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2023年4月12日 (水)

奥州街道1 宇都宮宿~白沢宿~氏家宿(1)

 4/5(水)五街道のうち中山道はもう少し残っているけれども、最後の奥州街道に出掛けた。
奥州街道は白河宿まで27宿で約196㎞。宇都宮までは日光街道と同じなので、宇都宮の追分より歩き始める。日本橋から宇都宮までは17宿約111㎞。宇都宮から白河までは10宿で約85kmである。次回辺りから電車から離れ、路線バスもこのところほとんど廃止されて、日に数本しかないバスや電車を利用するしかなく、一日に3時間くらいしか歩けない日もあるという。

宇都宮で新幹線を降りてバスで日光街道との追分へ。奥州街道は7時半ごろから歩き始めるが、最初は宇都宮駅の方へ戻るようにあちこち見て歩き、駅近くから北北東へ向かう。
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高札場跡を過ぎ二荒山神社(ふたあらやま)に寄る。日光の二荒山神社と読み方を区別しているのか。
鳥居が大きい。
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代々武将の崇敬を受け、家康は社領1500石を寄進し社殿を再建した。戊辰戦争で焼失したので再再建だ。
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おしどり塚公園内のおしどり塚の碑。
鎌倉時代、附近を流れていた求食川(あさりがわ)で猟師が一羽の雄のおしどりを射止め、その首を切り、身体だけを持ち帰った。翌日同じ場所でうずくまっている雌のおしどりを射ると、その翼の下には雄のおしどりの首がしっかりと抱きかかえられていた。猟師は鳥の持つ愛情に深く心を打たれ、今までの殺生を悔い、石塔を建てて供養したのだそうだ。
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街道は駅の近くで左折する。宝蔵寺の立派な鐘楼門。この鐘は「およりの鐘」と呼ばれる。宇都宮八代城主貞綱の寄進。
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清巌寺。
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重要文化財の鉄塔婆。我が国最古の唯一の鋳鉄製の大塔婆。塔婆の上には阿弥陀を表す梵字と阿弥陀三尊の浮彫りがあり、下部には90字の願文がある。正和元年(1312)、宇都宮八代城主貞綱が亡き母の十三回忌の供養のために建立した。
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角形六地蔵。如意輪も彫られていた。
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宇都宮五代城主頼綱の墓(中)、一族の芳賀高照(兄)の墓(右)、芳賀高継(弟)の墓(左)。
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頼綱は小倉百人一首の生みの親だ。政争に巻き込まれるのを嫌い27歳で法然上人門に入り出家して蓮生と名乗る。小倉山麓に山荘を構え、藤原定家と姻戚関係を結んだ。山荘の障子に貼る色紙に天智天皇以来の秀作を依頼。これが小倉百人一首の原型ともなった。蓮生の歌は『新勅撰』などに収められる。多くの歌人、武将が生まれたのも蓮生の功績が大きい。

街道に戻り、田川にかかる幸橋を渡る。ここが宇都宮宿の白河口(北口)だった。しだれ桜がきれいだ。
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道が突き当たったところに旧篠原家住宅がある。
篠原家は江戸時代より醤油醸造業や肥料商を営んでいた。石蔵は嘉永4年(1851)、店蔵は明治28年(1895)築で国指定重要文化財。蔵には大谷石が使われる。宇都宮からこの先も日光街道同様大谷石の蔵が多かった。
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宇都宮城主藤原宗円(宇都宮氏の祖)が築城の際、鬼門よけとして作った神明社の八坂神社を通り、東北新幹線の高架をくぐると、豪農岩淵家の長屋門がある。
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さらに進むと地蔵堂があり、首切り地蔵尊が祀られている(扉が閉まりよく見えない)。
元和7年(1621)、二代将軍秀忠の日光社参に先立って、幕府から差し向けられた根来組百人衆に宇都宮城主本多正純が城普請を命じたが、これに従わなかったため全員を処刑した場所で首が埋められている。胴は白山神社の裏あたりに埋められたのだそうだ。
外には三猿地蔵など様々な地蔵菩薩のオンパレード。
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馬全体が彫られた珍しい馬頭観音。
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感恩報徳碑。
小林清次郎は海道新田村に水路を開き、自ら水田開拓に努め、村の発展に尽力した。下川俣村の村民はその尽力を讃え碑を建てた。
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この先、片側に桜並木とあったが、八重桜(まだ蕾)のようで、トウカエデ、銀杏、杉などと混じっていた。
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少し進むと稚児坂にさしかかる。
建久7年(1196)、頼朝の命で初代奥州奉行として伊沢家景が任地へ向かう途中、この地で我が子(菊丸)を亡くしたことに由来する。
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旧河内町のマンホール。デザインは町の花・サギソウ。
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白沢宿に入ってきた。標識が立っていた。
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白沢宿(宇都宮から1つ目)。本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠13軒。宇都宮から11.1㎞、氏家宿まで7.5㎞。
家康の上杉氏討伐でこの地の庄屋であった宇加地家と福田家が鬼怒川を渡河する際道案内をし、無事に鬼怒川を渡過させた。この功により両村が白沢宿となり、宇加地家が本陣を、福田家が脇本陣を幕末まで勤めた。

勝善神。日光街道にもあった、神道系の馬頭観音である。
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白沢地蔵堂。先ほど上ってきた稚児坂で亡くなった菊丸をここに葬り地蔵堂と石塔を建てた。
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中の様子
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ぐるりといろいろな石仏に囲まれている。この日のタンポポは全部日本タンポポでした。
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久しぶりに蛙に会う!
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昼食を予定していたドライブインが臨時休業。コンビニでおにぎりなどを買ってここの地蔵堂で食べた。まだどこかで蛙が鳴いていた。

やげん坂を下ると、江戸時代の公衆便所跡があった。穴がくり抜いてあった。街道歩きで初めて見た!
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白沢宿の信号を左折すると白沢宿の街並みが現れる。道の左右に水路があって3つずつ水車があって回っているのもある。
突き当りは造り酒屋井上商店。毎回の歩きで必ず娘が入ってその地の名酒を買っている。白沢では「澤姫」。ここを右に曲がるので鍵型というのが良くわかる。
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屋号札がどの家にも掛けられている。ここも力を入れていて風情のある景観で素敵な宿だ。
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宇加地本陣跡。
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薬師堂。宇加地家の持仏堂で、万病を救うお薬師さまとして信仰されている。
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宇加地家の墓。
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(続く)

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コメント

日光街道を踏破されたら次は奥州街道ですか。
お元気なのが羨ましいです。
私は700歩くらいしか歩きませんので靴は
新品のままです。

花見も近隣ですませてしまいました。

明日は娘が米国人夫婦を連れてきますので
60年前、習った琴を出してきて、練習を
しました。
英語で3時間応対する予定です。お琴は
正座して練習しますので、ますます運動
不足です。

投稿: matsubara | 2023年4月12日 (水) 20:06

★matsubaraさま

こんばんは。
靴新品でいいですね。
私は街道歩きで3足履き潰しました。
最近は腰痛が復活して、指圧や電気療法や体操など自力で治そうと努力しています。

今年は早かったですが、近隣でも街道でもたくさんの桜を観ることが出来ました。桜の数が昔より増え、老木が若木に変わってきましたね。
まあ、私もお琴の音を聴きたいです。いつか聴かせていただきたいです!
素敵な時間が持てますね。
お嬢様ご夫婦の御友人ですか。
英語で対応とはさすが勉強を続けられていらっしゃるので楽しいでしょうね。私はちんぷんかんぷんです。全然勉強せず怠った結果です。
私は膝など足が悪いのでしょう。正座が出来ないのです。とても困ったものです。
コメントいただくだけでも恐れ多いですが、いつもありがとうございます。

投稿: tona | 2023年4月12日 (水) 20:57

今回は格別に珍しいものにたくさん出会えましたね。
哀しい物語りにも。
鉄塔婆なんてあることも知らなかったです。

投稿: 佐平次 | 2023年4月13日 (木) 10:04

こんにちは
 
ついに奥州街道歩きもスタートされたのですね。
スタート後、始めの方にご覧になった建造物は立派なものが多く、
再再建などであっても権威のようなものを感じました。
宝蔵寺の鐘楼門は2階に鐘があるのですね。鉄塔婆、角形六地蔵
共々とても珍しく感じます。
根来組百人衆の処刑の話は初めて知りました。どうしてそんな残虐なことが行われたのやら。本田正純はその後
失脚していますね。2代将軍徳川秀忠の時代でもまだまだ
戦国時代のような血なまぐさい事件があり、権力争いも
渦巻いていたのですね。
桜の花びら散ったサギソウのマンホールのふたにホッとすくわれる
ような気持ちになりました。

投稿: ポージィ | 2023年4月13日 (木) 11:09

★佐平次さま

鉄塔婆が見られてラッキーでした。
わが国唯一らしいですね。
そうですね。他にも初めて見るものがあって収穫ありでした。
おしどりの話も悲しいですが、子供を旅先で亡くすなんて悲しいことですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年4月13日 (木) 15:54

★ポージィさま

こんにちは。
中山道が終わっているともっと気持ちが晴れやかだったのですが、地図が出来ないのでは四方ありません。コロナや季節にも翻弄され中山道は三重苦といったところでしょうか。
私の足腰の状態が勝つか負けるか際どい競争です。
宇都宮駅周辺は立派なお寺が多いです。有名な宇都宮氏が江戸時代前に亡び、徳川時代に日光のお詣りの要衝点だったことでお寺も立派なのが出来たように思われました。
本多正純がこんなことをするなんて残虐です。他に鉄砲無断購入などいろいろ重なって失脚したのですね。
この日はどこも桜が散り始め、マンホールがサギソウでしたので一段ときれいに見えました。よくぞ見てくださいました。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年4月13日 (木) 16:25

こんばんは。
次は最後の奥州街道ですか!
tonaさんの街道歩きを読んでいると
日本の古い街道の面影が残っている場所って沢山あるのに驚きます。                                                                                                                                                               
東京近辺にいたら絶対に知り得ない街並みが
21世紀の今も残っているのが不思議な気がします。
観光マップからは知り得ない、街道歩きでしか味わえない醍醐味が伝わってきます。

オシドリ塚の話は切ないですね。
白川宿の道脇の水路に水車があるというのも驚きました。

投稿: ☆銀河☆ | 2023年4月14日 (金) 23:40

★ ☆銀河☆さま

まだ中山道が終わっていませんけれども一応五街道は歩いてみたいと決心しましたので。
現代の車社会の道路に挟まれて時々昔の面影が偲ばれていいですね。
また力を入れいるところは資料館で昔の生活品を見せて再現してくれます。
さすが街道歩きの同じ趣味にお仲間として目の付け所が違うなあと感心しました。

おしどり塚のお話涙が出そうです。
水車の白河宿ですよ。人影もなく素敵でした。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年4月15日 (土) 10:13

こんにちは。奥州街道は私はまったくない未知の街道です。鉄道でも通過したのは数回だけ。地図を見ながらじっくり拝見します。

投稿: 多摩NTの住人 | 2023年4月15日 (土) 10:22

★多摩NTの住人さま

こんにちは。
北の方へは新幹線かバスツアーですので、私も初めてです。
まさか宇都宮から白河の方へ、今では大変不便なところを行くとは思いませんでした。
また見ていただけるとのこと、本当にありがとうございます。

投稿: tona | 2023年4月15日 (土) 16:32

奥州街道を歩き始めましたか
これから先は本数の少ない電車や路線バス利用で
思うように歩が進められない日も有りとの事
その不便さも含めて江戸の路を歩くという事でしょうか。
おしどり塚や首切り地蔵など悲しい話ですが
それを祀る人々の思いが少し気持ちを和らげてくれています。
日本タンポポ、最近割とあちこちで見かけるような気がします。
外来種に負けずに頑張って咲いてほしいですね。
サギソウのマンホール、ここにはサギソウの群生地でもあるのでしょうか
数年前まで家の鉢植えサギソウがにぎやかでしたが
最近は消えそうになってきて淋しいです

投稿: ビオラ | 2023年4月15日 (土) 21:49

★ビオラさま

おはようございます。
まだ中山道は完歩していませんが、最後の奥州街道です。中山道も木曽や長野県では結構大変だったのですが、不便さはその比ではないようです。
街道に関してもたくさんの悲しい話が伝わってそれが碑になって心を打ちますね。

日本タンポポ、そうなのですか。最近殆ど見たことがなかったので、感動しました。
西洋タンポポよりずっと花弁の数が多くて立派に見えました。
さくら市のサギソウ群生地は今はないようなことが書いてありました。戦後の話でしょうね。
まあ、ビオラさんの家のサギソウが消えそうなのですか。それはとても残念。念力を使いたい気持ちです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年4月16日 (日) 08:49

奥州街道に挑戦とは凄いですね。
鉄塔婆、私も初めて見ました。
サギ草のマンホールに桜の花びらが散って綺麗ですね。
江戸時代の公衆便所も初めてです。
歩くと色々なものに出会えるのですね。

投稿: zooey | 2023年4月16日 (日) 21:49

★zooeyさま

奥州は不便です。しかも青森まででなく白河までです。5、6回くらいで歩けそうです。今年中に残りの中山道と共に五街道が全部終わると良いし、足がそれまで歩けることを祈っている日々です。
歩いていて何もない道路だけというのも多いですが、思いがけないものに出会えます。
今回はこの公衆便所の裏側まで行ってしっかり覗いてきました。
当時としてはここは凄いひなびたところだったと思うのですが。
一方2000年前にローマでは水洗便所でポンペイで見てきましたが、その格差を色々な歴史的な物で驚いています。

投稿: tona | 2023年4月17日 (月) 08:34

周回遅れのコメント投稿になっております。
今回は奥州街道とは、いつもお元気に歩いておられますよ。
7時半あたりから歩き始めとのことですから
かなり早くのご自宅出立になりますね。

二荒山神社の鳥居、仰っておられますように大きいのですが
なんだか、足腰どっしり型、大股開きの鳥居というイメージですよ。
このようなタイプの鳥居を見たことがありませんねえ。

角形六地蔵はカンボジアのアンコール遺跡のイメージです。

馬全体の馬頭観音も見たことがありません。
どのような謂れがあるのでしょうね。

旧河内町のマンホールはサギソウの絵柄・・・
町の花がサギソウなのは産地なのでしょうか。
サギソウにサクラの散り花が降りかかるとは面白い。
好いところを撮っておられましたね。

街道の公衆便所とは珍しい~。
これも初めて見ました。
これまで旧東海道や中山道を(それぞれほんの一部ですが)
歩きましたが
これを見た記憶がありません。
見ていたら写真を撮ったはずです。

いつも珍しいものの紹介があって読者も愉しい街道歩きですよ。

投稿: Saas-Feeの風 | 2023年4月18日 (火) 16:11

★Saas-Feeの風さま

4時半起きで5時頃家を出ます。
大宮からは宇都宮まで新幹線です。
7時半には到着です。
東海道の時も東京駅で2番目に早いのぞみに乗りました。
確かに二荒山神社の鳥居は大きかったです。さすがと思いました。
なるほどなるほど、角形六地蔵はカンボジアのアンコール遺跡のイメージ・・納得です。
先日世界遺産のテレビで見たところです。
行ったことはありませんが。

そうなのです。馬全体の馬頭観音はこれが全く初めてです。又何処かで見つけられたら教えてください。

サギソウなのですが昔どこかに群生地があったらしいのですが、今はないみたいなのです。
サギソウとサクラ、ちょうどでした。
公衆便所は東海道にもなかったと思います。
今回はいろいろ珍しいものがあって面白かったです。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年4月18日 (火) 17:04

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