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2023年5月17日 (水)

中山道30 本庄宿~深谷宿~籠原駅(1)

5/11(木)晴のち曇り

昨年12月以来の中山道歩き(本庄から北鴻巣までのマップが出版されました)。
前回より新幹線や特急の予約もなくて楽であるが、朝食を家で食べてから出掛けるので結構早朝から慌ただしい。
本庄駅(8:31着)で下車して、街道へ向かう。本庄宿の続きを見て深谷宿(10.6㎞ある)に向かって歩き始める。

まずは円心寺。
慶長8年(1603)に本庄2代目城主の小笠原左衛門佐信之がその帰依僧円心坊を三河国から招いて開基したお寺。
山門は赤くとても目立ち立派だ。天明年間(1781~88)の建築。
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彫刻がきれいで、そこに扇子や軍配、うちわなどが埋め込まれている。
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仁王様。
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本堂。
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本庄七福神の福禄寿。
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次は本庄城址へ寄る。
本庄城は、弘治2年(1556)本庄実忠が築城。本庄氏は山内上杉氏に属したが、後北条氏に攻められ服した。天正18年(1590)の秀吉による小田原攻めで落城し本庄氏は滅亡した。家康の関東入封で、信濃松尾の小笠原信嶺が1万石で城主になったが、慶長17年(1612)に息子の信之が古河に移封されて本庄城は廃城となった。喜連川の塩谷氏と同じ運命を本庄氏も辿ったのですね。
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現在の城山稲荷神社のあたりにお城があった。
狐様の後ろのケヤキが埼玉県指定の天然記念物で、築城時・弘治2年(1556)、本庄実忠に寄り献木された。目通り(目の高さ、およそ1.2mの木の周囲)6.3m、枝張り31mという。戦争で供出されたのが多くこれは珍しいとのこと。
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大正院。不動堂には市の文化財である不動剣が納められているが見られない。
本庄七福神の弁財天が祀られている。お正月に数か所七福神巡りをしていたけれども、本庄市のはこの2つでよしとしよう。
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本庄宿が終わり、次の宿へ歩を進める。
国道17号線の日の出四丁目交差点角の不二ドライブインは日本最古(昭和39年開業)のドライブインという。
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榜示堂一里塚跡(何もない)を通り過ぎ、小さな元小山川を渡る。この辺りはクサフジで覆われている。新幹線から見ると埼玉県東側は鉄塔だらけの異様な景色である。
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集落センターの脇に榜示堂がある。榜示は境界を示す言葉である。
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榜示堂村の名主であった内野家の長屋門がある。以前はもっと長かったそうだ。
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この辺りは麦畑が多い。うどん屋さんもあった。そういえば東武東上線、西武線、秩父鉄道方面にも田んぼは見かけない。見沼田んぼに行くと見られるようだ。遠くは秩父の方だが、振り返ると榛名山や赤城山が霞んでいた。ハウスも増えてきて覗いたらキュウリがぶら下がっていた。
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この辺りにも子育地蔵尊や埼玉県に多い庚申塔、その石像物がたくさん見られる。
これは賽の神・・・村や部落の境にあって,他から侵入するものを防ぐ神。邪悪なものを防ぐとりでの役割を果すところからこの名がある。境の神の一つで,道祖神と同じ。
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宝珠寺に寄る。
ここの山門(仁王門)も赤く、中の仁王様までも真っ赤なのが遠くからも見える。
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本堂。文政2年(1819)再興。
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舟形墓石浮彫別石六地蔵。
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向かいに八幡大神社がある。
御嶽山、武尊山、三笠山の碑があるが、ここを登ると三山を参拝したことになるそうだ。マニ車みたい。何故三笠山か?奈良のかしら?調べたら全国には三笠山が30mから2256mまで14座もある。
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埼玉県にも双体道祖神があった。
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本庄市の市の花・月見草のマンホール。
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小山川にかかる滝岡橋が見えてきた(先ほど渡ったあの小さな流れの元小山川も合流)。国の登録有形文化財で日本の近代土木遺産。
昭和3年(1928)竣工。長さ147m、鋼製8連橋(プレートガーター橋)。見えにくい色になってしまっているが橋台にはレンガが、親柱や欄干には花崗岩が使用されている。
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橋を渡ると深谷市に入った。渋沢栄一の故郷。

旧道に入ると百庚申がある。
幕末、万延元年(1860)庚申の年に建立された。岡の有志13人によって計画され、翌年完成した。万延元年は桜田門外の変や黒船来航などで国情騒然となり、民衆の不安で、神仏に頼ろうとする心理と庚申の年が重なったところから、多数の庚申塔が造られた。それにしても凄い数の庚申塔だ。上の建物は八坂神社であった。
二十二夜塔や馬頭観世音などもまじっていた。
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深谷市(旧岡部町)のマンホールがあった。昼食後に見る中宿古代倉庫に米俵を運ぶ人と検査役人がデザインされている。
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中山道古道の碑と馬頭尊。
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道の駅おかべに寄って昼食(そば蔵)。
深谷ねぎのかき揚げ付き煮ぼうとう。かき揚げは深谷ネギの輪切りが四角く纏められ揚げてあるその大きい事。ねぎが甘くて美味しいけれども5つくらいしか食べられなかった。山梨のほうとうとは違ってしょうゆベースである。
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(続く)

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コメント

また新しいシリーズが始まりましたね。この界隈は渋沢栄一が有名ですが、実際に歩いたことはありません。鉄道ファンとしては、昭和時代に国会議員の荒舩清十郎が深谷に急行を止めたとか、籠原駅が発着の起点駅だということが思い浮かびます。

投稿: 多摩NTの住人 | 2023年5月17日 (水) 20:43

★多摩NTの住人さま

こんばんは。
コメントいただきありがとうございます。
荒舩清十郎と大野伴睦は有名ですね。
渋沢栄一の血洗島はここ岡部より少し北に行ったところですね。
まだこの続きも書いてないうちに次は熊谷市の途中から北鴻巣に向かって、明日歩くつもりでしたが、猛暑日に近く、明日は断念、6月に行かれるといいのですが。
籠原は実家の茅ヶ崎から東京に帰るときに湘南新宿ラインが駕籠原行きが多くて、この地名を知りました。

投稿: tona | 2023年5月17日 (水) 21:28

中山道は69宿のうち、ほんのわずかしか
知らないことが分かりました。
ここで学ばせて頂きます。

それにしましても、本庄宿の近くに月見草の
マンホールがあるとは大変うれしいです。
ここだけ行ってみたいです。
あんな地味な花をマークにされるとは、
素晴らしいことです。

投稿: matsubara | 2023年5月18日 (木) 08:34

★matsubaraさま

中山道も終盤に近付いていますが、これはマップを頼りにしていますので、日本橋にまで出版されるのは今年中なのか?今年でゴールしたいところです。ここまでも随分長かったです。
本庄市の市の花が月見草だったとは前回歩いた時に発見できてなかったので驚きました。
全国に他にあるのでしょうか?ないような気がします。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年5月18日 (木) 09:31

近くて遠きは関東周辺、本庄は未踏の地でした。
おぬし、なかなかやるなあ、円心寺なんて隠していやがって、ちょこっと日帰り旅してみたくなります。

投稿: 佐平次 | 2023年5月18日 (木) 10:26

こんにちは
今日は一段と暑いですね! この気温の中で拝見したら、ほうとうが
熱くて食べられなさそうに見えました(笑)
中山道街道歩き再開でいらっしゃいますね。
埼玉県内は(も)
行ったこと無しで全く知りませんが小麦作りが盛んな地域がある
とはちょっと意外でした。
トップの円心寺の山門は立派な建物ですね。赤い色も彫刻も綺麗です。
阿吽の仁王像は、どことなくユーモラスに感じてしまいました。
深谷の百庚申は凄いですね。大きな大きな変換の時代。
不安にならない方が不思議ですね。たくさんの庚申塔が
人々の不安の裏返しというのが切なくもありますが、
一心に石を彫る行為は心の鎮静に繋がったのかもしれませんね。
 

投稿: ポージィ | 2023年5月18日 (木) 14:57

★佐平次さま ありがとうございます。

落語調のおじさま、こんにちは。
近くて遠い、この辺りで実感します。
今日、この回の次の続きが予定だったのですけれども、やめました。
午前中に家の外の気温を測ったら34.9℃もありました。アスファルトからの照り返しって暑いのですね。道路は猛暑日は40℃くらいあるのではと思います。

投稿: tona | 2023年5月18日 (木) 16:42

★ポージィさま

こんにちは。
暑いですね。現在部屋の中は32.9℃あります。湿度が35%なので冷房はつけていません。まだ暑くなり立てなので冷房に浸りたいという気分でもないです。
何時も7,8,9月は暑くて歩けないのですが、今年はもう5月から歩けそうにありません。また下がる日があるでしょうが。
全くほうとうなんて食べられません。今日は家で冷えたあんみつをおやつに食べましたよ。
北海道が小麦粉の産地のトップですが、埼玉県もかなり上位なのではないでしょうか。土壌が浅間山の噴火が関係するのでしょうかしら。

円心寺も宝珠寺も門が真っ赤でとても印象に残りました。仁王様の顔が東大寺みたいに怖くないのです。
百庚申は時代があの黒船、桜田門事件と庚申の年が重なったというめぐり合わせで造られたそうですが、他の地方でもたくさん造られたのでしょうね。大変な時代だったのだと漫然とテレビなど眺めていましたが、庶民の方にも心が行くようになると思います。
>一心に彫っている姿が心の鎮静に繋がる・・
その通りですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年5月18日 (木) 17:04

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