2012年5月28日 (月)

伊豆の踊子』と天城山

2012_05270002  『伊豆の踊子』を久しぶりに読み返してみました。 どんな事情かわからない旧制高校生が、伊豆へ独り旅に出た。そこで旅芸人達に出会い、14歳の踊子に密かに心惹かれ、一緒に天城峠を越え下田に下りた。
旅芸人たちは差別され、悩みや苦しさを抱えつつも 明るく快活に生きている。接するうちに自分の心がほぐされ癒されていく。一行と別れ船の中で青年はぼろぼろと涙を流し、人からの好意も自然に受け入れられるようになる。
他に天城に関係するものに、松本清張の小説、石川さゆりの歌の『天城越え』もありましたし、天城山心中もありました。

主人公や旅芸人が風雨の中を歩いて越えた天城峠の雰囲気を味わいたく、天城山の万三郎岳(1406m)と万二郎岳(1299m)に登ってきました。
天城山は百名山のひとつだが、天城山という山はなく、伊豆半島の最高峰・万三郎岳(1406m)を中心にした天城連山の総称である。東西15km、南北40kmあるという。

                                    伊豆へ向かうバスからの富士山
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                                   最初はブナやヒメシャラの林が続く
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そして頂上までアセビ(ツツジ科)だらけ。アセビというのは、花のあとに赤い新葉が出て花が咲いているようできれいだ。
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それと同じように多いのがコウモリソウ(キク科コウモリソウ属)。葉が蝙蝠が羽を広げているような形。8月頃面白い花が咲くというがまだ見たことがない。

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       やがてアマギシャクナゲが咲いているのがぽつぽつと見えてくる
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            4枚の葉が輪生するすツクバネソウも咲いていた
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万三郎岳も万二郎岳も頂上には展望がない。というのも森林限界を超えてないからである。
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                   頂上
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      天城山は屋久島ほどでないにしても、じめじめして苔だらけであった
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重い荷物を持って下駄などで装備が十分でないのに、長い山道を行くのは旅芸人ならでも大変だったでしょう。今は道路が貫通しあっという間に峠を越えて下田に到着です。




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2012年5月21日 (月)

軍艦のような荒船山

昨日からの天気予報であきらめていた金環日食を、今朝7時半を回ってから見ることが出来て感激です。手に入らないメガネを思いがけずお隣の奥様にお借りしてでした。
次の時は命がないので本当に良かった!小学校入学時?だったか下敷きのようなもので見て以来です。あのときはもっと暗くなったような気がしましたが実際はどうだったのでしょう。木に蛇がぶら下がっていたのが印象的でした。

                    荒船山(チラシより)
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昨年、ごつごつした妙義山に登りましたが、同じ妙義荒船佐久国定公園の名峰で特異な恰好の気になっていた山・荒船山(1423m)に登ってきました。
高崎や前橋方面から見ると山頂が平らで荒海に浮かぶ軍艦のように見えることから荒船山と名前が付いたそうで、急行を停車させようとした荒船清十郎と関係あるのかと思っていたのは間違いでした。
この山は「クレヨンしんちゃん」の作者・臼井儀人が2009年9月に落ちて亡くなったことでも知られる。

                   バスから見えた荒船山
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荒船山というのは↓のような構造になっている。平らな部分「艫岩(ともいわ)」が1.5km も続いていてその先に経塚山(1423m)があり、合わせて荒船山という。山の1番下は火山噴出物で次の層が湖の地層でその上に荒船岩石が乗っているというのが垂直方向の構造だ。
Photo_3大岩壁・艫岩は高さ200mもあって下を覗くと垂直だからかなり怖い。臼井氏は覗きこんで夢中になって写真を撮っていて、誤って滑落したらしい。
                       艫岩から
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                        覗きこむと
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                   さらに高い岸壁が横にある

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艫岩の上は岩が剥き出しに見え、岩の上を1.5km歩くのかと思っていたが、実際はこんな樹林帯である。まだ芽生えたばかりの木々の緑が目に優しく続く。チラシの写真をよく見るとうっすらと木が見えるではありませんか。長い年月の間に土が堆積して木がはえたのであろうか。
つくづく地球の活動に感じ入った次第です。
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                       経塚山頂上
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この山には驚くほどのフモトスミレが群生していた。
                      エンレイソウ
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                         リンドウ
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                        ネコノメソウ
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        ミヤマキケマンが着生ランのように古木から垂れ下がっていた
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              麓近くの荒船不動尊 無事の登山を感謝した
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                 振り返って見えた経塚山(左)
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お土産に買った「焼きネギ味噌」が絶品。試食した数々のコンニャクも忘れられない味でした。
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2012年2月14日 (火)

山を駆け上がり下る人たち

12日(日)に山梨県大月市にある山梨百名山の1つ「扇山」1138mに登ってきました。

                                    ↓ 登ってすぐに見えてきた富士山

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                                                ↓ 雲が切れて

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                               ↓ 頂上で、手前に山が幾重にも重なって

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                    ↓少し下ったところで

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             ↓頂上で出会った驚きの外国人と生徒さん

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男性がアメリカ人で日本語が堪能な方(50代)。真中の女性はドイツ人(50代)。もう一人写真に入らなかったオーストラリア人の女性(40代)。左の男性は彼らの生徒さんの日本人。
彼らは日本中の山を登ったそうで、富士山の辺りを指して「あの辺の山も全部登ったよ」と言っていました。
その登り方が凄い。いつも駈けて登り、下るのだそうです。事実写真を撮ったあとすぐに駆け下りて行きました。これなら1日に3つも4つも登れる。
我々が2時間半かかるところを1時間しかからない。そのパワーにもうただただ感嘆するばかり!西欧人は分厚い肉を我々の4,5倍ぺロリだから体力も違うのだろうなあ。
ただ心配なのは駆け下りると膝を痛めないものだろうか?とても立派な足をしていたけど。

何時も一緒する友人は、私と同じように高齢になってからの登山開始なのですが、ずっと悩まされていた花粉症がぴたりと治ったそうで、もうひとつ全然風邪を引かなくなったとのこと。人によって様々な効用が登山にはあるようです。

Photo_7 駆け登るで思い出したのが、前にも書きました石川直樹さんです。あの高山病で苦しめられるキリマンジェロを駆け登ったのだそうです。
冒険家だと思っていた石川さんは写真家を本業としているのでした。先日表参道で行われた山の写真展「Halluci Mountain」に行ってきました。
ヒマラヤなどTVで観ていた山の表情とは大分違う迫力ある写真でした。
彼は土門拳賞など数々の写真賞を受賞しているのですね。
2,001年に当時として世界最年少記録を塗り替え、23歳で七大陸最高峰登頂を達成した。
これだけでなく、ユーコン川単独カヌー下りなど川下り、北極から南極まで地球半周を自転車で踏破し、ミクロネシアではスターナビゲーションの航海術を学び、巨大気球で太平洋横断を試み、エベレストの登頂に中国側とネパール側から2回成功する。
そして写真集の軌跡、世界の島々、洞窟、アフリカ、中東、北極圏と陸海空と全方位的な活動をしている。(以上『ユリイカ石川直樹』より)
従来の冒険家にはあまり例をみない、こんな素晴らしい若者が日本にもいて、これからの活躍も楽しみです。

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2012年1月 5日 (木)

ダイヤモンド富士     カゴノキ(鹿子の木)

今年の立川からのダイヤモンド富士です。 軽~い鼻風邪を引いたので、夫に行って撮ってきてもらいました。

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暮れに日之宮山(150m)を経て、平塚鷹取山(219m)に登りました。
湘南電車に乗り藤沢を通り過ぎると北側がだんだん開けて茅ヶ崎を過ぎると大山や丹沢の山が見え、東京まで続く平野が見渡せる。平塚から大磯に入ると高麗山から始まって線路際に低い山々が連なって二宮の方に続く。二宮から乗った帰りの電車から二宮と大磯の間に鷹取山が見えました。
平塚と名が付きながら大磯にある平塚鷹取山です。

平塚で下りてバスに乗り、終点の岩松寺から登りはじめる。
                       ↓大山

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                       ↓江の島

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                       ↓富士山

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                ↓150mの日之宮山の日之宮神社

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↓219mの鷹取山山頂の鷹取神社。徳川家康が逃げ出した鷹狩の鷹を捕えたことからその名が付いた。源頼朝もそうだったけれど、将軍たちは随分鷹狩に遠出したようです。

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鬱蒼とした神社自然林はタブ、カゴノキ、スダジイ、ヤブニッケイ、ヤブツバキなど常緑広葉樹に覆われ、神奈川県の指定天然記念物となっています。
↓カゴノキの樹肌が目を引きました。
カゴノキ(鹿子の木 クスノキ科)・・・生長すると(直径20cmになると)木肌が鹿の子模様に剥がれる。器具や楽器をつくる。

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             ↓似ている樹肌がプラタナス(スズカケノキ)です 

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                  ↓小田原の海と伊豆方面  

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         ↓久しぶりに見た案山子です。顔を作るのが難しそうです。

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2011年12月25日 (日)

『三浦半島記』と三浦アルプス縦走

この縦走に際しては、司馬遼太郎の『街道をゆく』の中の『三浦半島記』を読んでおくとよいということでした。
源頼朝が鎌倉幕府を前後に半島に出没する人々、地理的にも黒船にも関係してくることなどが書かれている。
読み進むほどに、あまり好きでなかった頼朝や北条一族がますます嫌いになってしまいました。
ただ面白かったのが「段葛」の用途です。
鎌倉鶴岡八幡宮から由比ヶ浜まで一直線に1.8㎞の若宮大路がのびている。この大路の中軸に石塁を積み上げて、その路上が歩行できるようになった部分が現在は八幡宮側に500m残っている。この石塁を段葛というが、桜並木で足下は突き固められた土である。これがあるため広い若宮大路の道幅はその分だけ狭くなっている。
頼朝は何故このような、日本にも他にないような構造物を造ったのか?
むかし、源頼義が京の石清水八幡宮から鎌倉由比郷に造営した八幡宮に神を勧請したが、由比郷から鶴岡に神が移るための道が段葛。
若宮大路は低いので、雨後ぬかるんで沼地のようになり、人が歩くのに難渋し、また神様の通り道にふさわしくないというのが理由である。

さて、昨日行った三浦アルプスは半島の東、横須賀の手前の田浦から半島西の逗子まで続いている、100~200mの低い山並みです。
地図で見ると三浦半島の付け根の東京湾と相模湾までの直線距離は7kmにも満たないようですが、三浦アルプスは激しいアップダウンがいくつも続き曲がりくねって、10kmはあったようです。
温暖な三浦半島の植物を観察しながら海を眺める楽しいトレッキングでしたが、帽子を忘れたためにかなり日焼けしてメガネザル化してしまいました。

        ↓横須賀線田浦駅から田浦梅園に登ると水仙が咲いていた

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               ↓田浦梅林の梅が一輪だけ咲いていた

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   ↓梅林から東京湾の眺め。スカイツリー、房総半島などがかすんで見えた。

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    ↓トベラの実がはじけていて、以前花瓶に活けてあるのを見て以来です。

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↓乳頭山(211m)頂上から再び東京湾方面を見る。横横道路が真下に見え、この辺りの山から下りて坂本竜馬が黒船見物をした。
また竜馬の奥さんのおりょうさんや三浦按針の墓がこの横須賀にある。

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社長であるリーダーに、今日はシダ2種類(十文字シダ、両面シダ)を覚えましょうと言われましたが、さて何時まで覚えていられるか?
              ↓十文字シダ(なるほど十文字になっている)

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               ↓両面シダ(葉の裏も表と全く同じ状態)

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            ↓箱根シダ(外国人が箱根で発見、ハート形の葉)

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                 ↓孔雀シダ(孔雀をおもわせる)

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↓鉄塔の下で上を見上げながら昼食。久里浜の発電所からこれら鉄塔を通じて東京へ電力が送られているそうで有難い。

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                   ↓ マテバシイのトンネル

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↓誰かが持ち込んだ台湾リスが繁殖して餌のなくなった冬に木をかじって傷つけ弱らせるそうだ

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↓タツナミソウ              ↓タチツボスミレ

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↓逗子側の仙元山(118m)から相模湾の望む。江の島とヨットが間近に見えた。

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↓正面には箱根の双子山から金時山まできれいに見えた。金時山のすぐ右側の富士山だけ雲が被っていた。相模湾を挟んで伊豆半島から大山・丹沢までのスケールの大きな景色を歴史上の人々も眺めて感動したのでしょう。

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2011年11月17日 (木)

低くなった山・武甲山

とある家の庭、垣根にそって数本の細身の木が数本植えられ、菊が一株植えられているだけ。
雑草が庭一面にはびこっています。ある日、草が突然茶色になり、萎れ倒れそして土だけに。そしてまた草が伸び同じことが繰り返されます。草引きも出来ない病弱の人が住んでいると思いきや、私より若い方の住まいでした。除草剤を蒔いていたのですね。せっかく庭があるのに何と言うことと、住人の育った背景など想像したのですが、これはお節介なことでした。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

埼玉県、秩父市と横瀬町にある、かつての名峰・武甲山は日本200名山の1つで1336mありました。
山の北半分を2億年前の石灰岩が占めています。その石灰岩を削り取って今では低くなって、地図上で最高地点が1304m、三角点1295mの2つの表示があります。32mも低くなてしまったのです。

↓霧で見えなかったので、秩父市と横瀬町の広報の写真を使わせていただきました。(山の北側)

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                  ↓溝のように削られた山肌

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以前長瀞に行った時にこの山を見て異様な山肌にびっくりしたものです。北九州に隣接する香春岳はもっと凄かったけれど。
武甲山の石灰岩は、秩父セメントが合併や分社化をして、今秩父太平洋セメントとして麓で営業しているその原料でもあります。
環境破壊とか美観を損ねるとか言われていますが、自分の住んでいる、あるいは利用している建物や道路に使われ、利用しないわけにもいかず大声を出して反対なんて言えません。

              ↓登りはじめると不動の滝が見えてきました

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               ↓滝を過ぎると広大な杉の樹林帯になる

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            ↓この山は1丁目から始まって52丁目が頂上です

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                  ↓御嶽神社が頂上にあります

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↓同じく頂上の金網越しに北側方面を覗くと目の前は切り取られたあとの石灰岩があります。金網中央越しの建物がセメント会社のようです。

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                    ↓ダンプも見えました

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              ↓下りはカラマツの紅葉(黄葉)が美しい

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          ↓大持山、子持山を背景に山も紅葉を始めていました

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↓ヤマカガシ?が突然鎌首を振って現れびっくり仰天です。ぶれちゃいました。大嫌いな蛇であります。

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2011年10月12日 (水)

韓国の登山者に感動

10月4,5,6日の3日間、韓国の智異山国立公園の山脈を35km縦走しました。韓国人リーダーとメンバー8人と。
その最高峰・天王峰(1915m)は韓国で2番目に高い。
智異山は地図を眺めると半島の最南端に近い中央部にあります。
ソウルから南下すると高速道路の左右には、黄金色の稲がまだ刈り採られずに穂を垂れていて、日本同様ご飯の国であることを実感します。

      ↓ビジターセンターのパノラマ写真の奥の方の山脈を殆ど全部縦走

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山頂を極めたり裾を巻いたりしながら(標高差100~200mくらい)をアップダウンして、初日は17kmを11時間かけて歩き、足が痛くなってへばり、もう2度とこんなことはしたくない気分です。

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             ↓トリカブトやリンドウが至る所に咲いていた

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↓小屋に着くと食事の用意をし、外で食事。じきに暗くなって8時消灯で慌てました。

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昨年書きましたが、日本の山小屋と違って自炊です。今回は水汲み場がかなり遠くでしたがあったので、沸かす水が確保できました。トイレには手洗い所もありません。もちろん洗面所もなく、日本の山小屋って朝晩の食事があって、水があって本当に有難いことなのだと改めて思ったことでした。
リーダーがコンロや、レトルトカレーやキムチや韓国風佃煮などおかずも持参してくださり、小屋で買ったレトルトご飯を温めても下さって無事1日目の夕食が済みました。出たゴミをリーダーが全部下山口まで持って降りてくださったのです。
下山したビジターセンターで各自のゴミも集め、重さを測定し、それに対して料金を支払うという仕組みです。
昼は各自持参の乾燥米や餅に水を入れて食べ、休息ごとに乾燥バナナや羊羹やカロリーメイトなど高カロリーのおやつを食べます。

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2日目の夕食の時です。おかずがなくて御飯に湯をかけ持参の梅干しや塩コンブで食べていると、昼間会った男性がふりかけやビーフ、栗を「どうぞ」とくださいました。そういえば、1日目の昼食の時にも近くにいた女性がじゃこの佃煮をくださったっけ。
この方は四国を巡礼したことがあるそうで、日本語がかなり上手です。何て親切なのでしょう。四国でも我が同朋が親切にしてあげたのでしょうね。人柄が1番だとは思いますが。

                    ↓2日目の夕焼け

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3日目は3時半に起床し智異山の最高峰・天王峰に登りました。

                        ↓頂上

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                 ↓6時半:雲の上方のご来光

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この時近くおられた、東京の韓国大使館の外交官だった方が流暢な日本語で話しかけてきて、韓国の銘菓をくださいました。
出会う登山者の殆どの人は素敵な笑顔で挨拶をします。
時々我々の年齢を聞かれ、平均年齢70歳と言ったら凄く驚いています。韓国では高齢者が登山することはなく、家で隠居生活をしているとのこと。

↓麓の方の智異山法界寺で無事登山出来たことのお礼をしました。

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韓国では18歳あるいは大学卒業した22歳から1年3ヶ月兵役があるそうで、若者は体格良く皆逞しい。出会った西欧人はオーストラリア人男性1人と、イギリス人女性二人連れの二組だけでした。
韓国の人たちの心優しさに感動した登山でした。

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2011年9月13日 (火)

安達太良山は曇っていた

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Photo_39月11日、下界は晴れているのに、安達太良山の頂上はガスっていました。右上にちょっと空が見えただけです。
本当は←のパンフレットの写真にあるような空です。
安達太良山(1700 m)は安達太良連峰の主峰で、日本百名山、万葉集に出てくる最北の山だそうです。田中澄江「花の百名山」の一座でもあります。

安達太良山の名(安達太郎伝説による)はその面白い名と同時に、何と言っても高村光太郎の「智恵子抄」であまりにも有名です。
東京の空をしみじみと眺める度に安達太良山の空を思い描くほどです。そんな空に憧れて行ったのですが。
   
『あどけない話』

智恵子は東京に空がないと言ふ、
ほんとの空が見たいと言ふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。

『樹下の二人』

あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。
     ・
     ・
     ・
あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。
ーーーーーーーーーーーーー
                ↓もう紅葉が始まっていました

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   ↓ススキも秋の風情。登山道は緩やかで周りの景色や木々が美しい。

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↓上の写真を拡大しますと、山の頂上の岩石が乳首のように盛り上がっているために乳首山とも呼ばれる。近づくとこんな岩山です。

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                   ↓頂上の安達太郎神社

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            ↓下山コースは下り始めると風景は一変します

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↓左手、沼の平の火口が見えてきました。安達太良山は常時観測火山20の1つで、1900年の大爆発で死者72名を出し、1997年には硫化水素で4人亡くなっています。

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↓リンドウ 智恵子の空が見られなかった代わりに、この美しいリンドウの青が至る所で目を和ませてくれました。

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       ↓ガンコウラン(ガンコウラン科)の実。食べられ、ジャムにもなる。

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   ↓ナナカマド(バラ科)の実    ↓オオカメノキ(スイカズラ科)の実

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2011年8月26日 (金)

甲斐駒ケ岳への山小屋

1昨日、変なことがありました。
銀行からお金を引き出して、別の銀行に預け入れたとき、1枚の一万円札が何回やっても入っていきません。それを持ってスイカに入れに行ったらここでもどうしてもお金が戻ってきます。
さては偽札かとすかしてみたりしたのですが、解せないので、引き出した銀行に行って事情を説明したら、お札にかすかに油じみがあるとのこと。普通このようなお札はATMから引き出すときには出てこないものだそうで、またATMには入っていかないそうで、こんなこともあるのですねと不思議な顔をされ、両替してもらいました。
そういえば、ATMに手持ちのお金を入れることはまずなくて、引き出すばかり。振り込みも通帳からなのでこんなことは初体験。ただスイカには財布から出したのを入れるので、油じみたのは入っていかないということを知りました。日本のお金は銀行できれいなのが揃えられるのですね。

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8月18日に南アルプスの日本百名山の甲斐駒ケ岳(2967m)に登ってきました。
前日17日に登山口バス停から40分くらい登った所にある山小屋「仙水小屋」に泊まりました。30人だけの完全予約制なので1枚の布団に寝られます。
ここは食事が美味しいので有名な山小屋で、夕食は16時半、朝食は山頂まで時間がかかるので早く出発できるように4時というのが、実際には3時15分頃に準備されたのには驚きました。
高い山小屋ほど荷揚げが大変なので、レトルトのカレーライスや豚カツなどに生野菜が添えられるというのが多く、これも感謝していただいていますが、仙水小屋のはこんな夕食と朝食でした。
                         ↓夕食

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                         ↓朝食

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味噌汁には家ではずーっと食べていなかった、なめこ(夕)やしじみ(朝)が入っているではありませんか!
夕食には刺身、揚げ物(何かわからないがとても美味しい)、煮物、サラダ、果物、香の物、クラゲのあえ物。サラダの下に敷いてあるのが「雲南百薬」でご主人が栽培しているもの。効用がいろいろあるらしい。
朝食もなかなかで朝3時過ぎでも完食でした。夕食は屋外で食べましたが、ハエなどの虫が少ない。残飯などは全部下まで運んで下ろしているからだとか。

↓昨年登った北岳が、食事をしている目の前のナナカマドの向こうに見える。ここは紅葉の季節も素晴らしいとのこと。

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国土地理院の2万5千分の1地形図には駒ヶ岳が18座あるそうです。私が知っているのは甲斐の他に、秋田、箱根、木曾、会津、北海道蝦夷駒ヶ岳です。
また生駒のように駒が付く山は24座もあるそうです。雪の多い地方に多いことから、山名は残雪の形に因んだらしい。

いざ、駒ヶ岳の中の1番高い駒ヶ岳めざして4時に出発。ヘッドランプの明りに頼るも途中道を間違えて、30分以上もの時間をロスした。
↓5時に夜が明けてきた

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                 ↓荒々しい頂上の方も見えてきた

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      ↓頂上が近いと喜んでいると、また新たな頂上のようなのが見える

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↓花崗岩の石だらけ。こんな大きな石を山全体に吹き飛ばした火山、地球の内部の力が凄い。

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↓友人と二人、休みながらゆっくり登って5時間やっと頂上に到着。午前9時。2967mとあった。

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                       ↓頂上の祠

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頂上から少し降り立った所には高山植物がちらほらで、端境期のようで寂しかった。
                 ↓クロマメノキ(ツツジ科)?

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                  ↓コケモモ(ツツジ科)の実

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                  ↓タカネツメクサ(ナデシコ科)

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        ↓ミヤマホツツジ(ツツジ科)。写真に撮ったのが初めての花。

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                ↓ミヤマコゴメグサ(ゴマノハグサ科)

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                 ↓ミヤマアキノキリンソウ(キク科)

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                        ↓鋸山

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           ↓双児山(2643m)、下山しながらまた登った山。

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↓鳳凰三山、甲斐駒ケ岳同様中央線や中央高速から良く見える南アルプスの秀峰

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↓4時に出発してから10時間たった午後2時に北沢峠のバス停に到着。なかなかに厳しい山でした。
バス停ではハンゴンソウ(キク科)の群生が出迎えてくれました。

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2011年8月20日 (土)

頑張れないーー頑張らないーー挫折

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旅から帰って1週間目の8月7日にツアーで谷川岳登山に参加しました。
バスで土合へ、ここからロープウェイで標高1320mの天神平へ、そこから標高差643mのトマの耳へ登るという家族連れでも登れる天神コースに参加したのでした。

谷川岳は日本百名山の1つで、新潟と群馬に跨る三国山脈の山。双耳峰でトマの耳(1,963m)とオキの耳(1977m)でそんなに高くないのに、中央分水嶺のために天候の変化が激しく、この日も晴だったのに午後3時頃雷雲が発生して雨が降り出したのです。それに夏は凄く暑くて有名な山だそうで、事実地面からすごい熱気が上がってきました。
遭難者は1931~2007年までに781名の死者を出して世界のワーストととしてギネスに認定されています。8000m14座でさえ死者は637名なのに。

↓谷川岳の双耳峰、左がトマの耳、右がオキの耳 良い天気でよく見えた。

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24名の参加で4組に分け休憩ごとに順番に前になっていく方式はいつもと同じ。ツアーの場合は休憩以外は写真は撮れず、間を開けてはいけない。
半分くらい登った頃から急登になって息がハアハア。何かいつもと違っておかしい。頂上手前の小屋なども見えていたけれども、息ハアハアがひどいので、今回はピストンだから途中リタイアは許されていたので、あと2人いたので、一緒にリタイアしました。

ゆっくりなら頑張れたけれども、ツアーなので何か頑張れない気がして、別に頑張らなくてもいいのだと、あっさりあきらめ気持ちを切り変えた。挫折感や無念感がなかったのが不思議なくらい。
年とともに「まあいいや」とか「明日やればいい」が増えてきたのは事実ですが。
添乗員兼サブリーダーさんに海外旅行の時差ボケが治ってないので無理ですと言われました。おまけに明日8日は親知らずの抜歯をひかえていたのでした。
もう若くないのだから歳を考え、100%でなく80%の頑張りでいかねばと大反省。おっちょこちょいもこの年でも直すようにしないと。

                ↓谷川岳ロープウェイで天神平へ

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                  ↓天神平(スキーのメッカ)

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           ↓天神平から見えた左から笠ヶ岳・朝日岳・白毛門

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      ↓登山口には花が ヨツバヒヨドリ(キク科)やニッコウキスゲ(ユリ科)

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↓さすが谷川岳は眺望が素晴らしい。晴れていてこんな景色や花を見たいがための登山です。

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                      ↓頂上方面

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                   ↓シモツケソウ(バラ科)

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                   ↓ミヤマシシウド(セリ科)

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↓ミヤマシャジン(キキョウ科)ガクに鋸歯がないので。お花の先生がいないのではっきりわからない。

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                    ↓ノギラン(ユリ科)

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