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2023年3月 1日 (水)

姫街道4 気賀宿~自動車学校前駅(1)

2/17(金)晴

前回の帰りのコースを辿り気賀宿に着く。犬くぐり道を前回見るのを忘れてしまったので、それを見てから、気賀宿をあとにする。

犬くぐり道の矢印に従っていく。
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ちゃんとむしろが垂らしてあってみおつくしのマークが描かれている。四つ這いでなくかがめば通れる。もっと厳重かと思った。
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街道に戻り落合橋で、左・井伊谷川、右・都田川を見ながら渡り、姫街道は三方原を南東方面に進んで、浜松から北に向かって走る遠州鉄道に交差するところまで歩く。川が落ち合うので落合橋というそうだ。
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水田が広がる。条里制により造られたもので、近年まだ地割が残っていたという。
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400余年前、浜松城に移ってきた家康が、勢力を伸ばそうとここの刑部(おさかべ)城に攻め込み破る。永禄11年(1568)年落城。
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城址はこんもりとした丘になっている。上にあがってみると、小さな金山神社があるだけで昔城として使っていたにしては狭い。
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梅が咲き始めていた。
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宗安寺の参道を上がってみても、明治の廃仏毀釈で廃寺となり、山門は前回の気賀の正明寺に移転したので何もない。

天生5年(1587)、この先の長坂で何者かに殺された服部中保次を弔うために建立された。この人は桶狭間の戦いで織田信長の家臣として今川義元を討ち取った服部小平太と解説にあったが、同一人物ではないという説もある。
その服部中保次の墓を訪ねる。
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この辺りにも秋葉鞘堂がある。
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中には復元された燭台があった。
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姫街道は時々細くなり山道を上がって行く。
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姫街道なので時々姫の絵が描かれたものに出会う。これは排水タンクに描かれてギョッとなる。
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すぐ先に老ヶ谷の一里塚跡があった。68里目。
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まだ少しあるみかん畑の道を進むと千日堂があった。
老ヶ谷原山新開発の褒賞として建てられ、宝永年間に千日念仏を行ったため千日堂と呼ばれるようになり、現在も念仏講が続けられているそうだ。
寛文11年(1671)呉石の近藤家下屋敷にあった観音石像を移して祀られている。
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文化8年(1811)建立の秋葉常夜燈。この辺りからは秋葉神社も不便な地でありながら、距離的には近いので信仰も篤かったのでしょう。火事の神様がどうして不便な地に祀られたのでしょう。
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六地蔵。正徳2年(1712)建立。
この六地蔵は、昔この裏の竹藪に刑場があり、刑死者の霊を弔うため建てられた。
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カーブミラーにも鏡の縁にお姫様の絵と「姫街道」の文字があしらわれている。
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三代目の曲がり松。三代目でもちゃんと曲げてある。
姫街道と庄内二俣線(旧道)の交差点で、江戸時代には、気賀の領主や街道を通る行列を送迎した場所だったそう。
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まるたま製茶に寄り、自社農園でのお茶を販売しているので、お茶を買う。どんな味なのか!(今もまだ飲んでないのです)
三方原に入ってお茶畑が出てきた。
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ここに江川永脩屋敷跡碑がある。
この人物は江川太郎左衛門の一族。36代目が伊豆韮山反射炉の建設をした人。
永脩は1870年に入植、茶園を造営したがうまくいかず10年で断念。今は立派な茶畑となっている。
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このあたりから松並木がはじまる。
昭和27年の大火により消失した小学校の再建のために北側は伐採されてしまったが、片側は所々途切れるけれど、3.8キロに渡って残っており、200本以上あるという。
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ほどなく、カントリーレストランこくりこ大山店に到着。12時少し前。ふわふわお好み焼きを食べる。
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大山入口交差点の手前に東大山一里塚がある。67里目。両塚残っている。これは北側のもの。
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南側。姫街道は殆ど一里塚が今までは残っていた。
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権七商店・・・今も残っている。
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説明板により重要な店であったことがわかる。
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(続く)

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コメント

非日常の日がずっと続いてよろしいですね。
お好み焼きも美味しそう。

三方原と言えばあの家康も戦った戦場
でしたね。

有名な韮山反射炉はまだ見ていません。
亡父は、行ったらしく、そこの絵葉書を
大切にしていました。60年位前には
存在は知っていたのですが。

投稿: matsubara | 2023年3月 2日 (木) 08:17

★matsubaraさま

まあ、前と比較しますと月に2,3度しか電車に乗っていませんが、それだけでも気晴らしが出来て幸いです。
ここのお好み焼きは量が多かったですが、美味しかったです。

韮山反射炉は見たことがあると思っていましたのに、それが定かでなくなり、頭が最近とみにおかしくなってきました。
それではならじと奮起するものの、この3年間のことでますます退化する一方です。
matsubaraさまを見習いたいものです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年3月 2日 (木) 08:44

こんにちは
 
犬くぐり道、お通りになれて良かったです。今はちょっと屈めば
くぐれる状態でも、かっては本当に四つん這いになるくらいに
しなくてはくぐれなかったかもしれませんね。
澪標のマークは航路を表すのでしたっけ。この近隣住民のための
抜け道のむしろにこのマーク、なんかいいなと思いました。
 
条里制による池割が残る田があるとは、ここの田んぼの広がる
風景は、ずーーーっと変わらぬ風景なのでしょうね。
かと思うとすっかり変わった部分もありで、とても城があった
跡地に思えない刑部城跡の小さな丘は、ひょっとすると周囲が
削られたり道路や他の建物が建ったりしたのかもしれませんね。
 
秋葉鞘堂の中の復元された燭台のお写真を拝見して、
母方の墓地でお盆の時に立てる灯籠(と呼んでいました)に
そっくりで懐かしかったです。地面に穴を掘ってお盆の間だけ立て
ロウソクを灯していました。人の背丈くらいあって重いし立てるのも大変。
今はもうそうした風習も無くなっているかもしれません。
 
懐かしいといえば松並木も。私が子どもの頃時々見ていたのは
東海道の方の松並木ではありますが。
せっかく残っていたのに小学校再建のために伐採されてしまった
とは何とも惜しいことをしたものです。建材にでもしたのでしょうか。
当時は保存という考えはなかったのでしょうね。
 
ミカン畑に変わってお茶畑が出現しましたね。
続きではどんな風景や史跡等とお会いになられたでしょう。
楽しみにしています。
 

投稿: ポージィ | 2023年3月 2日 (木) 10:35

ブログの友人からこちらのコメントが出来ないとのご相談がありました。
テストコメントさせていただきます。
コメント届きましたでしょうか?

投稿: パソコンお助けマン | 2023年3月 2日 (木) 14:47

★ポージィさま

こんにちは。
そうですよね。犬が通れるくらいですと、相当長い蓆が垂れ下がっていたのでしょうね。
澪標のマーク、おっしゃるようになかなかあのような時代に良いものですね。

この田んぼがそのままの昔の姿を残しているなんて驚きました。
歩くたびに時々こうした面白いことに出会い、なんだか街道歩きという無駄なことをしているという感じもしなくはないのですが、そんなことはない気分になります。
刑部城跡、そうかもしれませんね。

東海道の方の松並木は向こう側の浜松あたりに立派なのがありましたね。
姫街道にはここに来て松並木が出てきました。半分無くなったのはとても勿体ないことですが、仕方なかったのでしょうか。
松は虫や塩害などでとても維持が大変そうです。日光の杉もとても大変でスポンサーが其々の木についているのですから。

お茶も最初は根付かないで大変だったのですね。静岡県はもうここから牧之原や川根の方までお茶比べです。続きの(2)とあと1回で終わりですがどうなのでしょうね。楽しみにしていただいてありがとうございます。大したことなかったらごめんなさい。

投稿: tona | 2023年3月 2日 (木) 16:55

★ パソコンお助けマンさま

こんにちは。
お助けマンさまからのコメントは頂戴しました。
わざわざありがとうございました。

投稿: tona | 2023年3月 2日 (木) 16:58

こんにちは。服部小平太が出てきましたか。歴史のロマンですね。一里塚にはエノキやケヤキなど良く目立つ高木が植えられていますね。

投稿: 多摩NTの住人 | 2023年3月 2日 (木) 20:03

★多摩NTの住人さま

疑わしいそうなのですが一応服部小平太と思うことにしました。
御墓だけでなく最期の地の碑までありましたから。
仰る通り一里塚はエノキやケヤキのどちらかが植えてありますね。2代目なんていうのも多いです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年3月 2日 (木) 20:35

犬くぐり道なんてあるのですね。
何だろうと思って検索したら
わざわざ関所を通らなくても行けるようにと
殿様のお慈悲によってできた道なのですね。
なるほどです。

投稿: zooey | 2023年3月 2日 (木) 20:45

ごんひち、がいいですね。
こんどはうまく投稿できるかな。

投稿: 佐平次 | 2023年3月 2日 (木) 21:16

★zooeyさま ありがとうございます。

そうなのです。この間慌ててか見るのを忘れてどんなものだろうと戻って見てきました。
箱根や新居の関所は厳しすぎ、気賀の殿様は大変領民のためを思っていたようですね。
昔はもっと長い蓆を垂らしていたのでしょうね。
いろんなことがあってそんな時街道歩きは楽しいです。

投稿: tona | 2023年3月 3日 (金) 21:12

★佐平次さま

お助けマン様のことは佐平次さんでいらっしゃいましたか。
突然どうなったのでしょうね。
お助けマン様共々すみませんでした。

投稿: tona | 2023年3月 3日 (金) 21:15

みおつくし・・・大阪市の市章にデザインされていますね。
子どものころから見慣れているので
久しぶりのみおつくしに懐かしい思いです。

ござにみおつくし・・・水路が近くにあるということでしょうか。

江川太郎左衛門ゆかりの土地があるとは知りませんでした。
韮山反射炉・・6年前に初めて見学しました。
   ↓
https://floatbridge.blog.fc2.com/blog-entry-1427.html
(世界遺産・韮山反射炉を見た  静岡県伊豆の国市)

投稿: Saas-Feeの風 | 2023年3月 4日 (土) 09:02

★Saas-Feeの風さま

こんにちは。
みおつくしが大阪市の市章であることは歩いているときに知りました。
大坂には行っていますのに全然気が付きませんでした。今度行きましたら絶対に見逃さないようにしなくては。
井伊谷川が気賀には流れています。
堀もあり水と縁はあるのですが。

韮山反射炉が世界遺産であることも知りませんでした。
拝見しましてやはり私は見ていないことがわかりました。
立派ですね。原理まで書いて頂いて納得です。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年3月 4日 (土) 15:50

犬くぐり道は四つん這いにならなければ通れないのかと思ってましたが・・・
想像したものとはだいぶ違いましたが
気賀のお殿様の計らいの道にちょっとほっこりさせられました。
ミカン畑に変わってお茶畑ですか、
そしてその開墾に尽力した江川永脩さんは伊豆韮山の江川氏に連なる方なのですね
事業は当時あまりうまくいかなかったらしいですが
今日三方原がお茶の産地として名をはせているのですから
結果的には成功したと言ってやりたい気がします。

投稿: ビオラ | 2023年3月 5日 (日) 16:45

★ビオラさま

私も人間は四つん這いと思っていましたが、本当の所はどうだったのでしょう。
こんなに開いていたとしたら何と大らかな思いやりのある殿様だったことでしょう。

このお茶畑は失敗後にかなり経ってまた作られたらしいですが今は立派ですね。街道筋には他に見かけなかったのでさらに奥の三方原に見られるのですね。
先日ここのお茶を買ってきましたので楽しみにしているところです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年3月 5日 (日) 18:52

こんばんは(^o^)/!
姫街道歩き、続きを拝見しに来ました。私が若いころの仕事の研修でこのあたりへ来たのはもう30年ほど昔のことなので、今ではすっかり記憶の外ですが、研修中に40Kmウォーキングがあり多分このあたりを歩いていたのかも・・・?です。

前記事の”山手線一周”も拝見させていただきました。列車に乗らず歩いて移動されているのですよね?これも面白い試みだと思います。
tona様の相変わらずの健脚ぶりに本当に頭が下がります。

投稿: 慕辺未行 | 2023年3月 5日 (日) 23:40

★慕辺未行さま

こんにちは。
研修中にこの辺りの40㎞ウォーキングをされたのですか。
江戸時代の男性の一日の街道歩きのキロ数ですね。私の街道歩きの3倍です。若いという事は凄い!
そういえばこの後、5回目の最終回はもう歩いてきましたが、自動車工場中心にいろいろな工場がたくさんありました。

山手線一周は山手線寄り道歩きとなってしまいました。楽しい方を選びます。
本当は1回か2回で歩けるそうですが、意味がないので。
ありがとうございました。
お大事に。

投稿: tona | 2023年3月 6日 (月) 09:21

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