« 奥州街道5(最終回) 芦野宿~白坂宿~白河宿~女石追分(2) | トップページ | 佐屋街道(1) »

2023年10月24日 (火)

梯久美子著『サガレン』

サガレンとは樺太/サハリンの旧名である。何度も国境線が引き直された境界の島だ。
この境界線を見に何と林芙美子が訪れたそうで。他に北原白秋も。
妹が亡くなって、傷心の宮沢賢治も何故か北に向かいサハリンを訪れている。賢治の多くの小説にサハリンの風景を思わせる箇所があるという。
そうした芙美子と賢治のサハリン紀行の様子が結構詳しく語られる。

サハリンは北海道とほぼ同面積だそうだ。
1854(安政3)年には日露和親条約(下田条約)が結ばれた頃は、両国はこの条約でサハリンの帰属を決めず、日露の雑居状態が続く。
21年後の1875(明治8)年、サハリン全島をロシアが、千島列島を日本が領有すると定めた樺太千島交換条約(サンクトペテルブルク条約)を締結した。
30年後の日露戦争の日本の勝利で講和条約(ポーツマス条約)によって日本は島の半分(北緯50度線以南)を得る。この時サハリン南部に樺太として施政下に置かれ1907(明治10)年に樺太庁が設置される。
ところが1945年太平洋戦争直前に日ソ中立条約を破って日本に宣戦布告し、ソ連軍が国境を越えて全島を占領した。
敗戦国日本は1951年のサンフランシスコ講和条約で樺太・千島の領有権を放棄。
その後1956年の日ソ共同宣言によって戦争状態は終結したが北方領土問題などもあり、現在まで平和条約は結ばれず、国際法上は樺太の帰属はまだ確定していない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

曽野綾子の本に

「死を受容するには、年老いることや病み惚けることが必要なのだ。生きることがかったるくなり、生きていても半分眠っているような状態になる。その過程が必要だ。「幽明界を異にする」というが、幽明界のぼやける境地が死のためにはいいのである」
とあった。
殺人、交通事故など色々な恐ろしい死を迎える人も多いが、上記に書かれた、普通は生きるのがかったるくなる(痛かったり苦しかったり)、意識朦朧状態になれば死を受容できるというわけで、死は凄く恐れるものではないということを提言してくれて漠然と思っていたことを大いに代弁してもらった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今年は柿の生り年でしょうか。家のそばの柿畑が過去最高の実をつけています。
1_20231024151701
22_20231024151801

キンモクセイは今年は良く咲いて今日全部落ちてしまいました。
3_20231024151801

クレマチスの種子。元の方に黒い種子が見える。
4_20231024151801
5_20231024151901

向日葵の種子。日に干さないとカビが生える。小さな虫も続々這い出てくる。今週末には主が取りに見える。種類が違うのか種子が小さいように思います。
6_20231024151901

| |

« 奥州街道5(最終回) 芦野宿~白坂宿~白河宿~女石追分(2) | トップページ | 佐屋街道(1) »