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2023年4月17日 (月)

奥州街道1 宇都宮宿~白沢宿~氏家宿(2)

白沢宿を出て、西鬼怒川を渡る。
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これも旧河内町のマンホール。町の花サギソウ、町の木ツゲがデザインされている。
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白澤一里塚址の碑がある。日本橋から30番目。
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桃が咲いていた。
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白沢とお別れして、鬼怒川沿いの土手に上がり、進むと日光の杉並木のような並木が出てきた。
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鬼怒川の渡し跡。春から秋にかけては渡しで、冬は仮橋だったとのこと。上流の鬼怒川温泉の方は川幅はずっと狭くゴーゴー流れ随分違う。
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今は渡しはないので、鬼怒川を阿久津大橋で渡る。歩道なしでトラックなどビュンビュンすれちがうので結構怖い。
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渡っている途中でさくら市に入った。マークは「さ」だ。
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渡るとさくら市のマンホール発見。旧氏家町のマンホールで、鬼怒川のアユのデザイン。
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船玉(魂)神社へ寄り道。
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阿久津河岸の守護神で「船魂」を祀っている。船頭の信仰が篤い。
覗くと本殿は豪華で彫刻が素晴らしい。
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続いて浮島地蔵尊へ。洪水にも流されずに踏みとどまるという地蔵は、和装の派手な装いだ。
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街道に戻り進むと、山梨、長野、群馬でないところで双体道祖神を見るが新しく造ったもののようだ。
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その先に将軍地蔵(そうめん地蔵)がある。いろいろなお地蔵様がいるものです。
源義家が奥州征伐に向かう途次、鬼怒川の悪蛇に進路を阻まれた。そこで宗円法師が念じると「将軍地蔵」が現れ退散させた。
又室町の頃、日光山に修行に行った僧が修験者の「そうめん責め」に遭うと、将軍地蔵が現れてそうめんを平らげたところから「そうめん地蔵」とも呼ばれる。
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江戸時代中期の観音菩薩と如意輪観音たち。
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閻魔堂の中の閻魔大王の怖い顔。
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勝山城址へ。
建久年間(1190~98)に氏家氏により築城され、後に宇都宮氏の一族の芳賀氏が城主になり、慶長2年(1597)に宇都宮氏改易に伴って廃城となった。鬼怒川の崖を天然の要害とした崖端城で那須勢と攻防を繰り返した。
勝山公園内には天保年間の旧森家長屋門がある。
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城址へと登っていくと二重あるのかと思われる大きな空堀が現れる。城郭研究家 千田先生が走って行きそうな空堀である。
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復元された大手口の橋を渡って本丸跡へ行くと、枝垂れ桜が満開、冬桜も清楚な趣を見せていた。
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縄文時代の敷石住居跡、鎌倉時代の宝篋印塔、鬼怒川橋梁の橋脚、野口雨情の高原颪(おろし)の詩など色々な物を見た。
覗いてみた不動明王は、現存する木造座像の中で関東最大級の大きさだそうだが上まで見えなかったのが残念。
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お伊勢の森。伊勢神宮を勧請したもので、姫街道にもあった。森の中には天照皇大神碑があった。
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この辺りは麦畑が多い。
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東北本線の旧奥州街道踏切を渡り、氏家宿に入ってきた。

●氏家宿(宇都宮から2つ目)本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠35軒。
宇都宮氏没落により家臣の平石氏、桶川氏などが氏家に住みつき宿を形成した。寛永4年(1627)に奥州街道が開通し、その後元禄8年(1695)に会津中街道が開かれて物資の集散地となり、また阿久津河岸ができて、鬼怒川舟運の起点ともなって繁栄した

追分道標。奥州街道と大谷街道の分岐点に建つ。ここに氏家宿の南木戸があり番所があった。
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薬師堂の傍らには鬼怒川の河原石を加工して作られた河原石塔婆群がある。塔婆にも材料がいろいろあることを知った。
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平石本陣跡、石井脇本陣跡、村上脇本陣跡を通り、西導寺へ。
建久2年(1191)氏家氏の始祖氏家公頼が建立したお寺で、氏家氏の菩提寺。
立派な本堂の透かし彫り。
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つた地蔵尊は尊体と台座を一体に彫った鎌倉期の作で、昔は蔦がからみついていたのでこう呼ぶようになった。本日は地蔵尊、十九夜塔、馬頭観音などが多かった。
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まだ宿の途中であるが氏家駅の近くに来たので歩きは終了。
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地元に戻り、寿司やさんで乾杯!
スズキの昆布じめ刺し、ホタルイカのしゃぶしゃぶ、空豆とイカのおつまみ揚げ、菜の花と桜エビのサラダ。
いつものようにビールと日本酒。しめのお寿司はうにと甘エビ。
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お土産は「つつみ餅」栃木のイチゴが入った餡を包んだ餅菓子で美味しい。
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8時過ぎ帰宅。約50000歩。次回はバス路線廃止のため喜連川までで午前中で歩き終わりとなる予定です。

(奥州街道第1回終わり)

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コメント

こんにちは。鮎のマンホールは面白いですね。久し振りにアユの塩焼きが食べたくなりました。氏家駅を地図で確認しました。さくら市も初めて知りました。その先の矢板まで若い頃は車を飛ばしてゴルフに行ったものです。

投稿: 多摩NTの住人 | 2023年4月17日 (月) 18:30

★多摩NTの住人さま

こんばんは。
早速にコメントいただきありがとうございました。
しかも最初から番号打ち間違えて失礼しました。
鮎は私は最近ほとんど食べたことがなく、あの味が懐かしいです。釣りたての鮎をその場で焼いていただくのは最高ですね。
矢板は有名ですがゴルフ場へですか。朝早くお出になったのでしょうね。

投稿: tona | 2023年4月17日 (月) 20:11

健康的なウォーキングを継続されているのが
羨ましいです。
季節的にも楽しみが多いですね。
それにおいしそうな食事は箸がすすみますね。
ホタルイカのしゃぶしゃぶとは味わった
ことがありません。
ウニと甘えびのお寿司もおいしそう。

餅菓子もおいしそうですね。

投稿: matsubara | 2023年4月18日 (火) 09:09

さくら市、聞きなれない名前だと思ったら、喜連川と氏家が合併してできたそうですね。
喜連川の温泉に住宅開発をしたこともあるので、ちょっとびっくりしました。

投稿: 佐平次 | 2023年4月18日 (火) 10:31

こんにちは
 
鬼怒川の下流?に西鬼怒川というのがある事、知りませんでした。
鬼怒川温泉の鬼怒川は一度だけ見たことがありますが、
流れが激しいですよね。
「さくら市」も初めましてで、市章の「さ」のカーブの途中が
くぼんでいるのが何だろうと気になって検索してみましたら、
桜の花びらの形でした。ひらがな書きといい桜の花びらといい、
やさしく綺麗なイメージが湧きますね。

この区間で会われたお地蔵様はなかなかバラエティー豊かで
ユーモラスに感じられました。石像自体は真面目で真剣
そのものですけれど(´艸`)

投稿: ポージィ | 2023年4月18日 (火) 11:06

★matsubaraさま

見たい季節の花にはなかなか出会えませんが、今回は桜がきれいでお花見をしてきました。
足より腰の方がいかれてきまして怪しくなって参りました。

ホタルイカのしゃぶしゃぶは私も初めてですが、なかなかでした。
ウニは高騰していましたが、食べられるときにというのがこの頃の哲学であります。
イチゴ味の餅菓子も傑作品と言っていいと思いました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年4月18日 (火) 16:39

★佐平次さま

佐倉市がありますので、どんな字を書くのかと思いましたらひらがなでした。
明日、氏家の駅に行きまして、半日その先進むとバスが廃線になって喜連川までしか行かれません。
温泉があるのですか。よく見学してきます。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年4月18日 (火) 16:44

★ポージィさま

鬼怒川と言えば、川治温泉を過ぎ、川の名前は変わりますが湯西川温泉まで行ったことがあります。鬼怒川の龍王峡あたりは景色がこの下流とはまるで違っていますね。

さくら市の市章、そうだったのですね。本当に花びらになっています。感動しました。教えていただきありがとうございました。

この日は色々なお地蔵様がいました。
謂れも色々でその昔、困ったことがいっぱいあった時に祈った人々の姿が思い浮かびました。確かに助けてあげようという仏様と同じですね。
コメントありがとうございました。

投稿: tona | 2023年4月18日 (火) 16:54

tonaさんへ
おはようございます。桜🌸の花を追うように、奥州街道を北上されて、ウォーキングにはベストの季節ですね。栃木県の氏家町は我が一族のルーツです、多分。諸説あるようですが、鎌倉時代の始めに一族が北辺の防人として派遣されて、岩手、宮城、山形に住み着いたようです。今では氏家姓は宮城県に多く、仙台ではスーパー、病院名などごく普通です。また、さくら市の隣の栃木県高根沢町には、2010年まで栃木工場があり、度々出張等で訪れた懐かしい所です。喜連川温泉にも行ったことがあります。次回の奥州街道は半日行程とのこと、喜連川温泉でウォーキングの疲れを癒すのも良いかと。

投稿: shikamasonjin | 2023年4月19日 (水) 08:45

★shikamasonjinさま

こんばんは。
さっきその喜連川から氏家駅に、そして宇都宮に戻り、大谷観音の方に行き見学して帰って参りました。
そうです。今日は八重桜が満開でした。
男体山と女峰山もよく見えました。

やっぱりそうだったのですね。今日も氏家駅で降り歩き始めたわけですが、関係があるのではと思っていました。ここ氏家より、宮城県に多くいらっしゃるのですね。
奥州街道も歩き始めたお陰様で氏家氏や喜連川氏などを知ることが出来ました。
高根沢町は通りませんでしたが13年前まで工場があったのですか。
喜連川温泉は宿から離れているようでした。有名ですよね。
コメントいただきありがとうございました。

投稿: tona | 2023年4月19日 (水) 21:51

散歩するには最高の季節!桜風景も何か懐かしく感じるようになりました。4月もいよいよ下旬を迎え今日は夏日になっちゃいましたね!先週は黄砂飛来と週末の悪天候や雷雨などで気分は冴えませんでしたが、今週からは一挙に気温が上がってきました。あまり天候が変更せずに安定した五月晴れの青空の下で青葉輝く季節を満喫したいものです!

投稿: ローリングウエスト | 2023年4月19日 (水) 22:05

★ローリングウエストさま

この日は満開から花吹雪に変わって、素敵な桜鑑賞日でもありました。たった月に2回の外出ですが、こうして巡り会う花もあって幸せです。
青葉が一丸美しい季節になりましたね。
これまた戦禍にやられた世界の地域を見ていますと申し訳なく感じます。
5月は連休は家の中ですが、近所で満喫したいです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年4月20日 (木) 09:51

初夏を思わせる季節到来で、青葉若葉の中「歩きたい!」という気持ちでいっぱいですが・・・
中々ままなりません。
tonaさんは今度は日光街道の先の「奥州街道」歩きですね。
相変わらずの健脚ぶり、羨ましい限りです。
すっかりご無沙汰して、前回の分も合わせて読ませていただきました。
奥州街道は白河宿まで27宿で約196㎞。白沢宿や氏家宿の名前も知りませんでしたが・・・
57年前の20歳の時にOLデビューした私の初の「社員旅行」が会社の保養所泊りの「白河の関」でした。この時の風景はよく覚えております。

私は10代を父の転勤で地方で過ごしましたので、日光に行ったのもこの3年後の社員旅行でした。
関東では一番疎い地域なので詳しい歴史も判りませんのでこれからの連載楽しみにしております、
それにしても美味しそうな打ち上げお料理ですね。
スズキの昆布じめ刺し、ホタルイカのしゃぶしゃぶ、空豆とイカのおつまみ揚げ、菜の花と桜エビのサラダ。
しめのお寿司はうにと甘エビ。よだれが出ます。
歩いた後のアルコールは本当においしいですよね。

投稿: nao♪ | 2023年4月21日 (金) 17:30

★nao♪さま

低山の会を退会しましたので、もう山には登らないし、登れないでしょうね。段々街道の坂さえふうふう言っています。ちょっとやらないとどんどん衰えることに驚きました。
高尾山には時々行きたいと思っています。
まだ全部歩いてないのでわかりませんが、名前は喜連川や白河、大田原くらいしか知りませんでした。
白河の関なんて見られるのでしょうか。白坂の方に書いてあるみたいなどですが。ん。
よく覚えていらっしゃるそうで見られたらと思います。
打ち上げのお酒はビールと日本酒です。私は日本酒がだめでビールで味わいます。
水分が飲んでいるのですが不足してビールが美味しいですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年4月21日 (金) 19:29

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