を喰って登った)
と呼ばれ、それを下って行く。ここには山中学校跡に続き、山中茶屋跡があったそうだ。
この山中坂が終わったところは入道くぼで「線刻の馬頭観音」があるが、ぼやけていてよくわからない。
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栗が原分岐で明治天皇御巡幸道路と中山道が別れるが、ここに明治8年(1875)群馬県最初の 「見回り方屯所」 があった(交番のはじまり)。座頭ころがしという水が貯まりやすい、赤土が滑りやすく岩や石がごろごろした急坂がある。
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明治天皇は歴代天皇の中で、現代の天皇家を除いて、鉄道もない時代に一番多く旅行をされたのではないか。その前までの天皇の殆どは京都御所から生涯一歩もお出にならなかったそうだ。

この木の瘤が面白い。
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東山道の一里塚跡。東山道は慶長・・1596年以前の旧道があったところ。
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北向馬頭観世音。文化15年(1818)建立。馬頭観音のあるところは危険な場所であり、旅人の安全を見守ってくれているそうだ。山賊が多く出たとか。
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続いて寛政3年(1791)建立の南向馬頭観世音。
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堀切。天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原城攻めで、北陸・信州軍を松井田城主大導寺駿河守が防戦しようとしたところで、両側が切れ落ちている。
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アキノキリンソウ。
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碓氷坂の関所跡の標識が出てきたがなんと昌泰2年(899)平安時代とのこと。
このあたりが刎石(はねいし)山の頂上(795m)で、四軒の茶屋があったとのこと。

次に弘法井戸や風穴があり、その先に「覗き」ある。ここからこの後行く坂本宿がよく見える。宿の道がまっすぐだ。
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ここから刎石坂にさしかかるが説明板のところに、「大日尊」など大きな石造物がいくつかありその先に柱状節理があった。
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刎石坂には石がごろごろあり、かなりの急坂でとても歩きづらく足が攣ってしまう。登山口の東屋(碓氷小屋)に1時45分に到着。
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近くの玉屋ドライブインに昼食に行く。頼んだラーメンと力餅(2個)が出てきたのは2時8分を過ぎていた。(ドライブインラーメンという番組に出たお店だそうだ)。力餅の美味しかったこと!
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店を出ると正面には妙義山が見えた。
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坂本宿へ向けてもう少し山を下りる。ヒルが出なくて胸を撫でおろした。

下りたところの坂本八幡宮には参道入り口に、群馬県に入ったけれど、二組の双体道祖神があった。
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狛犬がブルドックみたいで背中が面白い。阿吽が逆だった。
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坂本宿に入ってきた。
●坂本宿(17番目) 本陣2軒、脇本陣2軒、旅籠40軒。
東に碓氷の関所、西に碓氷峠を控え、大いに賑わった。
碓氷峠から13㎞で556m下った。ここから横川駅までまだ3㎞強あり170m下る。この宿も各家に屋号札がかかっていた。

道はまっすぐで下木戸から上木戸まで713m。背後に妙義山が見えている。
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振り返ると降りてきた刎石山が電線越しに見える。あの頂上に立ち、途中の白っぽいところが覗きでこの宿がまっすぐに見えたところ。
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江戸時代の建物の旅籠かぎや。屋根が社寺風の切妻。小林一茶の定宿「たかさごや」や若山牧水宿の「つたや」は跡しかない。
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地区の公民館として使われる酒屋脇本陣跡を過ぎると「脇本陣永井」。
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佐藤本陣(上の本陣)跡。明治初期に坂本小学校がここで開校された。
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宿を出ると白髭神社には石碑がたくさんあった。
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日本武尊が東国を平定した帰途、山の神が白鹿に化けて日本武尊の進路を濃霧で妨げた時、剣を持った白髪の老人が現れ白鹿を退治し、濃霧から救ったという。

妙義山が近い。
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霧積川を霧積橋で渡り、アプト式鉄道の高架をくぐると碓氷峠鉄道文化村が見える。霧積と言えば森村誠一の『人間の証明』に出てくる。
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碓氷関所。門は復元されたもの。門柱、門扉は当時使われていたもので、昭和34年に復元された。
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横川駅前の「おぎの資料館」を見学。峠の釜めしがたくさん並んでいたり、隣の部屋には信越本線の座席が置かれていた。
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横川駅から普通電車、高崎から新幹線で大宮。地元駅には6時15分過ぎに到着。
夕食はビールに海鮮サラダ、鰻入り卵焼き、揚げ焼売、トロマグロ巻、梅しそ巻でした。

約42600歩。中山道はこの時点で安中まで終わる。次回はまた日光街道へ。

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コメント

9世紀末の関所、どんな人たちが行き来しどんな人がどんな顔をして改めていたのでしょうね。
こんどの狛犬も面白いです。

投稿: 佐平次 | 2022年11月 5日 (土) 11:13

★佐平次さま

この峠の狛犬独特ですね。
碓氷峠山中には平安時代の人や関ヶ原の戦い頃の人々の関所の跡があったのですが、特に9世紀末のお役人が怖い顔をして改めていたのか気になります。江戸時代のが凄かったのですが、想像もつきません。
平安時代と言えば宮中のあの絵しか思い浮かびません。
佐平次さんの方が街道を歩かれたらいろいろな思いがこみ上げて、凄く楽しいのではと拝察します。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年11月 5日 (土) 15:55

こんにちは
 
碓氷峠からの下りの道は、なんと13㎞も続くのですか。
ほんと長い長い下り坂ですね。途中滑りやすい場所や
石がゴロゴロする歩きづらい場所もあったりと、上りも下りも
辛そうです。かってあったという茶屋などは、お客さんに
出すお茶や団子を毎日運び上げたのかしら?それも難儀だったでしょうね。
廃バスがあったのにもびっくりでした。なぜ??
大変な坂道ではありますが、自然の中の道はよい雰囲気ですね。
「覗き」から見えた坂本宿の様子に感動しました。
かっての旅人も(今回tonaさんも)こうして坂本宿が
目に入ったとたん、俄然元気が復活したでしょうね(^^)

投稿: ポージィ | 2022年11月 5日 (土) 16:10

関東はあちこちに道祖神が見られて、ほっとしますね。
こちらはあまり見ません。

群馬県はあまり知りませんので珍しく拝見
しています。
尾瀬沼に初めて行ったのは、60年も前でしたし。
沼田駅から歩いた記憶です。この時は群馬側から
入りました。

投稿: matsubara | 2022年11月 5日 (土) 17:30

★ポージィさま

こんばんは。
そうなのです。13㎞の下りは足が攣ってしまいました。この間の谷川岳下りは膝が笑いましたがとてもきつい下りで有名だったそうで、今回と双璧です。
昔の人は足が達者だったのですね。
茶屋が山の天辺にあったなんて、今なら歩荷さんに運んでもらうかヘリコプターだそうですね。

どうしてこんなところに廃バスがあるのでしょう。道路があったらしいですよ。でも何故でしょう、わかりませんでした。
険しい道も多かったですがゆったりした広い道もあってとても変化に富んでいました。
坂本宿だけは他の印象的な宿と同様忘れられない中山道の宿となりました。
覗きから真っすぐな道が700m余続いているのを見たのですから。そして下から覗いたところが見えたのです。刎石山と妙義山塊に挟まれているのもよくわかりますね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年11月 5日 (土) 21:23

★matsubaraさま

長野県が一番道祖神が多いのですね。
お隣の岐阜県には馬頭観音が多かったです。
そういえば道祖神を見なかったかもしれません。長野県に同じく隣接する群馬県にはあったのです。
尾瀬には2回行きましたが、尾瀬沼には行ったことがないのですよ。
2回目は新宿バスタから鳩待峠までですから群馬県からでした。
60年前とは懐かしいことでしょう。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年11月 5日 (土) 21:31

こんにちは。長い下り坂や下り階段は普段使う筋肉とは違うので筋肉痛になり易いですね。鉄道文化村は行ったことが無く一度は行きたいです。

投稿: 多摩NTの住人 | 2022年11月 6日 (日) 17:08

★多摩NTの住人さま

今回は階段を降りる時筋肉痛が2,3日治りませんでした。
既に登りをあきらめたのに下りもダメそうで山が好きですので悲しいです。
鉄道文化村は私たちも行きたかったのに時間切れで残念ながら行けませんでした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年11月 6日 (日) 19:06

群馬には縁が無くて、前橋出身の同期社員の結婚式で前橋に行ったこと
軽井沢には上司の別荘があって、そこに一泊して鬼押し出しなど、
近辺を観光したこと
それくらいのかかわりかたでした。
その2度とも、52年ほど前のことです。

先週は奥越後の紅葉を見に行きました。
その際に群馬県に入り、谷川岳の紅葉を見ました。

そんなわけで街道沿いの情景を見たことが無く
興味深く拝見しています。

狛犬は多種多彩な姿がありますね。
狛犬をテーマにしたブログサイトを見たことがあり
そのときからしばらく、神社参拝時には狛犬を撮っていましたが
最近はやめてしまっています。

横川駅の峠の釜めしは有名ですね。
駅弁フェアには必ずと云って好いほど並んでいます。

投稿: Saas-Feeの風 | 2022年11月 8日 (火) 10:00

軽井沢は長野ですね。
うっかりして間違えました。

出先でスマートフォンから
訂正コメントを投稿しようとしましたが
確認画面から先へ進めず断念、
帰宅した現在になりました。
失礼いたしました。

投稿: Saas-Feeの風 | 2022年11月 8日 (火) 12:29

★Saas-Feeの風さま

ご丁寧に再訪していただきすみませんでした。
碓氷峠が長野県と群馬県の県境であることを知りました。
鉄道の方と街道の方がずっと稜線になっているようですね。
片や鉄道やトンネルや橋、片方は街道で旧街道はもう崩れていて歩くのが大変なのだそうです。そこで普通の中山道を行ったのですが、とてもいい道と急な下りがあって長さに閉口しましたが良い体験でした。
私も先日谷川岳に行きましたが、紅葉の季節でなくて、急な坂を下って膝が笑いました。せめて紅葉でも楽しめたら良かったのですが。
私も東海道歩きの時は狛犬の写真を必ず撮っていましたが、最近はこのようの変わったのだけになりました。

釜飯はまだまだ駅弁大会でもすたれないのですね。久しく食べてないのですが、ツアーで地方のおきのやに入って食事をしました。やはり釜飯は電車内で食べるのがいいです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2022年11月 8日 (火) 16:52

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