2020年12月31日 (木)

高川山&悪玉コレステロール

11月の終りになって低山友の会のリーダーが重病で入院されました。早く治られることを祈っている毎日です。
今年は殆ど催行されなかった登山でしたのに、多分もうこれで終わりです。
11/15今年最後に連れて行った頂いたのが、中央線初雁駅から登り、富士急行禾生(かせい)駅へ下りる、富士山がきれいに見える山。
「高川山」975ⅿでした。
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頂上での富士山は直ぐ雲に隠れ、またこの山では逆光の位置にありました。
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行きも急登をあえぎながら登ったのですが、下りのこのロープを伝って下るのは怖くてきつく、あくる日両手の付け根がジンジンと痛みました。
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ホコリタケで埃を出して暫し喜ぶ。
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民家にヒイラギモクセイが咲いていて、いい香りでした。
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先日の検診で、昨年まで何も引っかからなかったのに、なんと悪玉コレステロールの値が異常に上昇。
今年は運動が少なかった。医者に空いている電車で街道歩きや登山をどんどんしてくださいと言われたものの、登山がなくなってしまった。
雑学大学も換気の問題で休業状態に。出歩くことが少なくなったことが良くなかったので、近所の公園をぐるぐる回りることにしましょう。


今年も1年間ありがとうございました。
どうぞ良いお年をお迎えください。

 

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2020年7月21日 (火)

大平山とラベンダー

6月下旬に埼玉県の嵐山町にある大平山(おおびらやま)に登りました。といっても標高がたった179ⅿですから散歩程度と言えましょうか。歩数も25603歩でした。

東武東上線の武蔵嵐山駅で降りて少し歩くと、横に長く平らな大平山見えてきた。
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登り始めるとすぐオカトラノオが。久しぶりで涼やかです。
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頂上手前に雷電神社がある。地区民こぞっての雨乞いの祈念が行われたそうである。
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600ⅿ歩くともう頂上。これが頂上の印。
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少し下がった展望台からラベンダー畑の方を望む。
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出来立ての松ぼっくりの色がきれい。
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嵐山発祥の地の碑
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シモツケソウやウツボグサも久しぶり。
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頭に何かのっている面白いキノコ。目玉のおやじみたい。キノコでなくてギンリョウソウの果実でした。多摩NTの住人さま、ありがとうございました
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与謝野晶子の歌碑「比企の渓」 こんなところに与謝野晶子が来たのでしょうか。
  槻の川 赤柄の傘を さす松の 立ち並びたる やまのしののめ
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槻川まで降りてきた。右手に行くと嵐山渓谷だ。
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橋を渡る人と飛び石を渡る人に分かれる。私は涼しそうなので川を裸足になって渡る。気持ちよい!友人も気持ちよさそうに渡ってくる。
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ラベンダー畑では今収穫をしていた。
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マスクをしながらでも、久しぶりに会った友人たちと歩いて、山の花に会い、川渡りが今年も出来、ラベンダー畑の香りを愉しんだハイキングでした。

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2020年2月15日 (土)

伊予ヶ岳の岩峰をよじ登る

千葉県・伊予ヶ岳(336.6m)。低いけれども千葉県で唯一「岳」が付く山。高く険しい奇岩がそびえ立つ。
山名の由来は、阿波斎部氏の故郷の四国の最高峰石鎚山、別名「伊予の大岳」から来ているそうだ。

新宿からさざ波1号に乗って南房総市の岩井に着く。
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バスから双耳峰の伊予ヶ岳が見え、右側に奇岩が見える。
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麓の天神社から見える。ズームしてみる。わー、登れるのかしら?
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台風の爪痕が痛ましい。電車からはブルーシートで覆われた屋根が多く、ビニールハウスも壊れているのを見かけた。
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1月終わりというのにスミレが咲いていた。
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いよいよ鎖とロープを頼って登る。怖い!(年齢のせい)。どうやら頂上へたどり着く。景色が素晴らしい。
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双耳峰の山は有名な富山。倒木が多く危険で今は登山禁止だそうだ。
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伊予ヶ岳の双耳峰のもう一つにも登る。こちらは楽勝。
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久しぶりに登山気分を味わいました。こんな山はこれが最後かな。

 


『東海道和算道中』佐藤健一著 北邑一惠編集協力
先日、日光街道の日本橋・福徳神社で「算額」を見たので借りてきた本です。
前書きに寄ると、江戸時代後期には町人の中には趣味の習い事や旅を楽しむ人が多くなった。
当時、江戸の人が楽しんでいた「日用数学程度の和算」と旅の楽しさをコラボさせた内容だ。
息子たちにそれぞれ家督を譲って、隠居的生活をする50過ぎの幼馴染の3人が江戸から京都まで18日間で東海道を歩く旅物語。
3人とは瓦版屋と数学塾と漢学塾の経営者である。
昼間歩きながら和算の問題を数学塾のともさんが出して、夜、宿で解くというもの。問題は鶴亀算のような、小学生の頃やったようなのもあり、ついつい方程式で解いてしまうし、わからないのもたくさんありました。
懐かしい53宿が次々出てきて、静岡県の一部と四日市を過ぎて鈴鹿峠辺りまで頭から抜けているのでがっくりでした。

『格安エアラインで世界一周』下川祐治著
2009年にLCCを乗り継いで写真家などと3人で世界一周しているのだが、着いた先では観光に何も興味ない著者たち。途中で次の格安航空券をパソコンで一日中籠ってゲットする。窮屈な何もサービスがない機内で有料のあまり美味しくなさそうな食事をして、寝たり、機内誌を読んでいるだけ。最後のアメリカ~日本だけはこの頃LCCはなかったそうで極楽気分を味わったとか。費用は約22万。食事や宿泊費の明細、何日かかったは不明だ。
内田百閒の『阿房列車』と同じではないか!! 本当に変わった丈夫な人がいるものだ。

 

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2019年9月21日 (土)

日光霧降高原・小丸山(1601m)と丸山(1689m)

この間手痛い目に遭った東武日光駅にまたやってきました。
霧降高原行のバスに乗り終点で下車。途中バスからこれから行く小丸山や丸山方面が見えました。   
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霧降高原はカタクリに始まり、アカヤシオ、そして6月から7月にかけてニッコウキスゲ、その後にクルマユリと途切れることなく花が続く高原だが、今は秋の花がひっそりと咲いている。周辺には有名な滝がいくつかある。今回は階段を登って鍛え、霧が出た山の幻想的な気分を味わいました。
まず小丸山(1601m)へ。この木の階段を1445段上がると頂上に着く。
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アザミとワレモコウ 
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野菊
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小丸山(左)と丸山(右)が見える。
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階段はこんな広い所があってそんなに疲れないのです。
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展望台がところどころにある。
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ゴヨウツツジ(シロヤシオ)の紅葉が始まる。
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展望台からの眺め
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ズミの実とナナカマドの実だそうだ。
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アカトンボがたくさん飛んでいた。今年はトンボをたくさん見る。
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1445段
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ツリガネニンジン
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小丸山頂上到着
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丸山に向かう
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丸山頂上到着 お弁当タイム。とてもお腹がすいて美味しい!
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さすが霧降高原界隈、すぐ霧が出たり晴れたり。
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八平ヶ原へ降りここから登山口のバス停に降りた。
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ダイモンジソウが一株だけ咲いていた。
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標高差300mくらいで、木の階段で誰でも行ける素晴らしい高原と山でした。いろいろな花の時期、混むかもしれないけれども行けたらと思います。滝めぐりも良いし。
今回はさっさと特急に乗って帰りました。

 

 

 

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2019年6月15日 (土)

津久井城山に登る

  津久井城山は戦国時代、山城でした。山頂が狭く、城主や家臣は山麓に住んだが、そこを「根小屋」と言って今も地名が残り、根小屋式山城というのだそうだ。
ここも秀吉の小田原城攻めに伴い落城したが、山中にその遺構が残っている。
築城は鎌倉時代の三浦氏の一族の津久井氏。16世紀に北条氏が整備し、城主は内藤氏だった。
それにしても秀吉の小田原攻めで、小田原を中心に北条氏関係の城が東京は八王子の方まで全部落城させられてしまった。ここの落城は1590年。
最近では、箱根から三島に抜ける山中城跡は凄かったし、河村城址、八王子城址などの山城の跡を見たが、空堀や土塁跡の数々、不便な山の上に築かれた曲輪跡などを見て、当時の様子が目に浮かぶようです。秀吉によってすべて破壊つくされた城址が栄枯盛衰を物語っています。
津久井湖は以前ずっと神奈川県に住んでいて、行こう行こうと言って一度も訪れられなかった所です。

この日の行程は橋本駅で降り、バスに乗り、「根小屋」に「北が」付いた「北根小屋」というバス停で下車。
そこからパークセンター、山頂、津久井観光センターへ下るという簡単なコース。
津久井城山は375mで標高差は242m。ワンちゃんと一緒に登れる山で桜の頃が一段と奇麗なようです。

諏訪神社
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津久井湖が見えてきた。これはダムが出来る前は相模川の流れで、敵の防御になるとともに船による運搬がなされていた。
対岸の山中には峯の薬師(武相四大薬師の一つ)があり、その奥の山が高尾山でさらに奥が八王子城になる。
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牢屋の沢 牢屋があったそうで水牢であった。
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ミズキのまだ青い実を間近に見る
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アザミ
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緑がきれい
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標識
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山頂曲輪跡
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山頂の立て札は見つからない。津久井湖が隙間から見えた。
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宝ヶ池 津久井城の水源  山城は水の確保が大変だったでしょう。ここは割合と湧き出て豊富だったようです。
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津久井観光センターに降りてきた。お花がきれいなところ。もう少し先に行くとルピナスがきれいとのことだがバスの時間もあったし、お買い物に店へ突進。キュウリなどを買って荷物を重くする。
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バス停前 道祖神からお地蔵さんまで揃っています。街道歩きで撮るのが癖になって。
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まずまずのお天気に緑と花と水と山の風景。それにかけがえのない友人たち。幸せな一日でした。

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2019年5月20日 (月)

松田山登山と小仏城山登山の連チャン

●松田山(標高510m)
5/11(土)バスで小田急新松田駅から20分の田代向(たしろむかい)バス停で降りる。
その寄(やどろぎ)地区から松田山山頂を経て東名から見える、河津桜と菜の花が美しい西平畑公園を結ぶ「松田山みどりの風自然歩道」8㎞のトレッキングです。標高差は239mと低いのですが、累計標高差、上りが538m、下りが716mと上り下りが激しく大変運動になりました。
ストックを忘れたのが痛恨の極みでしたが、登山靴を履いていったのが救いでした。

中津川に架かる田代橋から向こうに見える尾根を縦走です。
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面白いオブジェのある家がある。
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はるか下に渡った橋が見えてきた。 
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ヤマフジ花盛り 
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山頂手前の展望台から雲をかぶった富士山が見えた。
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どら焼きを持ってきた人が羨ましい。
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頂上到着。低くても嬉しいものだ。 
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オオデマリとモミジのツーショット 
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最明寺史跡公園の池には鴨、。カキツバタとツツジが目に鮮やか。
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パラグライダー、気持ちよさそう!
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西平畑公園に着くとふるさと鉄道(ポッポ鉄道)が走ってきた。実物の1/6の大きさのミニ列車。全長1.1㎞。鉄橋や踏切、トンネル、スイッチバック2箇所、坂道やカーブもあるそうで、大人も凄く嬉しそうだ。
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松田駅の方を見ながら下山、ハーブ館でお茶して帰路に就く。25327歩。登山は昨年の2/28以来で1年2ヶ月半ぶりでした。
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●小仏城山(標高670.3m)
翌日5/12(日)、大丈夫かと危ぶみながら、高尾山の隣の小仏城山に登山に参加する。登山クラブがトレッキングクラブに改名して再開された(高齢化する一方のメンバーなので)。普通高尾山や景信山とセットだが、この山だけで高尾山登山のようなものでしかも混んでいなくて気持ち良く楽な山歩きでした。
高尾駅からのバスで日影で下車。帰路は小仏峠の駐車場方面に下山。そこからバスで高尾駅へ。

キンラン、コゴメウツギ、ツルニンジン、ジュウニヒトエ、アラゲカワラタケに似たキノコなどを見ながら登ると視界が開けてくる。
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頂上到着
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四等三角点 
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下山始めると相模湖が霞んで見えてきた。
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低い山ながら無事2日間の登山を終えて今回は足がつることもなく大満足でありました。16828歩。
足や腰を痛くしないで歩けるようにするため、体操をたった2,3分、遠赤外線をあてること10分と、甚だ不真面目な日常ですが、毎日欠かさないことがいいのだと言い聞かせています。

 

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2018年4月24日 (火)

御岳山と日の出山・花見ハイキング

21日(土)は良いお天気で夏日で暑かったですが、山に行ってきました。出来れば1ヶ月に1回行きたいところですが、山だけは女性の一人登山は高尾山しかなく、登山会や親しい誰かとタイミングを合わせるのも難しく御無沙汰です。富士女子会で第一金曜日に都合のつく人だけ登ろうということにこの日決めました(が早速5月は大型連休でとりやめ)。
街道歩きで少し鍛えたので、山歩きも苦しくなかったです。歩いてそして低山ないし丘陵を登る・・体にいいみたいです。

青梅線御嶽駅からバス、そしてケーブルカーを使ったので831mの御岳山駅から929mの頂上までは約100mしかありません。日の出山は902mなので下ったり上ったりですが高尾山とも比べ物にならないくらい楽々高齢者コース。花がいろいろ咲いていて花見ハイキングでした。ちょっと載せすぎですがまだ載せきれないほど一杯でした。

        ケーブルカーを降りると美しい新緑が目に飛び込んでくる
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武蔵御嶽神社のケーブルカー到着駅の第二の鳥居(奥の院まで併せると全部で4つあるようだ)
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昆虫学者の矢島稔の碑「永劫に 御岳の宝 邯鄲の声」 初秋には邯鄲を聴く会が御岳山で行われている。誘われたけれども行けず、夜ですし今は行く相手がいなくてまだ行っていません。
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                     キケマン
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           ニリンソウとニリンソウ群生
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             ブロックの中に入っている地蔵様たち
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         5㎜ほどの小さな名前がわからない花も咲いている
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       スイカズラ科ツルカノコソウ  Sさまありがとうございました。450x332
     神代欅 国の天然記念物 平安時代ので1000年経っているそうだ
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                     山桜
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                     枝垂れ桜
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           武蔵御嶽神社が御岳山の頂上・標高929m
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                 アメリカスミレサイシン?
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              ハウチワカエデだと思うのですが
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日の出山山頂902m 友人たちが手作りコロッケやキュウリ味噌のせ、蒲鉾、トマト、玉子焼き、柿餡最中などを差し入れてくださって、自分のおかずは食べられず、家に帰って捨ててしまい、久しぶりにもったいないことをしました。
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山頂からは霞んでいたが周囲が全部見える。遠くに西武ドームの屋根が見えた。
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               関東ふれあいの道 三角点の碑
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        頂上付近の登山道にはセンボンヤリが数株咲いていた
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              古木で造られたベンチ、いいですね。
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                  タチツボスミレかな
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     下山はバスは使わないで歩きました。白いシャクナゲがきれい!
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                   カキドオシの群生
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                     御岳渓谷
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                     オオアマナ
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                     ウツギ
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        渓谷で下ってくるボート?を川上まで運んでいく若者たち
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沢井まで歩いて「澤之井ままごと屋」で甘酒を飲む。酒屋さんの甘酒だからことの外美味しく感じました。左は友人のシャーベットの甘酒。
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2018年3月11日 (日)

不動山(長瀞と寄居の間の山)

2/28 不動山(549.2m)標高差約300mに登ってきました。約3か月ぶり。
秩父鉄道の長瀞駅の寄居より一つ目の駅「野上駅」より登山開始。寄居駅からは3つ目で440円でスイカ等は使用できない。高くて不便という印象。
平均年齢が70代なので不動山だけとする。普通は寄居方面に向かって「雨乞山」「陣見山」と縦走するし、もしくは長瀞へと。
それは、ここから長瀞の宝登山に向かって長瀞アルプスへ連なり 総距離約4.5kmなのである。ちなみに日本にアルプスと名がつくのは50あるそうだ。

走り出した電車から秩父鉄道の駅に停まっていた電車を写す。ひどいボケ写真です。

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                          野上駅で降りると周りは山に囲まれていた
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    桑の木の冬姿 養蚕をまだやっているのか?他に理由があるのでしょうか?
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         空を見上げると突然黒い部分とそうでない部分に分かれていてびっくり
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            地図にもあるが、この辺りには長瀞射撃場やゴルフ場がある。
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                                       苔不動石尊登山口
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緑色の石に覆われた山で、三波石(さんばせき)の種類だと同行の方が教えてくださった。
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やがてこんな急登となった。ロープに頼ったり、這いつくばったりで、低山なのに本格的な登山らしくなる。
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苔不動尊に到着する。途中一人だけ下ってくる人に会ったがその人によると、1年に1回、2月28日に信者が登拝し、塔婆を立ててきて、他の人々は車道が近いので車で帰ったとのことであった。なるほど、塔婆は新しく「家内安全」や「無病息災」「交通安全」「闘病平癒」などと書かれ、H30.2.28が記されている。
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不動山の名の由来は、山頂南側直下に「苔不動」と呼ばれる不動明王を祀った霊場がある事による。苔不動は、この青石採石の遺構の一つで、片岩層を削りとった幅30メートルもの壁面に苔がはえ、それがあたかも不動明王の姿に見えたという。麓の洞昌院(長瀞秋の七草寺・萩寺)の奥ノ院である。

ここから少し登り車道に出て、また少し登ると不動山頂上、三等三角点があった。周りは雑木と藪で展望なし。
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雪がまだ残っている。下の道路の一分は一面の雪でアイスバーン状態。秩父は寒いのですね。
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                 少し下った所からの展望
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       シイタケなどの榾木を切っているところ。3人が働いていた。
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ダムかと思ったら、ゴルフ場の芝の農薬などで汚れた水などを浄化して流している所だそうだ。この日は流れていなかった。
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というわけで、いろいろ教えられ、おしゃべりも楽しく、とてもいい運動になって気持ち良かった登山でした。

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2017年11月26日 (日)

紅葉の大山へ

11月24日(金)に大山街道を歩いた女子会で昨年は落ち葉になってしまっていたので、今年は紅葉の盛りにということで出かけました。
小田急線で友人に会い、乗ったのですが、冷や汗が出て海老名で下車し、帰ろうか迷った末、次の急行に乗って伊勢原に向かったのでした。生涯2度目の途中下車、加齢と疲れですね。電話したらみんながバス終点で待っていてくださって、一番きれいと言われているロープウェイ大山寺駅に寄らず(私のために時間節約)、終点阿夫利神社下社駅で下車。お詣りし、洞窟の中を見学し、日向薬師に向かう方の展望台でお昼にしました。
お天気も良く、久しぶりの登山でちょっとよろよろぎみだったけれども、階段は若い友人に手を引いていただき兎に角またバス停にまで戻って伊勢崎駅へと向かいました。

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                      神水450x338_8
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帰路電車内で発熱、医者ですでにインフルエンザの注射を打ったのに、別のインフルの疑いがあるということで薬を処方された。肺炎の夫と9度6分の私にと勤め帰りの娘が慌てて買ってきてくれた食料のうち、プリンとマンゴープリンを食べて薬が飲めた。昨日は微熱、通院でインフルでないことが判明し、今日は平熱でやっと元気を取り戻せました。

防災用品と同様、栄養ドリンクとかスープ、おかゆ、レトルトのおかずを常に用意しておかねばならないと準備の悪い私は大反省であります。

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2017年9月 4日 (月)

日和田山(巾着田眺望の山で登山家を偲ぶ)

作日9/3(日)にまだ彼岸花が咲いてない巾着田を望む、日和田山(標高305m)に登って、亡き田部井淳子さんを心の中で偲んできました。
田部井さんが2012年2月に腹膜癌ⅢC期になり、抗がん剤治療後、副作用がひどかったが、寝ていても筋力が落ちると言って、リハビリを兼ねて、最初に家から近い日和田山に御主人と一緒に登った山だ。その後闘病中のリハビリコースとなった。そして亡くなった昨年10月20日の2週間前に川越の病院に転院した病室の窓から、武甲山、秩父連山、富士山と見えていた中で、一番手前に見えていたのがこの日和田山だったそうだ。

           日和田山・・・ 田部井さんはこの反対側から眺めていたのでしょう450x338
         まだ彼岸花は咲いてないそうで、この黄色の彼岸花を1輪見たのみ。
ヒガンバナ科のショウキズイセンと教えていただきました。gakiさんありがとうございました450x338_4
                          石や板に花を描いた作品が売られれていた450x338_5
巾着田と反対方向に入る
登山道始まり この道を田部井さんも痺れた重い足でやっとの思いで登っていたのです。338x450
               男坂、女坂の分かれ目で男坂を登り、下山は女坂にする。450x338_6
                                                岩場450x387
                           金比羅神社の鳥居は駅の方からも見えた450x338_7
                                          ここからの眺望450x134
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                       巾着田 ぐるっと周りの木の下に彼岸花が咲く450x338_8
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                                            金比羅神社450x338_10
頂上 西武秩父線の高麗駅から頂上まで約2㎞だそうで登山口からでも途中休憩が多かったけれども1時間もかからなかった。田部井さんはここから物見山まで行っているが、これでもかなり大変だったようでいかに抗がん剤が癌と一緒に体を蝕んでいたことが分かる。338x450_2
頂上からの景色。眺望はこれだけ。 最初の時、田部井さんはここで竹の子の煮ものに卵焼きやショウガの佃煮のおかずを食べたと記している。450x338_11
今の時期、花は一つも咲いてなくて、乾燥している山なのできのこさえも無く、唯一3つのきのこが登山道の脇に見えただけ。色違いのようなサルノコシカケ科のミノタケorニクハリタケ。sさんありがとうございます。450x338_12
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高麗神社へ 高麗駅から2.2kmあって、日和田山の頂上に行くより遠かった。

                                           胡麻が干してあった338x450_3
ハックルベリーでブルーベリーよりも目に良いと手入れしているおじいさんが言っていた。実はまだ熟れていない。450x338_14
                                           高麗山聖天院450x338_15

高麗神社 天皇皇后陛下が9月20日に御参拝だそうです450x338_16
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由来 朝鮮半島に700年間君臨していた高句麗人が、唐と新羅の連合軍によって668年に滅亡したときに、王族や貴族など多数来日し、王は郡司となって武蔵野の開発に尽くしたとのこと。王の直系によって神社が今も守られているなんて。

                参道にはツルボが群生していた450x338_18
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高麗家住宅 神職を代々勤めてきた高麗氏の住宅。茅葺で5室と土間からなっている。床下が通りよく涼しそう。17世紀後半の様式で解体修理されたもの。450x338_20
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帰り道
                       ユリ450x338_23
    骸骨が門柱代わりになっているユニークな家 守り神なのでしょうか338x450_4
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                  巾着田入口の高麗川450x338_24

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