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2023年10月14日 (土)

奥州街道5(最終回) 芦野宿~白坂宿~白河宿~女石追分(1)

10/12(木)天気は快晴。気温は18度くらいでとても良い気候だ。
6/22以来の街道歩きの今日は奥州街道の最後である。

いつものように4時半過ぎの起床で5時21分の電車に乗り、大宮へ。新幹線・やまびこ号で那須塩原。各駅に乗り換え黒磯、又乗り換えて黒田原駅到着は8時3分。8時10分のバスに乗り、前回見て歩いた芦原宿のバス停・芦野仲町へは8時23分着。本日は大きな地蔵と馬頭観音がたくさん現れた日であった。

電車内から日光の男体山、女峰山を見て、その後那須連山が良く見えた。
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●芦野宿を少し残したところから歩き始める。

建中寺 芦野氏19代から27代までの墓がある。(其れより前の代の墓はどこか?わからない)・・前の代の墓は前回行った景勝院の裏手にあったということだ。

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本堂
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遊行柳 時宗開祖の遊行(一遍)上人の使い古した柳の杖が根付き芽吹いたという。左右2本ありました。
そばには西行、芭蕉、蕪村の句碑があったがわからなかった。国指定名勝。
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新町地蔵尊(1717年造立)。芦野宿の北口を守護し、芦野宿は終る。
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岩倉具視の明治天皇東北巡幸に随行したとき詠んだ歌の碑。
 「みちのくの鄙の果てまであきらけき御代の日影を仰かぬそなき」
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次の宿「白坂宿」まで長いので間の宿「寄居」に向かう。
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出ました。所々に現れる巨大地蔵。
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板谷の一里塚(43里目)。この様子ではどこにあったのかわからない。
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高徳寺(1562年創建)。この辺りのお寺から戊辰戦争の戦死者の墓が多くなる。
境内の地蔵尊(1819年造立)。お顔がそのあたりの人をモデルにしたようなのだ。
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馬頭観音群が時々現れる。
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脇沢の地蔵様。草の間から見つめられているようだ。
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面白い形に刈られた木が続いている。

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間の宿・寄居宿の江戸口に鎮座する「座り地蔵尊」1771年(明和8)造立。
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湯殿山常夜燈。西の方は秋葉常夜燈が多かった。
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與楽寺(1546年創建)。ここにも地蔵座像があり戊辰戦役で戦死した黒羽藩士の墓がある。
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この辺りが名主の家跡。
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泉田の一里塚西塚(44里目)。下野国最北端の一里塚。
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歌舞伎「箱根権現いざり仇討」初花清水碑を通り過ぎ、石仏石塔群、馬頭観音、地蔵などを見て通る。
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馬頭が3つあるの見るのは初めてだ。
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明治天皇山中御休憩所碑
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福島県白河市に入った。
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栃木県側の境の明神・玉津島明神。寄居の総鎮守。1053年紀州和歌浦の玉津神社から分霊勧請。
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白河側の境の明神・住吉明神。1595年白河を支配していた蒲生氏の創建。芭蕉の句碑もある。
左側に算額が見える。
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奥社
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(続く)

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