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2023年6月 9日 (金)

中山道31 籠原駅~熊谷宿~北鴻巣駅(2)

高崎線、新幹線高架、秩父鉄道と3つの鉄道を通り過ぎる。秩父鉄道というのは遠く秩父の三峰口を出て秩父を通り、熊谷から行田を経て羽生市まで行っている。
すぐ先、曙公園に八丁一里塚跡(16里目)がある。立て札に渓斎英泉の熊谷宿の八丁堤の景が描かれている。
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700mくらい歩くと道は右折し、熊久(ゆうきゅう)橋で元荒川を渡る。
熊谷直実と久下直光(従兄弟同士)の所領争いで熊久と名が付いたらしい。
元荒川はその名のとおり、かつては荒川の本流であった。今は越谷市で中川に合流する利根川水系で中川支流の一級河川なのである。
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こういうカルタをあちこちで見た。
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その先の「元荒川ムサシトミヨ生息地」の説明板があるところはとても水がきれい。醒ヶ井のバイカモが咲いている川を思い出す。現在は保護して別の施設でも保護育成しているようだ。
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東竹院に寄る。
本堂の屋根に「一という文字」が。門にもあった。これは久下重光が頼朝の挙兵に一番にはせ参じた功により賜った家紋という。
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久下直光(熊谷直実の叔父、重光の父)と重光の墓。
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達磨石とあったが確かに似ている。
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立場のあったところで、忍藩の殿様が鷹狩りに来るとここで休んだことから御狩屋(みかりや)と言われたみかりやの跡を過ぎ、荒川の土手を上がって行くと、富士山が見えている!!
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土手の上は風吹いて涼しい。荒川の水は草の陰に隠れて見えない。
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久下の渡し・冠水橋跡の碑があった。その後昭和30年(1955)に木橋(思いやり橋と呼ばれた)が架けられている。
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土手を降りたところのお堂の中に久下権八地蔵がある。元禄11年(1698)。歌舞伎「鈴ヶ森」の白井権八にちなむ。
権八は同僚を殺害し、途中金に困って久下の長土手で人を殺害し大金を奪った。その現場で地蔵尊に権八が 「誰にも言うな」 と明かしたところ、石地蔵が 「吾れは言はぬが 汝こそ言うな」 と答えたという。その後権八は130人もの人を殺して金品を奪い、鈴ヶ森刑場で処刑されたというが、その後泥棒を辞めたわけでもなく、意味の分からない感じの話であるなあ。お堂の前には小さな石仏などがたくさんある。
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熊谷堤碑や寒神道標を見て、また土手へと向かうところで田植えをしているのを発見。この日数か所見て今が田植えの時期のようだ。
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土手の下に降りた稲荷神社のところに久下一里塚跡(15里)がある。
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行田駅が近い。決壊の跡碑があった。
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昭和22のキャスリーン台風で、この地点の堤防が決壊し、付近一帯に甚大な被害を与えたのみならず、利根川からあふれた濁流と合流して墨田区など下町が家まで冠水した。

テトラポットなど洪水への復旧用資材置き場(さすが!)を過ぎて進んで、下に降りる。鴻巣市に入ったらしい。
八幡神社があって面白い石造物が。猿に鳩の浮彫が。初めて。庚申塔か?
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土手に上がって下がったらまたまた先ほどと同じ権八地蔵があり、その隣に二宮金次郎の像と報徳訓が書いてあった。
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鴻巣市・旧吹上町のマンホール。町の花・コスモス。
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榎戸公園にて休憩。
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榎戸堰。元荒川に造られた最初の堰で、下流の田畑を潤す。
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市の花パンジーのデザインのマンホール。
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進むと吹上駅が近く、ここ吹上に間の宿がもうけられた。熊谷宿と鴻巣宿は16.5kmもあったためだ。

吹上神社
吹上という地名は、風で砂が吹き上げるところから生じたものとの説があると書いてあった。
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吹上神社や東曜寺を通り、明治天皇御駐輦碑を拝見する。徳富蘇峰が書いたものだそうだ。
ここは吹上茶屋本陣跡である。明治天皇関係は最近何時も撮影をしていない。それにしてもよく全国を回れられたものと感心する。

ソフトクリーム休憩のあと妙徳地蔵(眼病に御利益がある)を拝む。
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またマンホール
鴻巣市章入りでパンジーとお雛様、市内を流れる荒川、 吹上にある水管橋のデザイン。
鴻巣市の人形製作は、約380年の歴史があり、江戸中期から始まる「鴻巣びな」として「関東三大雛市」の一つに数えられるそうだ。26_20230609154901
 
高札が保存されているという名主の江原家や前砂の一里塚跡(14里目)が残るを通り過ぎて、
龍昌寺の六地蔵を見る。
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街道に戻り、猿が踊っている面白い庚申塔を見る。
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べったら漬とは関係ないべったら塚古墳。古墳の上には一石六地蔵がある。
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北鴻巣駅到着。地元に17時半につき、何時のも居酒屋で。
お通しはオクラの土佐和え、小松菜のそぼろあえ。
刺し盛り5点盛(まぐろ脳天、ひらめ、しまえび、あわび、かつお)、マテ貝の酒蒸しバター、あん肝ポン酢、生帆立とアスパラの銀あんとろろかけ。私はビール。
Osasimi

帰宅は19時10分。約45800歩。

おみやげは五家宝、軍配瓦煎餅。
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(この項終わり、中山道は又暫くお休みで奥州街道へ)。つまらない紀行ですが読んでいただいて感謝しております。

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コメント

熊久を「ゆうきゅう」と読むんですか
日本語は本当に難しいですね。
そしてその名の由来が熊谷と久下の領地争いの結果とは…(;^_^A
こちら吉原には普通は右に見える富士が左に見える地が一ヶ所だけありますが
左富士はその地でも珍しいのかしら?
>醒ヶ井のバイカモが咲いている川を思い出す
これからがちょうどバイカモの季節になりますね
ムサシトミヨもお花かと思ったらはお花ではなく魚なんですね(;^_^A

投稿: ビオラ | 2023年6月 9日 (金) 20:41

★ビオラさま

こちらにもいらしていただきコメントありがとうございます。

熊谷は「くまがや」「くまがい」
そして「ゆう」とはね。ここに来なかったらただただ暑い熊谷のイメージと疎開していたのが南の東松山と熊谷の間だったのでそれが思い出されるだけです。

左富士は吉原でしたかばっちり見える日に歩きました。
神奈川県では横浜と私の実家のある茅ヶ崎に左富士がありました。
でも埼玉県は知りませんでした。結構霞んでいてこの橋から見えなかったですよ。

バイカモと違ってムサシトミヨは魚なのですね。川にはいないようです。でも養殖場でまだ生きているようですので安心しましたが見られないのですね。見たいものなどがいろいろ出てくるのにもう限られて残念ではありますが、欲張らず、テレビで見られたら御の字です。

投稿: tona | 2023年6月 9日 (金) 21:43

白井権八にそんな話があるとは、まさか別人ではないかと思うくらいです。
鳥取藩士、鳥取育ちのようですね。

投稿: 佐平次 | 2023年6月10日 (土) 10:47

こんにちは。俳句の作者は中山道を京都から江戸に向かっていたようですね。中山道から富士山はずっと道の右手に見えますが、おそらくその辺りではS字カーブなどの影響で富士山が道の左手に見えるポイントがあるのではないでしょうか。
東海道新幹線で東京から新大阪に向かうと富士山はずっと右側(山側)に見えていますが、静岡駅を過ぎ安倍川を渡り数分過ぎた辺りで左側(海側)の窓から少し後ろの方向に1分間くらい富士山が見えます。これが新幹線の左富士でした。

投稿: 多摩NTの住人 | 2023年6月10日 (土) 12:58

★佐平次さま

白井権八は鳥取藩士ということで武士だったのですね。
その地蔵様が少し距離を置いて2つもあったので有名なのですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年6月10日 (土) 19:15

★多摩NTの住人さま

こんばんは。
カルタの作者も私たち同様京都からなのですね。この橋の辺りで左富士が見えたのですね。

>静岡駅を過ぎ安倍川を渡り数分過ぎた辺りで左側(海側)の窓から・・
1分間も見えるのですか。
知りませんでした。何時も富士山を見るため右側の二人席でした。
今度機会があったら見たいものです。
教えていただきありがとうございました。

投稿: tona | 2023年6月10日 (土) 19:25

こんにちは
 
おぉ! 途中富士山をご覧になれたのですね。
思いがけない富士山とのご対面に俄然元気が復活されたのでは?
なんて想像をしました(^^)
 
熊久橋=ゆうきゅうばし これは読めません~ 熊をゆうと読むとは。
源頼朝挙兵に真っ先に駆け付けたのが久下重光という人だったのですね。
鎌倉殿の13人を見てましたのに、この名前を全く覚えていませんでした。
何しろ忘れっぽい私ですので、出てきたのか出て来なかったのか
分からなくて自分にガッカリです(^^;)
鴻巣びな… もしかしたら、2月に行った鎌倉の鶴岡八幡宮にある
鎌倉国宝館で開催されていた雛人形展の中にもあったような
そんな気がします。その時は何の知識もなく古い雛人形たちを
ただただ観賞するばかりだったこともあって、これまた
記憶が定かではないのですが、きっとあっただろうと思います。
江戸時代の雛人形も何体かありましたし。
「関東三大雛市」の一つに数えられるのですね。
もっとしっかり見て目に焼き付けてくるのだったと後悔しています。

投稿: ポージィ | 2023年6月11日 (日) 17:50

 こんばんは。旅に明け暮れ、帰ってくればドッと疲れ、
すっかりご無沙汰しておりました。
熊谷直実、白井権八とか、歌舞伎歌でおなじみの名前が出てくるのが興味深いですね。
白井権八は歌舞伎では白塗りのイケメン、それが鈴ヶ森で悪人雲助たちをバッタバッタとなで斬りにしてますが、
実在の人物?とは知りませんでした。
実在してたら大大大悪人ですね。
庚申塚に鳩とか、踊る猿とかなんと面白いのでしょう!!

投稿: ☆銀河☆ | 2023年6月11日 (日) 18:38

★ポージィさま

こんばんは。
はい、仰る通りの富士山好き、その通りです!
埼玉県も東武東上線でとても良く見えるところが長くあって、ずっと見ています。
あとは神奈川、静岡県の新幹線と相模線です。
私も「鎌倉殿の13人」に出てきた記憶は全然ありませんし、13人という多さは私の頭に入りません。久下重光という名前も今晩寝ているうちに忘れます。
先日今年の大河ドラマの岡崎城ですが、東海道歩きの時に通ったのかどうか覚えていませんで、昔のブログを引っ張り出して城に入ったことがわかりました(涙)。

鎌倉国宝館で開催されていた雛人形展があったのですね。
「関東三大雛市」、鴻巣さえ知りませんでした。後は岩槻でしょうか。もう一つは調べてもわかりませんでした。
マンホールに描かれた雛しかわかりません。
ポージィさんも後でもっとと思うことがあるのですね。
そのとき気が付かないで残念な思いを今迄随分してきました。まあ、仕方ないですね。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年6月11日 (日) 20:22

★ ☆銀河☆ さま

こんばんは。
今年は特に年頭からお忙しい旅の連続でしたね。
お若くてもお疲れになるくらい熱心にご覧になったのだと思います。
私も8年前はまだまだ元気で高山にも登っていました。
私は普通だと思っていましたが、順調に年取ったとは言えず、むしろ老化が早い方のようです。
昨年山の会で、骸骨みたいと言われました。

白井権八は歌舞伎と別人ではないかと思うほど、この地の地蔵との関係がおかしいですね。何かさっぱりわからなくなりました。

庚申塚に鳩とか、踊る猿、面白いでしょう。
変わったのを見ると歩いているのも楽しくなります。
ありがとうございました。

投稿: tona | 2023年6月11日 (日) 20:36

中山道歩き、いいですね~!全国的な梅雨入りとなっていますが、こうやって歩く時間を見つけたいものです。極端な集中豪雨や台風なども今後あるとは思いますが、それらをうまく避けながら梅雨の中休みを利用して随時、6月の美しい花を楽しんで行きたいものです。

投稿: ローリングウエスト | 2023年6月14日 (水) 11:10

★ローリングウエストさま

コメントありがとうございました。
この日はちょっと晴れ間もありましたので、なんと遠くに富士山が見えました。
線状降水帯というのが怖いですね。
台風や前線が賑やかですが、合間を縫って紫陽花でも楽しみに行ってきます。
ローリングウエストさんもお忙しいことながら愉しまれますように。

投稿: tona | 2023年6月14日 (水) 19:55

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