2005年11月11日 (金)

文子の思い出

bunnko1 bunnko2 bunnko3 bunnko4 久しぶりに仏壇の奥まで掃除をしていたら文子(ぶんこ)の位牌が目に入りました。文子というのは我が家の家族になった文鳥の名前です。平成2年の1月頃某百貨店の屋上のペットショップで、まだ胃の中が見える雛の中で元気良く近寄ってきたのを、娘がこれがいいと言って買ってきたのが文子です。当初、雄かと思って「文左衛門」と名づけたのですが、ある時、娘の半天の袖の中に卵を産んだのであわてて「文子」と改名しました。

かくして7年半、いろいろ飼った鳥の中でもことに頭が良くなついていました。晩年は動けなくなったので、巣を餌と水の前に移動したら必死に顔だけ出して飲み食いしていました。お尻を見ると腫れ上がってそれは痛々しく、羽もだんだん少なくなって見ていてかわいそう。でも私のように病気になっては騒いでいるのと違って、医者にもかからず、福祉の世話にもならずに一人静かにじっと耐えていました。平成9年6月12日、その日は帰りが9時ごろになってしまってまっすぐ文子のところに走り寄ったら死んでいました。娘と夜中まで泣いていました。本当に悲しかった。ある友人は愛犬が死んだとき3ヶ月も喪服を着ていましたが、その気持ちがよくわかりました。

娘がすぐ戒名を「咬付院文徳蔕子大姉」とつけました。良く咬み付き、手のひらにぺたっと座ったこと、ぺたがないのでへた(蔕)を使って名づけたものです。庭の隅にお墓を作って餌と一緒に葬りました。あれから8年5ヶ月、今日見たらまだ文字が薄く見えました。部屋には娘が書いた文子の絵が今も飾ってあります。あれからもう死ぬのが耐えられなくてずっと飼っていません。

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