中山道32 北鴻巣駅~鴻巣宿~桶川宿~上尾宿(2)
鴻巣宿を歩いている途中です。
前田家が宿泊を断られた勝願寺へ。徳川家の庇護を受けて関東十八檀林(江戸時代初期に定められた関東における浄土宗の檀林18ヶ寺)の一つで鎌倉時代の創建。紋は徳川家の「三つ葉葵」。
「栴檀林」の扁額が掲げられた総門は、何度かの火災を免れ、江戸時代から残る唯一の建造物。
仁王門も彫刻が施され立派だ。
本堂はサイズが可愛らしい。
人形塚。11/14が人形供養が行われた。
真ん中の3つのお墓、右より小松姫、真田信重、信重の室の墓。
小松姫は家康四天王の一人本多忠勝の娘で、上田藩および松代藩の初代藩主・真田信之(信幸)の正室。草津へ湯治に行く途中鴻巣で亡くなる。
奇しくも真田信重(信之の三男)も鴻巣で客死しその室も翌年亡くなった。
たくさんの石仏石塔群があるが、三面に猿がいる庚申塔は初めて。
鴻巣宿江戸方を出て、
おおとりというおせんべいのお店で川幅せんべいねぎ味噌を買ってもらう。縦15㎝、横11㎝の大きな煎餅だ。味噌が美味しい。
川幅日本一(2537メートル)の荒川にちなんでのおせんべい。鴻巣駅あたりで埼玉県をぐるっと回る荒川は日本一の川幅になるのである。
鴻巣は岩槻、江戸日本橋と並んで関東三大雛市の一つ。今は人形店は6軒、明治時代が最盛期で58軒あったそうだ。
江戸時代初めに京都の人形師が鴻巣に移住し土人形を作ったのが始まり。一方鴻巣は桐箪笥などの生産地で、生産過程で出るおがくずで作る玩具作りがひな人形に応用された。人形の着付けは関東一だそうだ。
おおとりの斜め向かい、ひなの里に寄る。吉見屋の雛蔵(明治31年築)を市が買い取った観光案内所でもある。
江戸時代から現代までのさまざまなひな人形を展示。
芥子雛。10㎝弱~それ以下の大きさの雛。江戸時代、豪華絢爛に進化し続ける雛人形を規制した。しかし江戸幕府への反発から小さくても贅を尽くした人形を作ったのがこれだ。
御殿雛飾りは立派だ。
中庭が素敵!しばし休憩する。
訪ねてビックリの富士塚。階段6段。八幡神社の奥にあった。頂上に小さな社殿がある。
北本市に入った。
市の木・桜がデザインされたマンホール。
北本市には国の天然記念物に指定され、源範頼の伝説にも名高い樹齢約800年の「石戸蒲ザクラ」、桜並木が見事な「城ヶ谷堤」や全国から30種約200本の桜を集めた「高尾さくら公園」などがあるとのこと。
北本市はトマトが名産なのだそうだ。「北本トマトカレー」が有名。後日娘が買ってきてくれたので賞味する。カレーが食べられなくなってから8年目にちょっとだけでしたが、その美味しい事!ワンダフル!トマトの味が濃厚というわけでなくまろやか。全国ご当地カレーグランプリなどに9年前から3度も全国優勝を果たしているとか。それで美味しいわけですね。
マスコットキャラクターはトマトの「とまちゃん」。これは市を通過した際最後に見つけたもの。
原馬室一里塚。11里目。
現在は西側の塚のみ残っている。東塚は明治16年、その向こうに走る高崎線敷設の際、取り壊された。
東間浅間神社へ。
江戸時代中期に築かれた階段の富士塚(6m)で頂上に社殿がある。今は富士山は見えない。
賽銭箱に富士山が描かれている。
北本駅を右に見て通り過ぎ多聞寺へ。
県天然記念物のムクロジがある。
丁度実がなっている。初めて見る。実にはサポニンが含まれ石けん代わりに使われた。実の色が銀杏の実に似ている。
実の中の黒い種は羽根付き玉になる。深大寺でも見られたっけ。
サルスベリの紅葉が見られ、花も一緒に咲いていた。柿の葉の紅葉にちょっと似ている。
文化12年(1815)の立派な青面金剛庚申塔。石に文字を刻んだだけのからいろいろな庚申塔のある埼玉県の中山道だ。何時も猿を見るのが楽しみだ。
本宿交差点に北本宿碑。鴻巣に移転するまでは宿場だったところ。以降は本宿と呼ばれ立場となった。
イタリアのアルベロベッロみたいな屋根のアンジェラプレイスカフェにて昼食。
前菜・ドリンクセット。前菜はサラダや鴨のスモークなど。ドリンクはオレンジジュース。
ハーブチキンとルッコラのピザと厚切りナスをベーコンのトマトソーススパゲッティをシェア。建物が素敵なだけでなく、お料理も美味しかった。
で、歩きだすと桶川市になり、京都側の木戸跡の石柱跡があって桶川宿に入った。
(続く)
| 固定リンク | 7



最近のコメント