2019年6月15日 (土)

津久井城山に登る

  津久井城山は戦国時代、山城でした。山頂が狭く、城主や家臣は山麓に住んだが、そこを「根小屋」と言って今も地名が残り、根小屋式山城というのだそうだ。
ここも秀吉の小田原城攻めに伴い落城したが、山中にその遺構が残っている。
築城は鎌倉時代の三浦氏の一族の津久井氏。16世紀に北条氏が整備し、城主は内藤氏だった。
それにしても秀吉の小田原攻めで、小田原を中心に北条氏関係の城が東京は八王子の方まで全部落城させられてしまった。ここの落城は1590年。
最近では、箱根から三島に抜ける山中城跡は凄かったし、河村城址、八王子城址などの山城の跡を見たが、空堀や土塁跡の数々、不便な山の上に築かれた曲輪跡などを見て、当時の様子が目に浮かぶようです。秀吉によってすべて破壊つくされた城址が栄枯盛衰を物語っています。
津久井湖は以前ずっと神奈川県に住んでいて、行こう行こうと言って一度も訪れられなかった所です。

この日の行程は橋本駅で降り、バスに乗り、「根小屋」に「北が」付いた「北根小屋」というバス停で下車。
そこからパークセンター、山頂、津久井観光センターへ下るという簡単なコース。
津久井城山は375mで標高差は242m。ワンちゃんと一緒に登れる山で桜の頃が一段と奇麗なようです。

諏訪神社
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津久井湖が見えてきた。これはダムが出来る前は相模川の流れで、敵の防御になるとともに船による運搬がなされていた。
対岸の山中には峯の薬師(武相四大薬師の一つ)があり、その奥の山が高尾山でさらに奥が八王子城になる。
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牢屋の沢 牢屋があったそうで水牢であった。
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ミズキのまだ青い実を間近に見る
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アザミ
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緑がきれい
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標識
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山頂曲輪跡
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山頂の立て札は見つからない。津久井湖が隙間から見えた。
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宝ヶ池 津久井城の水源  山城は水の確保が大変だったでしょう。ここは割合と湧き出て豊富だったようです。
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津久井観光センターに降りてきた。お花がきれいなところ。もう少し先に行くとルピナスがきれいとのことだがバスの時間もあったし、お買い物に店へ突進。キュウリなどを買って荷物を重くする。
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バス停前 道祖神からお地蔵さんまで揃っています。街道歩きで撮るのが癖になって。
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まずまずのお天気に緑と花と水と山の風景。それにかけがえのない友人たち。幸せな一日でした。

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2019年5月20日 (月)

松田山登山と小仏城山登山の連チャン

●松田山(標高510m)
5/11(土)バスで小田急新松田駅から20分の田代向(たしろむかい)バス停で降りる。
その寄(やどろぎ)地区から松田山山頂を経て東名から見える、河津桜と菜の花が美しい西平畑公園を結ぶ「松田山みどりの風自然歩道」8㎞のトレッキングです。標高差は239mと低いのですが、累計標高差、上りが538m、下りが716mと上り下りが激しく大変運動になりました。
ストックを忘れたのが痛恨の極みでしたが、登山靴を履いていったのが救いでした。

中津川に架かる田代橋から向こうに見える尾根を縦走です。
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面白いオブジェのある家がある。
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はるか下に渡った橋が見えてきた。 
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ヤマフジ花盛り 
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山頂手前の展望台から雲をかぶった富士山が見えた。
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どら焼きを持ってきた人が羨ましい。
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頂上到着。低くても嬉しいものだ。 
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オオデマリとモミジのツーショット 
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最明寺史跡公園の池には鴨、。カキツバタとツツジが目に鮮やか。
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パラグライダー、気持ちよさそう!
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西平畑公園に着くとふるさと鉄道(ポッポ鉄道)が走ってきた。実物の1/6の大きさのミニ列車。全長1.1㎞。鉄橋や踏切、トンネル、スイッチバック2箇所、坂道やカーブもあるそうで、大人も凄く嬉しそうだ。
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松田駅の方を見ながら下山、ハーブ館でお茶して帰路に就く。25327歩。登山は昨年の2/28以来で1年2ヶ月半ぶりでした。
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●小仏城山(標高670.3m)
翌日5/12(日)、大丈夫かと危ぶみながら、高尾山の隣の小仏城山に登山に参加する。登山クラブがトレッキングクラブに改名して再開された(高齢化する一方のメンバーなので)。普通高尾山や景信山とセットだが、この山だけで高尾山登山のようなものでしかも混んでいなくて気持ち良く楽な山歩きでした。
高尾駅からのバスで日影で下車。帰路は小仏峠の駐車場方面に下山。そこからバスで高尾駅へ。

キンラン、コゴメウツギ、ツルニンジン、ジュウニヒトエ、アラゲカワラタケに似たキノコなどを見ながら登ると視界が開けてくる。
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頂上到着
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四等三角点 
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下山始めると相模湖が霞んで見えてきた。
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低い山ながら無事2日間の登山を終えて今回は足がつることもなく大満足でありました。16828歩。
足や腰を痛くしないで歩けるようにするため、体操をたった2,3分、遠赤外線をあてること10分と、甚だ不真面目な日常ですが、毎日欠かさないことがいいのだと言い聞かせています。

 

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2018年4月24日 (火)

御岳山と日の出山・花見ハイキング

21日(土)は良いお天気で夏日で暑かったですが、山に行ってきました。出来れば1ヶ月に1回行きたいところですが、山だけは女性の一人登山は高尾山しかなく、登山会や親しい誰かとタイミングを合わせるのも難しく御無沙汰です。富士女子会で第一金曜日に都合のつく人だけ登ろうということにこの日決めました(が早速5月は大型連休でとりやめ)。
街道歩きで少し鍛えたので、山歩きも苦しくなかったです。歩いてそして低山ないし丘陵を登る・・体にいいみたいです。

青梅線御嶽駅からバス、そしてケーブルカーを使ったので831mの御岳山駅から929mの頂上までは約100mしかありません。日の出山は902mなので下ったり上ったりですが高尾山とも比べ物にならないくらい楽々高齢者コース。花がいろいろ咲いていて花見ハイキングでした。ちょっと載せすぎですがまだ載せきれないほど一杯でした。

        ケーブルカーを降りると美しい新緑が目に飛び込んでくる
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武蔵御嶽神社のケーブルカー到着駅の第二の鳥居(奥の院まで併せると全部で4つあるようだ)
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昆虫学者の矢島稔の碑「永劫に 御岳の宝 邯鄲の声」 初秋には邯鄲を聴く会が御岳山で行われている。誘われたけれども行けず、夜ですし今は行く相手がいなくてまだ行っていません。
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                     キケマン
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           ニリンソウとニリンソウ群生
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             ブロックの中に入っている地蔵様たち
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         5㎜ほどの小さな名前がわからない花も咲いている
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       スイカズラ科ツルカノコソウ  Sさまありがとうございました。450x332
     神代欅 国の天然記念物 平安時代ので1000年経っているそうだ
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                     山桜
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                     枝垂れ桜
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           武蔵御嶽神社が御岳山の頂上・標高929m
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                 アメリカスミレサイシン?
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              ハウチワカエデだと思うのですが
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日の出山山頂902m 友人たちが手作りコロッケやキュウリ味噌のせ、蒲鉾、トマト、玉子焼き、柿餡最中などを差し入れてくださって、自分のおかずは食べられず、家に帰って捨ててしまい、久しぶりにもったいないことをしました。
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山頂からは霞んでいたが周囲が全部見える。遠くに西武ドームの屋根が見えた。
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               関東ふれあいの道 三角点の碑
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        頂上付近の登山道にはセンボンヤリが数株咲いていた
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              古木で造られたベンチ、いいですね。
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                  タチツボスミレかな
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     下山はバスは使わないで歩きました。白いシャクナゲがきれい!
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                   カキドオシの群生
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                     御岳渓谷
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                     オオアマナ
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                     ウツギ
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        渓谷で下ってくるボート?を川上まで運んでいく若者たち
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沢井まで歩いて「澤之井ままごと屋」で甘酒を飲む。酒屋さんの甘酒だからことの外美味しく感じました。左は友人のシャーベットの甘酒。
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2018年3月11日 (日)

不動山(長瀞と寄居の間の山)

2/28 不動山(549.2m)標高差約300mに登ってきました。約3か月ぶり。
秩父鉄道の長瀞駅の寄居より一つ目の駅「野上駅」より登山開始。寄居駅からは3つ目で440円でスイカ等は使用できない。高くて不便という印象。
平均年齢が70代なので不動山だけとする。普通は寄居方面に向かって「雨乞山」「陣見山」と縦走するし、もしくは長瀞へと。
それは、ここから長瀞の宝登山に向かって長瀞アルプスへ連なり 総距離約4.5kmなのである。ちなみに日本にアルプスと名がつくのは50あるそうだ。

走り出した電車から秩父鉄道の駅に停まっていた電車を写す。ひどいボケ写真です。

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                          野上駅で降りると周りは山に囲まれていた
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    桑の木の冬姿 養蚕をまだやっているのか?他に理由があるのでしょうか?
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         空を見上げると突然黒い部分とそうでない部分に分かれていてびっくり
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            地図にもあるが、この辺りには長瀞射撃場やゴルフ場がある。
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                                       苔不動石尊登山口
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緑色の石に覆われた山で、三波石(さんばせき)の種類だと同行の方が教えてくださった。
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やがてこんな急登となった。ロープに頼ったり、這いつくばったりで、低山なのに本格的な登山らしくなる。
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苔不動尊に到着する。途中一人だけ下ってくる人に会ったがその人によると、1年に1回、2月28日に信者が登拝し、塔婆を立ててきて、他の人々は車道が近いので車で帰ったとのことであった。なるほど、塔婆は新しく「家内安全」や「無病息災」「交通安全」「闘病平癒」などと書かれ、H30.2.28が記されている。
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不動山の名の由来は、山頂南側直下に「苔不動」と呼ばれる不動明王を祀った霊場がある事による。苔不動は、この青石採石の遺構の一つで、片岩層を削りとった幅30メートルもの壁面に苔がはえ、それがあたかも不動明王の姿に見えたという。麓の洞昌院(長瀞秋の七草寺・萩寺)の奥ノ院である。

ここから少し登り車道に出て、また少し登ると不動山頂上、三等三角点があった。周りは雑木と藪で展望なし。
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雪がまだ残っている。下の道路の一分は一面の雪でアイスバーン状態。秩父は寒いのですね。
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                 少し下った所からの展望
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       シイタケなどの榾木を切っているところ。3人が働いていた。
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ダムかと思ったら、ゴルフ場の芝の農薬などで汚れた水などを浄化して流している所だそうだ。この日は流れていなかった。
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というわけで、いろいろ教えられ、おしゃべりも楽しく、とてもいい運動になって気持ち良かった登山でした。

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2017年11月26日 (日)

紅葉の大山へ

11月24日(金)に大山街道を歩いた女子会で昨年は落ち葉になってしまっていたので、今年は紅葉の盛りにということで出かけました。
小田急線で友人に会い、乗ったのですが、冷や汗が出て海老名で下車し、帰ろうか迷った末、次の急行に乗って伊勢原に向かったのでした。生涯2度目の途中下車、加齢と疲れですね。電話したらみんながバス終点で待っていてくださって、一番きれいと言われているロープウェイ大山寺駅に寄らず(私のために時間節約)、終点阿夫利神社下社駅で下車。お詣りし、洞窟の中を見学し、日向薬師に向かう方の展望台でお昼にしました。
お天気も良く、久しぶりの登山でちょっとよろよろぎみだったけれども、階段は若い友人に手を引いていただき兎に角またバス停にまで戻って伊勢崎駅へと向かいました。

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                      下社へ450x253
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                      神水450x338_8
                     菅原社450x253_2
                     さざれ石450x338_9
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帰路電車内で発熱、医者ですでにインフルエンザの注射を打ったのに、別のインフルの疑いがあるということで薬を処方された。肺炎の夫と9度6分の私にと勤め帰りの娘が慌てて買ってきてくれた食料のうち、プリンとマンゴープリンを食べて薬が飲めた。昨日は微熱、通院でインフルでないことが判明し、今日は平熱でやっと元気を取り戻せました。

防災用品と同様、栄養ドリンクとかスープ、おかゆ、レトルトのおかずを常に用意しておかねばならないと準備の悪い私は大反省であります。

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2017年9月 4日 (月)

日和田山(巾着田眺望の山で登山家を偲ぶ)

作日9/3(日)にまだ彼岸花が咲いてない巾着田を望む、日和田山(標高305m)に登って、亡き田部井淳子さんを心の中で偲んできました。
田部井さんが2012年2月に腹膜癌ⅢC期になり、抗がん剤治療後、副作用がひどかったが、寝ていても筋力が落ちると言って、リハビリを兼ねて、最初に家から近い日和田山に御主人と一緒に登った山だ。その後闘病中のリハビリコースとなった。そして亡くなった昨年10月20日の2週間前に川越の病院に転院した病室の窓から、武甲山、秩父連山、富士山と見えていた中で、一番手前に見えていたのがこの日和田山だったそうだ。

           日和田山・・・ 田部井さんはこの反対側から眺めていたのでしょう450x338
         まだ彼岸花は咲いてないそうで、この黄色の彼岸花を1輪見たのみ。
ヒガンバナ科のショウキズイセンと教えていただきました。gakiさんありがとうございました450x338_4
                          石や板に花を描いた作品が売られれていた450x338_5
巾着田と反対方向に入る
登山道始まり この道を田部井さんも痺れた重い足でやっとの思いで登っていたのです。338x450
               男坂、女坂の分かれ目で男坂を登り、下山は女坂にする。450x338_6
                                                岩場450x387
                           金比羅神社の鳥居は駅の方からも見えた450x338_7
                                          ここからの眺望450x134
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                       巾着田 ぐるっと周りの木の下に彼岸花が咲く450x338_8
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                                            金比羅神社450x338_10
頂上 西武秩父線の高麗駅から頂上まで約2㎞だそうで登山口からでも途中休憩が多かったけれども1時間もかからなかった。田部井さんはここから物見山まで行っているが、これでもかなり大変だったようでいかに抗がん剤が癌と一緒に体を蝕んでいたことが分かる。338x450_2
頂上からの景色。眺望はこれだけ。 最初の時、田部井さんはここで竹の子の煮ものに卵焼きやショウガの佃煮のおかずを食べたと記している。450x338_11
今の時期、花は一つも咲いてなくて、乾燥している山なのできのこさえも無く、唯一3つのきのこが登山道の脇に見えただけ。色違いのようなサルノコシカケ科のミノタケorニクハリタケ。sさんありがとうございます。450x338_12
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高麗神社へ 高麗駅から2.2kmあって、日和田山の頂上に行くより遠かった。

                                           胡麻が干してあった338x450_3
ハックルベリーでブルーベリーよりも目に良いと手入れしているおじいさんが言っていた。実はまだ熟れていない。450x338_14
                                           高麗山聖天院450x338_15

高麗神社 天皇皇后陛下が9月20日に御参拝だそうです450x338_16
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由来 朝鮮半島に700年間君臨していた高句麗人が、唐と新羅の連合軍によって668年に滅亡したときに、王族や貴族など多数来日し、王は郡司となって武蔵野の開発に尽くしたとのこと。王の直系によって神社が今も守られているなんて。

                参道にはツルボが群生していた450x338_18
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高麗家住宅 神職を代々勤めてきた高麗氏の住宅。茅葺で5室と土間からなっている。床下が通りよく涼しそう。17世紀後半の様式で解体修理されたもの。450x338_20
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帰り道
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    骸骨が門柱代わりになっているユニークな家 守り神なのでしょうか338x450_4
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                  巾着田入口の高麗川450x338_24

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2017年6月 3日 (土)

危うかった後にヒトツバタゴ(ナンジモンジャ)に会える

5/19、飯能市の周助山の続き、楢抜山(標高553m)に登りました。
4/8とは咲いている花も一変していました。
アカバナユウゲショウのそばにアカバナユウゲショウの白花が。初めてですが、ネットで調べると存在しています。

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               シロアヤメにそっくりなのですが・・450x338_2
                    フタリシズカ450x338_4
ヤブレガサが開いたものと思われます(モミジガサに似ていますがヤブレガサと葉の形が違う)450x338_5
                    コガクウツギP1070110_450x338
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以前なかったケルンが。誰か好きな人がこの1ヶ月の間に作ったのか。
山岳パトロールのみなさんはこうしたケルンを発見次第、ケルンを壊し、石を元の位置に戻す作業を行っているそうです。自然環境の汚染、破壊につながる行為だそうです。1_338x450
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前回と同じ周助山をもう一度通り、その後楢抜山登山口からその頂上へ登山道があったので一気に登ることが出来たのでしたが・・・

頂上には標高の違う、新旧の表示板が貼ってあり、三等三角点もありました。
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              その下にはロッククライミングの練習場450x338_9

この2つの山は、よくよく本のコピーを読むと、
「展望絶無、読図トレーニングに特化した全山植林の尾根歩き」と書いてありました。
林業や送電線保守の踏跡は山中に多数あるが、登山道としての整備は皆無とのこと。
登山道の整備がないと言ってもここ、周助山、楢抜山の頂上にまではありました。
ところが、本の方の地図をよくよく見ると、下山は道のない急斜面と書いてあるではありませんか。家に帰ってからでは遅すぎ。
しかしリーダーが地図が読めて、磁石も持っていたので、その道のない急斜面を降り、川を渡って(丁度浅瀬があった)林道に出ることが出来た。ちょっと外れた所に降りたので林道を長々と歩いたけれども、やっと茶内という集落に出てほっとしたのでした。

 そこに咲いていたのがヒトツバタゴ。本当に久しぶりに見ることが出来ました。450x338_10
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              バス停の横に面白い塀がありました450x338_12

家人たちにお目玉を食わなかったのが嬉しかった。丘陵地帯ばかりになったのでここ暫く山岳保険に入ってなかったので、急遽入る手続きをしたところです。

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410x600昨日、大学のクラス会があって、14人中11人、遠い山口県、兵庫県、長野県からも。
終わって大学構内の奥まで云十年ぶりに巡り、その後、昨年大みそかに亡くなった友人宅へお参りに出かけ、先立たれた御主人と娘さんとしばし思い出のひと時を過ごしました。
次回また元気に会えるかねなどと言いながら分かれたのですが、帰った家の机上には1昨日借りてきたこの本が鎮座していて、「エンディングノートを作る」と言う所を参考にしていよいよ準備に取り掛かるかなあという心境です。すぐか、5年後か、10年後かわからないけれども、死に急ぐわけでないけれども、友人の遺影を眺めて用意だけしようと思った次第です。
簡単な記述だけに終わりそうですが。

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2017年5月 5日 (金)

柄杓山(群馬県桐生)

山頂の桜が終わってしまった1週間後の4/22に、柄杓山(361m)に登ってきました。すっかり衰えてしまった体力を少しでも元に戻そうと歩いたり登ったりで励んでいるこの頃です。通院は歯の定期健診&掃除だけで、投薬は何もなし状態に戻りました。昨年は外泊は2日だけ、今年はもっと増えそうです。

柄杓山の山頂には600本の桜があるそうで全国的にも珍しい山。戦国時代には桐生国綱が山城を築いた城山である。山頂は本丸跡の広場になっている。

                                    こんな感じという(本より)

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今はこんな感じ。1週間遅くて殆ど散ってしまったのが残念でしたが、中腹には山ツツジが咲き始めていました。450x338_2
                                           登山口の日枝神社450x338_3
御神木のクスノキは600年前の3本と300年前の1本が植えられ、暖地性の植物のため、1ヶ所に数株見るのは珍しいのだそうだ。450x338_4
フデリンドウか? 茎の部分を写さなかったのでわかりにくいが、株立ちしていないので。しかしもっと高原に咲くらしいので、ハルリンドウと区別が難しい。450x338_5
                      山ツツジ450x338_6
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初めての花 茎も葉も紫色で花の状態は何とも表現のしようがない。ご存知でしたら教えてください。                                                   ヒメハギだそうです。shikamasonjinさま、多摩NTの住人さま、ありがとうございました。  

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                    桜のひこばえ450x338_11
                   山頂の本丸跡の碑338x450
                     四等三角点450x338_12
                      山並み450x338_13
                     ニリンソウ450x338_14
                    ムラサキハナナ450x338_15
                     シロタンポポ450x338_16
                     ハナモモ450x338_17
                      サクラソウ338x450_2

桐生から熊谷へ出て皆と分かれ、運転して下さる方がこちら方面の方なので、熊谷から東松山への途中の東平と言うところに寄って戴いた。
戦前から昭和24年頃まで疎開していたのが、松山第二小学校の小使い部屋です。母が用務員をして住む家が確保され、父は週末に東京から帰ってきていました。
勿論、周囲の景色も一変し、昔の面影はゼロでしたが、ここに戻ってみて、これで長年の夢が果たせました。338x450_3
一日おいて早稲田大学にまたもや1時間も時間を間違えて早く到着したので、転校して卒業した早稲田小学校と、住んでいた所が大きな建物にやっと建て替わったのを見に行って大満足。

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2017年4月14日 (金)

周助山(奥武蔵・飯能)と近所の桜

4/8 登山のベテラン二人と一緒に読図トレーニングとして、地図を見ながら周助山(383m)に登ってきました。登山道としての整備は皆無で、展望もなく面白みに欠ける山として紹介されている。おまけに昼まで小雨でした。会った登山者はたった6人です。
最初はスマホの得意な友人の画面を見ながらでしたが入口が見つからず1時間のロスです。注意深く地図を見ながら5時間かかって栃屋谷に無事降りることができました。これも大山に登るための訓練です。

               バスを降り立つと桜が迎えてくれました460x345
            間違えて中学校の上の方に登ってしまった460x345_2
   きのこが芸術品のようです  ヒメシロカイメンタケ or シックイタケ 460x345_3
          ウロコタケ  shikamasonjinさまありがとうございました345x460
             1時間後に見つけた時の嬉しかったこと460x345_27
                      周助山460x345_4
                   途中が黄色の葉460x345_5
                    キランソウ460x345_6
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               ずっとこんな霧の中を歩きました460x345_8
         あっという間に周助山頂上に到着 この後が長かった2_460x345
              やがて最高地点、登戸(のぼっと)460x345_9
                     楽しい標識460x345_10
あちこち伐採されていて、これは椅子形に伐採されていた。真ん中右端の木をはめると椅子もたれが揃う。460x345_11
                     神とありました460x345_12
                キケマンがもう咲いています460x345_13
バス停に降りる道路は桜並木で、品川ナンバーなどの車などで多くの花見客が来ていました。世の中の人達、良く知っています。ネット社会だから?460x345_14
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                  フクジュソウの実460x345_18
                      ミツバツツジ460x345_19

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4/10 家の近所のいつもの桜 今日もまだ殆ど散っていません
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2017年3月30日 (木)

大桁山

大桁山(836m)はネギで有名な群馬県・下仁田にあります。我が家からは結構遠くて早朝5時半に家を出ました。
登山口は440mなので約400mの標高差を登るにすぎず、最後の階段の急登がちょっと大変なだけで、難易度は低く初心者でも楽々登れます。西上州の入門の山と呼ばれる。歩行時間はたった2時間20分・・の筈でした。
が、しかしこの日はベテランがいながら、登山口にたどり着けず、道の駅周辺を2度車で回り、下山は道を間違え、どこにいるかわからなくなって、かなり戻り、指導標にたどり着くというハプニングの起きた山でした。そのため家に帰ったのは午後8時をとっくに過ぎているという、最近ない成り行きの印象深い山となりました。この頃、ついこの間登った山の名さえ忘れてしまいます。

                                   道の駅から見た大桁山(中央)460x345
登山道はそのまま関東ふれあいの道です。今までこの木のようなマークに気が付きませんでした。300x400
このような指導標は3ヶ所くらいにあったのですが、帰路、皆が気が付かなかった。あとで一人だけあったという記憶の人を頼りに戻ったのでした。460x345_2
最後は階段がずっと続く。それでも大山登山の前哨戦としては軽い。(果して大山に登れるか?)345x460
                                                   頂上345x460_2
                 三角点   いつも撫でます460x345_3
すぐ目の前の木の向こうは、何と妙義山です。途中荒船山も見えました。この日はこれを見るだけのために行ったようなものです。460x345_4
ぐるっと4分の3周の景色。妙義荒船佐久国定公園の山並みを始め、秩父連山、八ヶ岳、浅間山を望めるとのことだが、どれがどれだかわからなかった。460x345_5
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       迷った道に咲いていた水仙。誰かが山に植えたのでしょうか。460x345_9
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そんなこんなの山行でしたが、頂上からの景色と自分の体の鍛錬で何もなくてつまらないということはないです。
3つ年下の男性のリーダーの一人は、とても人柄のよい方の一人で、超元気で、何でも日本には1000名山があって700も登ったそうです。あと300は行くのが散らばっていてとても大変とか。
100,200、300名山の他、信州、群馬、栃木、山梨、関東100名山などもあります。
奥さんは100名山が終わったら、お友達との別行動、海外旅行も今は別行動で、お互いに好きに生きているみたいで、なかなか素敵な生き方です。

最近の楽しみがラインです。身内でグループを作っていますが、スタンプがおかしくて、何だかそれが楽しみで生きているこの頃です。
そのラインの人が最近増えました。
私が勤めていた中学・高校を卒業して47年、唯一担任として卒業させた子たちが、ひょんなことから昨年12月に5人、そして1昨日に10人集まってミニ同期会を開いたのです。これが面白くて面白くて。10歳年下の人たちなのに、こちらがボケて精神年齢が下回ってしまって恥ずかしいのですが、声が枯れるくらい喋り、ラインでも話せるようになって、何だか自身のいろいろなクラス会よりはしゃいでいます。10人10様、中には驚くような人生を送っている子がいて、背筋が伸びるような思いでした。

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